第412話

「……あとね。今回は使ってなかったけど、彼らのうち少なくとも三人は吹き矢を持ってるのが確認できたよ。普通は暗殺者が対人で使うような、そんな物をね」

 エルフ達の戦いの様子を語ったステラが最後にそう言って締めくくると、クリスを皮切りに幾人もが驚きと意外感を露わにした。

「……暗殺? 吹き矢?」

「「「……?」」」


 現状では全く場違いな暗殺などという単語を耳にして訝しむような言い方をしたクリスに、自分も同感だという頷きと共に首を傾げたニーナ。

 しかしニーナは、急に何かを思い出したように目を見開くとステラを見詰めた。

「……ステラ。それってもしかして」

「見た目は少し違うけど、おそらく…。ニーナに頼んで、私も騎士団の分団本部で実物を見せて貰ったよね。ケイレブ王子を襲撃した黒ずくめの奴らが使ってた、あの吹き矢と同じものだと思う」


「ふうっ…、そう。こんなとこにもあれが出回ってるんだ」

 苦い表情のニーナは、そう呟くとそれっきり目を閉じて考え込んでしまう。


 街の領兵・衛兵と公爵家騎士団が尽力した全容解明の際には、襲撃時に使われた武器・防具、装備などの精査と分析もひと通り行われている。

 重騎士を先頭にした突撃という正面からの襲撃を敢行してきた者達は、頑丈さだけが取り柄で王国ならどこでも容易く入手可能な変哲の無い武器や防具を使っていた。

 だが、ケイレブを守護していた王国騎士達をあっという間に壊滅に追い込んだ手練れで、最終的にはこちらが主力だったのだろうと結論付けられた黒ずくめの者達の装備は、他に類を見ない特殊な物。それを使用していた当の襲撃犯達自身も製造元など詳細な情報は持っていなかった。

 この吹き矢は一種の魔道具であり、風魔法によって矢の推進力と照準が補正される仕組みになっていた。僅かな重量しか無い小さな矢が王国騎士の防具に食い込み、生身に届く程の威力だったのはそういう仕組みのせいだった。

 単純な仕掛けではあるが、人が吹いた息をトリガーとして、それを瞬時に増幅させると同時に威力と直進性を高める為に矢を高速で回転させているという、計算され尽くしたような風魔法の構築は並大抵の魔法師では困難な代物。そして、そんな魔法を魔道具化した技術には一目置くだけの理由が大いにある。


 再び目を開いたニーナは、ガスランの方を見ながら言った。

「鍵になるのは、きっと風魔法…。サラザールはてっきりディアスかラスペリアから手に入れたのかと思ってたけど、そんな単純な話では無いかもしれない」


 ガスランもほぼニーナと似たような所に考えが至っている。確かめなければと言うように、ガスランはニーナに向けて大きく頷きを返した。



 ◇◇◇



 エルフ達の動向の監視は一部の者だけでの継続と決めたセイシェリスは、自らもクリスとティリアと連れだって結界の範囲内では最も外縁の巡回に出て行った。ヴァルズゲートやエリーゼ達が行使する探査では感じ取れない何か、目や耳、鼻。人の五感と空気感でこそ感じ取れるものが在るかもしれないという思いで、この巡回はマメに行われている。


 その後のエルフの一団は、初遭遇の後も幾度か遭遇したキラースパイダーとの戦いを全て無難に終わらせて、侵入阻止の結界まで辿り着いた。

 そこに着いてからは、彼らにしてみればいきなり進路を塞がれ拒絶されているような不懐の結界に初めこそ驚いていたが、さすがに無闇に結界へ触れたり攻撃するなどという愚かな真似はせず、結界を念入りに調べて対処の算段を始めている様子だ。

 そして間もなく日が暮れる時刻が近付くと、どうやら彼らはこのまま結界の近くで夜営するつもりなのがステラの目にも見て取れた。


「……結界のすぐ傍で夜営の準備を始めた。やっぱり簡単には諦めない感じかな」

 と、状況を伝えたステラにニーナはマップを見ながら応える。

「ま、そうでしょうね…。でもこの位置だったら山の上の旗はもう見えてるよね?」

「見えてると思う。けれど、だからどうだっていう反応はないね」

「ふむ、やっぱりこんなとこに来る連中には王国の権威も期待できないか…。とは言え、旗を見たなら、その意味は知らなくても結界を張ったのが人間だということは理解できたはず。そのうえで彼らがどう動くかなんだけど…。私さっきから、さっさと飛んで行って話をするなり制圧してしまうなりした方が早いと思い始めてるよ」

 そんな風にしかめっ面で言ったニーナに、ステラは笑顔で応える。

「待って、ニーナ。これ以上のこっちの手の内はまだ見せないって話なんだから。もう少し様子を見よう」


 ニーナは、エルフの一団に胸騒ぎを呼び起こされているような得体の知れなさを感じている。吹き矢のことと相まって、最初に接近を知った時よりも彼らに対する警戒心を格段に強めていて、それは、今もずっとステラの監視の実況を共に聞き続けているガスランとエリーゼも同様だ。


 ニーナの武闘派宣言から話を逸らすように、ガスランが自分の隣に座っているエリーゼに問い掛けた。

「エリーゼ。エルフ達は結界、解除できると思う?」

「絶対、とは言えないけどまず無理だと思う。と言うか私はね…。なんとなく彼らの目的は、魔力災害の調査だけではないような気がしてるの。もしかすると、もう既に結界を解除しようとは考えてなくて、中から人が出てくるのを待ってるのかもしれないとかね…。情報が欲しいのか、それとも何かこっちと交渉したいことがあるのか。直接視認出来たら、魔眼でその辺の雰囲気がもう少し分かると思うんだけど」


「それは、奴らは自分達のことが知られても構わないってこと?」

「うん、そういうことになるよね。隠れ里みたいなとこに住んでるエルフだろうというのは最初の印象から変わりは無いよ。けど、おそらく今はこちらと関わりを持とうとしてる。彼らはアラクネと同じようにあの魔力災害に惹かれてやって来たんだろうと、これまで私も含めて皆が思ってた。でも、私がもう一つ。魔物の類ではなく知性を持つ者がここに興味を持つ可能性があるなと思ってるのは、ヴァルズゲートなの」


「浮遊城を感知したから、やって来た?」

「そう、可能性の一つとしての話だけどね。正確に言うと、最初の時空転移。あれはどうやっても隠し切れない時空の揺らぎがあるからね」


 ニーナもステラも、思索を巡らせてエリーゼの今の話を反芻し始めた。しかし、そんなエリーゼの推測の真偽を確かめることは、この直後に発生した異変によって随分と先送りとなってしまう。



 ◇◇◇



 突然鳴り響いたヴァルズゲートからの警報。

 それは浮遊城の真下辺りのごく狭い範囲内でのみ響き渡るもの。


 ほとんど反射的に能動的探査を一気に広げたエリーゼは見る見るうちに表情をこわばらせ、同じくスキルを超遠隔に行使し始めたステラも同じように表情を歪めると、思わず言葉を漏らした。

「何よ、これ…」


 ヴァルズゲートから飛び降りてきたディブロネクスが、共に降りてきたウィルとシャーリーも含めたその場に居る全員に、珍しく大きめの声を掛けた。

「敵襲じゃ。今度のは甘くない。ステラ、セイシェリス達を呼び戻せ」

「解った! 飛んで行ってくる。グレイ、行くよ!」


 すぐにショットガンの魔力残量を確認し始めたガスランに倣って、ウィル達二人も同じように確認を開始。

 そしてディブロネクスは、ダンジョン入り口の洞窟から外に出てきたラピスティと二人で情報交換と相談を始めた。その初老のハーフエルフのような顔つきはいつになく険しく、眼光鋭いものになっている。

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