第411話
時間遡行という超絶大魔法に先んじて発生していた災害級の魔力波動。この膨大な魔力に惹かれた最初の招かれざる客となったのは、多くのキラースパイダーを率いるアラクネだった。
隠蔽を常とするアラクネを追い詰め無力化する方策を検討した際に、爆弾やショットガン、スタンガンといった便利な飛び道具に頼るばかりではなく。なるべく周囲の森を傷つけず、尚且つリスク無く済ませたいとニーナは考えた。
そして、スパイダー種は酒、即ちアルコールに弱いという伝承の検証を行うとともに、シュンがダンジョンの機能を元に開発した魔核阻害結界をヴァルズゲートから広域に発動させる実証実験も兼ねた作戦を立案し遂行した。
狙い通りにこれらの実験を行ってその成果も得つつ、アラクネを生きたまま捕縛できた。だが、これで終わった訳ではない。シュン達の帰還を待つ者達の警戒態勢は、まだまだいつ終わるのか全く予測出来ない状態で続けられている…。
そのニーナ達のワインシャワー作戦が終了して二時間ほどが経過した頃。
ヴァルズゲートから地上に降りてきたディブロネクスは、テント前のテーブルで夜食を食べているガスランが差し出してきた串焼きを表情をほころばせて受け取ると、ガスランの隣の椅子にどっかりと腰を下ろした。
「ずっと戸惑っていたスパイダーどもが、ようやく散らばり始めた」
「それは、アラクネからの命令が停まったから?」
と、そう尋ねたガスランに、ディブロネクスは串焼きにかぶりつきながら肯定の頷きを返した。
「統率スキルと一括りで言われるが、個体によっては全く独自のものもある。まあ、今回は一般的な上位種が持つものとそれほど違いは無かったようじゃ。アラクネを檻に閉じ込めた途端、大蜘蛛達の攻撃が停まっておった」
ガスランと同じく見張り当番で、本を読みながら二人の会話を聞いていたクリスが顔を上げてディブロネクスの方に視線を向けた。
「ねえディブ爺、そのアラクネはどんな感じ? 会話が出来たりとかは?」
伝説級の魔物として知られるアラクネについては、クリスも興味津々なのだ。
酩酊状態で捕縛されたアラクネは、ステラが指示したグレイによってヴァルズゲートに放り込まれ、そこできっちりと拘束されている。ディブロネクスが言った檻とは、時空を分断して何もかも完全封鎖してしまう時空閉鎖結界のこと。
「奴はまだ酔っぱらっとるからの…、まだ何とも言えんが。まあ、あの阻害結界を普通に魔物らしく嫌ってた様子を見ると、その程度とも言える」
「ということは、酔いがさめても会話ができる程ではない?」
「あー、いや。もしかしたら簡単な言葉なら理解はできるかもしれん。だが、魔物としての本能の部分は抑えきれないといった感じじゃろう」
「魔核阻害結界が作用するのは知力が低い魔物…」
半ば自答するようにガスランがそう言うと、その通りとばかりにディブロネクスはコクリと頷いた。
◇◇◇
キラースパイダーの群れとアラクネによる騒動がひと段落して、ひと安心。
……とはならず、翌朝にはまたもや気の抜けない状況になった。
エリーゼとステラはダンジョン前の広場に立って東の方角に意識を集中させながら、時折互いに顔を見合わせて思案顔だ。そして、敵影アリの知らせを聞いて二人の傍に来たセイシェリスに、エリーゼは取り急ぎ状況の説明を始める。
「東からこちらに向かって進んできているのは27名の人間。おそらくエルフです」
「エルフだよ、間違いなく…。けど、散開し始めたと言っても周囲にはキラースパイダーがまだ何匹も残ってる。彼らがこのまま進めば遭遇戦になると思う」
既に超遠隔視で確認済みのステラが、そう付け加えた。
二人以上に思案顔になったセイシェリスは、少し遅れてその場に来たニーナと相談を開始する。途中、ステラが見通したエルフの装備などについても詳しい様子を情報として共有していくが、そうしているうちにニーナは、顔いっぱいに『心底めんどくさい』という
そんなニーナを苦笑いを浮かべながら見て話していたセイシェリスが、集まった全員に向けて改めての指示の声を発した。
「やってきた方角から考えると、エルフの一団はおそらく王国に恭順していない氏族だと思う。だけど、取り敢えずはニーナの提案通り。ここに王国旗を立てて様子を見てみよう。連中が旗の意味を知ってるなら、こちらと敵対するしないどっちにしても話は早いだろうということ。あとキラースパイダーの残党は、自分達で何とかして貰いましょう。もう群体化は解かれてるんだし」
「危なそうだったら?」
と尋ねたシャーリーには、セイシェリスが少し困った顔を見せながら応じる。
「状況次第だけど。その時に人員を割ける余裕があるかも分からないし、そうなった時に考えましょう…。それよりもね。このまま近付いて来れば彼らは結界で立ち往生するはず。そこでもし長く居座るようだったら話をしに行かなければと思ってるの。それが面倒なのよね…」
その状況はまずいねと、セイシェリスと同じように悩まし気な表情に変わったティリアがため息で応じた。
「はあ…、確かに。そんな所に居座ったら、魔物のターゲットになるだけ。警告しない訳にはいかないし、かと言って素直にこっちの話を聴いてもらえるか…。王国旗を見て退いてくれればいいんだけどね」
それから、ニーナが出した特大の王国旗と公爵旗を持ったウィルとシャーリー二人によって、ダンジョンの入り口とそこから斜面を登った先の頂に旗が掲げられた。
旗を見上げたニーナは、危険は承知でここに向かっているはずのエルフ達にはこんなもの大して意味は無いんだろうなと思いながら、それとは別にエルフ達はいったいどこから来たのか。そのことが気になっている。
ニーナは、自分の隣に居て同じように旗を見上げているエリーゼに小さな声で話しかけた。
「……ねえ、エリーゼ。ここから東にエルフの里が有ると思う?」
問われて横目でニーナの方を見たエリーゼは、ううんと首を横に振る。
「それなんだよね…、私もさっきから気になってる。ロルヴァーナの西には幾つか氏族郷が在るのは知ってるけど、東の方にも在るなんて聞いたことが無い。うちは他氏族との交流が割と多い里だからね。王国に恭順してないとこでも、王国周辺なら大抵の氏族の情報はそれなりに入ってくるんだよ」
「そっか…。でも魔力災害が起きてここに来たなら、そんなに遠い所じゃないね」
「そう、それ。だから余計に変だなって…。そんな近さなら、バウアレージュで知られていないのはおかしいと思う」
「ちなみに、念の為なんだけど。まさかダークエルフとかじゃないよね」
エリーゼはニーナのこの問いが唐突なものに聞こえてつい怪訝そうな顔になるが、すぐにニーナの懸念を察すると、コクリコクリと頷きながら応え始めた。
「えっ…? あー、うん。それはないよ。リュウを見てるからダークエルフはちゃんと識別できるし。ステラも超遠隔視で見て言ってるから間違いない…。昔ここに在ったダークエルフの里のことを考えてニーナがそれを心配するのは解るけど、今回それは無い」
「解った…。だとしたら、予想できる中で最もややこしい話ではないということよね。まあでも、めんどくさいことには変わり無いけど」
「確かに、なんとなく面倒なことになりそう…。嫌な予感しかしない」
「私もよ」
という具合に、結局は二人で溜息を吐いてこの話は終わった。
その後、ほぼ全員が再び警戒・巡回などに戻って役割を果たしているうちに時間が過ぎ、気の早い何人かは昼食のことを考え始めた時。ステラの声が響いた。
「エルフ達の戦闘が始まった。キラースパイダー二匹と」
◇◇◇
状況を詳しく聞こうと真っ先にステラの元に集まったのはセイシェリスとニーナ。
他の面々も次々とステラが居るテント前にやって来ているが、エリーゼはシャーリーとウィルと共に結界内の巡回に出ているので、戻ってくるまでにはもう少し時間がかかるだろう。
ステラは集まって来た面々の顔を見渡しながら、それでも超遠隔視スキルによる監視も当然ながら続けている。
しかし、見えている状況を皆に伝えようとしたその時、ステラは決して小さくない驚きのせいで最大の関心を持ってそのスキルの行使に専念することになる。
「……えっ?」
キラースパイダーに立ち向かった盾と片手剣を手にしたエルフは、それぞれ一体に付き三名ずつ。彼らは代わるがわるヘイトを自身に向かせつつ、高速で繰り出される凶悪な顎や鋭い脚先による攻撃を俊敏な動きで躱し、それぞれの立ち位置を動かして三方から囲む形を作っていく。
後方に位置している者達が、時折キラースパイダーが吐き出す糸の攻撃を抑えつける為に魔法で支援をしていることがステラには分かっているが、その手段の詳細まではまだ掴めていない。
その後方の者から何か声が発せられると、前衛職の三名が一歩身を引いた。と同時に彼らは盾を前方に構える。
瞬時に魔法が発動。キラースパイダーの身体が僅かに浮き上がったように揺れて動きが停まり、次の瞬間にはキラースパイダーの魔核がある二番目の体節が爆発した。
そしてもう一体のキラースパイダーもほぼ同じタイミングで、やはり体節が中から一気に大きく膨らんで弾けてしまうような爆発で粉砕されて絶命した。
「……討伐完了。なんか、割とあっさり片付けてしまったよ」
ステラは、思わずエルフ達の戦いぶりに見入ってしまったせいでリアルタイムの実況などが全くできず、いきなりゲームセットというコールだけがこの場に響き渡った格好になってしまっている。
「ごめん。エルフ達の連携がとても良くてキラースパイダーに慣れてる感じの戦い方だったから、つい見てるだけになってしまって…。彼らの戦いぶりがどんなだったか順を追って説明していくよ」
という訳で、ステラは脳内でリプレイ映像を再生していくように、たった今見たエルフ達の戦いを思い出しながら説明を始めた。
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