第7話

「――よく、ここが分かったわね。ステラ」

「街の人が、川の方に走っていくのを見ていて。この辺をしらみつぶしに探していました」

(なんとなく、ルカ様の性格的に、素直に雨宿りしているとは思わなかったし)

 だから、物陰のあたりを重点的に探していた。

 見つからないことを覚悟していたが――無事に見つかって、よかった。

 ステラはほっと一息つきながら、傘を下ろして橋の下に入る。そこには、ルカが力ない笑顔でそこに座り込んでいる。その表情に、胸の奥が痛む。

 ステラは黙って、ルカの隣に腰を下ろすと、彼女は視線を上げてつぶやく。

「ここはね……お父様やリヒトも知らない、私だけの場所」

「……すみません。そんな場所にお邪魔してしまって」

「ううん、ステラならいい……ありがと。見つけてくれて」

 そっとルカが身を寄せてくる。ぶつかり合った肩から伝わってくるのは――冷たさ。身体が、冷え切ってしまっている。

「ルカ様、大分、身体が冷えていますよ……これを」

 ステラは鎧の上に羽織っていた上着を、ルカの肩に掛ける。ルカはありがと、と小さくささやく。雨に、かき消されそうなくらい、小さな声だった。

「――温かいわね」

「ルカ様の身体が冷えているのですよ……もう、戻りませんか」

「もう少しだけ、ここにいて。お願い」

 その声は、小さく寂しげだった。指先が幼子のように袖を引いてくる。

 ちら、と雨の様子を確認し、ステラは小さく吐息をついて微笑んだ。

「じゃあ、少しだけ雨宿りしていきましょうか。ご一緒します。ルカ様」

「……うん、ありがと」

 その言葉はちょっとぶっきらぼうで――だけど、言葉の端から嬉しさが滲んでいた。


 雨が小降りになっていく。その様子を眺めながら、ぽつりとルカが聞く。

「お父様から、事情を聞いた?」

「というか、リヒトさんからです。心配していましたよ」

「……そう、リヒトにまで迷惑をかけてしまったのね。足が悪いのに」

 ルカは自嘲するように笑い、そっと自分の膝を抱え込む。ステラはちら、とルカの顔を見やりながら訊ねる。

「シズマ団長と喧嘩したそうですが……原因はもしかして、私の……?」

「……火種はそうだけど、結局は、私の八つ当たりなの」

 ルカは抱えた膝の上に顎を載せ、小さくため息をついた。その目を伏せさせ、ゆっくりとした口調で続ける。

「全部、分かっているの。お父様の方が正しい。お父様らしく、私たちを心配していろいろしてくれている。でも、納得できなくて……」

「ちなみに、なんて言われたのですか?」

 何となく聞いている限りだと、ステラ以外のことでも揉めているようだ。

 ステラは訊ねてみると、ルカは苦笑い交じりに告げる。

「いい人はいるのか? って。暗に結婚を促されたわ」

「あぁ……それはいけませんね。というか、余計なお節介です」

 思わず心中を察してしまった。

 別に、結婚のことを考えていないのに、周りから言われると煩わしいだけである。ステラも、上司の騎士から絡まれたことがあった。

 その通り、とばかりにルカは大きく頷いて、唇を尖らせる。

「私は結婚したくない、というか、男の人にあまり興味ないのよね」

「あ、そうなんですね。私も同じです」

「それなのに、お父様は好き放題言うし、おまけにステラも持っていこうとするし」

「なんというか……まあ、団長の気持ちも察しますが、身勝手ですよねぇ」

「ほんと、なんで私の気持ちを分かってくれないのか……」

「親の心子知らず、と言いますが、子の心を分かってくれませんね。というか、乙女の複雑な心を分かってくれない、といいますか」

 なんとなく、共感してしまった。

 シズマには悪いが、確かに、乙女心の複雑な部分を逆撫でされている感じがある。

 うんうん、と頷きながら、ルカはそのまま愚痴を続ける。

「本当に、お父様は昔からそういうところがあって。お母様もやきもきしていたところがあるのよね」

「そうなのですか?」

「うん、よくお母様に稽古つけられた後に、愚痴られていた」

 あとはね、とルカは思い出したように愚痴を続けていく。

 いつもルカが機嫌を損ねていると、団子で機嫌を取ろうとすること。

 何で機嫌を損ねているのか、いつも察してくれないこと。

 それが分からないのに、自分が一方的に謝ってくること。

 とめどない愚痴に、ステラは微笑みながら頷き、相槌を打つ。

「そうなんですね……ふふっ」

「ん? 何かおかしいかしら?」

 思わず笑みをこぼしたステラに、ルカは少しだけ眉尻を下げて訊ねる。

 はい、とステラは答えながら、ルカと目を合わせて微笑みかける。

「ルカ様って大人びていて余裕がある雰囲気をいつもしているので……今のルカ様は、失礼な言い方になりますけど、子供っぽくてかわいらしいな、って」

「本当に失礼するわね……私だって、愚痴ぐらい言うわよ」

「はい、知っていますよ。ルカ様」

 二人でくすり、と笑みをこぼし合う。

 橋の下で、間近な距離で二人は笑い合う。ルカはいつもの楽しそうな笑みを見せながら、目を細めてステラの手をそっと握ってくる。

「ありがと。ステラ――大分、気が楽になったわ」

「それはよかったです。丁度、雨も止んできましたね」

 視線を外に向ける。水がしたたり落ちているものの、新しい雨は降っていない。雲の切れ間から、日が差し込んでいる。まるで、天からの梯子のようだ。

 その景色を見て、小さくルカは微笑みを浮かべる。

「うん、そうね……戻りましょうか」

「はい、お供します。ルカ様」

 ルカは立ち上がり、その傍にステラは控えるように立つ。そのまま、二人はまた笑みを交わし合うと、二人で連れたって街を歩き始めた。

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