第6話

 浴場を出た後のことは――よく覚えていない。

 気づけば、ステラは自分のベッドの中で布団を被っていた。

 様子を見に来たリヒトに、食事はいらない、と伝えた記憶がうっすらとある。布団にくるまっているはずなのに、身体が冷たい。

 まるで、心に吹いた風が、身体を凍えさせているみたいだ。

(――親切に、して下さったのに……失礼を、働いてしまった)

 布団から顔を出しながらぼんやりと思うと、また胸がちくりと痛んだ。

 最後に見た、呆然としたルカの顔が離れない。ステラはきつく目をつむりながら思う。

(やっぱり、私は――騎士でいては、いけないんだ)

 ルカと副官なんて大それた役目――できるはずがない。

 あんな失態を犯した自分が、こんな素敵な場所にいてはいけない――。

(明日、辞表を、出そうかな……)

 そんなことを思って、胸がまたちくりと痛み――。

 ぽろりとこぼれた涙が枕を濡らす。枕に顔を押し付け、心の痛みを必死にやり過ごすしかできなくて――。

 ふと、しなやかな指が、髪に絡んだ。

「ひゃ……っ!」

「あ、ごめんなさい――驚かせて、しまったわね」

 驚いて視線を上げると、そこには着物姿のルカが立っていた。いつの間に入ってきていたのか――背後の扉は薄く開いている。

「ノックはしたのだけど……寝ているのかな、と思って」

 ぼんやりしていて、全く気付かなかった。

 ステラは申し訳なくなり、上目づかいにルカを伺う――窓から射す、ほのかな淡い月光に照らされた彼女の表情は、少しだけ困ったように眉が寄っていて。

 その瞳が、小刻みに揺れていて――心配してくれているのが分かる。

 それがまた申し訳なくて、枕に視線を伏せさせると、ルカはそっと髪を撫でる。

「ごめんなさい――なんだか、無神経なことを、言ったわね」

「い、え……そんなことは……私が、悪いんです……」

 掠れた声をこぼすと、ルカは少しだけためらうように口ごもり、訊ねる。

「もしかして……貴方がここに来る原因になった、あのこと?」

 その声に、ステラは目を閉じる。しばらくの沈黙の後に、口を開いた。

「はい……そう、です」

 彼女は引継を受けている。知っていて当たり前だ。

 だから――もう、逃げない。白黒、はっきりつけよう。

(それで、ルカ様に、判断してもらう。ここで私が相応しいかどうかを)

 覚悟を決めて、ステラはゆっくりと身を起こす。そのまま、ベッドの上で正座をして、ルカに向き合った。真っ直ぐに、目を見て。


「私は――命令違反をした罰により、こちらの赴任を任じられました」


 それは今から丁度、一か月前のことだった。

「夜明け前、私は上官と共に、王都周辺の哨戒任務をしていました」

 その日はとても涼しかった。馬で走っていて、心地が良かったのを覚えている。正騎士一名と、中騎士三名による五百名ほどの部隊。

 調練を兼ねた行軍であり、治安維持を兼ねての行動だった。

 それを発見したのは、ステラだった。煙が、村からあがっていたのである。

「最初は焚き火かと思いました。ですが、夜明け前には不審だと思い、正騎士に報告。私が先駆けとなり、正騎士と共に五十名で村へと向かいました。そこで見たのは――野盗、でした」

 複数の野盗が、村を襲い、火をつけていた。

 荷馬車には縛られた少女たち、地に伏しているのは男たち――それを見て、ステラはすぐに駆け出そうとした。

 だが、それに上司の正騎士は待ったを掛けたのだ。

「野盗の数は、不透明でしたが五十はいそうでした。それを、騎士の五十で対応するのは下策として、正騎士は待機を命じ――自身は、一隊を率いて味方を呼びに行きました。ですが、その間に、野盗たちは逃げ出そうとして――それを、見過ごせなかった」

 そこで苦笑いを浮かべ、ステラは淡々と感情を込めずに言う。

「一人で突っ込むわけにはいきませんでした。渋る部下をその、恫喝して強制的に引き連れ、盗賊を強襲――たちまち、激戦になりました。従った部下は、十人しかいなかったので」

 部下たちは三人倒れた。ステラは、それでも踏ん張り、野盗を相手取る。

 やがて、駆けつけた正騎士の部隊により、野盗は全て残らず捕らえられたが――。

「三名は骨を折る重傷。五名は軽症――命令違反により、部下から怪我人を出した。このことは正騎士から上層部に報告され、謹慎処分になり、そこで沙汰を待つことになりました。当然――命令違反は、重罪です。しかも、恫喝して部下を巻き込んだのです。免職になってもおかしくはなかった」

 野盗に突っ込んだことは、後悔していなかった。

 だけど、部下を巻き込んだこと、そして無様に懲戒免職になるのは、孤児院の養父たちに申し訳なくて――。

「ですから、この処分を聞いたとき――不服でも応じるしかありませんでした」

「不服、だったの?」

 そこで初めてルカが訊ねる。心配そうに瞳を揺らす彼女に、ステラは小さく苦笑いを浮かべた。

「上官から、ここは何もない田舎と教わっていましたし――やはり、身勝手な行動が原因でこうなったということが、養父に申し訳なくて。今は、ここを嫌っているわけではありません――むしろ……逆で……」

「逆……?」

「はい――この場所が、とても好きになってしまいました」

 二日間で、この場所の居心地が良くて、眩しく思えるようになってきた。

 リヒトや騎士たちは優しくて、ルカはいつも気に掛けてくれて。

 ごはんも美味しいし、空気もいい場所で――なんとなく、人との距離も温かい気がして……。


「だからこそ、ここの騎士として――私が相応しくない……そう、思うのです」

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