第395話 ヴァルズゲート
ダンジョンの第一層への侵入を阻んでいる光の障壁で新たに発動した魔法は時空魔法だった。
セイシェリスにとっては自分自身には発現していない属性。
それでも彼女は、どうやらこの魔法は時空魔法で、但しこれまで見たものより遥かに高位の魔法なのだろうと察していた。それは彼女がこれまで幾度も目にし、身をもって体感もしているシュンやレヴァンテが使う時空魔法とは比べものにならない程の膨大な量の魔力の消費を感じたからこそだ。
新たな魔法の発動時に生じた輝きは、そこに居た彼女たちの視界を完全に奪った。
全員が防眩の効果が付与された首飾りを装備していたおかげで誰一人として目が焼き付くようなことはないが、かと言ってこの強い光に包まれた中のものをはっきりと識別可能な訳ではない。
およそ10秒程度続いたそんな光の炸裂が薄れてから、傍に居たはずの三人の姿が無いことを知ったセイシェリスは瞬時に頭をフル回転させる。
真っ先にダンジョン入り口からここまでの洞窟内を確認して自分の居場所を確認。
そして自分を含めた残りの四人は、どういう理由なのかは不明だが発動した時空魔法の影響は受けないまま同じ場所に留まっていることを理解する。
「……なぜか私達には作用しなかったようだが、飛ばされたのはシュンとレヴァンテとフェルの三人…。皆、警戒しながらひとまずここから少し離れようか」
「了解」
ガスランがすぐにそう応じて、無言でシュンが立っていた所を睨み続けているエリーゼの腕を掴み、そして続けて穏やかな口調でエリーゼに語り掛ける。
「エリーゼ、セイシェリスさんの言う通り。今はここから離れよう」
そんなガスランの声に反応して視線を一瞬だけエリーゼに移したニーナは、またすぐに光の封印の方に最大限の緊張感で警戒の目を向けた。しかし振る舞いとしてはそうしながらも、やはり穏やかな調子で発した声は主にエリーゼに向けたもの。
「エリーゼ、これはラピスティ達を呼ぶべき事態よ…。だから今は一旦引きましょ。ガスラン、エリーゼと一緒に先に外に出て。セイシェも」
名を呼ばれて横目でニーナの方を見たセイシェリスはコクリと頷く。
「解った」
ガスランがエリーゼの腕を引っ張って洞窟の出口に向かい、ニーナが光の障壁の方への警戒を緩めない態勢で後退を開始すると、セイシェリスはそんなニーナの斜め後ろをキープする位置取りで共に歩みを進めた。
「今のところは元から階層を封じている光の障壁に変化はなし。しばらく様子見は必要だけどダンジョンはまだこの封印を解除するつもりはないみたいね」
小声でそう言ったニーナの背中に向けてセイシェリスが言葉を返す。
「さっきの転移は悪意があるものでは無かったような気がしたわ」
「……同感よ。シュンは転移に抵抗してなかった。きっと、直前に聞こえたリンシアの声に応えることにしたのよ」
セイシェリスは思わず溜息を吐いてしまう。
するとニーナが首を少し回してセイシェリスの方を見た。
その視線に応える形でニーナを見詰めたセイシェリスが、苦笑いを浮かべながら口を開く。
「シュンを転移で飛ばすことが目的だった…。ということね」
これもまた同じように考えていたニーナは、その考えに至ったせいで胸の内に湧き上がっているやり場のない不満を口を尖らせることで露わにして、うんうんと頷く。
「おそらくそう。正確なところはラピスティ達の解析を待つべきだと思う。だけど私は確信してる。仕掛けたのは別の人間であっても、これを計画し指示したのは魔王。絶対そう。少なくとも魔王は私達がここに来ることを予見していたのは間違いないし、フェルが来るのも知ってたんじゃないかしら」
「と言うことは、最初からフェルも転移対象だったと…?」
「ええ、そういうことなんだと思う…」
ニーナの推測を聞いて、またもやセイシェリスは溜息を吐く羽目になってしまう。
「はぁ……、魔王は五千年以上前の人物よ? なんて気の長い計画なの……」
洞窟からの退却の殿を務める格好になったニーナに先んじて、ガスランに腕を掴まれたままエリーゼは洞窟の外まで出てきた。そこでガスランと共に立ち止まったエリーゼは、彼女を掴まえたままのガスランの手に自分の手を添えて囁いた。
「ガスランいいよ。もう落ち着いた」
「エリーゼ、シュンならきっと大丈夫だから。レヴァンテも一緒だし」
「……うん。そうだよね」
この二人に続いて、間もなくセイシェリスとニーナも洞窟から出てきた。
「じゃあ、私は待機してる皆に説明してくるわね。んでも、話せることはほとんど無いんだよね。皆はまだ待機だぞってぐらいかな」
ニーナはそう言うと、ダンジョンの入り口から距離を取って待機している冒険者チームと大公家の騎士・兵士達の元へと歩き始めた。
だが、その足取りはすぐに止まる。
「あー、そうだった。その前に言っとかないといけなかった…」
セイシェリス達三人が、ニーナは何を言うのかと思って見た次の瞬間。
また三人の方に向き直ったニーナは顔を上げると、空に向けて大声で叫んだ。
「ディブ爺! さっさとこっちに戻って来て! 状況はラピスティ通じて分かってるでしょ!」
◇◇◇
新ダンジョンが発見された洞窟の前は、エリーゼが駆使した土魔法によって一気に綺麗に整地されて広場になっている。
近い将来、ダンジョンを中心にしっかりとした防壁を築くと共に、この広場を更に広げてスウェーガルニダンジョン入り口周辺のダンジョンフロントと呼ばれる商業区域のように、新たな街へと発展させることが出来れば大成功と言えるだろう。
もちろん願望に目を曇らせることなく、冷静にダンジョンそのものの調査と個性の見極めを行うことが重要なのは言うまでもない。しかしその結果、たとえ理想的な成功が見込めなくともダンジョンである以上は監視し警戒し管理し続けるのは必定。
そして、その為の文字通り足掛かりであり最初の重要な要素となるのは、この場所に至るまでの導線、街道の整備だ。故にダンジョンであることが確定した今では、詳細な調査の結果如何に関わらず街道を造ることは既に決定事項となっている。
現時点では最寄りのジェムール村とこの新ダンジョンの間に道と呼べるものは無く、レヴァイン大公家の軍の一部隊が高速での馬車通行が可能な経路を見定めるべく予備調査を始めた段階だ。
この日に発生した魔力災害かと思ってしまうほどの強大な波動から距離を置くべくすぐに退避した冒険者ギルドの調査チームと大公家騎士・兵士の一団は、街道敷設の為の調査を行っている部隊が仮の起点と定めた場所まで退却していた。
そこは森の端に位置し、一団はほぼ全員が森の中へ少し踏み込んだ辺りに居るせいでダンジョンの方からは見えず、現在の様子は窺い知れない。
ゆっくりと彼らの所に向かって歩くニーナを出迎えるように森から出てきたのは、セイシェリス以外のバステフマークの面々と大公家騎士が二名。
「何かあったのか…?」
まだ苦々しさを滲ませたままのニーナの表情で、何かが起きていることを察したウィルがすぐにそう尋ねた。
ニーナは、睨むようなウィルの視線に目を細めて応じると、少し大きめに息を吐きながらコクコクと首を縦に振る。
「ちょっとまずい事態になったわ…。起きたことを説明すると、転移トラップみたいなものということになるんだけど、そんな単純な話ではないのよ…」
「え?」
「「転移…?」」
「「「……」」」
チラッとダンジョンの方に目を向けたウィルが、早くも怒りがこもり始めた怒声に近い口調で尋ねる。
「……ニーナ、転移で飛ばされたのは誰だ?」
「……シュンとフェル。そしてレヴァンテ。あー、正確に言うならモルヴィも。あの子はフェルから離れられる訳ないからね。当然一緒に飛んで行ったわ」
ここに口を挟んだ、驚きからいち早く思案気な目の色に転じたティリアの質問は、転移先を問うものだった。
「ニーナ。シュン達はダンジョンの下層に飛ばされたの?」
これに対してニーナは一旦首を傾げて見せてから、その首を大きく横に振った。
「まだ何とも言えない。でも多分違う。今のダンジョンの状態で人を中に呼び込むことは無さそうってのもあるけど。発動したのは、シュンとレヴァンテが使う転移よりも高位の魔法だった。ダンジョンが転移トラップとして気軽に発動させるようなそんな魔法じゃなかったわ。それに転移対象が限定されていたの。実際、すぐ傍に居た私達は飛ばされてないしね」
「ダンジョンの中だったら、レヴァンテは自力で戻って来れるはず…」
シャーリーが険しい目つきで呟くようにそう言うとクリスも相槌を打った。
「だよね…。今はレヴァンテが転移出来ない状況ということ…?」
「おそらく、そうなんでしょうね。フェルが行方不明になったなんてこれ以上ない緊急事態で一大事なんだから、その辺はラピスティ達が詳しく調べてくれると思ってるわ……。ん? あー…、丁度お出ましね。やっと飛んで来るみたいよ」
と、そう応じたニーナが、彼女自身も気配として感じている時空転移の兆候を示し始めたダンジョンの入り口がある方向。その上空を見上げた。
◇◇◇
発生した陽炎のような揺らめきは、時空の扉が開いたことによって起きた現象だ。
その揺らめきが広範囲に渡って陽の光を遮る大きな影へと変じると、扉を開けたものの正体が明らかになってくる。
「「「「「「……」」」」」」
フッと半ば呆れたような笑みを浮かべたニーナの傍で、空に浮かんだそれを眺めているバステフマークの四人とレヴァイン大公家騎士のローデン達は絶句。
しかし少し離れた場所に待機している他の大公家の兵士や冒険者たちは違った。
口々に、あれはなんだ? 何が起きてる? 隠れろ! 散開して防御態勢をとれ! などと、完全にパニックに陥っていた。
ダンジョンの上に突如出現したのは真っ黒で巨大な建造物だ。
空中に浮かぶ自然の物ではないその人工的な造形は、真下から見上げれば正円であること、上半分が城郭のような形であることからも誰かが意図して造ったものなのは明らかだ。そして下半分は尖端を下に向けた円錐のような曲面の造形。
下半分の円錐の面には無数の突起物が規則的に配置されており、先端は全方位に向けて鋭く突き出している。
大公家騎士のローデンは、自身もパニックに呑み込まれそうな心理状態になりながらも、偶然目に留まったニーナの笑みを見るとやっと平常心を取り戻し始めた。
そして、そのニーナに向かって問い掛ける。
「……ユリスニーナ殿下。あれはいったい、何なのですか」
問いの声は掠れていたが、ニーナはローデンの言葉を正しく理解して顔を向けた。
「話としては聞いてたけど、私も実際に見るのは初めてなのよ。あれは浮遊城…」
「浮遊城…」
ニーナは再びその視線を浮遊城に移すと、話を続けた。
「……さすがにここまでの物になると、いつものウェルハイゼスの秘術だとか。そんな言い訳は通用しないわね。あれは浮遊城『ヴァルズゲート』。創造者はアルヴィースの最終兵器として機能させる為に造ったと言ってるわ。別名、神殺しの要塞。悪神との決戦に備えたものよ」
「「「「「……」」」」」
「ヴァルズゲート…。神殺し、ですか…」
「それはともかく、ローデン卿。あっちの兵達を落ち着かせて貰えるかしら。アルヴィースの城だから心配要らないって説明でダメだったら、ウェルハイゼスが安全を保障するとか、そんな言い方でもいいわ」
おそらくラピスティは、完成したと言っていたヴァルズゲートを投入してくるだろうと、ニーナは少し前から予感めいたことのように思っていた。
彼らレヴィアオーブの最大の使命は亡き魔王に命じられたユグドラシルの完全復活だ。
だが、現在ではそれと同等と言えるほどに最優先事項なのは、彼らにとっては唯一無二の存在である魔王後継者のフェルを育て守り続けること。
ヴァルズゲートをデルネベウム内に顕現させれば、そこはビフレスタ内に居るのと同様の能力が発揮できる場所になるとラピスティは言っていた。そしてシュンを始めとしたアルヴィース全員に無限と言って良い程の魔力供給をすることも可能だと。
───まあ、予想はしてたけど。それにしても凄まじい要塞ね。これ…。
───シュンとラピスティがその気になったら世界征服だってやれそうだわ。
ニーナはそんなことを考えながら、また自然と込み上げてくる笑いを抑えることは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます