1章  病棟の人魚姫 Ⅰ 病棟の人魚姫

 『一週間前、一人の少女が人魚伝説で名高いヨロビテ海岸に流れ着いているのが、地元の漁師によって発見された。頭部に大きな外傷を負っており、収容された病院で、未だ意識不明の状態で眠り続けている。年齢は十歳前後、近隣では見られない長く美しい金髪と青みがかった碧眼の持ち主で、肌もまた透き通るほどに蒼白い、異国の少女だという。身に着けているのは、肌を際立たせる真っ白なフレアルー一枚だけであった。その容姿は絵本としても有名な人魚姫さながらの美貌だという。少女の容姿に該当するような捜索願は今のところ出されておらず、州警察は目下、意識の回復を待ち、身元判明のための情報を集めている』

                         〈地方紙ロッカ〉より抜粋


 少女を発見したのは、小船での漁から浜に帰ってきた漁師だった。波打ち際に、白い服を纏った女の子がうつ伏せに倒れていた。漁師が初めて見る黄金の髪は、赤黒く染まっていた。旅の異国船が海難事故遭い、その乗客が流れ着いたものだと思われた。近海は真白い断崖と砂浜で有名で、観光客船の立ち寄るコースであることを漁師は知っていた。漁師は少女を抱きかかえて沿道まで出ると、幸運にも直後に通りかかった車を呼びとめ、近隣の病院に車を急がせた。

 この六十過ぎの漁師は、発見当時、地元紙の記者にこう証言している。

 「血に濡れた金色の髪からのぞく美しい顔も、白いドレスから覗くほっそりとした頼りない四肢も、ドレスよりも真っ白で、人形のように血の気がなかった。呼吸は微かにしているようだったが、体は冷たく、呼びかける声には反応がなかった。恐る恐る抱き上げた体の軽さに、全身の血が抜けてしまっているのではないかと感じた。助かるとはとても思えなかったし、正直、生きているとさえ思わなかった。既に死体だと思っていた」

 運び込まれた地元の総合病院で、緊急手術が行われた。頭部の外傷は頭蓋骨が広範囲に陥没するほどのものであったが、外科の専門医がいたこともあり、五時間に及ぶ手術は一応の成功を見せた。どうにか一命を取り留めたのである。

 ただこのときの執刀医は少女の素性判明後、未記載の事項も多い不明確なカルテから、脳神経系への医療ミスや麻酔薬の過剰投与などを州警察に疑われている。それに対して医師はこう反論している。

 「陥没した頭蓋と出血によって長く脳が圧迫されており、外傷そのもの大きさからも、脳自体が損傷を受けている可能性は当初から非常に高かった。生き延びたとしても、かなりの確率で何らかの障害が起こることは手術前から明白だった。それほど傷は深く大きかった。それが患者にどのような影響を与えるのかは、目を醒ましてみないことには分からない。脳は未知なる分野だからだ。ただ、私の処置が最善であり、適切であったことだけは断言できる。あの時、偶然、外科医である私がいたからあの緊急手術にも対応できたが、私以外では病院の誰も、あの少女を助けることはできなかったはずだ。頭蓋骨の欠片は確実に取り除いたし、麻酔薬の量も間違いない。カルテに記入がないのは、一分一秒を争う状況の患者であり、また僅かなミスも許されない長時間の手術で疲れ果てていたからだ。

 ああ、大きな傷は頭部の一箇所だけだった。確かに擦過傷は見られたし、青痣も見られた。擦過傷は至るところに、青痣は確か手首と…足首にもあったようだ。注射跡? それは…いや、やはり覚えていない。そう、覚えていないのだ。カルテに記載がない? 頭部の外傷に比べれば、その程度の傷は記すに値しないからだ。

 あなた方もご存知のはず。憶測でめったなことを口にしていい患者ではないことを。 

 そう、頭部に関しては、何か硬い岩のようなものにぶつけた、としか分からない。そのときは目の前の命を助けるのに精一杯で、それが何によって、誰によって付けられたものか、などと考えたり、確かめている余裕などあるはずがない。

 鈍器で殴られた? 虐待の痕跡? 薬物反応? 私は一介の医師だ。そのようなことを言える立場にはない。カルテに記されたことが全てだ」

 手術後、病院は患者を身元不明の少女として警察に届けを出し、絶対安静のまま、目が覚めるのを待って経過を見守ることにした。意識が戻れば、その素性は程なく知れると思われていた。しかし、一週間が過ぎても少女の身元は判明せず、脳への後遺症に関しても、何も分からなかった。

 なぜなら、少女が昏睡状態のまま、目を醒まそうとしなかったからである。

 麻酔が切れ、一日過ぎ、二日過ぎても、少女は眠ったままであった。そのまま一週間が過ぎる頃には看護婦達は、昏睡状態のままもう目覚めないのではないか、そう噂するようになっていた。

 少女が眠り続けている間に、地元の州警察による身元捜しが行われた。少女は誰なのか、どういう経緯で傷を負い、どこから浜辺に流れ着いたのか、それを明らかにしなければならなかった。当初は単純な海難事故だと考えられていた。観光客船から落ち、岩礁にぶつかって頭部を損傷し、流れ着いたのだろう、と。きっと娘を見失って青くなった両親から、すぐにでも届出や捜索願があるだろうと予想していた。

 近隣を運航する観光船の各会社に通達が届けられ、他の地域、近隣の警察署にも身元確認の案内がその特徴書きと共に回った。

 しかし捜索が始まって数日が過ぎても少女は目覚めず、依然として身元も分からなかった。家出した娘の行方を捜す親や、失踪者を近親者に持つ人々が十数人確認のための病院を訪れたものの、少女の顔を見ると全員が落胆して帰っていった。客船会社からは、各船において緊急点呼を行ったが行方不明者は存在せず、との報告が出され、州警察からも届出なし、該当者なしの連絡が相次いだ。

 病院は地元の地方紙にも、情報提供を募るために取り上げてもらうように働きかけた。それが記事となったのは漂着の一週間後のことで、身元不明の漂着者として、顔や髪、衣服の特徴などが紹介された。その記事が冒頭に抜粋したもので、少女のことが活字となったのは、この地方紙が最初である。

 少女の意識は戻らず、身元不明のまま十日も経つころには、州警察も単なる事故ではないかもしれないと考え始めた。自殺も含めて事件性が検討され、数人の捜査員が新たに動員されたが、手掛かりらしきものは掴めなかった。

 当時の捜査員の一人が、後の財閥独自の聞き取り調査でこう証言している。 

 「あの時の私達の捜査は、報告書を作成するためのパフォーマンスのようなものだった。州警察は、少女の意識が戻りさえすれば、全てが解決するだろうと高を括っていた。捜査も本腰を入れたものではなかった。奴らが焦り始めたのは、あの娘…いや、お姫様が昏睡状態のまま目を醒ます気配がなく、新聞に取り上げられて世間が騒ぎ出してからさ。もしも最初から本気でこの事件に取り組んでいれば、身元が判明するのはずっと早かっただろう。おざなりな治療を眠ったまま何カ月も受けることなく、財閥様の庇護の下、名医による医療チームによって手厚い処置を施されていたはずなんだ。州警察の野郎の手落ちさ、お可哀想に」

 こう証言した捜査員だが、彼は証言した時点で既に、別件の収賄疑惑で職を追われており、州警察に恨みがあったことが分かっている。財閥の聞き取り調査は、少女の素性が判明した後に行われており、その時には捜査員は既に退職していた。調査を行った者の印象では、州警察への恨み辛みが言葉の端々やその表情からはっきりと滲み出ていたという。それでも、他の捜査員達が警察上層部によって用意された模範解答を不自然に繰り返す中で、彼の証言自体の重要性、信憑性は高いと思われる。

 少女が目覚めたのは、手術から二ヶ月も経ってからであった。前兆らしきものは見られなかったという。最初に気付いたのは、床ずれを防ぐために巡回していた看護婦だった。

 「あの子は集中治療室から運び出されてからは、使われていない病室を盥回しにされていました。ええ、病院長には既に厄介者扱いされていました。一向に目を醒ます気配がなく、治療費が支払われる保障がないからです。私達も半ば諦めかけていました。いつものように姿勢を変えようとして、瞳が開いているのに気付いたのです。ぎょっとして目を疑いました。

 いつから目が覚めていたのか、普段と全く変わらない姿勢で、自分からは動こうとせず、声も出さず、ただ瞳だけが開いていたからです。慌てて覗き込み、声をかけましたが妙なことに反応がありませんでした。答えを返すどころか、身じろぎもしません。ただ蒼い硝子玉のような瞳が、何処を見ているのか、私を透過して、真っ白な天井に向けられていました。まるで魂のない精巧な人形のようでした。瞳の瞬きだけが、人形ではないことを主張していました」

 呼ばれた医師によって意識の確認と診察が行われた。しかし結果は、診断不能、というものであった。

 まず、少女は意思の疎通ができなかった。意識はあるものの、こちらの質問に答えようとしなかった。声が聞えているのは確かだったが、医師の言葉に意味のある反応を返さず、自らは何一つ言葉を話そうとしなかったのである。

 ――この少女は、声を失ってしまっている。

 最初の医師はそう判断を下し、一応の記録を残している。精神的ショックによるものか、脳の損傷のためかは分からないが、と前置きをした上で。

 その後も数人の医師が、個別に時間を割いて診察を行った。互いの所見を話し合った結果、少女が失っているのはどうやら声だけではないことが分かった。

 診察は数人の専門医によって様々な視点から行われたが、少女は医師が何を尋ねても、質問を文字にして提示してペンと紙を手渡しても、それに答えを返したり、文字にして表そうとすることもなく、呆けたような表情で虚ろに視線を彷徨わせるだけだった。言葉を喋るどころか、医師の話す言葉の内容や、筆談の文字そのものを理解できていないようだ、という深刻な事実が判明した。医師達は、まずこう結論を出した。

 この少女は、言葉や文字によるコミュニケーション能力の一切を喪失している、と。

 さらに驚いたことに、執刀した医師によって、少女が自分が誰であるかも分かっていない可能性が示唆されたのである。

 この当時、院長は医師達に私見を訊ねているが、執刀医はその時点で、「これは一時的なものではなく、回復の見込みはない深刻なものだ」そう断言している。「脳の重大な部位を損傷し、自分が誰であるのか分からなくなっているのだ。残酷なことを言うようだが、どんな訓練や心理療法も、脳の損傷を修復させることはできない。脳に関しては、失われた脳組織が治癒するということはないのだ」と。

 また別の医師は、「事故に起因する失語症、健忘症などの記憶喪失の一種ではないか」そう話している。

 「脳そのものへの損傷というよりも、心因性のショックによるもので、一時的なものである。だから回復の余地は大いにある。何がその切っ掛けになるかは分からないが、訓練などによって回復する類のものではない」と。

 もう一人の医師は、

 「筋肉が萎縮して歩けなくなるのと同じで、二ヶ月間の眠りで脳が萎縮し、一時的に思考力が落ちているのではないか」そう話している。「訓練によって回復させることができるだろうし、訓練をせずとも、やがて自然に思い出す可能性も高いのではないか」とも。

 このように異なる見解が院長に告げられたものの、この症状が一時的なものなのか、永続的なものなのかは、この時点では結論付けることができなかった。結局、診断不能、経過を観察してみなければ分からない、という甚だ覚束ない診断報告が残されている。

 ただこの医師達は揃って、ある共通する感想を抱き、互いに話をしている。

 「少女は心そのものを失ってしまっているようだ。自らの意思で何かをしようとする意思も、何かに興味を示すという仕草もない。そういった意味では、心因性ショックによる記憶喪失でも、脳の損傷による機能障害でも、長い昏睡による脳の萎縮でもない。医師としてこのような言葉を使うのはどうかと思うが、看護婦達が噂するように、魂が抜け落ちてしまった人形のようだ」

 三人が三人とも、こんな医師とも思えない印象を抱いているのである。

 このように、少女は漂着後、二カ月を経てようやく目覚めたものの、期待されていたようには身元は分からなかったのである。病院は身元確認と関係者探しを警察に任せ、その心身の回復に努め、記憶と言語能力の回復を待つこととなった。

 点滴での栄養補給だけで眠り続けていた少女は、枯れ木のように痩せ細り、筋肉も衰えていて、歩くこともできなかった。当然体力も落ちており、頭部の外傷も、完治して包帯が取れるまでまだ半年以上かかると見られた。少しずつ運動をさせ、筋力を回復させながら、ゆっくりと経過を見る方針が取られる事になった。

 最初に地元紙で取り上げられてからしばらくの間は、少女のその後に関する問い合わせが新聞社に相次いでいた。それから二か月後、ちょうど前の記事が忘れ去られた頃に、同じ地元紙に、少女が目覚めたという続報が取り上げられた。

 偶然なのかはたまた奇跡なのか、身元不明の少女が、最初の記事で人魚姫と表現されたのは、記者の筆によるものである。少女が海を漂い浜辺に倒れていたこと、その海域が人魚伝説で知られていること、黄金の髪と碧眼、白い肌など、絵本の人魚姫で描かれたような美貌であったことから、記者が読者を惹きつけるために捩ったのである。その第二報は、読者に二カ月前の記事を思い出させるために、人魚姫というキーワードを踏襲する形で掲載されている。当時、この記事の反響は新聞社の予想以上に大きく、売上げを大幅に伸ばしたことが分かっている。 

 『名も声も記憶も失った少女――病棟の人魚姫』

 そんな見出しで大きく掲載された記事には、少女の頭蓋骨への損傷、計り知れない脳への影響、言葉を理解していないこと、自分が誰か分からず、記憶そのものを喪失している可能性、魂を失ったような状態であることなどが、悲劇性やミステリ性とともに大きく取り上げられていた。最初の記事を書いた記者は、その反響が予想以上に大きかったことから、しばしば病院とコンタクトを取ってコツコツと情報を集めていたのである。同じ記者の手になるセンセーショナルな続報記事により、忘れ去っていた世間の関心が再び集まった。更に時を待たずしてタブロイド紙にも奇妙な事件として取り上げられたことによって、一気に注目を集めることになった。

 病院側は後に、新聞社やタブロイド紙に、保護者の許可も得ずに病状の詳細な情報を提供したことに関して財閥から抗議を受けている。病院は恐縮しながらも、こんな弁明をしている。

 事件を大きく取り上げてもらうことで、少女の関係者に気付いてもらうためである。保護者の許可も何も、その保護者を探すためには仕方がなかったのだ、と。

 ただ病院は、記事の掲載に関して一つ条件を付けており、それは、病院側が一切の治療費を負担する、ということを明記することであった。

 入院から二カ月が過ぎ、かなりの治療費が予想されたが、少女がまだ若く、身元が判明しないことから、院長の指示で全ては病院負担になっていた。だが院長は、両親が名乗り出てきた際も、手術代及び入院中の治療費は一切請求しない旨を、新聞各社に通達し、記事の続報に付記させていた。

 院長はこの件に関して、近親者が貧困層であった場合でも名乗り出やすくするためである、そう話している。だが実際は、州院選への出馬が近いと噂されていた院長が、その美談を出版各社に取り上げてもらうことによって、地元の名士として名を広める効果を狙ったのだ、というのが看護婦たちの間では通説となっている。

 珍しい金髪に、簡素ではあるが上質な白いドレスから、この少女は発見時から異国の豪華客船の乗客である可能性が高かった。院長は最初こそ、そのつもりで少女の治療を行っていたのだ。近隣の客船会社への問い合わせは空振りではあったが、個人としてクルーズ船などを所有する王族や貴族の係累である可能性は捨て切れなかった。だがそんな院長の予想に反し、大々的に記事が掲載された後も、貴族階級が親族として名乗り出ることはなかった。

 少女が目覚めて一ヶ月も経つころには、続報として提供できるようなネタもなく、世間の興味も薄れ、忘れられていった。病院としても少女を治療する負担ばかりが大きかった。院長はその頃、地元の経済誌のインタビューで、病院が行っている貧困層や路上生活者への支援を声高に話し、その際にこの少女のことにも触れている。そうして経済誌を読む層である上流階級層に向けて、寄付を募っている。

 その一方で少女への治療、リハビリはおざなりになっていったことが、看護婦達の証言から分かっている。少女は言葉を喋りだす気配も、文字を解する兆候も、自ら体を動かそうとする意思の発露も見られなかった。歩くこともできないほどやせ細り、筋力を失っていたため、身体機能のリハビリを行わなければならなかった。そのためには看護婦が常に寄り添わねばならなかったが、当人の自発的な意思がないため、効果も薄かった。少女は日がな一日、天井の白い壁に視線を彷徨わせながら、虚ろな表情で過ごすようになっていた。窓の外にさえ興味を持たないため、日当たりのいい病室からはすぐに移され、最後は窓もない物置小屋を片付けられて、そこに押し込められたのである。

 それでも個室を宛がわれていたのは、一度、他の患者と同じ病室に移したところ、気味が悪いと苦情が続出したからである。真っ白で痩せ細り、一日中天井を眺めていた少女は、他の患者に話しかけられても、何の反応も示さなかった。薄気味悪い人形のようにしか見えない、同じ部屋にいると息が詰まる等の意見が多くの患者から出されたのである。

 昏睡状態にあったときの少女は、病院内では、その消え入りそうな美貌と黄金の髪から、白雪や眠り姫の渾名で呼ばれていた。目覚めてから以降は、新聞記事で見出しとなった人魚姫と呼ばれるようになっていた。だがいつからか、人魚姫に替わる新しい呼び名が、看護婦たちを中心にして使われるようになった。

 その名は奇妙な発音の異国の趣を帯びたものであったが、少女の容貌と相まって看護婦達から医師へと自然と広がっていった。それがいつしか新聞紙上においても、少女の名として使われるようになっていったのである。初めてその名が活字となった新聞記事からの抜粋で、その名を紹介しよう。名もなき少女は、こう呼ばれるようになったのだ。

 『――さて、少女がそう呼ばれるようになった理由である。海辺に漂着していたこと、貝殻のような美しい真っ白な肌を持つこと、声も言葉も記憶も失って口を閉ざしていること、魂が抜け落ちて空っぽの抜け殻のようになっていることなどから、その不可思議な名が付けられたと思われる。思われる、というのは、誰がその名で呼び始めたのか明らかになっていないからである。最初にその名を使い始めたのは看護婦達らしいが、では誰がその名を名付けたのか誰も知らず、皆が自分ではないと否定しているのである。名もなき少女は、命名者が誰かも分からないほどに自然に、その名で呼ばれるようになっていたのだ。

 そこで紙上でも、未だ名もなき少女をその名で記すことにしよう。

 声を失った人魚姫――クラムシェル、と』

            〈あかずのクラムシェル――病棟の人魚姫〉続報より抜粋


 この物語においても、以降この名を少女の呼称として使用することにする。この少女は物語の主人公であり、登場人物の中でただ一人だけ本名であり、同時に仮名でもある。というのは、少女は過去を取り戻した後も、自分の名を思い出すことができなかったのであり、この奇妙な名付け親のいない名を名乗り続けることになるからである。

 そしてもう一つ。この物語に記される人物の名、素性の明らかになる固有名詞の一切は、人名であれ、地名であれ、クラムシェルを除いて全てが仮名であり、それらの名は、私が全ての資料を読み込んだ後に、数多の候補の中から一つずつ吟味し、これしかないと思えるものを命名したものであることを、改めてここに付記しておく。

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