第3話 モブお嬢様は怒涛の展開を目の当たりにする。
…一睡もできなかった。
『巨乳嫌いな男のためにやっただと?…ああ、やめとけ。んな嘘つく奴の事なんかさっさと諦めろ。身の丈に合った恋愛をしろ。』
保険医の言葉が良くも悪くもリフレインして、先輩にこっぴどく振られる悪夢まで見てしまい、大量の汗と共に起きたのが翌日の今日。
学園に着くなり咲にまたしても心配をかけてしまった。
「瑠音ちゃん、顔色が悪いよ。保健室行く?」
「…大丈夫よ。」
夢か現か。精神攻撃された私としては、あの保険医にはどうしても会いたくなかった。
それに、説教された翌日にまた怒鳴られたくない理由はもう一つあった。
――性懲りもなくあの下着を着けている事は、あの男には一発で見抜かれるだろう。ガミガミ怒られる事が分かっていても。先輩が嫌うかも知れない要素は減らしたかった。それに、いずれ――
先輩と仲良くなれば、過去の事だって、巨乳嫌いかだって真実を知る事になる。
一限目を示す鐘が鳴り、既に書き込みだらけの教科書とノートを開いた。
§
『――繰り返しお伝えします。1年S組清野英二君。1年A組河永咲さん。至急生徒会室にお集まり下さい。』
昼休憩に差し掛かるタイミングで流れた学内放送に、クラスメイトの視線が咲に向けられた。
当の本人は不思議そうな表情で硬直したのち、こてんと首を傾げてみせているが。私に縋る目を向けてくるのはあれか。引き留めてほしいのか。
その後本格的に鐘が鳴り、皆して食堂に向かっていく。
私も、と生徒証や携帯を持って後に続いた。
――右腕に抱き着き、黙り込む咲を伴う形で。
ガラス張りの建物内は天井が高く、テラス席と一般席は格式が違いすぎる。
テラス席の方ではセンスの良さそうなローテーブルと二人横になっても余る大きさの革張りソファがいくつも並んでおり、給仕に頼むランチメニューはオリジナルのものばかり。完全にサロンと化していた。
注目を集めるこの場所を陣取る彼らを観賞するためなのか、終始数百人の視線がのしかかってくる。
「それで、いつまで逃げ続けるのかな。子猫ちゃん?」
「以前も言いましたけど、生徒会には入りません。私には傍迷惑なお誘いですが、他の子息令嬢方は喜びになる筈ですので、そちらを当たってください。」
「ふぅん。随分強情だね。うちの会長が諦めてないから無理かな?
――それにしても、君の隣のその子は誰?」
明らかにお呼びでない。冷めた視線は私を一瞥してから咲へと移り、挑戦的なものに変わる。気が付けば咲と目の前の男子生徒の静かな攻防が再び始まっていた。
アウェイな空気の中。咲に抱きつかれて逃げられないので、状況を整理すると。
主席入学した咲は本来新入生代表の挨拶を経て、生徒会役員に抜擢される筈だった。
一度断った事で話は白紙になったかと思いきや、現生徒会役員に興味を持たれて行く先々で待ち伏せされたり。学内ニュースにも咲の生徒会入りを支持するような内容が書いてあったり、と。
――とりあえず。咲、完全に詰んでるよ。
友人の気持ちを汲んで口を挟まないが、向かいの男子生徒――生徒会書記の
「君が生徒会入りを拒んでも、面倒事はなくならないからね?」
「何を根拠に言ってるんですか。」
「う~ん。本当に分からない?」
寺井が突然立ち上がり、咲の腕を引き寄せた瞬間、上がった歓声に会話の続きが聞き取れなくなった。
「――ここで言うつもりなかったんだけど…(君の親衛隊発足が決まっちゃってるから、早急に足場を固めてほしかったんだよねぇ。それともお友達の方を巻き込んじゃっていいわけ?その子も案外可愛いから使えそうだよね…?)」
「―――ッ」
耳を澄ませても咲が顔を強ばらせた理由が分からなかった。
寺井と咲が睨み合いを続ける中、折れたのは咲の方だった。
話は終わり、運ばれてきた三種のイチゴが添えられたベイクドチーズケーキを私もご馳走になりながら。
咲の鬱屈とした様子にかける言葉を見つけられずにいた。
「お、枢木。ちょっといいか。」
教室に向かう道中、担任の栄田先生に呼び掛けられた。
スラッとした体躯に中性的な顔立ちの栄田先生は男女共に好かれており、目を見張る程の美人。
180センチはある長身の彼女が声のトーンを落とし、顔を寄せてきたので、思わず息を詰めてしまった。
「体調は大丈夫か。」
単に心配して言ってくれた言葉の筈が、先生の目は真剣みを帯びていて、続けて胸元にトンと指を置かれ、反射的に顔を上げた。
「…何で知ってるんですか。」
「私が君を介抱したからだよ。」
「?」
「枢木は知らなかったか。保険医の
驚きのあまり「似てない…」と呟けば、あの保険医、真瀬先生はルックスにコンプレックスを持っていて、ボサボサ頭や冴えない格好で隠しているらしい。
栄田先生に似て美形と言われても、見たいとは思わなかった。
「あいつよりは女心分かってるつもりだから、困った時は遠慮なく声を掛けて。」
先生の後ろ姿に見惚れて、はたと我に返った。
違うから。ときめいてないから。
§
午後の授業で栄田先生が科学全般を専門としている事を知り、あっという間に放課後を迎えた。
入学してからの一週間は『勧誘ウィーク』と呼ばれ、どの部活動やサロンに所属したいか申請を出すのを義務付けられている。
サロンは決めあぐねていたので、写真部へ申請書を提出しに来たんだけど。
「ここで間違いないのよね…?」
――パタンッ
扉の向こうには見ちゃいけない光景が広がっており、静かに閉めていた。
だって部員同士がイチャイチャしてるとは思わなくて、カーテンを閉め切ったそこはいかがわしいクラブだと思う事にした。
「し、失礼…しましたぁー」
「入部希望者かな?」
後退すると何かにぶつかり、長い腕に囲われてました。…あ、壁ドンというものですね。…な、何だろう。怖くもないのにお、悪寒が。
「あの、写真部の方ですね!これお願いします!では!」
「あ、ちょっと――」
申請書を押し付け、衝動で駆け出していた。
別に彼等と同類じゃなかったかもしれないのに、何で逃げ出したんだろう。
――
―――
脱兎のごとく走り去る少女を見送って、押しつけられた二つ折りの紙を開き、クスッと溢れ出た笑いを咬み殺す。
紙には可愛らしい文字で名前しか書かれておらず、希望箇所は何か書いて消した痕跡があるのみ。
「――羽馬、拓翔…?」
羽馬って言えば、確か隊員の入れ替えが激しく二分化したあの親衛隊のところだ。紙の持ち主は案外マイナーな派閥に思い入れがあるのかもしれない。
それにしても。
――明らかに慌てて部活とサロンの申請書を出し間違えたのが分かる。
己の胸元辺りであわあわと目を回していた様子を思い出すだけで…――
「あ~おっかしい。」
その男子生徒がご機嫌だった理由を写真部の部員達が知ることはないだろう。
§
しまったと思った時には既に遅く、新しい申請書を貰う事に決めた。
「思ったよりも入り組んだ所まで来ちゃったなぁ…」
振り返ると部室棟が見えない所まで来たらしく、戻るのが少し億劫だ。
本館から見て左手に部室棟があり、右手に各派閥が利用するサロンなどの施設がずらりと並んでいる中、その奥に佇む別館は異様なほど浮世離れている。
別名『華のエデン』と呼ばれているそこまで彷徨ってしまったようだ。
とりあえず途中にある図書館から続く渡り廊下を経由して本館に戻ろうとすると。
――嫋やかな日本美人が二人の美少年を連れ立って歩き…、イチャついていた。
黒髪をハーフアップにしている彼女は丸み帯びた頬を赤く染めて、顔が瓜二つの美少年二人からの甘い言葉やキスを当然のように受け止めているご様子。
それにしても、あの男子二人見覚えあるような…――あ。そうか。あれが噂の学園長の息子の
――私は、何も、見なかった。うん。
今日は余程不運に見舞われているかもしれないと思いながら、その場を後にした。
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