第4話

 ツカサ城、三の丸――。

 代官に仕える家臣たちが住まう屋敷が立ち並んでいる。ずらりと並んだ長屋の一つを間借りし、ステラたちがそこで待機していた。

 百の騎士たちが談笑しながら、思い思いに時間を過ごす中、ステラとサンナは畳の上で向かい合い、サイコロ遊びをしていた。

 ステラは木のコップにサイコロを放り込み、軽く回してから地面に置く。

「よっ――さぁ、サンナ、奇か偶か、当ててみて下さい」

「んん……どっちかな……ううん……」

 唸り声をあげて悩むサンナを見つめながら、少しだけステラは微笑ましく見守る。

 ちなみに、三連続で当てた方が勝ちで、負けた方がお菓子をおごる約束だ。ここでサンナが勝てば、三連勝――サンナの勝ちだ。

 所詮はお菓子だけの賭け事。そこまで真剣にならなくてもいいのだが、しっかりと真面目に考えるサンナが愛らしい。微笑ましく思いながら――ふと、視線を外にやる。

 窓の外から見えるのは、立派な天守。そこでは、今、ルカが会議に参加しているはずだ。

(――大丈夫かな。ルカ様)

 昨日の、憂鬱そうな横顔が思い出される。それを見るだけで、胸がきゅっと切なく引き締められるようだった。

 今、ステラにできることは、何もない。

 だから、屋敷に戻ったら、ゆっくりさせてあげようと心に決めていた。

 視線を戻すと、サンナは意を決したのか、顔を上げて頷く。

「決めましたか。サンナ」

「うん……偶で」

 口にしたら迷わない。じっとステラの目を見つめてくる。その真剣な表情に笑みをこぼしながら、ステラはそっと器を持ち上げ――。


 不意に、轟音が響き渡った。


 鼓膜が揺さぶり、地面が揺れるような爆音。咄嗟に視線を上げ、天守を顧みる。

 思わずステラは絶句した――その天守から、煙が上がっている。

 サンナはぱっと腰を上げ、鞭に手をやる。その動きで我に返ると、待機している騎士たちを振り返って叫んだ。

「総員、戦闘準備! ルカ様をお助けに向かう!」

「了解――!」

 全員がすぐに返事を返し、自分の装備をすぐに確認する。ステラも脇に置いていた剣を腰に帯びて向かおうとし――その手が、掴まれた。

「お姉さまっ! 一旦、落ち着いてっ!」

 サンナの必死の声に、ステラは振り返って目を見開く。逸る気持ちを抑え込み、サンナを振り返って訊ねる。

「何か、気になることがあるのですか? サンナ」

「ううん、そうじゃないけど……でも、この立地、焦ってもいいことはないよ。姉さま」

 落ち着いたサンナの指摘に、ステラは少しだけ黙り込み、思考を巡らせた。

(確かに――ここは東方の城。攻めるに難く、守るに易い城)

 本丸、二の丸、三の丸、と曲輪が何重にも引かれた城なのだ。迂闊に攻め入れば、退路が断たれる。あるいは、挟撃の可能性すらあり得るのだ。

 一つ、深呼吸をする。そして、ステラは指示を待つ全員に振り返った。

「ここで本丸に突撃するのは無謀です。一旦、三の丸から出て、カグヤに駐屯する騎士たちと連携を取りましょう。きっと、ルカ様なら時間を稼がれるはずです」

「了解!」

 全員はすぐに応じる。ステラは追加で細かい指示を出しながら、視線をもう一度、天守へと向けた。そこでは、黒煙がもうもうと上がっている。

 胸から込み上げてくる不安を押し殺しながら、ステラはすぐに踵を返した。


 その頃、別の場所では、百人ほどの部隊が速やかに本丸に急行していた。

 城内見廻組――ツカサ城の警備隊だ。組頭であるクロウはその先頭を切り、陣羽織をはためかせながら、本丸を見上げて歯噛みをした。

「くそっ、まさか本丸が襲われるとは……っ! 何があった……っ!」

 その本丸は黒煙が立ち上っている。そこにいる、要人たちの無事を祈るしかない。

 クロウの後ろを駆けるのは、統率の取れた部下たちだ。一糸乱れぬ動きで辺りを警戒しながら本丸へと駆けていく。

 二の丸は、役所などの建物が乱立し、道筋は一本ではない。さまざまに入り組んでいて、迷路のようになっている。だが、彼らは迷わない。

 彼らにとって城内は勝手知ったる庭だ。二の丸を速やかに駆けていき、本丸へと向かっていく。やがて、本丸に続く跳ね橋が見えてきたところで、クロウは手を挙げて制止を促した。

 全員が素早く停止し、辺りを伺う。クロウの脇の副官が、声を発した。

「どうかしましたか、クロウ隊長」

「……おかしい。跳ね橋が、下げられたままだ」

 敵がまともなら、真っ先に跳ね橋を上げるはずだ。侵入を少しでも食い止めるために。だが、こうしているということは恐らく――。

「――罠、かッ!」

 それを叫んだ瞬間、背後から轟音が響き渡った。振り返ると、背後で土煙が上がっている。建物が崩壊して、通路がふさがれてしまった。

「あははぁ、相変わらず察しのいい御仁だ。だが――遅かったな」

 頭上から降り注ぐ声に振り返ると、建物の屋根に一人の男が剣を担いで立っている。その見覚えのある顔に、クロウは目を見開いた。

「あのときの、人足――ッ!」

「大正解。残念だったな、俺たちを呼び止めたあんたの目は正しかった。だが」

 浅黒い肌の男は、にやりと酷薄な笑みを浮かべ、親指を地面に突き出す。

「ここで、終わりだ」


 直後、その頭上から、雨あられのように矢が降り注いだ。

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