第5話

 三の丸を出ると、丁度、そこに集結しつつある騎士たちと合流できた。

 カグヤに駐屯する騎士たち。その指揮官らしき男に駆け寄り、ステラは身分証の石札を見せる。

「ナカトミ辺境連隊、中騎士のステラ・ヴァイスです」

「ツカサに所属する巡回騎士連隊、正騎士のゴードンだ。状況は分かるか」

「いえ、ただ、先行した部隊が奇襲に遭ったようです」

 三の丸から離脱する途中、轟音が聞こえていた。どうやら、先に罠があったらしい。

「敵が罠を張っていることを踏まえ、一旦、合流するべく撤退しました。地の利があるものはいますか。すぐに、救出に戻ります」

 ステラは冷静にゴードンにそう述べるが、その中年の騎士はやや難しい顔をして告げる。

「城内に入ったことのある者はいる。だが、中の構図を理解しているものは少ないのだ。何故なら、城内の管轄は我々ではなく、城内見廻組という中隊規模の部隊でな」

(……そうか。カグヤは恭順派と独立派で分かれている……!)

 ウェルネスの勢力を城内に入れるのに、彼らは抵抗を感じていたのだろう。

 だが、今回はそれが裏目に出ている。

「ステラ殿、中に迂闊に踏み入るのは、危険だ。三の丸とはともかく、二の丸は迷路のようになっている。今、巡回騎士たちが集結している。兵力を整え、足並みを揃えて、突入するべきだ」

 ゴードンの冷静な判断を聞きながら、ステラはぐっと唇を噛みしめた。

 彼が言うことは正しい。体勢をしっかり立て直して、突入するべきなのだ。

(だけど……それで、いいの……?)

 自問自答する。その脳裏に過ぎったのは、ステラが左遷される前の出来事。

 盗賊に襲われていた集落。それを前にしたときも、止められた。戦力が揃うまで待つべきだと。そのとき、ステラは突入してしまった。

 その結果、仲間を危険にさらし、ステラの失態とされた――。

(だけど、今回は――違う)

 ステラは深く息を吸い込む。意を決し、視線を上げてゴードンを見やる。

「それでも――ナカトミ辺境連隊は、向かいます。主を、一刻も早く連れ出すために」

 ルカならどうするか。ルカが信じてくれる、ステラならどうするのか。

 それを考えれば、答えは一瞬が出た。

(ルカ様は、真っ直ぐな私を引き抜いてくれた。なら、私は私が思う通りに行く――!)

 その真っ直ぐな瞳を見つめ返し、ゴードンは神妙な顔で頷いた。

「分かった。指揮系統は別々だ。好きにするといい。だが――このままだと突っ込んでも悪戯に時間を消費するだけだ。参考までに、これを」

 ゴードンは懐から紙切れを取り出す。ステラはそれを受け取って広がると、簡単な地図が書かれていた。

「初めて、正騎士として登城する際に、見廻組から簡単な地図をもらったのだ。私はこれをもう記憶している――が、キミには役に立つはずだ」

「……分かりました。ありがたく、受け取ります」

 そこには、二の丸を突破できる最短距離が記されている。それを懐に納めながら、ステラはゴードンを見つめて軽く頭を下げた。

「私たちに何かあれば、ルカ辺境伯をよろしくお願いします」

「後詰は任せておけ――思うように、行くがいい」

「はい――みんな、行きますよ」

 振り返って告げると、ナカトミ辺境連隊の騎士たちは真剣な表情で頷いた。

 そのまま踵を返し、城内に駆け戻りながら、視線を天守に向ける。

(待っていてください、ルカ様……今、参ります……!)


 目の前の扉からは絶えず、ごん、ごんという音が響き渡っていた。

 重たい音と共に、扉をぶち破ろうとしているようだが――。

「残念だが、この扉はそうそう破れない。そういう設計なのだからな」

 老将のカトウは腕を組みながらそう唸り、その脇に立つ吏僚のミツダも深々と頷く。

「この城が落ちる前に、城主が切腹できるように、この扉だけは固く作られています。ひとまずは、時間稼ぎに成功しているのではないかと」

「そう――よかったわ。二人とも、力を貸してくれてありがとう」

 ルカはその言葉に頷きながら振り返り、そこに立つ老将と吏僚を見やった。

 彼女の背後には、棚や机などでがっちりと扉の前に物を積み上げて、バリケードを作っている。それを作るのに、協力してくれたのは他でもない二人だった。

 二人は視線を合わせないようにしながら、渋々といった様子で言う。

「主の危機なのだ。いがみ合っている場合ではない」

「ええ――このときばかりは手を取り合うべきです」

 素直じゃない二人に苦笑いをこぼしながら、ルカは会議室に戻る――そこには、縛られた数人の男が転がされていた。

(――全く、刺客が入り込んでいるなんてね)

 ルカはため息をつきながら、閉じた扇でぽんぽんと肩を叩いた。

 今から少し前、爆発が起きる寸前――物陰から、この男たちが一気に襲い掛かってきたのだ。そして、ミツダの後ろにいた男が、爆弾を取り出して放ろうとし――。

 その気配を察したルカが、鋭く扇を投げつけたのだ。

 それに不意を突かれた男の隙を突き、カトウがその襟首を掴んで窓から男を放り出した瞬間、爆発が巻き起こった。その間に、ミツダたちが刺客を取り押さえていた。

「ひとまずは、みんな無事ですね……よかったです」

 アンドレが面々を見渡しながら吐息をつく。その横で、代官が気分を悪そうにしていた。目の前で、男が爆散したのを見て、気分を害したらしい。

(戦場に出たことのない男だから、それも仕方ないか)

 ただ、今はしっかりとふるまっていて欲しい。

 ルカはため息と共に椅子を腰に下ろして、視線をミツダに向ける。

「爆弾を持ち込んだのは、貴方の後ろにいた男だけど……何者? 彼は」

「……食糧管理を担当していた者です。まさか、彼がそんな凶行に及ぶなんて……」

 ミツダは顔色を青白くさせ、唇を震わせる。それを見て、一人の文官が声を上げる。

「もしや、ミツダ殿も共謀されているのでは? ウェルネスに買われて、我々を粛正しようとしているのではないか?」

(今、それを言わないで欲しいわね……)

 ルカは内心で顔をしかめた。その考えに至るのは、当然のことである。

 だが、それを今、指摘すれば、他の面々が疑心暗鬼に囚われる。案の定、全員がミツダを疑うような視線を向けている。

 それに対し、ミツダは黙って答えない。

(――やっぱり、賢いわね。迂闊に受け答えすれば、疑心暗鬼が広がりかねない)

 この場の混乱を避けるために、敢えて、自分の疑念を集中させようとしているのだろう。それを感じ取り、ルカが心を痛めていると、不意に空を轟かせる声が響いた。

「黙れぃ! 今は、そんなことをほざいている場合ではなかろう!」

 思わず目を見開く――その言葉を発したのは、カトウだった。

 厳めしい顔に怒気を湛え、全員を見渡してはっきりと告げる。

「今は、全員で手と手を取り合い、この危急の事態に備えるべきだろう! 何をふざけたことを抜かしておるのだ! 貴様は!」

「し、しかし、カトウ殿――」

「ええい、黙れ、黙れ!」

 口答えしようとする部下に向かい、さらに声をぶつける。その迫力に黙り込んだ男に向かい、カトウはずんと床を踏み鳴らしながら吼える。

「ミツダは確かに生け好かんが、国を想う烈士であることは確かよ! その志を乱す者は、このカトウが許しておくまいぞ!」

 その恫喝に、全員がしんと黙り込み――静寂が満ちる。

(――驚いたわね。カトウ殿が、ここまでミツダ殿を庇うなんて)

 なんだかんだで、ミツダのことを認めているようだ。思わず、ルカは感心しながら扇で口元を押さえ、笑みを隠す。

 その一方で、ミツダは静かに声を発する。

「感謝はします。ですが、借りだとは思いませんよ」

「ふん、それで構わん。この乱が終わったら、白黒はっきりさせてやる」

 カトウとミツダはやはり視線を合わせない。だが、互いに認め合っているようだ。

(……おかげで、この会議室の面々が一丸となれそうね。代官が役立たずでも、どうにかなりそうじゃない……)

 ルカはほっと一息つき、視線を上げて面々を見渡す。

「ひとまず、ここで籠城するのが上策でしょう。時間が立てば、きっと仲間たちが助けに来てくれるはずです。それまで耐える――で、いいでしょうか。サカキ代官」

 一応、代官の顔を立てるように訊ねると、サカキはほっとしたようにこくこくと頷き、声だけは威厳のあるように告げた。

「う、うむ、そのようにしよう。心配ない、カグヤの烈士たちはすぐに助けに来る」

 だが、その言葉とは裏腹に、表情は不安げだった。

 ルカは一息つきながら、ちらりと窓から外を見やり、眼下の城下町を見やる。

 そこにいるはずのステラを思いやり――そっと、胸を押さえた。

(信じているわよ……ステラ……)

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