第6話 みんなでごはん!

「うわー、変わってない!」

「変わった! 赤ちゃん仕様!」


 叫んださくらに、涼一の即座な突っ込み。

 さくらは室内の空気感に言及したつもりだったけれど、さっそく玄関に赤ちゃんガードが設置されている。歩くようになった皆対策らしい。


「段差があるだろう、靴の間に皆が落ちたら大変だ」


 リビングには、ベビーベッド×2台。寝室にも同じベッドがあるらしい。せ、狭そう。細かいインテリアはすべて撤去され、皆の手が届かないように配置されている。


「どうだ! 父がひとりで、ほとんど全部やったんだぞ。和室は、当面のおむつ&着替えの肌着でいっぱいだ! 洗濯機も買い替えたし」

「あおいもてつだった。おむつ、はこんだ。よいしょって!」

「そ、そうだった。あおいも大活躍したね」

「ねー?」


 父も父で、奮闘していたようだ。自身たっぷりに、和室を披露してくれる。


「お。すごーい。涼一さん、やるぅ」

「でも、俺の寝るスペースがない」

「「あ、そうだった」」


 さくらが親のマンションに引っ越し、東京の生活リズムを取り戻すまでは、玲がお世話をメインで引き受けている。住み込みだった。


 あわてて、おむつのタワーを積み直す涼一。見ていて、思わず笑ってしまう。

 それに、ふたり分とはいえ、新生児用のおむつを使う時期はとても短いのに、量が多くないか? Sサイズ、差し入れたほうがいいかもしれない。


「私、買い物に行ってくるよ。夜ごはん、なにがいい?」


 見渡す。

 オトナ……父、母、玲、自分と類。子ども……あおい、皆(離乳食)、ふたごちゃん(ミルク)。ひさびさに、ごはんをたくさん作るときが来た。


「和風! さくらのお得意の!」


 涼一が叫んだ。


「さくらちゃんごはん、うれしい」


 聡子も続く。


「簡単なのでいいよ」


 玲はやさしい。


 オトナは少し飲むかもしれない。ううむ……でも、肉じゃが。キミに決めた!


「夜ごはんは肉じゃがです」

「それって父さまが好物の」

「類くんが、グラタンの次にすきなメニューでっす!」


 そう。やっぱりさくらの原動力は、類。

 あと、数時間で逢える。早く逢いたい。抱かれたい。朝まで、めちゃくちゃに乱されたい。おっと、この妄想はまだ早いか。


 あおいは玲と遊んでいる。この時間に、いざ買い物!


***


「準備万端」


 メインは肉じゃが。ほうれん草のおひたしWithしらす。あさりのおみそ汁。なすの焼いたやつ。トマトとチーズのサラダにはルッコラを添えたカプレーゼ風。とどめに、つまみ界における絶対王者の枝豆。


 柴崎家が帰ってきた。


 肉じゃがの、じゃがとにんじんをつぶして皆の離乳食にする。あおいのときもやったので、手慣れたものだった。


 さくらの電話が鳴った。手が濡れていて、今、出られない。と思ったら、勝手にあおいが受信していた。


「あい……、ぱぱ! ままー、ぱぱから!」


 類からのようである。さくらは耳を大きくした。あわてて手の水分を拭き取る。

「も、もしもし。類くん?」

『さくら?』


 ああ、この声。まさに類のもの。じわじわとよろこびが体内を浸食する。


「はい。さくらです」

『今、もうすぐ着くとこ。あ、止まった』


 どうやら、マンションの下にいるらしい。


『迎えはいらない。エレベーターで入れ違っちゃうと困るし、両親の部屋で待っていて』

「壮馬さんは? ごはんに誘った?」

『もちろん声をかけたけど、叶恵さんと早くえろいことをしたいから帰るって。恋は人を変えるよね』


 電話の向こうで、壮馬が騒いでいる。違いますとか、そんなことはありません、などなど。いや、たぶん類の推理が合っている。


 もうすぐ、類が帰ってくる。逢いたい。

 そわそわしはじめたさくらに、玲が声をかけた。


「ここはいいから、迎えに行けば」

「でも、入れ違ったら困るって」


「じゃあ、エレベーターの前まで行けよ。このリビングで、感動の再会されたくないし」

「そうだそうだ! 父も同意する。いきなり、いちゃいちゃのべたべたでぬるぬるなんて、見たくない」


 ふたりとも、ひどい。そんなこと、するわけ……ないと言い切れないか。


「じゃあ、お願いします」


 さくらはエプロンを外して玄関へ向かった。靴を履いて鍵を開ける。


 11、12、13……一機のエレベーターが、↑の向きをつけてぐんぐん上昇してきている。さくらの胸は高鳴っている。エレベーターの無機質な数字が、今ほどいとおしくなったことはない。


 ドアが開いた。

 目が合った。


 ジャケットを脱いだ、白シャツスタイル。ネクタイは赤。ビジネスバッグを放り出してさくらに抱きついた、類。


「さくら……ぼくのだいすきな、さくら」

「おかえりなさい、類くん。そしてただいま」

「うん。さくらもおかえり。そしてただいま」


 相変わらずきれいだけれど、疲れが顔ににじんでいる。今日は金曜日、無理もない。


「ようやく逢えた」

「もうはなれない」

「はなさないし」


 ずっとほしかった、ぬくもり。だいすきな類。

 今日は、たくさん話をしよう。京都のこと、将来のこと、それから……。


「みんな、待っているんだよね。戻ろう」


 類は、意外とあっさりしていた。


 感動の余韻に浸っていたさくらは拍子抜けだった。もっとこう、ぎゅっとしたり、まさかのそれ以上な展開もあるかと思って(ちょっとだけ)(期待)いたのに。


「そ、そうだね、行こう」


 どこか引っかかるものを感じながらも部屋に戻る、さくらだった。

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