第30章 孤島からの使者
第419話
文献ではグールと称されることが多いグーリッシュ・セリアンは、その名が示す通り獣人種が後天的に魔物・亜人種へと変異した種だと言い伝えられている。
生息していたとされる地域は限定的だが、知性を失くし魔物の本能のみで動くようになったそのおぞましさを永く後世にも伝えんと語り継がれた逸話は少なくない。
グールは非常に好戦的で集団戦に長けており、血と肉を求めて集団で
日本の多くの小説などでゾンビに噛まれた人間がゾンビ化してしまう生態が著されているのと同じく、グールに噛まれた獣人はグールに変貌してしまうという。
風貌に人であった面影は僅かに残しながらも、身体はひと回り大きくなり身体能力が飛躍的に向上する。全身が濃い体毛に覆われ、膨れ上がった上半身の筋骨、肩と繋がるほどに大きくなった顔には鋭い牙が剥き出しになった口。そして大型の猛禽類の
と、俺は脳内から引っ張り出したグールに関する情報と並行してディブロネクスの言葉にも耳を傾けマージしながら、この未知の敵について精査している。
ディブロネクスは、グールについての話の締め括りにこう言った。
「……変異は何者かによる呪いだという説もあるが、儂はそうは思わん」
それは俺も同感だ。
「確かに、急激にそこまで変異するというのはおかしい」
「そう。呪いでは無理じゃな」
続いて、現在の対処方針についての話をディブロネクスから聞いて、セイシェリスさんがほぼ全員での出動を指示した理由を俺は理解した。
現状を踏まえれば、結界はたて続けに破られる可能性が高い。そうなれば敵は直線的にここを目指すであろうと見て、セイシェリスさん達は総出で敵の進路になりそうな辺りに地雷を設置しに行っているということ。
探査で判る皆の動きからは、そろそろその作業もキリが付いて終わりそうな感じに見えている。
「まあ、セイシェリスが気にしとるのは、グールどもにショットガンがどの程度有効かということじゃな。それを測る為にも地雷は丁度いい。期待通り有効なら、地雷・小型爆弾とショットガンであの数にも対抗できる」
ちなみに、ここで言っている地雷とは小型爆弾の発動・起爆方法を魔物を待ち伏せする用途の為に変更した爆弾のことだ。以前に地球の地雷のことを思い出して造ってみた試作品を気に入ったニーナの要望で、大量に追加製造して皆に持たせている。
発動は、人間の生体魔力波が感知出来ず、かつ魔物の生体魔力波を感知した時。
小型爆弾は小魔石を使用しているので、自ずと爆発の光雷の刃の到達範囲は小さく持続時間も短い。殺傷能力はその範囲内においては高いが、普段使っている爆弾のように大量破壊兵器として有用な訳ではない。
今後のことに頭を切り替えた俺は続けて、結界について尋ねた。実際のところ、更なる結界破壊の可能性はどの程度あるのか。
ディブロネクスは俺のこの質問に、若干苦々しさを滲ませた表情で答えてくれる。
「……森を大きく傷つける迎撃はなるべく控えようと、それを考慮して反撃に関しては控えめな結界じゃからな。今回、内側の結界は強度を更に上げて魔法無効化へのカウンターも新たに追加したが、それでも破られる可能性が無いとは言えん」
浮遊城のことは、構想段階からレヴァンテやラピスティと綿密な打ち合わせを繰り返して必要とする幾つかの術式を提供していた俺は、完成したヴァルズゲートに備わっているはずの能力については概ね理解している。
その力を発揮すれば、敵の攻勢を受け止めたり受け流すだけでなく、結界自体に強力な反撃力を持つカウンターを組み込んだりヴァルズゲートから砲撃したりと、もっと強大で効果的な迎撃を行うことが可能だ。
しかし、なるべくこの周囲の自然環境を破壊しないという、主にニーナの意向を汲み取っているからこそのこの慎ましやかな現状。ディブロネクスはニーナの思いを尊重して今はこれで良しとしているが、そのせいでニーナ達が危ない目に遭うことは嫌なのだ。
「ふむ…。ま、そうだろうな。しかし、対策を練る為の時間稼ぎになれば結界としては充分だよ」
半ば宥めるように俺がそう応じるとディブロネクスは大きく頷いた。が、すぐに語られたのは、それまでとは少し趣の異なる内容だった。
「だがな、シュン。その時間稼ぎも、お前達が無事戻って来た今となってはもう必要ないぞ。ここの重要性は儂らにとっては既に薄れてしまっとる」
「んん? 最悪、ここを放棄して撤退もアリだと?」
「と言うより、何が何でもダンジョンを死守する必要はないということじゃな。奴らの目的は魔力災害の源。それを目指してやって来たんじゃからの。いっそのこと奴ら全員ダンジョンに潜らせれば万事解決するやもしれん」
と、ディブロネクスはそう言っているうちにニヤリと笑みを浮かべている。
ダンジョンにグールを捕らえさせてしまえばいいと、ディブロネクスはそう言っている。話としては理解できるが、俺にはそんなに上手くいくとは思えない。
「いやいや、ちょっと待て。グールがダンジョンにどう反応するか分からない。それにダンジョンにしてもフィールドの魔物を取り込むことがあるのは知ってるが、ここでもそうだとは限らないだろ?」
「ダンジョンの振る舞いについては儂が保証する。大喜びで取り込もうとするのは間違いないぞ」
永い間ダンジョンの厳重な封印の中に閉じ込められていたディブロネクスだ。
そんな境遇に在ってもダンジョンに対抗して思惑を外し時には欺いてきた男が言うことなので、説得力は充分。
「あー…。まあ、お前がそう言うなら、そうなんだろうけど…。とは言え、問題は結界を解除した敵ボスの存在だ。こいつを炙り出さないとな」
「炙り出すのは簡単では無いかもしれん。今回の敵の首魁はおそらく悪魔種じゃ。ここの結界を解除出来てグールを使役できそうな悪魔種には幾つか心当たりがある」
「……それって、リリス級の悪魔種ってことだろ?」
イレーネやラスペリアのことを思い出してしまった俺が、勘弁して欲しいとばかりの嫌そうな顔を露骨に見せると、ディブロネクスは嘆いていても仕方ないぞ。とでも言っているような苦笑いを俺に向けた。
◇◇◇
こうしてディブロネクスから情報を得ながらも、俺はセイシェリスさん達の見守りとグール達の動向監視、周囲への最大限の警戒はもちろん継続していた。
だがそうしていても尚、意表を突かれた形の突然の襲撃は空からだった。
「シュンさん! ニーナとステラの近くに転移の出現兆候です!」
「シュン、急いで! 敵が来る!」
ヴァルズゲートからラピスティとフェルの声が俺の耳に届き、少し遅れて警報が鳴り始める。
直後、脳内でも大きく警報が鳴り始めたかのようにいきなり探査で捉え始めた反応は、ここからほぼ真北の上空。
それはフェル達の言葉通りにニーナとステラのすぐ近くだ。
「空からか。俺はすぐにニーナ達の所に飛ぶ。ディブロネクス、後は任せた!」
ヴァルズゲートからの警報が響く中、俺は目視の情報と探査で得ている情報を合わせて座標を定めると空間転移を発動。
それとほぼ同時に、グール達の上空から監視を行っていたニーナとステラとフェンリルが、間近に現れた新たな敵と戦闘状態に入ったことを俺は感知していた。
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