第2話
翌日の昼――ルカとステラは街の外にいた。
並んで馬を歩ませながら、ルカが大きく背伸びをして、にっこりと振り返った。
「いい天気ね、遠乗り日和だわ」
「そうですね……こんな状況でなければ、喜べるのですけど」
対するステラは、少しだけ緊張し気味だった。
平原をぐるりと見渡し、何度も人影がないことを確かめ、そわそわとする――終始落ち着きがない。その様子に、ルカが苦笑いしながら馬を寄せてくる。
「落ち着きなさいよ、そうしないと意味がないのだし」
「そんな、落ち着けると思いますか……? ルカ様……」
ステラはルカを見つめながら小さくため息をこぼし、辺りをもう一度見る。
周りにいるのは、三人の騎士――たった、それだけだ。
ステラとルカに至っては、完全に丸腰。それどころか、二人して私服姿で馬に乗っているのだ。無防備すぎる姿――矢が一本、飛んでくるだけでピンチだ。
だが、ルカは楽しそうににっこりと笑い、首を傾げた。
「囮作戦、でしょう? これで食いつかなかったら、笑ってやるわ」
「お願いですから、領主様自ら囮を買って出ないで下さいよぅ……」
思わず懇願するように言う。付き合わされた三人の騎士も、さすがに表情が硬い。
(そりゃそうだよ……もし、これでルカ様に傷一つでも負わされたら、団長に殺される……)
ステラが身震いを一つすると、ルカはにこにことステラの姿を見つめる。
「ステラ、よく似合っているわよ? その服」
「それはどうも――ひらひらして、すごく落ち着かないのですけどね……」
ステラは半眼になりながら、自分の服を見る。
それは私服――正しくは、ルカから貸してもらった服だ。
水色のワンピースであり、スカートのフリルがひらひらと舞っている。袖にリボンもあしらわれており、しかも肌さわりもいい――。
明らかに、高級品。落ち着かないことこの上ない。
「うん、髪もいい感じに編めたし。素敵なお嬢様ね。ステラ」
くすり、と笑みをこぼすルカは、遠乗りを純粋に楽しんでいるように嬉しそうだ。その無邪気な笑顔を見つめ、ステラは仕方なしに吐息をついて苦笑する。
「仕方ないですね、本当にルカ様は……」
「ふふ、ごめんなさい。でも、効果的だと思うわ。きっと」
「それは認めますけど。危ないんですからね」
「信じているわよ。ステラ」
「それは――もちろん、守りますけど」
「頼もしいわ」
本当に上機嫌そうに、ルカはるんるんと頭を左右に振る。さらさらと揺れる髪の毛が、陽光を受けてきらきらと光を散らす。
その他愛もない仕草に思わず、頬を緩めていると――ふと、背後の騎士が声を上げる。
「ルカ様、ステラ様――釣れました」
視線を巡らせ――平原の向こうから駆けてくる姿が見えた。ステラは目を細めてそれを眺めながら言う。
「情報通り、三十前後。装束は、異民族系ですね」
「あら、残念。もう少しのんびりステラと遠乗りしていたかったのに」
拗ねたように唇を尖らせるルカ。緊張感が全くない。
ため息をこぼしながら、ステラは少し進み出るように馬を出した。
「ルカ様は後ろにお控えください――私たちで、相手取ります」
そう言う間にも、野盗たちは近づいてきている。布で顔を覆っている野盗たちは近づいてくる――ステラは、悠々と前に進み出て声を掛ける。
「何者ですか。手を出すのであれば、容赦はしませんよ」
「はっ、粋がるお嬢さんだ。なに、大人しくすれば悪いようにはしねえよ」
近づいてきた野盗の一人が、がらがらの低い声を上げる。威圧するように、後ろに控えている男たちはこれ見よがしに棍棒を振る。
じり、じりと迫ってくる野盗たち――これだけの圧力があれば、並大抵の女子なら震えあがり、立ち竦んでしまい、あっという間に彼らに捕らえられてしまう。
(――ま、そんな軟な鍛え方を、していないけどね)
ステラが表情を動かず、馬上で動かないのをいいことに、野盗の一人がステラに手を伸ばす。それを一瞥すると、ステラは手を持ち上げた。
腕を払い除けるように一閃。交錯の間際、その袖を絡めて腕を引き――。
馬の上から、地面へと勢いよく叩き落とした。
「――は?」
「お、おい、お前、女に腕叩かれたくらいで落ちるんじゃねえよ」
野盗たちがせせら笑う中、地面に落ちた野盗は受け身も取れなかったのか、腰を押さえて声なき呻きを上げている。
「観念しろ、小娘――」
他の野盗が二人、ステラを両側から手を伸ばし――ステラはため息をこぼした。
(ここまで、ひ弱に見られるのも、腹が立つかも……)
腕を鋭く払う。先ほどと同じ要領で、腕を引っ張って体勢を崩させる。その勢いのまま、腕を振りほどいて地面に叩きつける。
それを見ていた野盗たちは、ぽかんとして――我を失っている。
「あはっ、見事よっ、ステラ!」
後ろから楽しそうにルカが両手を叩く。その声に我に返った野盗が切羽詰まった声を上げる。
「この女、やべえぞ!」
「全員で畳んじまえ!」
「気づくのが、遅いッ!」
ステラはそう叫ぶと同時に、袖の下から石礫を取り出し、腕を一閃。
ごっと鈍い音を立てて、野盗の一人の肩に炸裂。悲鳴と共に落馬する野盗。それを見届ける間もなく、続けざまに二つの石礫が宙を駆け、野盗を二人打ち据える。
その間に迫ってきた野盗の手を躱し、ステラは袖の中から短刀を引き抜いた。その逆手で短く斬り上げた刃が、野盗の腕を引き裂き、血花が咲く。
「ぎゃああぁっ!」
耳障りな悲鳴を聞きながら、ステラは馬を後ろに下げつつ、刃を突きつける。
その横に並ぶようにルカが馬を進め、凛とした声で告げる。
「我ら、ナカトミ辺境連隊――弱きを襲う卑劣な輩たちよ、このナカトミの名に置いて成敗する――覚悟しなさい!」
その名乗りに、野盗たちは目に見えて浮足立つ。一部の野盗は逃げようと馬首を返し――。
不意に、空を裂いた何かが、その野盗を打ち据えた。
破裂音に近い音と共に、逃げ腰の野盗が吹き飛ぶ。
ステラが目を見開く前で、最後列にいた一人の野盗が進み出た。その手に握られているのは――革の、鞭。顔に巻かれた布の合間から、紅い瞳が爛然と輝く。
その姿に、畏怖したように一人の野盗が震える声で呟く。
「あ、姐御……っ! まさか、自ら……」
「貴様らが役に立たないからな――ふん、役立たず共め」
高慢に告げたその野盗の声は、澄んだアルトボイス――低いが、どこか艶がある。明らかに女の声だ。その身体に漂う気配に、ステラは手を挙げてルカを制する。
「お下がりください――ここは、私が」
その仕草に、ほう、と感心したようにその鞭を手にした女は言う。
「なるほど、さすが騎士だ。一対一の勝負――よかろう、それを受けよう」
(……そういう意味じゃなかったけど)
ルカを庇うための動きだったのだが……逆に、好都合だ。ステラは息を吸い込み、確かめるように訊ねる。
「そちらも手出し無用。一対一で、この勝敗を決める。それでいいかな」
「無論。負ければ、そちらの要求を何でも聞こう。だが、私が勝てば――」
「ええ、いいわ。こちらも、そちらの要求を呑みましょう」
さらりと答えてしまったのは、ルカだった。思わず驚いて振り返ると、彼女はくすりと笑い、ステラの肩を叩く。
「任せたわよ。ステラ」
「――勝手に決めないで下さいよ」
一気に圧し掛かった責任に、思わずステラは深くため息をこぼし、ちらりと他の三人の騎士を見る。その騎士たちは、ほんの微かに頷いてくれる。
(――いざとなれば、約束を反故にしてでも逃げればいいだけ……)
ステラはそう思いながら、覆面の女を見つめ返して告げる。
「その挑戦――受けて立ちましょう」
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