Ⅱ 海賊船

「ーー痛っ! くそっ! 放せっ!」


「ガハハハ! 俺達ゴンサロス一味の船に忍び込むなんてバカなガキだぜ!」


 鼻の利く悪党達に呆気なく見つかり、僕は縛り上げられるとヤツらのボスの前に引きづり出された。


 やはり、海に関してはズブの素人。僕は見た目に騙され、乗り込む船を間違えた……その船は、商船に偽装した海賊船だったのである。


「水夫にも雇ってもらえねえで密航しようって口か? だが、安心しろ。俺達がお望み通り新天地へ連れてって、ちゃんと奴隷として売ってやらあ」


 ヤツらの頭目、船長カピタンゴンサロスと名乗る三角帽トリコーンをかぶった髭もじゃの男が、甲板に放り出された僕を見下ろしながら言う。


「奴隷? ……じょ、冗談じゃない! 今までよりひどいじゃないか! そ、そうだ! 船長さん、僕を仲間に入れてくれよ! 掃除でも洗濯でもなんでもするからさあ!」


 新天地の奴隷は死ぬまで銀鉱山や農場で家畜のようにこき使われると聞く……僕はこの航路の先に待つ最悪の未来を想像し、咄嗟の思いつきで船長の男に頼み込む。


「フン! てめえみてえなガキに海賊が務まるかよ。おい、こいつを牢獄代りに倉庫へ放り込んどけ! うるさくていけねえ」


 だが、船長カピタンゴンサロスはまるで聞き耳を持たず、大勢いるガラの悪い手下どもにそう命じた。


「でもいいんですかい? こんな汚ねえガキ、倉庫に入れちまって」


 しかし、そんな手下の一人が船長のその命令に難色を示す。


 よし!  閉じ込められなければ、小舟を盗むなり、どっかの島に寄った時を狙うなり、なんとか逃げ出すチャンスはある!


「なあに、金目の物は売っ払っちまって、あとはガラクタしか残ってねえ。この船にゃ牢獄向きの部屋が他にねえんだ。仕方ねえだろ?」


 が、そんな僕のささやかな希望も打ち砕くように、ゴンサロスはその懸念を一蹴した。


 ……クソっ! こうなれば、小便がしたいと嘘を吐くいつもの手で……。


「ただし便所の時だけは言えよ? ロープで縛ったまま舷から吊るしてさせてやる。倉庫でしやがったら即サメの餌だからな。そうだ。念のため足枷も嵌めといてやれ」


 ……なんてことだ。意外と用心深いこのゴンサロスという海賊は、逃げのテクニックを駆使した最後の手段までをも先手を打って封じてくれる。


「オラッ! 向こうに着くまでここでおとなしくしてな。大事な商品だ。死なねえように飯はくれてやらあ。ヒャヒャヒャヒャ!」


「うぐっ……痛てててて…」


 そうして、下品な笑い方をする手下により、僕は上甲板に開いた四角い穴から、積荷を入れておくための船倉の中へ突き落とされた。


 床に倒れたまま頭上を見上げると、僕の身長の倍はあろうかという高い位置に空いた入口に、格子状になった覆いでしっかりと蓋が閉められている。


 登り降りの際には梯子を下すようだが、もちろん今はそんなものもない。


 あちこち痛む体をなんとか起こして周りを見回すと、確かにゴンサロスの言っていた通り、その中はほとんど空っぽだった。


 そのために四方を囲む壁がまる見えだが、船体の真ん中に設けられた空間なので窓一つありゃしない。


 唯一出入りできるのは、背の届かない高さにある格子のはめらた天窓だけ……ここは、牢獄代りというより、まさに牢獄である。


 おまけになんとかここを抜け出せたとしても、周りはどこまでも続く大海原だ。


 いくら逃げるのが得意な僕であっても、これでは手の打ちようがない……万事休すである。


「クソっ! 奴隷になんかなってたまるか! 何か…何か逃げ出す手は…」


 それでも、せっかく一念発起して新天地を目指したというのに、奴隷として売り飛ばされるなんて冗談じゃない!


 僕はわずかに残るガラクタのような積荷を漁ると、何か使えそうなものはないかと必死に探した。


 すると、壊れかけた木箱の中に古い本が乱雑に放り込まれているのを見つけた。


 書籍もそれなりの高値で取引されるものだが、売り払わなかったのだろうか?


 本国より出版文化の未発達な新天地の方が高価たかく売れると踏んだのだろうか? それとも、どうにも学問とは無縁そうなやつらなので、単に本の値打ちがわからなかっただけか? ともかくも、ちょっと興味を覚えた僕はどんなものがあるのか取り出してみた。


 今では乞食同然の暮らしぶりだが、これでも一応商人の子、読み書きは小さい頃からみっちり仕込まれている。


 掠れた表紙の書名を見てゆくと、内容は雑多で地理や歴史、植物学の本から文芸書までいろいろある。


 まあ、どれもだいぶ傷んでいるので、確かに高値は付かなそうだが……


「これは……!」


 だが、その中に一冊だけ、とんでもないものを僕は見つけた。


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