第2話 モブお嬢様は早くも後悔しました。

 各業界のトップを争う家系の子息息女が通える、都内にあるセレブ校『幸城ゆきしろ

学園』。


 薄桜色に染まった花に迎えられて敷地に入るのは、何もセレブだけではない。

 皆と同じ白を基調とした制服で身を飾りながらも、人目を引く容姿の少女が二人――


 一人は、栗色の髪と紫色の大きな瞳をもつ、ショートボブの少女。

 活気な性格を体で表したかのように、スキップしそうな足取りで校舎に続く石畳の道を歩いている。

 入学式の緊張で張りつめた空気を溶かす、陽の気に溢れた彼女の名は――河永咲かわなが さき


 特待生制度で入る生徒はあまり顔を知られておらず、その際立った可愛らしい顔立ちと眩いほどの笑顔はあっという間に学内サイトにまで広まるほど。


 そして彼女より少し遅れて、学園門前に横付けされた車から降りてきた、長い黒髪をハーフアップにした小柄な少女。

 静々と歩き進むたびに黒髪が風に靡き、伏せられた琥珀色の瞳は庇護欲をそそるほど美しい。

 和風美人のような佇まいで前を通るだけで数々の子息の目を奪う彼女の名は――白雪しらゆきまりあ。


 ぽっと出のお金持ち、成金貴族でありながらもそれを見せない磨かれた所作。

 今も確実に勢力を伸ばす実家の関係で、限られた者が在籍するSクラスに入るからこそ。周りの妬みもやっかみも払いのけるだけの実力が、彼女の存在をより際立たせていた。


――よぉし!友達、いっぱい作るぞ!

 元気な彼女は、これからの学園生活に想いを馳せて。


――皆、仲良くしてくれるかな。打ち解けられたらいいな。

 嫋やかな彼女は、待ち受ける新生活に不安と期待を浮かべて。


 こうして、二人の対照的な主人公によって一つの乙女ゲーム『恋どきマニアック~貴公子の執愛~』が幕を開けようとしていた。


§


 徒歩通学で学園の敷地前の坂道を登りきると、どの子が新入生か、誰が注目を浴び騒がれているのか。聞き耳を立てれば分かった。


 セレブ校とはよく言ったものだ。顔を見れば大体苗字が分かるくらい家格の水準はやはり高い。


 以前の姓を名乗らない限り、私自身もバレはしないだろうと数少ない知人を探そうとしてみたり…――


 無意識のうちにとある人物がいないかと目をうろうろさせていると、聳え立つ校舎がすぐそこに見え、溜め息を吐いてしまう。


「はぁ~…って、今先輩を探しても仕方ないじゃんか。」


 先輩とは、この学園に入るきっかけとなった中学時代からの想い人、羽馬拓翔はば たくと先輩その人のこと。

 中二の時色々とあって参っていた私を救ってくれた彼は、チャラそうな見た目に反して優しく温かな一面を持っていて、気が付けば好きになっていた。

 一度振られたものの先輩の事が気がかり…放っておけなくて追った結果が今。


 全然気持ちは振り切れていなかったのだが。



 校舎のエントランスホールで生徒証を翳して中央のエスカレーターで向かう先は、5階にある『1‐A』の教室。

 

 幸城学園には選ばれたエリートが集められたSクラスの下に、AからCまでクラスが別れていて。基本特待生である私達はAクラスと決まっている。


 この学園が他と違う所といえば。

 Sクラスはこの中央にある本館ではなく、別館に教室と特別仕様の施設が揃っている事とか。

 セレブ校の最高峰というだけあり、皆見目のいい者ばかり。人にどう見られているか研究してきた努力家も居るだろう。


 先輩の事を置いておいても、十分楽しい学園生活が送れるとは、確かに思った。


 エスカレーターから一番近くのAクラスは思いの外騒々しさがあって、教室内を見渡せば中心人物のテンションで納得できてしまった。


 教室の後方で多くの男子生徒に囲まれている男子は、カイと呼ばれていて、少し離れた所から眺める女子生徒達の秋波には若干引いた。…本人は多分気付いてないんじゃないかな。

 彼は間違いなく誰からも好かれるムードメーカーなのだろう。


 窓際を占拠しているのは女子生徒の集団。魚市場のセリなのか闇オークションなのか。静かだがはっきりとした声で制している彼女は、どうやら学園内外問わず情報網を持つ強者らしい。


 そう耳打ちされて横を向けば、気さくに話しかけてきた少女がいるではないか。


「私、河永咲。同じAクラスの人ですよね?」

「ええ、私は枢木瑠音です。ちなみに河永さんって、入試でSクラスを凌いで一位だった有名人の?」

「えっ枢木さんも知ってるんですね!…ってこれ自慢とかじゃなくて、誤解しないでね?」


 私の問いに照れたりおどけた様子を見せる彼女は、噂本人のよう。

 現古英数理社の主な教科で満点を叩きだした彼女は写真非公開で新聞に載っていたのだけど忘れているのかな。


「河永さんならこの学園のどんなに気難しい人とも渡り合えそうね。」

「それは大げさ!枢木さんの事、瑠音ちゃんって呼んでもいいですか。私は咲で。」

「勿論よ。よろしくね、咲。」

「こちらこそよろしくね、瑠音ちゃん。」


 人柄のいい彼女は名刺でも配るのかってくらいの人数に声を掛けては楽しげに笑う。

 私はそんな咲と打ち解けたクラスメイトと交流を深めていたりした。



♪~


 体育館に移動する時間になり、敷地としては校舎より奥にある体育館に向かったのだけど、屋根が開いておりスタジアムのような外観になっていた。


 後方の保護者席を背に名簿順に座ると隣は咲だった。両親が海外出張で来てないとは知っていたが、何と咲の両親も共働きで来れなかったそう。 


「それにしても、見事に美男美女しかいないねぇ。」


 咲が感心して見ているのは、壇上に立つ生徒会役員らの事だろう。

 たしかにそうなんだけど、咲も入試の件とは関係なく十分目立ってるからね? 

 本人は周りの好意の視線なんかお構いなく、私に話しかけてくるし。


「…とても今更だけど、咲は新入生代表ではないの?」

「あ、それね。壇上に立って挨拶とか偉そうで嫌だから断っちゃったよ?」


 毎年恒例の新入生挨拶は、皆が注目する行事の一つ。

 多分咲の事だから、生徒会役員直々にお声がかかりそうだと苦笑していると。


 正面の壇上にスポットライトが当たり、入学式は始まった。



 生徒会役員のプレゼンでは、学園の設備や学内外行事の説明があり、咲に腕に抱きつかれたまま学園独自のルールを反芻していた。


 生徒会役員や風紀委員と同じく重視される存在は、必ずと言っていいほど親衛隊を持ち、派閥があるのだ。

 どこにつくのか。それによって学園生活がまるで違うのだが、私は悩んでいた。


 ――先輩の親衛隊に入るべきか。


 見守ると言っても親衛隊長でなければ所属しても独断で行動ができない。すなわち私自身先輩を手助けできるだけの力もステータスもない。


 親衛隊発足は第三者が申請してやっと受理される。やっぱり誰か影響力のある人物の親衛隊に入って背後を守るべきか。


「あれって、もしかして学園長…!?」


 プロペラ音がけたたましく聞こえる中、ヘリの梯子から華麗に飛び降りる学園長・神宮寺幸誠じんぐうじ こうせいの登場に、辺りは騒めいた。…そのために天井が開いてたのね。


 40代には見えない若々しい容貌に色めき立つのは、生徒より保護者の女性陣。なめらかな低音でピンマイクを確認するように「皆さん聞こえますか」と言いながら流し目をする学園長はアイドルのそれだ。


「…――君達はいわば僕の娘息子だ。この学園での経験が君達にとってかけがえのない物になるよう全力でサポートする。新入生の皆さん、改めて入学おめでとう。」


 正直学園長の有り難い言葉が頭を殆ど素通りしたが、颯爽と立ち去る後ろ姿を見て、学園生活が楽しくなる気がしてきた。


 それより。最後に校歌を歌う事になって、視界がぼやけているのが分かった。


 足場の平衡感覚も掴めず、前の椅子の背を支えにしようとして。


「――瑠音ちゃんっ!」


 咲の叫ぶ声を最後に、視界が暗転した。


§

 

 強すぎる日差しに観念して瞼を開けると、白い天井。薬独特の香りに保健室だと思い当たる。


 たしか入学式で校歌の最中に気分が悪く――


 シャッとカーテンが開き入ってきたのは、白衣を羽織った長身の男性だった。

 中途半端に長い前髪から覗くアーモンド型の三百眼にじっと見つめられ、頭を引き寄せられたと思ったら。怒鳴られた。


「何てモン着てやがるんだ、お前はッ!!」


 バストを抑える特別仕様の下着を見られたと顔が赤くなったが、こんこんと続く説教に縮こまる事しかできないでいた。

 いくら小さく見せたかったとはいえ、バストを圧迫する事がいかに危険か聞かされ、


「誰かにバレる以前に今回みたいに倒れて出席日数足りなくなってみろ。この学園からドロップアウトして社会的に抹殺されたいのか。」

「――ッ!」

「何でんなモン着けてたんだ。いいから言ってみろ。」


 ふざけた理由だったら確実に説教するという般若を潜ませた爽やかスマイルにおののきながらも話した。


――

―――


「そうか。早めに止めとけ。そんなん体のいい嘘だな。」

「なっ」

「同じ学園で過ごせば嘘かどうか分かるだろうよ。新入生は帰る時間だ。襲われねぇよう気をつけるんだな。」


 白衣を翻し立ち去るその姿が見えなくなったが、ドドッと冷や汗が止まらない。


 先輩は巨乳嫌いではない――?


 手に持った下着をつけ直しながら、私の行動理由を否定する保険医の言葉が頭から離れなかった。 

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