第418話 回帰

 魔王と握手を交わして時空の狭間から戻った俺は、その後すぐにフェル達を促して撤収の準備を整えてしまうと、兵士達に別れを告げた。

 その際ゴブリンの群れの懸念についても十分に話したつもりだ。任務と照らし合わせたうえでの今後の行動は彼ら自身の判断に任せるしかない。


 そして、回復はしたもののまだ眠り続けているアレックスの傍に立ってオプタティオールに残されていたトリガーを外した。


 発動した二回目の時間跳躍は観察・解析する余裕があった。それは、初めてではないということと、遡行した時と違ってこれから時間を超えるんだという心の準備が出来ていたからでもある。

 とは言え、かつてあの女神でさえ行使は難しいと言った時間跳躍だ。観察はともかく解析できたのはごく一部分だけで、成果と呼べるほどのものは得られなかった。


 一瞬で闇の中に呑み込まれてしまう感覚。遡行した時とは違って肉体と魂が完全に分離したような感じは受けず。代わりに妙に身体の軽さを感じながら、俺は時間跳躍の状況を見続け、そしてフェルとアレックス二人の状態を気にし続けた。


 遡行の時と比べて極端に魔力の消費が少ないなと、そんなことを思い始めた時。

 アレックスの存在が唐突に消えた。

 魔王から予め聞かされていた通り、アレックスは途中下車したのだろう。

 彼が降りた所には、こうなることを願い続けたリンシアが待っているはずだ。


 その後すぐ、今度は身体の重さとその実感が戻り始めたことを感じ、そこにほぼ効力を失っていた知覚系の各種スキルが元通りに有効になり始めているという感覚も伴ってくる。


 すると、手にしたままのオプタティオールから俺の脳内に、以前伝わって来た時と同様に過去の映像のような情景が流れ込んできた。


 見えてきたのはリンシアが魔王の転移で落ち延びたダークエルフの隠れ里。

 以前に見た時よりも成熟した雰囲気のリンシアが、彼女とアレックス両方によく似た顔立ちの娘と共に、アレックスを抱き締めている姿。

 どうやら、無事にアレックスはリンシアの元に辿り着けたようだ。


 その様子を見ていて不意に、成長したリンシアにはファーヴドの血筋の特徴が色濃く現れているんじゃないかと俺は確信に近いレベルで感じてくる。

 ハーフエルフだと自身も聞かされ自称していたリンシアは、実はファーヴド・エルフだったのではないか。もしくはダークエルフの里に移ってから更なる覚醒の時を迎えて、その進化・属性の発現にまで至ったのか。


 ジェスの叔母のロニエールと奇妙に符号するファーヴド・エルフという種族。

 この種族との邂逅には、何かもっと特別な意味が有ったのかもしれない。

 もしかしてこれも魔王の筋書きか、などといろんな想像を掻き立てられていく。


 しかしその思索も、一転して突然の強い光に包まれたことで中断する羽目になる。

 直後には完全に有効になってきた探査で、思わず懐かしいと思ってしまうような反応を俺は捉えていた。


 回帰の時間跳躍が終わりを迎え、次第に弱まっていった光と入れ替わりに懐かしさを感じる新ダンジョン入り口の洞窟内部が見えてくる。

 そして、そこにはニッコリ微笑んでいるラピスティの姿が在った。


「お帰りなさいシュンさん、フェル。レヴァンテとモルヴィもご苦労さまでした」

「ラピスティ! ただいま~!」

 ミュー…!


「ただいま。かなり心配かけたみたいだが、皆無事だよ」

「この場所の保持、お疲れさまでした。ラピスティ」



 何はともあれこの洞窟から出ようということで、俺達はすぐに外に向かった。

 先頭を行くレヴァンテに続いて、互いに言葉を交わし肩を寄せ合って歩くフェルとラピスティ。

 フェルは、こちらではまだ三日しか経っていないと聞いて驚いている様子。

 そんな二人の後姿を微笑ましく見ながら、俺は周囲への目いっぱいの探査を続けて情報収集に努めている。


 外に出た俺は、頭上に巨大な存在として感じ取れている浮遊城ヴァルズゲートに興味の大半を持っていかれそうになるが、それは後回しだ。


「張っていた物理結界が破られたのか…」

「そのようですね」

 俺の呟きにレヴァンテがそう答えた。声色でレヴァンテは既に戦闘モードに切り替わった状態なのが伝わって来る。


 異変はここダンジョン入り口から見て北北東。


 その方角に結界が破られたことを表す魔法の残滓が微かに感じられる。

 そこから先には膨大な数の魔物の反応。その数は約三千。

 おそらく単一の種で構成されたこの大群は、俺がこれまで見たことが無い魔物で、ゾンビに似た雰囲気を感じている一方、ワーグに近いような印象も俺は受けている。但し、その二種とは比較にならない強大さも俺は同時に感じ取っていた。


 結界が破れた箇所から侵入し始めているそいつらは、決して速い動きではない。

 人が少し急ぎ足で歩いている程度の移動速度だが、侵入してからの動きも結界が破れた箇所に向かう動きも全体として統率された動きのように思う。


 上空に小さく見えているステラとニーナの二人と、探査でのエリーゼやセイシェリスさん達の位置を見る限り、今は誰も接敵はしていない。


「ラピスティ、フェルを」

 と、俺が声を掛けると、すぐさまこちらに振り向いて応じる声。

「解っています。フェルはヴァルズゲートに連れて上がります」

「ああ、そうしてくれ。代わりにディブロネクスを降ろしてくれるか」

「了解です。詳しい情勢は彼から聴いてください」



 ◇◇◇



 自分だけ安全な所へと言われたことに不満げな顔のフェルをレヴァンテとモルヴィが諭して、ラピスティ共々三人と一匹はヴァルズゲートへと上がって行った。


 そして、入れ替わりにディブロネクスが降りてくる。


 こういう状況だ。現代に戻ってきたことに関しての俺とのやり取りはそこそこに、ディブロネクスは物理結界が破られた経緯を説明し始めた。


 押し寄せてきた大群は、最初は結界に進行を阻まれて立ち往生していたそうだ。

 それを放置しておくことも出来ずに、どうやって殲滅するかの算段を全員で検討していた時に突然結界が破られたと。


「……どうやら、魔法無効化でやられたみたいじゃ」

「無効化…? まさか、あの大量に居る奴らの他に悪魔種か死霊系の上位種でも居るって訳じゃないだろうな…」


 件の物理結界は、闇属性の重力魔法の範疇に含まれるベクトル反射を主軸とした構成。この類の物理結界としては、神殿由来と称されるものと少し似ている。

 ヴァルズゲートから張り巡らされている結界だ。段階的に多重に張っているのが当然で、今回破られた最も外縁の結界でいきなり最大強度にしていたとも思えないが、それほど甘くも無いはず。

 これを破るには、ガンドゥーリルやステラの魔法無効化スキル。もしくは以前に俺が結界の潜り抜けの為にやったようにドレインを局所的な侵食のように行使するか、単純にゴリ押しの力業という方法になるが、聖剣やスキル、魔法にせよ物理にせよ、どの手段であれ、それぞれ力比べで勝つことが絶対条件である。


 ディブロネクスは、俺を見ながら同意を示すように頷き、

「その辺を確かめる為にステラとニーナが飛んで行ったが、おそらく間違いない」

 と、ほぼ確信めいた言い方をした。


 その理由を問う視線を返すと、ディブロネクスは大群が押し寄せている北の方角を指差して俺に言った。

「シュン。あの群れはグーリッシュ・セリアン…。ラピスティはそう結論付けた。儂も遭遇するのは初めてじゃ」


「グーリッシュ・セリアン…?」

 オウム返しに俺が呟くと、ディブロネクスは言葉を続けた。


「またの名をグールとも言う。この呼び名の方がヒューマンの文献では一般的かも知れんの。グールは凶悪な亜人種だと言い伝えられておる」

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