第5話

「サンベルジュよ、私達の使える光の主は言った。あの青い楽園に行くには君の友人であること、つまりあの“光の主の囁き”に答えられる者だ。光の主の心を感動させるものを持って厳しい日々を強く生きる心優しい者だけが認められる、それが遥かな古からの約束だ。そして何者もその問いを受ける資格がある」

 それを聞くとルカを握り締めていた手が緩みました。

 ルカはそれで息を吹き返しました。

「ロゾよ、確かに君の言うとおりだ。よし、光の主との古の盟約に従おう。ルカよ、お前に“光の主の囁き”を伝えよう。お前の答えが光の主の心を感動させなければ、お前を常世の暗闇に落とそう」

 サンベルジュはそう言うと、ゆっくりとルカに言いました。

「ルカよ、聞くが良い、“光の主の囁き”はこうだ。“お前達人間はこれから心に何を抱いて生きてゆくのだ?”」

 ルカはゆっくりと息を大きく吸うと、目を静かに閉じて考えました。

(僕達はサンベルジュの言うように大地や海を、そして空を汚してきた、それでも僕達は生きている。僕達はそんな世界で何を抱いて生きるのだろう、辛い労働の日々、哀しい人との別れ、泣き出しそうなひとりぼっちの夜。僕はそんな日々の中で何を抱いて生きてきたのだろう、お父さんの居ない世界で、僕はお父さんの夢を叶えるために生きてきた。誰のためでもなく、それが自分のためだから・・でも、その先に何があるのだろう、そして何が僕を突き動かすのだろう・・それは、その先に未来があるからだ、そしてその未来に僕達はある光輝くものを期待しているからだ)

 ルカはそこまで考えると、身体を括りつけた紐を外しました。

 もし自分の言葉が間違っていたら常世の闇に落ちるためでした。そして両手を大きく広げて、ルカは大きな声で言いました。

「希望だ!サンベルジュよ、僕達は希望を抱いて生きている!夢の続きを悲しい夜の向こうに願って希望を抱いて僕達は生きている。サンベルジュ、聞いてくれ。僕は青い楽園に行きたいと心の底から願っている、それはお父さんに会うためだ」

「お父さんに会うためだと?」

 サンベルジュの言葉が風に乗り、ルカの耳に届きました。

「お父さんは優秀な飛行艇乗りだった。嵐に巻き込まれて墜落するようなお父さんじゃない。お父さん、いや・・父はサンベルジュ、お前の巻き起こすこんな嵐で落ちるような飛行艇乗りじゃない」

 サンベルジュは無言でルカの言葉を聞いていました。静かな強い怒りに満ちた沈黙が訪れました。

「幼い頃に空へ旅立った父はきっと生きている。父は“光の主の囁き”に答え、青い楽園で生きていると信じている。だからこそ僕は再び父に会えることを希望にして生きている。そして飛行艇乗りとして成長した自分を、同じ飛行艇乗りとして父に認めてもらいたい!」

 沈黙の中でルカは静かに懐からロゾを優しく抱き出すと、小さく“ありがとう”と、言いました。

 お別れでした。

 ロゾはルカの優しい眼差しを見ました。その眼差しの奥に輝く星が見えました。それはロゾが前に見た飛行艇乗りの眼差しと一緒でした。

 ロゾの羽が風に靡いて動いた音が聞こえました。ロゾはルカのほうを見て満足そうに頷いて、静かに空へと飛び出しました。

 それを見届けた後、ルカはサンベルジュの強大な目を見ました。

 最後の言葉を言うためでした。

 ルカの瞳の中で輝く星が流星となってサンベルジュの巨大な目に向って流れ落ちてゆきました。

「沢山の美しいものを汚し、破壊した僕達は愚か者だ。そんな愚か者だけど、僕達は希望を持って生きている。もう一度、言おう、サンベルジュよ!“お前達人間はこれから心に何を抱いて生きてゆくのだ?”という“光の主の囁き”に対する答えはこうだ!僕達はどんなに厳しい世界に生まれても決して諦めず、そう、心に・・心に希望を抱いて生きていくのだ!」

 それを言うと空が大きく割れて、大きな稲妻が飛行艇に落ちました。

 一瞬ルカの瞳にその稲妻の中でサンベルジュの巨大な瞳が見え、そこから光輝く手が落ちてゆくルカの腕を掴んだように見えました。でもルカは薄れてゆく意識の中で、そんなことはどうでも良くなりました。

 身体の感覚が無くなり、そして後はルカの耳に静寂が聞こえ常世の暗闇に落ちてゆくのが分かったからでした。

 最後に涙が頬を一滴落ちてゆきました。

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