第7話 わるいあなたもだいすきなの

「ぱぱー、おかえりなさい!」

「よしよし。あおいは『おかえり』が、とってもじょうずになったね」

「うん。れい、いるの! あかちゃんもたくさん。あおい、おねえさんなの! れいがいて、うれしいの!」

「……今日から大家族だね」


 類はあおいとリビングへとっとと入る。

 さくらは、類のジャケットとバッグを持っているのであとを追う。うーん、やっぱり違和感。


「わお。さくらの肉じゃが!」


 ふたごちゃんは寝ていた。今のうちに食事をしてしまうが吉。聡子も、ふたごとねんね中。さっさとはじめるが吉。


 いただきます&乾杯のあいさつで、夕食がはじまった。

 類・玲・涼一は、ビールで乾杯。聡子が飲めない身分なので、ちょうどよい。さくらは麦茶。


「そして、おかえり。さくら、おつかれさまでした」


 グラス越しに映る、類。夢にまで見た、だいすきな笑顔。


「ありがとう。ただいま類くん」

「おいおいおいおい、見つめ合っちゃって、まあまあまあ! いいか、大変なのはこれからだ!」


「大変な状況にしたのは自分たちでしょ、こっちは巻き込まれてんの」

「子どもが親の面倒をみるのは当然」

「そんなの、そっちの理由。子どもは親と別人格なんだからさ」


 え……こんな仲だったっけ? いつの間にやら、類が涼一に高圧的な態度を取るようになっている。


「ふたりとも。食事中にやめろよ。あおいや皆が見ているのに」

「楽しく食べようよ」

「ぱーっぱ、じいじ!」


 疲れているのか、いらいらしているのか。類の言動に不安を感じた。



 聡子とふたごちゃんが起きてきた。類は初対面だった。


「へえ。やったね、母さん。ふたご。でも、女の子ばっかりかわいがらないでよ」

「もちろんふたりも全力で愛します。皆も。もちろん、玲も類も。さくらちゃんも涼一さんも」


「これ以上、腹違いのきょうだいはいらないよ」

「最後よ。くたくただもん。身体もぼろぼろ」


「できる限りの協力はするけど、できないこともあるからね。ぼくのさくらをこき使ったら許さないよ」

「類、きっつーい。こわーい」


「今後は、ぼくが柴崎一家のまとめ役。威厳を備えないと」

「威厳が聞いたら笑うわ。失笑もの」


 類は聡子を睨んだ。きつく。


「とにかく! 今後の指針発表するよ。これが終わったら、ぼくたちは帰る」


 類の次のことばを、みんな待っている。あおいですら。


「両親の育児をバックアップする代わりに、母さんは会社経営に口出ししないこと。オトーサンは速やかにシバサキに入社すること。玲もね」

「えっ? 父さまがシバサキに」


「さくら、意見はあとで。オトーサンの経験や人脈は使えるから、いずれ展開する社長直属の新企画室へ招聘することに決めた。最初は玲もここ」

「この歳になって、強制的に転職とか。しかも、娘婿の会社に。とほほ」


「つべこべ言わないの、さくらの助けが欲しいでしょ。で、さくらもいずれはここに所属するから」

「ここ?」


「新企画室ね。社長室のとなりの部屋に作ったから、子作りしながら仕事できるよ。会社でも、濃いぃの、したいなー」

「で、できません!」


「ぼくとしては、会社も大切だけど、第二子も早くほしいんだよねー? リアルな家族経営もシバサキで配信したいんだ。どんな家具が必要か、ライフスタイルの提案のためにも」


 ちらっと、さくら(主に下半身)のほうを見ながら、とんでもないことを言う類。さくらは父の顔を見られない、オソロシイ。


「というわけで、母さんは当面、育児専念。オトーサンはシバサキホテル。玲は服飾ね。さくらは、建築をはじめる。このさいだから、まるっとひとつ、建築事務所を買い取って傘下におさめたんだ。従来の建築事業部といずれ吸収統合ってことになるけど、とりあえず」

「まじで!」


 なんという展開。なんという、さくらアシスト。

 しかも類は、さくらもよく知っている建築事務所の名前を口にした。というか、就職したいぐらいに憧れの事務所である。規模は小さいけれど、品のある住宅をいくつも建てている。


「京都生活、がんばったごほうび。相談しないで決めちゃった。あ、子ども服の担当も、しばらく続けてほしいんだけど」

「やる。もちろん、できます!」


 すべてが、おそろしいほどに決まってゆく。さくらの理想に向かって、一直線に!


***


 あおいは『れいといっしょがいいー』と強く主張するので、今夜は両親宅に置いてきた。玲も許してくれた。


 さくらは類とふたりきり、夏のはじまった東京の街を二人で歩いている。

 湿気が高くて、蒸し暑い。

 それでもふたりは手をつないでいる。赤信号で止まるたびに、さくらは類の身体に寄り添う。ずっと、歩いていたい気もする。


 少し、オトナの気配が増量されただろうか。類は物憂げな表情でさくらを覗き込む。


「類くん、どうだった? 多少はがまんして、威厳のある社長になったかなって思うんだけど」

「いげん? 強引でわがままじゃなくて」


「人の話、聞いてた?」

「もちろん、聞いていましたよ」


「じゃあ、さくらはもしばらく大変だけど、母さんの世話と育児家事、あと建築の勉強も再開。いいね」

「はい。私、建築士の資格を取りたいんだ」

「そうだね。がんばって取得して。いずれ、必要になる」


「私、家を建てたいの。みんなで住める家を。平安時代の寝殿造って分かるかな。母屋が廊下でつながっていて、行き来できるの。建物の南には広いお庭があって」

「あー、池とかあるやつね。平等院鳳凰堂みたいな」


「そうなの! 大きな母屋……各家族の住居スペースをみっつ作って、真ん中の寝殿に当たる場所は両親棟。両脇の左右に伸びている廊下でつながっているのが、私たちの家族の棟。もう片方が、玲の棟。庭を突っ切っても会えるし、各家族の空間は守られるかなって」

「ふうん、おもしろいね」


「玲の棟には、工房も併設するの。同じ敷地内に住むなら、玲のところには、あおいを預けてもいいかなって」

「いいの? 反対していたのに」

「親子であることに変わりないし。このさい、柴崎家みんなで育児だよ。両親のところには、赤ちゃんグッズが多いから、北側に倉庫になる蔵を建てて」

「早く実現したいね。でも、その前に、さくらはぼくと……」


 赤信号の待ち時間。類はさくらにキスをした。


「ずっと、待ってた。逢える日を待ってた。おかえり、さくら」

「るい、くん……」


 泣きたくないのに。類が見えなくなってしまう。


「やばい。さくらがいとおしくて無理。今夜は、威厳封印。野獣で悪い類くんになる。寝かせない」

「やだ、類くんってば」


「ぼくのさくら。いとしいさくら。世界でいちばんしあわせにするから、覚悟していてね」

「うん。私も、類くんを世界でいちばんしあわせにする。死ぬ瞬間まで、さくらといてよかったって、言わせるよ」

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