第406話

 フェルが投じた光爆弾が一帯の全ての魔法を無効化してからは、神官達の抵抗もそこまで。以降はフェルとレヴァンテ二人の思うがままだった。

 手当たり次第に次々と打ち倒し、瞬く間に残り全ての神殿騎士と神官の無力化を終えてしまうと、すぐに二人は騎士が使っていた剣や神官がかざしていた怪しげな杖などの回収を始めている。


 数本の剣に続いて杖を拾い上げたフェルは、しげしげとその杖を見詰めながらレヴァンテに向けて声を発した。

「レヴァンテ。この杖もなんか特別なものだよね」

「そうですね。おそらく魔法使いの杖メイジ・ワンドだと思います。私も実物を見るのは初めてですが、この時代の神殿勢力の一部の者が使っていたという話を聞いたことが有ります」


 レヴァンテの口から出た『メイジ・ワンド』という聞きなれない単語を耳にして、フェルの目の色は更に興味深げなものに変わる。


「レヴァンテそれって。私達の時代で言う、魔道具だと思えばいいの?」

「……と言うよりも、魔力効率を高めて術者の魔力を増幅するものでしょう」

「てことは、この杖に魔法発動の仕掛けがある訳じゃないんだ」

「そうなのですが、普段は魔力量的に行使できない規模の魔法でもワンドがあれば発動できる。そんなこともあるのではないかと思います」


「あっ、さっきの魔封じみたいな奴?」

「はい。まさにああいうものですね…」


 と、そんな感じでお喋りをしながらの、フェルとレヴァンテの得物回収がそろそろ終わろうかという頃合いになって、砦からジェスを含めたエルフ数名が出てくる。


 彼らは、恐る恐ると言い表した方が良さそうなほどに警戒心を滲ませてゆっくりと歩き、あちこちに転がっている神殿騎士の様子を確かめるようにキョロキョロと左右を見渡しながらフェル達二人の方に近付いてきた。


 レヴァンテから破壊されずに残っている馬車の扉を開けて、中の様子を確かめ始めていたフェル。ジェスは、そのすぐ傍までやって来ると尋ねた。

「……フェル、全員倒したのか?」


 ジェスは遠隔視スキル所持者だが、特に優れた暗視能力を併せ持っている訳ではない。完全に暗転してしまった中では周囲の状況を見通せず、二人が出撃していったかと思えばしばらくして光爆弾が炸裂して明るさが戻り、そして周囲を見てみたらたくさんの神殿騎士達が倒されてしまっているという、訳の解らない状況なのだ。


 問われたフェルは、馬車の中を覗き込んでいた視線をジェスの方に移して答える。

「うん、逃げた敵は居ないよ。全員気を失ってるから、拘束はジェス達でやってくれる? あと、所持品とかこの馬車とか調べるのも任せるよ」


 神殿騎士が30人だぞ。あの真っ暗な中、二人だけでやったのかよ…。

 という言葉にならない程の小さな呟きがジェスの口から洩れる。


 それは聴こえない振りスルーでニッコリ微笑んでいるフェルに、ジェスは込み上げて膨れ上がっていた複雑な思いを断ち切って言葉を返した。


「あー…、すまん。そういう話だったな。そうしよう」


 ジェスが砦に向けて合図を示すとすぐに砦の中から応援の人員も出て来て、神官と神殿騎士達全員の防具を全て剥がしたりと念入りな武装解除の上での拘束という厳重すぎるほどの作業が進んでいく。

 神殿勢力への警戒心を決して緩めないそんな様子を、フェルとレヴァンテは馬車の近くで立ったまま見守った。


 雰囲気的に手持無沙汰で暇な感じになってきたフェルは、拘束が終わらぬうちに目覚めて手を焼かせる者がいないかなど、一応は気にしながらの万一の見守り監視を続けつつも、神殿騎士達との戦いの最中に感じていたことについてレヴァンテに話を振ってみることにする。


「ねえレヴァンテ、この騎士達に隷属や支配の魔法が掛けられてるか判る?」


 唐突な話にレヴァンテは一瞬、虚を突かれたような表情を見せるが、すぐにフェルの考えを察してコクリと頷いた。

「そうですね…。私が見る限りでは彼らにそういった魔法は施されていないと思いますが、フェルが気にしていることは理解できます。確かに、懸念している洗脳のような雰囲気はありました…。それは私達にしてみれば眉をひそめてしまう異様な状態です。しかし、この時代の神殿勢力の中にはかなり排他的で臣従を重んじる派閥が存在します。ここに居る者達がその類であるならば、この騎士達も偏向した教義に染まり献身を盲目的に果たそうとする信者なのだと考える方が適切かもしれません…」


 フェルは口元をキュッと結んで、懸命にレヴァンテの言葉を頭の中で咀嚼し思考を巡らせる。

「……普通じゃなく度を超えてるけど、それでもやっぱり自発的だってこと?」

「ええ、私にはそのように感じられます。いずれにしても魔法に依らない洗脳的な効果だとしたら、簡単には解消できないですね」

「そっか…、そうだね。もし隷属の魔法なら、シュンに解除して貰えるなって思ったんだけどな」


 そんな風に応じて話を締めてからのフェルは、尚も思案気な表情のままでしばらく黙ったままだった…。



 その後、拘束が済んだ神官・騎士全員と彼らが使っていた馬車や馬。ジェス達がその全てを砦の中に運び終える頃には、すっかり日が暮れて夜になってしまっていた。

 途中、拘束済みではあったがいち早く目を覚まして騒ぎ始めた一人の神官には、フェルが電撃スタンを念入りにお見舞いして黙らせた。

 場所が砦の中に変わってからも、もうひと頑張りとばかりに何人ものエルフ達が汗を流した結果、押収した物資・物品の整理や捕虜たちを施錠が可能な建物の中に運び入れたりと、そんな作業も全てキリが付く。


 フェルとレヴァンテはジェス達の作業完了を見届けると、すっかり遅くなってしまった食事を摂るべく収容所のすぐ横に張ったままのテントの所に戻った。


 そして、いつものフェルとモルヴィが主役の和気藹々の食事の時間が済んだ時。

 フェル達はテントのすぐ横の収容所内に変化、人の動きを感じ取る。レヴァンテは自身の察知系能力で、フェルはモルヴィの支援を受けた探査で。


「あれ…? シュンが何か違うこと始めてる?」

「そのようですね。介入は一段落着いたのでしょうか…」

 と、頭の上に疑問符を浮かべたフェルがレヴァンテと言葉を交わし収容所の方を見ていると、収容所の扉が開いてロニエールが外に出てくる。


 ロニエールは、目の前のフェルから向けられている自分自身への問い掛けを帯びた視線には微笑で応えてみせ、そして収容所入り口近くで待機していた一人のエルフを呼び寄せると、大至急と念を押した幾つかの指示と共に手が空いてる者を集めるように言った。


「……シュンの仕事、終わったんだね」

 指示の内容からそして微笑の意味を察してそう言ったフェルに、ロニエールはもう一度視線を戻し、今度は満面の笑顔で頷く。

「ええ。シュン殿がやってくれました。やり遂げてくれました」



 ◇◇◇



 時折、ロニエールや幾人かの指示の声が響く中、収容所の半地下部分に囚われていたエルフ族の女性と子ども達が、続々と運び出されている。

 収容所一階の回廊からその様子を見ているフェルは、自分の後ろで壁に背を預け回廊の床にぺったりと座り込んでしまっているシュンに声を掛けた。

「シュン、もう少しで全員運び出せるよ…。なんとかなったね」

「ん? あー…。まあ、もう少し早く終われるつもりだったんだけどな。意外と手こずった。待たせてしまって、申し訳ないと思ってるよ」


 フェルは振り向いて、シュンに満面の笑顔を見せる。

「ううん、ちゃんと救えたよ。皆、ポーション飲めてるし大丈夫そう。良かった…。さすが私の自慢のお兄ちゃん」

 シュンも、フェルの喜びに応えるようにニッコリ微笑んだ。

「ふふっ…、可愛い妹にがっかりされなかったのなら、兄ちゃんはひと安心だよ」


 ところで…、とシュンは話題を変えてフェルに神殿騎士について尋ね始める。

「……ところで、さっきジェスから神殿の奴らと戦闘になったと聞いたが、どうだった? フェル達が対処したんだろ?」


 ウンウンと頷いたフェルは、神官が怪しげな魔法と騎士がレアミスリルっぽい武器を使っていたが特に問題なく片付けたことと、既に全員が捕縛されて砦の中で幽閉されていることまでを説明。


「そうか。レアミスリルの剣が…」

 シュンはオウム返しのようにそう呟きながら、以前スウェーガルニで絡まれて対峙したハーフセリアンの冒険者が持っていた剣のことを思い出している。

 結局その冒険者は自分の剣の由来について、父親から譲り受けた以上の情報はほとんど持っておらず。現状は、公爵家騎士団が引き続き情報収集に努めるという半ばお手上げの段階で留まっている。


 そもそもレアミスリルはどこで採掘されている魔金属なのだろう。この時代には産出量が多かったものなのだろうか。

 実は神殿由来のものだったなどと、もし神殿が深く関与しているのであるなら、アルウェン神殿で詳しく神殿騎士やその辺の歴史などについて訊いてみるべきかもしれない。


 シュンの頭の中には、様々なことが駆け巡った。


「変な杖と一緒に全部回収してるから、いろいろ片付いたらシュンも見てみて」

 と、フェルが言ってきたことで、シュンは思索にハマりそうな並列思考を半分ほど呼び戻す。


「そうだな…。今は、これが優先だな。こいつの扱いを考えないといけない」

 シュンはそう応えると、その視線を自分の横に置いた直径30センチほどの球体に向けた。

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