第5話 モブお嬢様は嬉しくない再会を果たしました。
昼食を終えて教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていると、何やら中庭の方が騒がしい。
中庭の様子を見ようと手摺りに寄り見下ろせば、辺りが人、人、人。
思い返せば食堂に残る生徒は少なかった。皆して中庭に集まっている事から、これから何かが始まろうとしているのだと分かる。
以前通りかかった『華のエデン』、Sクラスが集う円柱の塔からサロンの一角に続く豪華な赤い絨毯は優に百メートルあり、左右に並ぶ彼等は親衛隊だろうか。
丁度かの建物から現れた面子に地響きのような拍手と歓声が上がり、徐々に近づく中心人物達を見て、状況を把握した。
あれは、生徒会役員オールスターズ。
先頭を悠然と歩く男が生徒会長、成瀬翠。
柔らかそうな茶髪から覗く意志の強そうな翡翠色の瞳は親衛隊一人ひとりに向けられているようで、その場に崩れ落ちる者達が続出する。
細身だが鍛えられた肢体と中世的な顔立ちは王子の様だが、多くの者を従え頂点に君臨する獅子のような存在感を放つ彼の目は、捕食者のそれだ。
――うん、彼のとこの親衛隊は信奉者が多いようね。
成瀬翠の斜め後ろに控える長身の彼女が、親衛隊長の
紫紺の長い髪をポニーテールで纏め、切れ長な黒目で等間隔に立つ部下であろう彼等と目配せする様は、流石は生徒会副会長。あの頭の中でどれだけの情報が行き交っているのでしょう。
その後を続いて、生徒会会計の寺井理と庶務の河永咲。
身長が低い寺井(167cm)が醸し出す威圧感は実際より存在を大きく感じさせ、小柄な咲がより華奢で愛らしく見えている。
この二人の眩しい笑顔に当てられているのは分かるけど、彼等の恋人繋ぎされた手に、誰もツッコまないのか…。近い将来、生徒会公認のカップルになっていそうだ。
――咲が、困ってなければいいんだけど。
今年から入ったS組の男子生徒は目立った特徴のない凡庸な顔を眼鏡と鬱陶しそうな前髪で隠していて、冴えない見た目になっていた。悪目立ちしそうな所、周りの圧倒的顔面偏差値の前では存在自体半透明化している。
「総勢430名の親衛隊員を抱えていて、今年どれだけ増えるか、よね。」
…あれ?1学年が凡そ180人前後としても計算が合わない。他に100名以上の親衛隊はいくつかある。もしかしなくても、幸城学園の高等部以外――初等部、中等部も数に含まれているのではないか。
想像以上の規模に気が遠くなりかけて、午後の授業に間に合うよう急いで教室に戻った。
§
今日は木曜日。放課後中にサロンを選ばなくては。
サロンとして利用されている二つの邸を見上げながら、また資料に目を下ろす。
左の黒い屋敷が生徒会長を頂点とする、自由度の高い派閥が部屋やフロアを確保しており…――選ばれた隊員のみが個室を持つことを許されているらしい。
対する右の白い屋敷が風紀委員長寄りの保守的な派閥が拠点を置き、稀にリスクを考慮して隊なしの保護対象を預かったりしている、と。
この勧誘ウィーク中、保護対象達はサロンに籠る事はなく、隊員達にファンサをするか、部活の方に参加しているから。運が良ければ、見つけられる。
「…未だに先輩と会えないのはどうしてかな。」
礼緒さんがくれた資料の中に、羽馬先輩のプロフィールも勿論あったのだが、試しに読んでみて頭を抱えそうになったものだ。
会えなかったこの1年の間に、先輩の女好きが拍車をかけているのは確かだ。
親衛隊の女の子だけでなく学外の女性とも遊んでいるようで、隊内ルールも他と比べるまでもなく――爛れている。
先輩は執着深い女性に好かれやすく、隊内の揉め事が多く、比較的常識人が集まるグループと、隊内で違反行為をする危険人物のグループに分かれているそう。
プロフィールの容姿の特徴を見る限りでも、チャラさ加減がエスカレートしていなくもない。
それでも何とかして、先輩から話を聞きたい。親衛隊長との接触が必要不可欠だが。
とことこ歩いていたら、サロンや部活棟がある区画から大分逸れて体育館やグラウンドがある広々とした場所に来ていた。
グラウンドには陸上部の先輩方がトラックを走ったり、高跳びをしたり。野球部の掛け声や、バットやミットに球が当たる音が聞こえてくる。
奥の方ではテニスコートやゴルフ用の人工林と芝生が見え、幸城学園とスポンサー企業の力に頷きかけて――
「――危ないっ!」
後方から緊迫した声が聞こえ、呆けて緩んでいた身体が条件反射で動いた。
動く個体がサッカーボールだと気付く前に、それを胸で受け止め、「う゛っ!?」と呻きつつ落下するボールを膝で受け止めた。
圧迫した胸にボールの衝撃は大きかった。
汚れが目立つ制服の胸元を手で払っていると、こちらに駆け寄ってくるワッペンをつけた男子生徒を視界の隅で見つけ、かなり距離があったため…――軽く助走をつけ足の甲でボールを蹴り上げていた。
長く力強いキックで飛んだボールは相手の両手に吸い込まれ、久々の爽快感に頬が緩んだものの――己の足元を見やり、すぐ蒼褪めた。
「…ローファーだって事、すっかり忘れてた。」
傷がないかポケットから出したハンカチで磨くように拭きながら考えるのは、真っ白な制服のクリーニングの事。
実質庶民生活を送る私は、家の洗濯機では無理だと悟る。一時の高揚感に身を任せた自分に反省していると、屈んでいた己の視界に真新しいスパイクシューズが飛び込んできた。
そろっと顔を上げる前に、綺麗なテノールが頭上に振ってきた。
「――おい、お前。サッカー経験者か。」
何と答えようかと言い淀みつつ顔を上げて、そのまま固まった。
こちらを見下ろす男子生徒が何やら驚いた様子でガン見してきたので、必然的に見つめ返す形になっただけで。私は今どういう状況なんだ、と首を傾げたい。
「あの、どちらさまでっ――!?」
あいにく今日は快晴。逆光で相手の顔が全く見えなくて、失礼かどうかも気にせず尋ねようとしたら。屈んでいた私の左腕が引っ張り上げられて。
「んー…やっぱり女だよな。」
「あの?」
「俺の見立てじゃ、もう少し大きかった気がするんだが。まぁ人違いか。」
瞳が翠玉色。…何だろうこの違和感。
耳から入ってきた不可解な言葉をスルーしようとした、が。
視線がつむじと肩下に向けられ、目の前の男子生徒が誰なのか考え出す。
「……ふっ」
ウェーブがかった茶髪に翡翠の瞳。
この挑むような、誘い込んでくるギラついた双眸。
どこで見た事があるんだったか。
こちらの反応を待って、余裕ぶった奴…居たか?
最近は思い出しもしない昔まで記憶を遡ろうとして、男は決定的な一言――爆弾を落とした。
「こんな『ちんちくりん』、そうそう居ないんだがな…。」
「――ッ! 誰がちんちくりんよッ!!」
飛びかかる勢いで反論して、一気に視界が開けた。
「あ、あんたはぁっ…!」
「はは、やっと思い出した?」
随分と精悍な顔つきになったその男は、小学校中学年まで近所の空手教室で会っていた生意気な少年だった。
母方の実家で数ある稽古の中、唯一自分でやりたがった空手。
その当時一つ上の男子二人と仲良くなって、私を『ちんちくりん』と呼んではよくイジメてきたのが、『ガキ大将』ことミドリ。
これぞギャップ。この男があの翠様とは。
「なんで、その面は何?整形?」
「元からこのスペックだ、阿保。
――お前の方がどうした。そこ、萎んだのか…って危ねえな!」
明らかに肩から下を見たので腰当たりに蹴りを入れようとして、逆に足を掴まれた。相変わらず動体視力が野生並みにいいのが腹立つ。
「今のはミドリが悪いから。それにしてもサッカー部に助っ人で入ってたの?生徒会の方はいいわけ?」
「お、なんだ。それくらいの察しはついてたか。腹ごなしついでに運動部ローテしてたんだよ。――で、マジでどうしたわけ?俺の目論見では最低でもEはある筈なんだ、け、どぉ!?蹴んのはやめろ。新品で気にしてたんじゃねぇのかよ!」
「――あ、そうだった。」
一度気になり始めるとしつこい所は健在のようだ。
私としてはデリケートな問題なのだけれど、この男は笑い飛ばす気がしてならない。…言いたくない。
「えっと、生徒会長もそろそろ持ち場に戻ったらどうでしょうか。あまり一生徒と交流を取ってると、私消されそうで怖いんですよね。(訳:さっさと行けや)」
「へぇ、その会長様が直々に相談に乗ってやると言ってるんだが、口が利けないのか?(訳:他人様の好意を何だと思って。ごたごた言ってねぇで、いいから言う事聞け)」
喧嘩腰の会長様が指先でこっちへ来いと煩いので寄ると、スラックスのポケットから出した携帯画面を見せてきた。
…ああ、成程ね。
携帯番号とメアドを目で追い、スカートの中で携帯に打ち込んでいき。
謎のアイコンタクトでその場を離れた私は、近くの建物の影に隠れ、ため息をついた。
「…全然、嬉しくない。」
こんな時バッタリ会いたいのは、先輩なのに…。
知人との再会に加え、制服の汚れの事を思い出し、ゲンナリしたのだった。
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