第405話
次の敵が来る前に、とフェルは騎士達が落とした剣を拾い集めた。
「拾われてまた使われるのも面倒ですね。なるべく回収していきましょう」
レヴァンテも、そう言って落ちている剣を回収してしまう。
こうしていても二人は、もう間もなく自分達に向けて敵が仕掛けてくるであろう戦闘に備えるべく。変わっていく周囲の状況を察知・観察し続けながらこの先の展開を考えている。
実際、今二人が倒した以上の数の新手の神殿騎士が第二陣として近付きつつあり、その多勢と身体能力の高さをもって、フェルとレヴァンテを仕留めようとしているのは明白だからだ。
更にはそんな新手とは別に、他の残りの騎士全員がフェル達を包囲せんとばかりに回り込もうとしている。
神殿騎士達は、数で優っていた仲間の騎士達がフェルとレヴァンテにあっという間に倒されてしまった状況を見ても、個として集団として冷静だ。こんな一方的な戦況も予め想定済みなのか、躊躇いなく黙々とただ定められたルーティンに従っているだけのように見える。
そして、この統率された行動は、戦う相手の技量・力量を詳細に計ろうとする慎重さを表しているようにフェルには感じられた。
フェルは、この神殿騎士達にこれ以上の情報も考える時間も与えるべきではないと決断すると、レヴァンテに声を掛けた。
その意図は、次の攻撃または包囲せんと迫ってきている騎士達には自分一人が相手をし、レヴァンテには敵の司令塔となっているであろう神官が居る敵陣最奥へと斬り込んで貰うこと。
「レヴァンテ、次の奴らは私とモルヴィに任せて」
「……なるほど。解りました」
すぐにフェルの思惑を察したレヴァンテは、いよいよ目前に迫ってきた騎士達を飛び越えるように頭上高く飛び上がった。
その直後、騎士達にとっては標的の一つであったはずのレヴァンテの姿が消えた影響など全く見せずに、多数の神殿騎士が残ったフェル一人に狙いを絞って襲い掛かって来た。
上段からの打ち降ろし、速度と全体重を預けているような刺突などなど。同時に、または結果として間髪を入れない連続的な攻撃となる多勢の彼ら全ての動きを見切りつつ、フェルはその中でも最も俊敏さが感じられる一人の騎士に狙いを定めていた。
ガガガガガガッ、ガンッ…
四方から矢継ぎ早に集束してくる攻撃で身を躱す間隙など無かった所に、フェルとは文字通り以心伝心のモルヴィに制御された複数のフローティング・シールドが騎士達の剣、攻撃をことごとく受け止めて道筋を作る。
そして、おそらくは彼女自身の史上最速と言ってもいいスピードでその道筋に沿って飛び込んだフェルが、剣を振った。
ギギンッ! と、騎士の強化された剣とフェルが手にするヴォルメイスの剣のせめぎ合いの金属音は一瞬だけ。騎士が握っていた剣は大きく跳ね上げられ、その手から離れて飛んで行く。
続いて、弾け飛ぶ剣と共に仰け反り無防備に身体が伸び切ってしまっていたその騎士の胴にフェルの返しの剣が叩き込まれた。
こんなに殺意に満ちた騎士達と対峙していても、フェルはシュンと定めた『この時代では不殺』の方針通りに手加減している。対魔物の時のような必殺の太刀筋で相手の四肢や身体を斬り裂き回復不能なケガを負わせたり命を奪うようなことはしない。
意識を刈り取ってしまえる程には充分な打撃を与えられたと確信したフェルは、すかさず剣を引いて素早いターンで身体の向きを変えると、次の攻撃対象に向かう。
この瞬間はまだ、残る攻撃者たち全員が、モルヴィのシールドバッシュで出鼻をくじかれた状態から立ち直れず、体勢を崩したままだ。
フェルは、自分から近い順に最速で騎士に接近して一人ずつ撃破していった。
剣を叩き落としてからの無力化の為の打撃。
レヴァンテが傍に居ない状況で少しでも早くケリをつける為にと、ギアを更にもう一段上げたフェルに対して、騎士達は抵抗はおろか一合たりとも剣を合わせることはできずに次々と倒れて行った。
一方、フェルから離れて二手に分かれる形になったレヴァンテは、重力魔法を駆使して騎士達全員の頭上を越えて一気に馬車の所まで飛ぶと、まずは彼らの馬車の一台を真っ二つにして粉々に粉砕。そしてそのすぐ傍に居た二人の神官の間近に迫ったところで、これまで異様に静かだった敵から初めて大きな声が湧き起こった。
馬車粉砕の激しい物音に続いた恐怖に満ちた馬の大きないななきをかき消すように、ギガガガンッと、レヴァンテの剣が物理結界と衝突して発した甲高い音が響く。
神官が自分達の周囲に張っていた小さな結界、その効果は魔法・物理防御。
現代でも神殿由来と言い伝えられている防御においては万能タイプの結界だ。
レヴァンテは小手調べのように振るった剣から伝わった感触で、この程度の結界ならそれほど苦労すること無く自らの風撃魔法で吹き飛ばしてしまえると判っている。だが、そんなことをすれば、結界の範囲の狭さ故に中に居る神官達を破壊時の衝撃に巻き込んでしまうであろうことも理解している。
「全員戻れ! こっちに戻ってこい!」
レヴァンテのまさに超人的な桁違いの破壊力に驚き騎士達を呼び戻そうと、おそらくは神官の一人が発したであろう声がフェルの耳にも届いた。
呻き声すらもほとんど漏らすことの無かった騎士達とは異なり、神官の切羽詰まった生々しいこの声はとても人間的で、物言わぬ戦闘人形のようだった寡黙な騎士達とのちぐはぐさが著しい。
両者の違いは何を意味しているのか。騎士達と対峙し始めた最初からくすぶっている違和感を更に膨らませたフェルは、脳裏に閃いた最悪の状況を想像してしまうや、改めて神殿勢力への嫌悪感を抱いて顔をしかめる。
───もしかして隷属…? それとも洗脳、精神操作…?
フェルのその嫌な予想を尚も強く裏付けたのは、フェルをターゲットとしていたはずの騎士達が一斉に矛先を転じてしまったその行動。フェルを包囲し制圧しようと近付いていた彼らは、突然の指示の真意を疑う素振りなど全く見せずに、神官の呼び声に応じて全速力で馬車の方に戻り始めている。
「……背中を、見せてしまってもいいの?」
フェルは呆れた調子でそう呟き、続けて肩に載っているモルヴィに向けて囁いた。
「じゃあモルヴィ、サポートよろしくね」
ミュー…!
モルヴィの探査能力で全ての敵を把握し続けているフェルは、ヴォルメイスの剣を収納に戻してしまうと地面を強く蹴って走り出した。
意識したのは今の自分とレヴァンテが居る所を結ぶ最短コースだが、その途中でニアミスしそうな騎士数名を撃ち倒していく為に少し蛇行することに。
騎士達の走りとはそもそものスピードの違いも大きく、フェルはすぐに一人の騎士の背後に迫った。
モルヴィがフェルの前方の地面にシールドを展開すると、次の一歩でそのシールドを踏み台にしたフェルは大きく前方へジャンプ。モルヴィによって、まるで跳び箱の踏切板のようにシールドは制御されてフェルの跳躍を補助。
ドンッ! と、ドロップキックの要領で騎士の背中を両脚で蹴り飛ばしたフェルは、まだ残っているジャンプの勢いの余力をもって地面に着地。
騎士自身が走っていた勢いに後ろからのフェルの強烈な蹴り飛ばしが加わって、その騎士は前方に大きく弾き飛ばされていた。持っていたはずの剣は衝撃によってその手から失われ、全身が地面に強く叩き付けられて動かなくなった。
神殿騎士がその特殊な剣によって実現している強化は、騎士自身の膂力や速力を高めると同時に身に着けている武器・防具の強度をも高めているものだ。
しかし、それらは外から加えられた慣性を全て相殺してしまえるものではない。強大な力で押せば身体は揺らぎバランスを崩しもする。硬いという一点においてはアダマンタイトに匹敵するが、決して不動の要塞のようにはなれないのだ。
フェルは今蹴り飛ばした騎士の様子を改めて確認することはせず。
すぐに次の騎士に向けて加速して迫ると、リプレイでもしているかのように同じく蹴り飛ばして騎士をまた一人無力化した。
レヴァンテは神官が至近距離から繰り出してきた魔法攻撃のことごとくを躱しながら、少しずつ立ち位置を変えている。既にフェルが自分に向かって走ってきていることは把握済みで、神官を挟んで180度相対する位置取りへと移動していた。
神官の一人が放った風魔法による攻撃を、今回初めて使用する自身の風撃で跳ね返した時、フェルからの大きな声がレヴァンテの耳に届く。
「……レヴァンテ! 光爆弾、投げるよ~!」
「解りました! 私のことは気にせずに、どうぞ!」
「爆発したら、一気に片付けるよ~!」
「了解です!」
レヴァンテが居る所まであと30メートル程を残して足を停めたフェルの二連の投擲によって現れたのは、音もなく地上近くに突然生じた二つの太陽。一つは神官達が身構える真上で、もう一つは駐屯地の上空。
光が一帯を自然の陽光の何倍もの明るさで照らすと、魔封じをもたらしていた領域は消失し、同時に漆黒の帳も消えて失われていた元の光景が戻ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます