第2話

 ウェルネス王国は、一都四州によって構築される合州制を取っている。

 カグヤ州は、そのうちの一つであり、ウェルネス王国の東に位置する自治州だ。

 東方の文化を色濃く残し、他の州と比べて自治権を認められている地方だ。気候は温暖湿潤であり、稲作が盛んである。

 そのカグヤ自治州では、夏から秋にかけての季節の変わり目に、毎年、州会議が開催される。カグヤ自治州の有力者を集め、さまざまなことを話し合うのだ。


 これが通称――カグヤ会議である。


 月光が、燦然と降り注ぎ、東方風の城塞が荘厳に照らされる中――。

 ツカサ城の大広間では、カグヤ自治州の要人が集められ、宴が催されていた。

 着物をまとった人々が言葉を交わす中で、広間のテーブルには、東方風の料理――刺身や菓子が絢爛に並び、舞台には太鼓や竹笛による、これも東方風の音楽がかき鳴らされている。

 豪華、というよりはどこか雅な宴。

 その中に紛れるように、一人の騎士――ステラは、ぎこちなく立っていた。

 その隣のルカは、くすりとおかしそうに笑う。

「そんなに緊張しなくてもいいのに。ステラ」

「緊張しますよ……ここにいるのって、要人なのですよね……?」

 恐る恐る見渡す。辺りにいる人たちのほとんどが着物だ。

 見るだけで高価そうな着物を身にまとい、上品な所作が目立つ。なんとなく、ステラがいるのが場違いに思えるほど、輝かしい場だ。

 ルカはワイングラスをくるくると手の中で回しながら、こともなげに頷く。

「まあ、自治州のお役所の偉い人や、豪商、貴族――本当にいろいろね。会議を行うのが主な目的だけど、交流を深めるのも目的の一つよ」

「うう、それは承知しているのですが……服装も相まって落ち着きません……」

 鎧姿なら、まだ落ち着けただろう。だが、今の彼女は青い着物姿だ。

 だが、その着物の袖にはフリルがあしらわれ、下はスカート風であり、どちらかという和風ドレス、という言い方になるかもしれない。

 それをルカは見つめ、満足げに小さく頷き、微笑んで言う。

「思った通り、似合っているわ。サイズもぴったりよね?」

「ぴったりですけど……いつの間に……?」

「ほら、サンナを捕らえた囮作戦。あったじゃない。あのときから、貴方の服を見繕いたいな、と思っていろいろ用意していたの」

「いろいろ、ですか……」

「他にもいろんなドレスや着物を用意したから、楽しみにしていてね」

 にっこりと笑うルカに、ステラは少しだけ表情を引きつらせ――こほん、と一つ咳払いをし、視線をルカに向き直す。

「それはそうと――ルカ様も、素敵ですよ、新しい着物ですよね」

「ん? ああ、そうね」

 くるり、とその場で一回転してみせるルカ。

 白色の小袖に、藍染めの袴。その肩に羽織られたのは、桜色の羽織だ。丁寧に結われた髪と淡い化粧も相まって――見慣れたステラでさえも、見とれてしまう。

 思わず、素直な感想がステラの口からこぼれる。

「なんだか……お姫様みたいです。ルカ様」

「あは……ありがと。なんだか、面映ゆいわね」

 少しだけ照れくさそうに頬を染めるルカ。その目が合い、何となくその目をじっと見つめ返し――ふと、我に返って視線を逸らした。

「す、すみませんっ、不躾でしたね……」

「う、ううん、褒めてくれて嬉しかったわ……ありがと。ステラ」

「い、いえ、そんなことは……」

 お互いに視線を逸らす。不自然に跳ねた鼓動をごまかすように深呼吸しつつ、ステラは思わず頬を掻いた。

(またやっちゃった……ルカ様に、失礼しているよね……)

 実は、こんなやり取りは今が初めてではない。

 二人で真夜中のお茶会をしたあの夜から、なんとなく時々、見つめ合ってはぎこちなくなってしまうのだ。まるで、お互いに意識しているみたいで――。

 胸が変に高鳴るのを抑えるように拳を握っていると、ふと、ルカの方に歩み寄ってくる一人の着物の男性がいた。若々しい人のよさそうな男性だ。

「やぁ、ルカ辺境伯――ご機嫌麗しゅう」

「あら、アンドレ代官補佐官。こんばんは」

「お元気そうで何よりです――お酒は、お召しになられましたか?」

「ええ、程々にいただいているわ」

 見知った仲なのだろう。二人は軽く言葉を交わし合う。ステラは傍でそれを見守っていると、その着物の男性は彼女に目を向けた。

「今日は――リヒトさんではないのですね」

「ええ、彼は足が悪いし、無理はできないから。でも、この子は腕が立つわよ。こう見えて、自慢の騎士なんだから」

(こう見えて、は余計です……)

 内心でそう思いながらも、頭を下げてステラはアンドレに挨拶をする。

「初めまして、ステラ・ヴァイスと申します」

「よろしく。アンドレ・クレイヴという。代官の補佐をしている」

 にこりと笑ったアンドレは、端正な顔つきをしていた。目つきも聡明そうであるが、着物は若干、気崩している。あまり堅苦しい人ではないのかもしれない。

 ルカはウェイターを手招きして、二つお茶を受け取りながら語る。

「アンドレ殿は若いながらに、優秀な中間管理職よ。いろいろ派閥のあるカグヤを束ねているのだから」

「いやいや、お一人で辺境の政治を執られているルカ様には適いますまい」

「規模が違うでしょ。ナカトミ領とカグヤ自治州全体、人口がどれくらい違うと思っているのよ。それに、組織も大きいから意見を束ねるのだけでも大変なのに」

「はは、まあ、知恵のない僕ができるのは、こういう忖度くらいですよ」

 屈託のない笑顔を浮かべたアンドレはそう言いながら、ふと何かを思い出したようにげんなりとため息をつく。

「――ただまぁ、今回は小細工も上手くいくかどうか……」

「ん、何か心配事?」

「ええ……ちょっと最近、保守派と革新派で揉めているのですよ」

「カグヤの保守派と革新派、ね」

 ルカは小難しい顔で首を傾げる。ステラは眉を寄せると、アンドレは軽く解説を加えてくれる。

「カグヤ自治州というのは、元々、カグヤ王国がウェルネス王国に併合して生まれた州です。なので、古くからの州民は、ウェルネスに従ってやっている、という感じです。ただ、今の若者たちはウェルネスともっと歩み寄り、王国の一部として働くべきだという考え方が多いのです。だから、保守派と革新派」

「えっと、つまり――独立派と恭順派、という感じですか?」

「上手いたとえですね。それが正解です」

 アンドレは微笑んで頷き、ルカに視線を向け直した。

「昔は、保守派――つまり、独立派の意見を代官が押さえていましたが、代官の代替わりに即して、だんだんと独立派の意見が抑えられなくなってきたのです。若者たちも、独立か恭順かで分かれており……今回の議論は、ひどく荒れそうなのです。ルカ様のお立場も難しくなってくるかと」

「そうかもしれないわね……こういうことなら、お父様が来てくればよかったのに」

「シズマ様は、やはりお忙しいのですか?」

「ええ、女王様のお傍に付きっ切りで――お母様も、その補佐に」

「――そう、ですか。何事もなければよろしいのですが」

 アンドレは少し顔を曇らせながら言う。だが、すぐに視線を上げ、にこりと微笑んだ。

「まあ、こちらからどうして欲しい、ということではありませんので。ルカ様は、ルカ様のお立場で会議にご参加ください」

「もちろん、そのつもりよ。ありがとう、アンドレ。貴重な意見をくれて」

「いいえ、お気になさらず。では、ルカ様、ステラ様、お二人とも、宴会をお楽しみください」

 アンドレは優雅に一礼し、その場を離れる。それを見届けてから、ルカは髪の毛に触れながら小さく言う。

「明日の会議は、面倒くさそうね」

 その顔色は、本当に憂鬱そうで――ステラは何の言葉を掛けることができなかった。

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