第7話
ステラの言葉は、その部屋の中に静かに響き渡った。
ルカは答えない。何も、口にしない。
その沈黙が恐ろしく――それ以上に、彼女の言葉を聞くのが怖かった。
(――やっぱり、失望された、よね……)
あまりに、身勝手なことだと思う。
それでも――ここのみんなの眩しさに触れて、ステラは思い知ったのだ。
ここは、自分に相応しくない――ここにいたら、いけないのだ。
(そうだ、ここにいたらいけない――暇を、もらわないと……)
ステラは喉を震わせ、覚悟を決める。
勇気を振り絞って顔を上げ、口を開こうとした瞬間、そっと人差し指に指が当てられた。
その視線の先で、ルカが少し寂しそうに目を細める。ひっそりとした笑みを浮かべ、そっと腕を伸ばし――。
気がつくと、ステラの頭はルカの胸の中に包まれていた。
「大丈夫よ。ステラ。貴方が相応しくない、なんてことは絶対にない」
「でも……っ!」
「だって――その経歴を判断した上で、私が貴方を引き抜いたのだから」
「……え?」
思わず、呼吸が止まった。それをあやすように、そっとステラの頭が優しく撫でられる。ルカは穏やかな声でゆっくりと告げる。
「お父様――団長から手紙をもらったの。命令違反で処分されそうになっている子がいる、って。なんとなく気になって、詳細を調べた。報告書の全てに目を通したわ。それでこの子が欲しい、って真っ直ぐに思って――お父様に手紙を返したの」
「――え……?」
「だから、もしかしたら謝るのは私の方かもしれないのよ? 私が余計な口出しをしたから、こうしてナカトミに来る羽目になったのかもしれないのだから」
驚いてしまって、二の句が継げない。やがて、ルカはゆっくりとステラの身を離して、真っ直ぐに目を見つめてくる。ルカの、澄んだ黒い瞳。
それが月明かりの欠片を宿したように煌めきを放つ。
「まだ信じられないのなら――私の見解を告げるわ。確かに、貴方の命令違反は認められたものではない。だけど、その結果、尊い民の命を救ったわ。それに――貴方は部下を恫喝して巻き込んだ、と言ったけど、それは嘘ね」
「え――いえ、そんなことは……」
「そうね。そう言わないと、部下も命令違反の責任を問われる。だから、自分だけ責任を被るために、そういうことにしたのでしょう? ステラ」
仕方なさそうに首を傾げ、ルカはそっと指を伸ばしてステラの頬に触れる。
「貴方、嘘をつくとき、ぎこちなくなるもの。よく分かるわ」
「――ルカ様に、嘘はつけませんね……」
ステラが力なく苦笑いをこぼすと、ルカはおかしそうにくすりと笑って頷く。
「ええ、貴方の癖はもう、知っているわよ――とっくにね」
小さく指先が動き、頬をのぼっていき、目尻の涙を拭いながらルカはささやく。
「嘘がつけず実直な人柄。それでいて、誰かが困っているときはためらうことなく動ける。そんな人を、私はずっと求めていたの」
その穏やかな声が、優しい視線が、柔らかい指先が。
包み込むようにステラの心に響き渡る――凍てついた心が、次第に溶けていく。
思わず身を震わせる。込み上げた熱のまま――喉を震わせて訊ねる。
「――いい、のですか?」
「うん?」
「私が――ルカ様のお傍に、お仕えしても……?」
「貴方以外、あり得ないわ」
「ほん、とうに……?」
「本当に、本当よ。もう、どこにも行かせたくないくらいよ」
そっと髪を撫でながら、彼女は辛抱強く囁いてくれる。何度も、何度も髪を梳きながら安心させてくれるように声を掛けてくれる。
その嬉しい言葉に――ステラの目から、また涙がこぼれてくる。
大粒の声を流しながら、いつの間にか嗚咽をこぼす。子供のように泣きじゃくる彼女を、ルカは優しく抱きしめてくれる。
「ステラ――ずっと、一緒。一緒だからね……?」
「はい……っ、ルカ様、ずっと、お傍に……っ!」
抱き合う二人を、月の光がいつまでも照らし続けていた。
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