第3話

 カグヤ会議の舞台は、州都にあるツカサ城だ。

 荘厳な天守のある、東方風の城の造りになっており、白い漆喰と漆黒の石瓦で作られたモノトーンの建物は遠目から見ても分かるほどだ。

 また、本丸、二の丸、三の丸と何重も塀や石垣で包囲されているため、平原での平押しではなかなか攻め落とすことができない。

 まさに、攻めるに難く、守るに易い城――。

 その城の中央――本丸の天守で重役たちが集まり、言葉を交わし合っている。


 その様子をぼんやりと眺めながら、ルカは欠伸をかみ殺すのに必死だった。


(退屈ねぇ……全く)

 繰り返される議論は、今後のカグヤの行く末を決めるもの――と言えば、聞こえはいいが。

 要するに、恭順派と独立派の言い争いだった。それを仲裁するアンドレの顔には疲れが見え始め、代官に至ってはおろおろしている。

(ま、無理もないわ。代官の先代は、苛烈な武断派だったから)

 先代の代官は、カグヤ王国の元締めである大将軍であった。

 ウェルネス王国と対等に立ち合い、その膝を折る代わりに自治権をもぎ取った辣腕の将軍、サカキ――その息子のユウキ・サカキが後を継いだが、その性格は温厚そのもの。

 この言い争いにも、決然とした言葉を発せず、補佐官のアンドレを見ている。

(――で、その言い争いの主導者は、独立派の老将。名前は……カトウだったわね)

 タダノリ・カトウはカグヤの誇りを声高に語る武将だ。

 その武勇はよく聞くが、その気性の荒さで物事を決める傾向にあり、特に文官のことをあまり好んでいないと聞く。根っこからの武断派だ。

 その罵声を涼しい顔でいなし、的確に反論する、線の細い男に視線を向ける。

(で、こっちが恭順派――イシナリ・ミツダだったかしら)

 こちらは年若い。線が細くきっちりと着物を着つけ、聡明な目つきを向けている。視線は真っ直ぐだが、その語る弁は回りくどくて、いけ好かない。

 いかにもカトウが嫌いそうな、吏僚タイプの人間だ。

 他にも議論には参加しているが、筆頭はその二人だ。その二人の議論ばかりであり、他の議題は進んでいない。アンドレは、さすがに疲れを顔に浮かべている。

 だが、それを察せず、カトウはますます声を高めて言う。


「ウェルネスに、事を構えよ、とは言うまい。だが、ここで筋ははっきりさせるべきだ。我々はウェルネスに臣従はしておらず、ただの朝貢であると表明すべきだ」

「それで王都から不興を買ったとすれば、どうするつもりなのですか。カトウ殿。長きものの傍あれば民安んじ、という格言もあります。それに従い、ウェルネスには今一度、はっきりと臣従の姿勢を露わにすべきと考えます」


(――どっちでもいいでしょうに。臣従でも、朝貢でも)

 ちなみに、ルカは、この議論に一切口出しをしていない。

 ナカトミ領はカグヤ自治州の一部とはいえ、ウェルネス王国から任命されてその辺境を治めている、いわば、どちらでもない独立勢力なのだ。

 ウェルネス、カグヤ、両者の面子を保つためにも、ルカは迂闊なことを言えない。

(――とはいえ、議論が進まないのも呆れてきたし)

 アンドレにも同情してきたので、彼女は少し口を開き――小さく、咳払いをした。

 気迫を込めた、はっきりとした咳払い。小さな音にも関わらず、それは不思議なくらい、その会議室に響き渡った。カトウもミツダも視線をルカに移す。

 彼女は優雅に扇で口元を隠すと、ゆっくりと告げる。

「失礼――この議論は、もう語り尽くしたのではありませんか? サカキ代官」

「う、うむ、そうだな。ナカトミ辺境伯。では、この議論はひとまず置き、次の――」

 若き代官、サカキがそれに乗じようとするが――だが、それをカトウの荒々しい咳払いが遮った。剣呑な視線を、カトウはルカにぶつける。

「ナカトミ辺境伯。そういえば、其方の意見を聞いてはおるまいが」

「私の意見など、参考になりませんわ」

「いえ……参考までに、是非聞かせていただけませんか」

 ミツダもそれに便乗する。怜悧な視線が、射貫くようにルカを見据えた。

(こういうときだけ、息が合うんだから……)

 両者とも是が非ともルカの賛同――それを通じて、シズマ・ナカトミを味方につけてしまいたいのだろう。だからこそ、迂闊なことを言えない。

(仮に独立派に肩入れすれば、お父様が謀反を疑われることになるし。逆に恭順派を支持すれば、カグヤでナカトミ領が生きづらくなる)

 上手くごまかさなければ。ルカはゆっくりと扇を閉じながら、全員を見渡す。

「ナカトミ領としては、カグヤの文化を尊重致しますわ。ですが、今は王国の一部であることも考えなければならない――これは、私としては断言しづらい話です」

「なれば――」

「ならば――」

 カトウとミツダが噛みつくように口を開く。それに先んじ、ルカは閉じた扇で鋭く机を叩いた。その澄んだ音に、水を打ったように静かになる。

 それを見つめ、ルカは気迫を込めた眼差しで両者を見つめた。

「ならば、今は――民のためを思い、喫緊の内容を話すべきではありませんか。少なくとも、この議論は今、すべきものではありますまい」

 はっきりとした声に、カトウとミツダが黙り込む。それを好機と捉えたのか、アンドレが素早く代官に声を掛ける。

「では、サカキ代官――」

「う、うむ、では次の議題だが……」

 議題が滞りなく次へ移る。それを聞きながら、ふぅ、とルカは吐息をついた。

(全く、世話を焼かせるわね……)

 今、無性にステラに会いたくて仕方がない。

 だが、彼女たちは三の丸で待機している――早く、彼女たちと合流したい。そんなことを考えながら、議論に耳を傾け。

 ふと、ミツダの後ろに立つ、一人の男がそわそわしていることに気づく。

 何故か、落ち着きがない。顔色も白いような気がする。

(体調でも悪いのかしら。それとも、厠……?)

 まあ、口を挟むことでもないか、と思いながら、ルカは扇を手の中で弄び――。


 ふと、何となく妙な気配を、感じ取りつつあった。

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