第4話 最後の夜は町家で

 一週間後。聡子の退院許可が出た。


 荷物をまとめ、東京へ送る。予定していたよりも京都滞在が長くなってしまったけれど、ようやく晴れて帰れる日が来た。


 京都店での仕事は、店舗のお手伝いと継続の試作品作りがメインとなり、地味な成果しか上げられなかったけれど、少しでもシバサキのお店に立てたことは、さくらにとってよい経験になった。


 最後の夜は、町家に泊まって玲のお誕生日会を開いた。実は半月遅れなのだが、今日までそれどころではなかったので仕方ない。


「誕生日祝いのケーキ、自分で焼くとかないよな」

「だって、玲のケーキがいちばんおいしい」


 さくらも同感だった。


 おとな三人、乳児三人。ごはんもおふろも大仕事である。交代でも、へとへとになる。

 これから、毎日こういう生活が続くのだ。赤ちゃんの成長は楽しいだろうが、しばらくは修羅場である。


「そうそう、類から連絡来た。真冬さん、沖縄に行ったって。ハウスクリーニングが終わったら、一刻も早くマンションに戻ってきてね☆」


 聡子、上機嫌。真冬をけしかけてごめーん、と口では謝ってきたものの、このラスボス、次もなにをやらかすか分からない。

 困った母の言い訳は、『さくらちゃんがみんなに愛されて、まじ嫉妬』、だそうだ。夫・涼一、玲&類&皆のきょうだい、とりあえずみんなさくらラブである。



 さくら一家は、親のマンションに戻る決意を固めた。聡子ひとりで乳児三人のお世話は不可能。シッターも入れる予定らしいけれど、聡子の精神的支柱はさくらである。

 一時的に、真冬が使っていた部屋。ちょうどいい具合に異動した(させた)ので、再び空室になった。そして、さくらたちが現在住んでいる部屋は、玲が住むことになった。

 親の暮らしを、全力でサポートする準備が整いつつある。


 出産燃えつき症候群で放心したり、さくらを玲や真冬と浮気させようとしたりするなどした聡子だったが、今はふたごちゃんに夢中。特に、女の子、唯への偏愛っぷりが目に余るほど。


「かわいいー、ゆいちゃんー。さいこうに、まじ☆かわいいー」


 やっと、生まれた女の子。かわいくて、そのうち食べちゃうのではないかと心配になる。

 なので自然と、さくらは新生児の景を、玲は比較的お世話しやすい皆の組み合わせとなる。


「母さんがいちばん子どもだな」

「言えてます」

「私が子ども? 玲のくせにひどいなあ。さくらちゃんまで」


「ところで、玲はイップクさんとシェアハウスするんだってね」

「お前たちが使っている部屋、広いからな。どうせ、仕事や弟妹の世話で部屋なんてあっても、ただの物置。家賃も浮くし」


 出た、倹約家精神。


「そういうさくらはどうなんだ。まさか、赤ちゃんのお世話で二十代を過ごすわけじゃないだろ」

「もちろん。シバサキの仕事は続ける。類くんも了承済み。あおいとたくさん遊びたいし、空き時間に、みんなの家事をまとめてする。それと、建築士の資格を取りたいの。まずは二級。そのあと、一級にもなるべく早く挑戦したい」


「じゃあ、スケッチの上達しないとな」

「あー。ひどい。さりげなくひどいことを言った!」


 もうひとつ、さくらには目標がある。類との赤ちゃんをなるべく早く生むこと。


***


 宴、果てて。

 聡子とその赤ちゃんたち、四人は寝た。ただし、新生児に昼夜の区別はまだないので数時間でたぶん起きてくる。今のうちに自分もできることをしておく。


 家事も身の回りの片付けも終えたさくらは、ようやく玲だけにゆっくり話せるときが来た。

 玲も、就寝前にさくらを待っていたらしい。土間に置かれたテーブルに小さな明かりをつけ、糸染めの本を読んでいた。


「玲。私、そろそろ休むけど、これ。返します」


 ポケットから取り出したのは、町家の鍵だった。積極的には使えなかった。しかし、お守りのようなものだった。


「ありがとう」


 さくらははっきりと、語気を強めて感謝を伝えた。


「……なんだよ、ありがとうって」

「玲に、いつも守られて支えられている気がした。心強かった」

「同じ京都にいながら、お前の最大のピンチに駆けつけられなかった、間抜けな兄なのに」


 真冬との一件を指しているらしい。


「あれは、類くんが来てくれたから」

「はいはい、そうですね。さくらのナイトは類だもんな」

「ごめん。ごめんなさい。玲もすき。大切だけど、ほんとにごめん」


「いいよ。分かっている。これからは、さくらの仕事のパートナーとして生きる。もう、ぐだぐだ言わない。お前の笑顔を守りたい」

「ありがとう。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ」


「さっきの、将来の話の続き、してもいい? お母さんには、話したんだけど」

「ああ。どうぞ」

「みんなで住みたいの。家を建てるの」

「そうしよう」


 さくらは自分が考えている家の構想を話した。簡単な図面を引く。


「ここが、両親棟。となりに、類くんと私の棟。それと、玲の棟には工房も作る……ここは、あおいと玲の住まい。あおいが、玲と親子になりたいって言ったら、あおいを託したい」


「いいのか、さくら」

「うん。ご近所さんなら。でも、あおいは玲と結婚するって主張しているし、そのへん円満解決できたら、だけど」


「俺が、あおいを説得するのか」

「あおいと暮らしたいなら」


「困難を極めそうだな……!」

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