第4話 モブお嬢様は情報網とお近づきになりました。
サロンの申請用紙を貰いに職員室を訪れると、担任の栄田先生から思わぬ言葉を投げかけられた。
「サロンの紙なら既に預かっているが…、変更したいのか?」
「……へ?」
「ほら、これだろ。」
ホントだ。私が書いたものに違いないが、記入欄は消したと思っていたのに『羽馬拓翔』と、書いてある。
栄田先生から紙は返してもらい、まだ決められていないから保留にしてもらい事なきを終えた。…まだ受理されていなかったのが救いだ。
うっかり先輩の名前を書いて、うっかり上級生だろう男子生徒に渡したなんて、ううぅ…私の大馬鹿者。
教室に戻り、ホームルーム前の休憩時間を思い思いに過ごすクラスメイトを横目に、咲の姿を探してみるが。まだ来ていないみたい。
スルスルと席まで向かう途中、女子生徒同士で話す内容に耳を傾けた。
「――河永さん、あの
「あれだけ学園内で攻防を続けてれば、長くは続かないと思ってたけど、…あれだけ可愛くて頭がいいんですもの。生徒会が欲しがるわよね。」
彼女達が声を顰めながら携帯で見ているのは、学内サイトだろう。
公式のものだから信憑性のある情報しか載っていない。大半の生徒は日課のように確認しているに違いない。昨日生徒会入りを決めた咲は、ますます注目を浴びてしまうのだろうな。
それよりも、今は。
入学式を終えて二日目。あまりにも情報が足りなさすぎて、サロン…もとい各親衛隊に関するパワーバランスだとか、横の繋がりだとか、知らない事ばかり。
教科書を机の隅によけて、ペン先で申請書をつつきながら「むむむ…」と唸っていると。
「枢木さん。サロン決めでお困りですか?」
頬杖を突いたまま視線を上げ、あまりにも近距離に迫った美女の顔にギョッと仰け反りそうになる。
肩まで伸びる黒髪はストレートで、赤縁のスクエア型の眼鏡で覆われてしまっているが、橙色のツリ目がこれ以上ないくらいに見開かれていて、ちょっと怖い。
「えっと、はい。でも、よろしいのですか?」
声を掛けてくれた彼女の後方を見やると、前傾姿勢の女子生徒達(男子生徒も若干名)がずらりと並んでいるのだ。私より彼女達を優先すべきなのでは?
「…ああ、気にしないでちょうだい。彼女達にもこれから学園内の事を教えるつもりだったの。枢木さんも、説明が必要かと思ったので。」
――あ。そうか。彼女は、入学式の日教室で輪の中心にいた人物ではないか。
「あの、是非参加させてください。」
「ええ、いらっしゃい。――さあ、皆様。席について下さいな。」
そうして、彼女――
学園の主なルールの説明が終わり、今代の生徒会役員や風紀委員で親衛隊を持つ人物の紹介、そして部活動や委員会の特徴が明らかになっていく。
「生徒会と風紀委員会が対等な立場であるのは学園創立の頃から変わりませんが、所属する人物の社会的立場が影響するのも否めませんわ。
今年の生徒会長と風紀委員長がそれぞれ財閥の跡取りですから、親衛隊の規模を鑑みても、将来的にはアドバンテージになると考え入隊する方が多いですね。」
元木礼緒。流石は有名新聞社の社長令嬢なだけあり、説明に慣れていらっしゃる。黒板前に出したスクリーンのグラフも質問に対する解答解説も的確なんだけど。
「成瀬生徒会長の好みは後程お伝えしますから、次の休み時間に来て下さい。そしてそこの君、今留学中の副会長様の事でしたら、二年の湯浅先輩に尋ねてみて下さい。親衛隊長としてそういった質疑応答を受け付けていますから。そこのツインテールの君。学園七不思議に詳しい先輩が放送部にいますから、君も一限の後に来てちょうだい。」
聖徳太子並みの耳の良さで、全部の質問を聞き取っているようで。彼女が一つ一つ指示を出していくと、また講義に戻っていった。
「――各親衛隊のプロフィールは手元の資料を参考にしていただければと思います。入隊する前に確認しておくべきなのは、大きく三つです。保護対象との交流方法、隊内ルールの相性、サロン主催の行事の有無。基本的には親衛隊の除隊・再入隊が認められていない所もありますので、慎重に吟味して下さい。今日は以上です。次回の開講日時はSNSで追ってお知らせしますので――」
一枚一枚捲りながら、保護対象と親衛隊長の家格や経歴を見ては『納得できる程の影響力をもつ』方達ばかりな事に、思わず苦笑する。
祖母様の指導の下、後継者として必要な教養や能力は叩き込まれていたけれど、親族内のパーティーしか出席した事がない。他の家や財閥との人脈も交流もないのは、この学園内では出遅れていると言えるだろう。
…きっとこれも祖母様達からの課題でもあるから、できるだけ規模の大きい親衛隊に入って、この3年間で私なりに実績を作らなければならないだろう。
――トントン
「枢木さん、参考になりましたか。」
「ええ、助かりました。元木さんの説明のお陰で、考えがまとまりました。ありがとうございます。」
「そう畏まらないで。私達クラスメイトなんだから、もっと気軽に。私の事は礼緒で構いませんわ。ね、瑠音さん?」
さりげなくウィンクして立ち去る礼緒さんに手を振り返していると、ピコッと手元の携帯が鳴った。――礼緒さんと、咲からだ。
礼緒さんからは、学園用アドレスにSNSのURLと昼食へのお誘いが記されていて。同時に咲から来たチャットの内容を確認してみる。
「えっ…」
咲からはただ「ご飯一緒に食べたい。今日時間とれる?」と、何だか元気のない文言に心配になってくる。
礼緒さんとの昼食は今日と決まってないだろうから、咲を優先しよう。
チャイム前に返ってきた『白ウサギ2匹が抱きしめ合う』可愛いスタンプに微笑みつつ、はたと我に返る。
「咲は生徒会の方にいるのかしら…?」
ホームルームで使う資料を二つ前の席の生徒から受け取りながら、咲の席を見つめた。
§
厨房から続く長蛇の列に並びながら、天井から吊るされている大画面で今日のランチメニューを確認してみるが、どれも美味しそうで選べない。
…無難に日替わりランチがいいかな。
ここのシェフは手際がいいのか、前に並んでいた40人があっという間にプレートを持って去っていき、ホカホカの食事にすぐありつけた。
咲は――探すまでもなく、隅の方にある二人席から控えめに手を振っていた。
「生徒会の仕事、任せてもらってるんだね。友人として鼻が高いわ。」
「え~、私は普通に勉強がしたいっ!部活も委員会も免除されてるけど、全っ然面白みがないもん!早く学外合宿で瑠音ちゃんと遊びたい!」
「ふふ、大変よね。咲は親衛隊決めたの?」
「それがね、――私自身親衛隊持つことになっちゃって、これから親衛隊長さんと顔合わせしてルール決めるの。堅苦しいのイヤなのに、決定事項だって~…。」
スープの器を両手にふうふうと息をかける咲の頭上に、見えない筈のウサギの耳がペタンと垂れたのが、幻覚だけど見えた。
生徒会の庶務と言えど、教師は介入せずトップに立つ彼ら生徒会が学園内の決定権の殆どを委ねられているため、年間行事の準備やスポンサーとの交流から末端の雑務までこなしていき時間も人手でも足りないそうだ。
実力に伴い役職が割り振られるそうだが、二人いる副会長の一人が留学中という事もあり、時期を早めて生徒会役員にスカウトされたのが、咲とS組の子。
新入生という事もあって、学園内の事を知るためにも一つ上の2学年の先輩が親衛隊長に選ばれたのだとか。
人懐っこい笑顔に少し陰りが見えて、天使の輪が浮かぶ艶のある茶髪を撫でて、楽しい話題を聞かせた。
話にも出た通り、5月頭に1年最初の行事――学外合宿があり、今日ホームルームで渡された資料もそれだ。
セレブ校なだけあって、リゾート地のホテルとプライベートビーチや数か所の大型施設が貸し切りになっている。その数日間は、咲も生徒会を離れて羽を伸ばせるので、美味しいスイーツやアトラクションの話に咲の顔もほんのり赤みが差した。
「グループ決めでは、何としても一緒になりたいね!そうだ!瑠音ちゃんは旅行の持ち物で買い足す物ある?できればお勧めの店を教えてほしいんだけど…――」
「え!?それなら――…」
ちょ…、ちょっと危なかった。咲のあまりの可愛らしさにうっかり行きつけの店を教えそうになってしまった。これでも隠れお嬢様なのだ。用心しなくては。
一応ご令様方が利用するブティックが建ち並ぶ大通りに、手頃な値段で揃えられる個人店があったので。予算の幅を確認しながら、店名と住所を教えた。
「咲。プリムラ通りは広いわ。ご自宅は近辺ですの?」
「実は…――」
いわゆる一般家庭で育つ咲は、外資系企業に勤める兄がいて、兄の個人宅から学園に徒歩通学をしているのだそう。
彼女のお兄ちゃん思いな一面にニマニマ頬を緩めていると、テーブルに影が差して。
「そこのお嬢さん、河永さんをお借りしてもいいですか?」
有無を言わせない雰囲気で割って入ってきたのは、噂の腹黒王子――寺井理で。明確な敵意に、口の端が引き
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます