第19話 悪戯な視線

美久には、もう遠い過去の出来事になった海蛇いらぶーの毒、足の切断騒動。


あれから、五日目の朝……。



しばらく波に揺られて、眠気を感じ始めた頃。




「ほら、着いたぞ!」


と、潮平すんじゃの声が聞こえてきた。


武士等に続いて船室から出ると、騒がしい掛け声が下から湧き出てきた。気持ちを船外に向けると、人と物がごった返す風景が、目と耳に飛び込んできた。


(わぁ、凄い。ここが牧港まちなと?)


美久は、船の取っ手に掛けられたハシゴに身体を添わせた。


途中振り返ると、白に黒のストライプが入った北山の大型船は接岸し、黄色の帆がすべて閉じ終えようとするところだった。


真下で、賢龍が待ち構えていた。


「ここが、行きたがっていた本島だ……いっ、」  


右足にまだ痛みが強く残っているのか、言葉が途切れる。


賢龍に右腕を軽く支えられて、美久はすっと片足を踏み入れた。両足を揃えた瞬間、その場で動けなくなった。賢龍が感じている痛み以上に、別の力が美久を襲った。


足に震えを覚え立ち尽くした。まるで足首を地面に捕まえられているかのように……。


(すごい、大地の力が体に伝わってくる……でも、人々の心がぶつかり合っている。愛情と希望、憎悪と失望が混ざり合って……)


「ここは、島じゅうから君のような才能ある者を集めて、勉強をさせている。神事、祭事の事をさらに深く学ぶといい」


「えぇ、楽しみです。賢龍様がお勤めされているのは、この近くなのですか?」


「そうだな、すこし遠い。しかし琉球には、まだここにしかない。離れてしまうが仕方ない。学んだ後、私のもとで働いて欲しいのだが……」


「約束します。ご配慮に感謝します」


「立派な神人になれるかどうかは、そなた次第だ」


「賢龍様のお役に立てるよう、頑張ります」


「決して気を許すな……極楽の世に見えるが、蛇も住んで居る。気がついたら飲み込まれて、景色は暗闇、両手両足は溶けて動けなくなるぞ。それが人の世だ」


「ええ、私、海蛇いらぶーには強いわよ。あなた様は、ガブッとやられましたね」


と、悪戯な視線を向けた。


賢龍は受けて、


「そうだった。まだ、足が痛むのはそのせいだ。はっはっ」


と苦笑した。


美久は本島に初めて足を踏み入れたのもそうだが、姉と会えることが嬉しかった。

 

姉は出稼ぎで那覇の街にいるはずだから……。

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