1章  病棟の人魚姫 Ⅱ セイレンブルー②

 このように、姿を隠したまま美術界において名声を取り戻し、作品と共に万雷の拍手をもって迎え入れられたセイレンであったが、一方のゴシップ業界においては、新たな巨大な疑惑を世に披露されている。その疑惑は大衆だけでなく、政財界を揺るがし、美術界に波及し、姿を現さないセイレンを尻目に、各方面に大きな論争を巻き起こすことになる。

 その疑惑とは、セイレンがモチーフとしている少女が、現実に存在する人物ではないのか、というものである。

 オブシディアンの公式の場での発言から、少女はセイレンが己の幼少期、少女時代をモチーフにして創作した、いわば己の分身である、とされていた。しかしそれは嘘であり、真実を隠すためのカモフラージュではないのか、つまり、

 ――あの少女は、セイレンの隠し子ではないのか、というのである。

 これは大財閥においてはグループ一門を驚愕させる大事件であり、美術界においては、セイレンブルーの作品群への批評、評論を根底から覆す大発見であり、ゴシップ紙においては恰好のスキャンダルであった。

 以下は大衆紙を連日騒がせた、隠し子疑惑の概要、その流れと顛末である。

 その疑惑とは、実はセイレンが失踪していたのは、妊娠と出産を隠すためであった、というものだ。

 財閥の長女であり、第一後継者であるセイレンの妊娠問題は、グループ企業全体を揺るがす大事件である。国境を越えて影響力を持つ大財閥であるため、遺産継承権問題は、一族の人間に限らず、世の政財界の人々までが皆、過剰に神経を尖らせるところであった。実際にこの一族の末端にぶら下がっているような遠い血族でさえ、数多の裁判と離婚、相続問題を抱え、暗殺者による殺人事件や、陰謀説が実しやかに囁かれる不審死などが頻発しているのである。

 もしもそれがセイレンに起こったとすれば、本家として一族中からの苛烈な非難は免れない。引き起こされるであろう政財界への激震も考慮すれば、事故にみせかけた堕胎や、果ては薬物による胎児の暗殺さえも十分考えられることである。

 身籠ったセイレンは、それらの危険やゴシップ紙による無遠慮な視線と執拗な追跡、世間の口さがない喧騒と辛辣な口撃などの一切から、お腹の子を守るため、周囲に妊娠が発覚する前に、失踪して隠遁生活に入ったのではないのか。また財閥の後継者として、生まれたときより周囲からの様々な圧力、メディア媒体に晒されてきたセイレンが、我が子に同じ苦しみを味あわせたくない一心で、秘かに私生児として子を産み、隠して育てているのではないのか――。

 そしてもう一つ、妊娠疑惑には付きものの、重大なテーマがある。

 父親は誰であるのか、という点である。

 セイレンはかつて数多の浮名を流しており、不倫、不貞など何とも思わない人間であった。それまで多くの男達の人生を狂わせてきたが、本人はそれを楽しんでいる風があった。

 セイレンが精神のバランスを崩していた当時、ゴシップ紙上でセイレンのお相手に対し、含みを持たせてこう書かれたことがる。

 「男女関係において倫理観など持ち合わせず、あくまで振り回す側であった彼女が、精神を狂わせてしまったのは、その禁断の恋の相手が、過去のスキャンダルなど霞んでしまうような人物だからではないか」

 もしも当時のその噂が本当であり、秘かにその相手との子が実際に生まれていたならば――父親が誰であるかによって、財界、政界の勢力図が一変してしまうのは間違いないのである。実際に、絵画の少女がセイレンの隠し子であるという説が実しやかに広がった結果、ゴシップ紙に新たな父親候補が紹介される度に、株価は大きく混乱した。経済界の末端では、一喜一憂では済まずに破綻する系列企業が既に出てきていたのである。

 かつて「アルビオン家の天災」と呼ばれたセイレンの、面目躍如といったところである。とうに政財界から引退し、その姿も見せるどころか、肉声さえ発することのない彼女が、その想像の翼に孕んだ風評だけで、幾つもの企業が連鎖的に倒産してしまったのだから。

 この疑惑で各界がざわつくなか、財閥側はかつてのセイレンのスキャンダル発覚時と同様に、下界のことなど我関せずとして沈黙を貫いていた。しかし喧騒の真っ最中に、それではすまない情報がリークされてしまう。

 かつてセイレンの主治医を務めていた人物から、セイレンのカルテの一部が流出してしまったのである。そしてそのカルテは、セイレンが失踪前に妊娠をしていたことを証明するものだったのだ。

 このカルテ流出事件は世間にとどまらず、無関心を貫いていた財閥にとっても、激震といってもいいほどの衝撃であった。まず財閥お抱えの医師からカルテが流出するなど絶対にあってはならないことであった。徹底した財閥の調査によって、リークしたのは医師本人ではなく、財閥の係累に列なる何者か、である可能性が高いことが分かった。

 主治医当人はというと、カルテ流出直後に行方不明になっていた。釈明の余地さえ与えられず、財閥の発表によって表向きには失踪してしまったことも、世間では様々な憶測を呼んだ。あるタブロイド紙では、情報をリークさせた犯人が誰であるのか、その手がかりを握る人物として主治医は秘密裏に処理されたのだ、という説が、有力な情報筋からのものとして掲載された。それに他紙が便乗したことによって、主治医暗殺説は世に流布され、財閥に対して薄ら寒い恐怖を抱かせることになった。

 カルテ流出によって報道が過熱する中で、財閥の盟主であるアルビオン家はついに会見を開き、財閥側から公式資料を開示して、弁護団を交えて公式発表を行った。

 発表内容は短く纏めればこのようなものである。

 「確かにセイレンは世間から姿を隠す前に妊娠をしていた。しかしその赤子は、流産してしまった。彼女には子どもはいない」

 会見に際して財閥が開示した資料が、世間を驚かせた。それは失踪した主治医が残していた別のカルテであった。そのカルテには、妊娠三ヵ月目に流産してしまったことが記され、また丁寧に筆跡鑑定証明まで添付されていた。

 なぜここまでやらなければならなかったかと言えば、財閥が幾つもの血族に分かれて形成され、運営される、巨大な国際組織であるからだ。その莫大な財産の継承権や国政を揺るがせる経営権、互いに助け合い、牽制し合い、監視し合うために分担される権力の所在が、不透明になってしまうのを避けるためであった。会見は世間に向けたものではなく、財閥に列なる一門と、それに相対する政財界、その二大勢力からの苛烈な圧力、説明要請に答える形で開かれたのである。

 妊娠した証拠のカルテが出てしまった以上は、子どもがいないことを証明するためには、そうせざるをえなかったのである。

 ただ、流産した赤子の父親は誰であったのか、という下卑た質問に関しては、

 「生まれもしなかった子の父親が誰かなど、答えるに値しない」

 そう居丈高に一言で回答している。

 会見後も、そのカルテ自体が偽造ではないかという世間の声は大きかったが、主治医失踪への疑問の声と同様、財閥は徹底して無視し、騒ぎ立てるマスコミにも無関心を貫いた。

 こうなってくると、真実を知るのは姿を隠したままであるセイレン本人だけである。各紙がその消息を辿り始め、何処に隠れ暮らしているのか、財閥の所有地や関連企業の息のかかった土地を嗅ぎまわる者たちが増えていった。収まる気配を見せないこの疑惑に終止符を打ったのは、ゴシップ紙の記者でも、財閥の関係者でもなかった。

 その人物は、一人の高名な元美術評論家、ハリであった。

 ハリは八十歳を越える老女であったが、世界最高の審美眼を持つとされた、かつての権威であった。現役時代は、その一言の批評で作品と作家の価値を世間的に一変させる影響力を持っていた。だがその影響力を自身が恐れるようになり、作品への批評や発言の一切をやめ、第一線どころか美術界から姿を消して在野の人物として過ごしていた。

 また、ハリはセイレンの数少ない友人の一人であり、かつては幼少のセイレンを美術界の至宝と絶賛し、スランプに陥ったときには誰よりも辛辣に的確な酷評を行い、セイレンの芸術家としての息の根を止めたとされる人間でもあった。

 彼女もまた、セイレンの失踪と期を同じくして美術界を退き、その界隈との関わり合いを一切断って姿を隠していた。

 一説には黎明期の特殊メイク業界で名も顔も変えて活躍しているとか、壁の落書きの掃除婦をしているなどの噂があったが、真実は分からなかった。

 そんなハリが久方ぶりに表舞台へと姿を現したのだ。彼女は突如として新聞各社に働きかけ、この件に関してマスコミを招いての緊急会見を開いたのである。

 この会見は財閥に一切の断りを入れずに行われたものであった。マスコミ各所への通達から僅か数時間後に開いたのは、財閥による何らかの作為的な介入を避けるためであった、ハリ自身が恐れもせず口にしている。

 満員の会見の場に現れたハリは、

 「私は真実を知っている。もはやそれを黙っている訳にはいかない。美術評論家としてではなく、掛け替えのない友人の一人として」

 そう前置きした上で、彼女の知る真実を語ったのだ。

 次に記すのは、そのハリの会見での証言を纏めたものである。

 あの子が妊娠していたことも、赤子を流産してしまったということも、疑いようのない事実なのでございます。なぜなら、失踪した医師があの子に流産の診断を下すその場に、いや、あの子が流産してしまった事故の現場に、私はいたのですから。

 あの子は妊娠してから、赤子が生まれるのを楽しみにしておりました。一方で我が子を如何に世間の目から隠して産み、育てていくのかに必死に心を砕き、神経を尖らせていたのです。その頃は世間からの視線や圧力によって心のバランスを失い、情緒不安定になっておりました。神経の尖りようは尋常ではなく、どこまでも追ってくる報道関係者や、無遠慮な世間の非難や嘲笑などの幻覚、幻聴に四六時中悩まされるようになっておりました。

 「財閥の人間など、身内であっても誰一人として信用できない」

 あの子はいつもそう言っておりました。衰弱していくその姿を見かねた私は、秘かに友人としてずっと付き添っていたのです。

 あの子はメディアや世間の幻覚から逃れようと、その住む場所を点々としておりました。私が幾ら、「ここはまだ嗅ぎ付けられていない、しばらくは大丈夫よ」そう言っても、耳を貸そうとはしませんでした。

 落ち窪んで黒ずんだ目で、虚空を見つめながら言うのです。

 いや、確かに記者の姿を見たわ、オブシディアンを見たのよ、財閥から依頼された暗殺者の足音がする、群集の夥しい喧騒が聴こえるでしょう、皆が物陰から私を噂し、非難する声が聞こえてくるの…

 そういった妄想を泡沫のように断続的に抱き、譫言のように話し続けながら怯えておりました。あの子と私は、変装をしながら逃避行を続ける逃亡者のように、気の休まることなく転居を繰り返していたのでございます。

 それでも、寝ているときでさえ、あの子の精神は落ち着くことはなかった。悪夢に魘されて跳ね起きると、誰もいるはずのない暗がりを見て慄き、存在するはずのない人々から逃れようとして、寝巻きのまま家を飛び出すこともしばしばでございました。

 あの子を流産させる事故が起こったのは、そんな逃避行の最中のこと。  

 ある夜、あの子は、悲鳴を上げて悪夢から目覚めると、押し寄せてくる記者や世間、財閥一族の幻覚から逃れようとして、階段から転がり落ち、腹部を強打してしまったのです。

 結局、私は、あの子を守ることができなかったのでございます。今ここにお集まりの方々からも、あなた方による愚にもつかない記事を待ちわびる世間の人々からも、そして民衆を都合よく支配しようとする財閥の血族たちからも――。


 ハリはそう説明し、マスコミ各紙やそれに熱狂的に踊らされる大衆、利害と権力闘争のことしか顧みない財閥関係者を痛烈に非難したのである。

 だが、彼女の話はそれで終わらなかった。真に世間を驚かせる事実は、この後に語られたのである。

 「あの子は何よりも楽しみにしていた赤子を失った。産むことができなかった。ですが、セイレンブルーと呼ばれる一連の作品群のモチーフになっているあの少女は、セイレンの幼少時をモチーフにしたものではございません。あの少女は、確かにセイレンの、あの子の娘なのです」

 この言葉の意味を、その場にいた記者たちは理解できなかった。顔を見合わせながらざわつく関係者を前に、少し長い沈黙を取った。そして、静まり返って壇上に視線を集め、ハリの言葉を待つ記者たちを前に、彼女はこう言い放ったのだ。

 「流産を受け入れることができなかったセイレンは、幻として我が子を産み落とし、妄想の中で育てていたのです…」

 そして、驚きを隠せない記者たちの前で、こう語ったのである。

 ――事故の後、私は主治医に連絡し、診断していただきました、流産したと聞いたときのあの子の取り乱しようは、見ていられなかった。その瞬間、あの子の尖りすぎた神経はぽきりと折れてしまったのでございましょう。

 あの子は、赤子を流産したということを認めることができなかった。報道関係者や世間を鮮明な幻覚として見ていたのと同様に、あの子は自分の産むはずであった赤子の幻をみるようになったのです。それも、確かな質感と量感、五感を伴った、生まれたばかりの赤子として認識しておりました。流産の切っ掛けとなった事故の記憶は、いつの間にか、出産の記憶にすり替えられておりました。俄かには信じられないことですが、幻だとあの子は気付いておらず、また絶対に認めようともしなかった。その幻の赤子を、あの子は育てるようになってしまったのです。

 あの作品群で描かれた少女は、現実には存在しない。しかしあの子にとっては決して幻ではない。彼女は我が子の幻覚を見続けているのです。あろうことか、その幻覚の赤子は赤子のままではない。日に日に変化しながら、時とともに成長をしているのです。あの子はその姿を作品にし続けているのでございます。

 あの子はその赤子を幻だと認めさせようとした私を厭い、会話を拒んで私の元から逃げ出すと、連絡も消息も絶ちました。あの子は今、世界のどこかで、幻の我が娘と暮らしているのです。

 皆さま、これ以上、あの子の身辺を身勝手な好奇心で探るのをやめていただけないでしょうか。その好奇心が、子を守ろうとした母親を流産させ、心を狂わせてしまったのですから。あの子の作品群に一度でも触れた方々ならお分かりでしょう。あの子は今、幻の娘と素晴らしい日々を過ごしている。掛け替えのない愛おしい一日を、一度として同じ日はない毎日を、繰り返している。通常ならば色あせていくはずの想い出は、あの子に限っては時と共に鮮明になり、色彩は豊かさを増し、情感も、感情も、想像上の娘と共に成長し続けている。あの子は、そんな素晴らしい思い出を、今この瞬間も、描き、象り、磨き上げ、作品として生み出し続けている。

 恐らくあの子はもう、娘の死という現実に耐えられはしないでしょう。

 ですから、彼女の甘やかな幻を、無残に打ち壊さないでいただきたいのです。

 お願いいたします。あの子が安らかな夢を見続けられるよう、どうか、そっとしておいて下さらないでしょうか…。

 ハリの発言は最後は懇願になり、嗚咽となって漏れた。

 彼女はかつて、その発言の影響力から絶え間なく晒される金銭による誘惑や悪質な脅迫にも決して屈することなく、冷静に辛辣で公正な批評をする気丈な美術評論家であった。会見において見せたのは、感情を表に出そうとはしなかった彼女からは考えられない、一人の親愛なる友人としての姿であった。

 この会見を期に、マスコミ各紙は大人しくなり、購読者であった人々も、忸怩たる思いで、噂を控えるようになった。

 一方で美術界だけは、ハリの証言を契機としてセイレンブルーの作品群への新たな解釈と再批評が行われ、加熱していった。

 先にも述べたが、セイレンブルーの作品群は、そもそもセイレンが幼少期の自分をモチーフにしたものと考えられていた。それが、カルテ流出後は、現実の娘を描いたものではないかという説が流れ、その二つのどちらが正しいかという論争が繰り広げられていた。

 しかしハリの証言により、どちらも間違っていることが判明したのである。

 描かれた少女はセイレンの娘ではあったが、それは精神を狂わせたセイレンの、生まれてこなかった我が子への想いが生み出した幻覚である――そんな驚くべき真相に拠って、作品の新たな評論が行われるようになったのである。

 その後も、寡作ではあるものの、セイレンの作品の発表は続いた。

 セイレンブルーという言葉は、彼女の作品に通低する特徴を表するものであったが、失った我が子の幻覚を抱き続け、それを作品に投影するという狂気が知れ渡って後は、物悲しさを帯びて使われるようになった。作品が新たに発表され、その評価を高めるほどに、その物悲しさは深まっていくようであった。

 いつしかセイレンは、新たな二つ名で呼ばれるようになった。

 ――セイレンブルーの人魚、である。

 この名は、かつて喧騒の中で名付けられた幾つもの二つ名を忘れさせ、新たな二つ名として広まり、作品群とともに認知されていった。

 この名が与えられた理由だが、多くの作品の舞台が海辺であること、幻の我が子へ永遠の片思いを募らせていること、あれだけ饒舌で世間を賑わせていたセイレンが、声を失ってしまったかのように、一切の発言をやめてしまったこと、作品だけが発表され続ける一方で、セイレン自身は幻のように世間から消えてしまっていること、叶わなかった恋が彼女を狂わせたのではないかという噂、などが考えられる。

 だが何よりも、セイレンはセイレンブルーという新色の発見者として、また他の誰にも再現不可能なその色の唯一の創造者として、こう讃えられていたのだ。

 幻の生物である人魚――セイレンはその色を再現することに成功したのだ。セイレンブルーとは即ち、人魚の色なのだ、と。そうして、セイレン自身がやがて、「セイレンブルーの人魚」という名を冠するようになったのである。

 また、この二つ名が広まるにつれ、「セイレンブルー」という彼女以外再現できない色名は詩や曲などセイレンの後期作品全般の特徴として使われるようになる。色のみに関しては、「何処にも存在しない色」という意味を帯び、「人魚の青」とも呼ばれるようになっていくのである。

 セイレンブルーの人魚、人魚の青、どちらも名付け親は定かではないが、ハリだという説が根強い。しかしハリ自身は沈黙を守り続けているため、確かめようがない。最初にその名を名付けたのは自分だという者たちは多く存在し、互いに正当性を主張し合っていたが、彼らが下らぬ顕示欲にかられた輩であることは議論をまたない。


 さて、ようやく話は戻る。

 舞台は、美術館の杮落し。背景は、「セイレンブルー №1」と題された絵画。場面は、一人の招待客が、その絵画を見て、病室の少女と瓜二つだと気付いたシーンである。

 ここまで読んできて、読者にはジプサムの困惑がお分かりだろうか。

 彼も「セイレンブルーの人魚」のことは知っていた。

 生まれてこなかった娘――その幻を作品にし続ける悲しい狂気の芸術家、として。

 だが、ジプサムが絵画で見る少女は、入院しているクラムシェルと名付けられた少女と瓜二つなのである。

 もしもジプサムの抱いた直感が正しいのなら、クラムシェルはセイレンの娘である、ということだ。

 果たしてそのようなことなどありえるだろうか…そんなジプサムの困惑は当然である。先に言ってしまうが、病室のクラムシェルは紛れもなく、セイレンの産んだ娘であった。

 そう、クラムシェルは、妄想上でしか存在しないはずの、幻の少女だったのである。

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