第397話

 ラピスティとディブロネクスが侵入阻止や防御の結界、迎撃結界以上に重視して改良を重ねた感知結界は、正しくは複合結界とでも呼ぶべきもので、感知対象や実現の為の手法が異なる複数の結界をセットにしたものだ。

 今回ディブロネクスは、段階的に効力や趣向に変化を付けたこれらを、ダンジョン入り口を中心とした同心円状に幾重にも張っている。


 そのうち最も外側に張られた最初の感知結界の直前で停止している一体のキラースパイダーを、ステラは気配察知でも遠隔視でも監視し続けていた。


「……うーん。停まったきり全然動かないね、こいつ。目的地が近いことは解ってるはずなのに」

 ステラが、結界を目前にして動きの無いこのキラースパイダーへの疑念をそんな風に口にしたのも束の間。

 皆が今居る中央付近のみという狭小な範囲にだけ届くヴァルズゲートからの警告音が響き、それと同時に次々に現れ始めた探査の反応にエリーゼとステラ、そしてディブロネクスの顔色が変わる。


「北東から18体、東から8体。北からは11体…。三方向からの敵は全部キラースパイダーよ」

「既に群体化しておったか」

 エリーゼに続いてディブロネクスはそう言うと、地図上でキラースパイダーの現在位置を示すようにテーブルに在ったグラスを三つ置き直した。

 反応が現れた箇所全てが、外側から数えて二番目の感知結界を張っている所だ。

「こいつらは全部、二番目の隠蔽解除結界に引っかかって、姿を現したようじゃ」


 地図を睨みつけていたセイシェリスが、すぐに指示の声を飛ばし始める。

「まだヴァルズゲートの火力を見せてしまう訳にはいかない。ショットガンで殲滅するぞ。ウィルとガスランは北東方向の敵勢力中央、シャーリーと私が左翼でクリスとティリアは右翼側だ。各自障壁を張って接近戦は避けろ。敵の第二陣が潜んでいる可能性は高い。深追いはせずこの第一陣撃破で一旦戻れ。ニーナは上から援護。他はここから状況を見て適宜介入」

「「「「「「了解(うっす)」」」」」」


 探査が可能な三人を全て中央に残すこの指示に頷いていたディブロネクスは、地図の一点を指で示してニーナとセイシェリスを見る。

「ニーナ、もうひと仕事追加じゃ。この辺りに光爆弾を投げてみろ」

「光…? あー、そういうこと。その辺に敵のボスが居るんじゃないかって意味ね」

「統率の様子から指揮官が居るのは間違いないが、この辺りというのは儂の勘じゃ。探査の範囲外のような遠くからの指揮とは考えづらい。指揮官は自分自身も隠蔽しとるじゃろう」

「オッケー、了解よ。そこらを中心に幾つか投げてみるわ」



 ◇◇◇



 縦に隊列を作り、木立ちを避けて走っていたキラースパイダーの群れは、セイシェリスとシャーリーの姿を認めると横に広がって包囲の動きを見せた。

 キラースパイダーが糸を吐き出すよりも早く風の障壁を展開したセイシェリスは、自身も構えるショットガンの引き金に指を掛ける。

「シャーリー!」

「撃つ!」

 その声と同時にシャーリーの両手のショットガンから迸った射線、それに続いたセイシェリスが構えた一丁からの射線が、キラースパイダー達をあっという間になぎ倒して粉々にしていく。

 血煙のように立ち昇ったキラースパイダーの体液の飛沫を、障壁とは別の風魔法で前方に押しやったセイシェリスは、既にそうしているシャーリーに倣って改めて周囲を確認。

「セイシェ、やったのは11体だ」

「了解。こっちは、取り敢えずこれで終わり。戻ろう」


 二人が戻り始めてすぐに、ショットガンの射撃音が耳に届く。

 少しの間をおいてまた射撃音が、今度はもう少し離れた所から聴こえてきた…。



 ◇◇◇



 クリスは、月光に淡く照らされた中で何本も自分に向かって伸びてくる蜘蛛の糸を何故かちょっとだけ綺麗だと思った。

 展開した風の障壁でことごとくが弾かれ勢いを失って地面に落ちていく様も、月明かりを映して幻想的だ。

 直線的な動きから一転して制御を失った柔らかな曲線を描き、その微かに赤紫の色合いを帯びた銀糸はどこか淫靡で退廃的な雰囲気さえも漂わせている。


 構えた雷撃散弾銃の引き鉄を引くまでの僅かな時間。

 クリスは、このキラースパイダー達のこれまでの生き様はどういうものだったのだろうと考えた。


 季節のうつろいと共に、糧を求め、快適さを求め…。

 そして、時折は種の存続のための伴侶を求める。


 春の陽射しは暖かく心地よいものだっただろうか。

 飢えをしのいだ末に有りついた糧は生きる喜びを感じさせてくれただろうか。

 巡り会った相手と為した子を愛しいと思っただろうか。


 このキラースパイダー達の魂は、これからいったいどこに行くのだろう…。


 戦わずにはいられない他の種との遭遇、その顛末。

 それはいつも、強者が弱者を蹂躙するというだけのこと。

 今夜の戦いでもルールは変わらず、結末は同じだ。


 射撃音が響き、雷撃散弾が何体ものキラースパイダーの身体を一瞬で粉砕した。


 クリスは撃破を声にして後方のティリアへ告げる。

「8体撃破! 敵の後続は今のところなし!」

「了解! 深追いは無しよ。戻りましょ!」



 ◇◇◇



 空から地上を見下ろしていたニーナは、戦闘が終了したことを示す、戦いが行われたそれぞれの場所から上空に伸びる三本の青い光の柱を見て独り言を呟いた。

「……赤い光の柱が出なかったということは、撃ち漏らしは無いってことね」


 探査で監視を続けるエリーゼから示されるのは、それぞれ戦闘が始まった所で敵の残存がある場合は赤い光。敵が全滅していれば青い光だ。


 じゃあ次は自分の番だと、ニーナは改めて地上を眺め始める。

「ディブ爺が言ってたのは…。あー、あの辺か」


 高度を上げながら飛んで目標地点の真上に着いたニーナは、投擲ポイントを定めると光爆弾のロックを解除して重力魔法で地上に投げた。

 今回ニーナが選んだ爆弾はオークの魔石を使った中型光爆弾。到達範囲の広さ、即ち光量と持続時間の違いで光爆弾は小型・中型・大型と区別されている。シュンの光魔法がLv11に上がり画期的なものとなった光爆弾の有用性を知ってすぐに、ニーナが手持ちの光爆弾全てについて魔法の焼き直しをさせたうちの一つ。


 雷の爆弾のような派手な音は発しないほぼ無音の光爆弾が光を周囲に迸らせたのは、起爆時間を見計らっていたニーナの思惑通りに地上に落ちる寸前でのこと。

 追加であと幾つかは投げる必要があるかもしれないと考えていたニーナが、その考えをあっさりと引っ込めてしまうほどに、容赦ない暴力的とも言える光が辺り一帯を刺し貫くように照らした。


「うわぁ、こんなに威力大きかったっけ…」

 と、ニーナは、自分がやったことなのは棚に上げて呆れてしまっていたが、すぐに気を取り直して地上の観察を開始した。


 すると、すぐにニーナは森の縁で蠢いているキラースパイダーを発見。

 その一体は地面に腹を付けてしまった文字通り腹這いになっていて、何本かの脚がピクピクと上下に動いているだけだ。どこかに進んで行くといった動きではない。


「んー…、隠蔽解除出来て大蜘蛛を燻し出せたのはいいんだけど…。あいつ何やってんの?」

 ニーナが更にそう呟き、尚も目を凝らしてそのキラースパイダーをじっくり見始めたその時。


 空中を駆け上がるような猛烈なスピードで自分に迫って来る何者かの存在を、ニーナは肌感覚に近い気配として察知。

 それが接近してくる方向への重力障壁と回避するための自身への加速を掛けた直後に、声が聞こえてきた。


「ニーナ、私よ!」

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