第29章 遡行と回帰
第382話
王都アルウェンの冒険者ギルド、そしてレヴァイン大公家からの依頼を受ける形で調査を始めたばかりの新ダンジョンの第一層。
階層に降りて早々のモンスタートラップを突破した後に続いた迷路を抜けた先にあったのは巧妙に隠蔽を施されたスピアナーガ三体が居る大蛇の間とでも呼ぶべき広間だった。
そのうちの一体は、ひと際大きな体躯の違いもさることながら奇妙なことに害意・悪意や戦意すら無く、魔物としては極めて稀なその在り様は他のスピアナーガと全く異なっていた。
そして、こちらに攻撃してきた他を殲滅した結果、最後の一体となったそいつに起きた突然の変容とそれと同時に周囲に溢れ出した情報の渦は、終盤になって更に勢いを増した。
押し寄せた膨大な情報をなんとか精査すべく処理し続けたせいで脳が悲鳴を上げたのだろう。ガスランに続いてニーナもその場に膝をついてしまうが、そこにエリーゼが発動させた精霊魔法の柔らかな光が広がり、俺達全員を包み込んでいる。
そして今、情報の爆発が止まって広間を埋め尽くしていた暗闇が薄れてきた中で、ぐったりしながらの緩慢な動作で水筒を取り出して水を飲んたガスランは大きく息を吐いたところだ。
「ふぅ…、エリーゼ。助かった…」
そう呟いたガスランから水筒を手渡されたニーナは、
「吐きそう…」
と、水を少し口に含むと顔をしかめている。
通常種の二倍以上だった巨大なスピアナーガの体躯は光を迸らせながら縮んでいった。人の大きさでも留まらずに更に縮小したそれは生物としての姿も無くなってしまい、今ではひと振りの剣の形になっている。
渦巻く情報の精査を続けながら、ここまでに至った変化を余すことなく見続けていた俺は並列思考の酷使でかなり疲労感が強い。同じようにエリーゼも頑張って見続けていたが、そうした結果の今の状態としてはニーナより少しマシな程度のようだ。
自分を含めた全員にキュアを掛けた俺は言う。
「これ以上の大きな変化と今すぐの危険はないと思う。皆、警戒はしながら座って少し休んでていいぞ」
「りょう、かい…」
と、ニーナが自分とガスランにヒールを掛けながら応じた。
日本の神話に神剣・草薙剣が八岐大蛇の体内から出てきたと綴られているのと同じように、このデルネベウムでも龍などの体内から剣や宝が出てきたという逸話や伝説は存在する。俺達の目の前で起きているこの現象もそれに類することなのだろう。
情報の奔流が止まってからも、しばらくの間は最後の仕上げをしているように変容はゆっくりと進んでいた。しかし今ではそれも終わり、剣としての形が整えられたその姿がハッキリしてくると俺の鑑定で判る内容も鮮明になってきた。
「オプタティオール…。『願いの剣』という意味か…?」
見えている剣の銘を口にした俺のこの独り言にエリーゼが反応した。
「……シュン。リンシアはどうなったの?」
終盤の激しいと言ってもいい程の情報の奔流は、さすがにエリーゼにもその全ての精査は出来なかったようだ。同じくそれが気になるという思いを目に浮かべて俺を見ているガスランとニーナにも聞こえるように俺は応えた。
「あの街からは逃げ出したよ。アイリーン・アドラーが助けた」
「そう…」
「アレックスは…?」
ガスランのその問いかけには、俺は首を横に振っただけで応じた。
少しの沈黙の後、続けて今度はニーナが尋ねてくる。
「シュン…? アイリーン・アドラーと名乗った魔族の女はもしかして…」
言わんとすることは解っている俺はニーナの方を見てコクコクと頷いた。
「そう…。魔王だな。間違いない。アイリーン・アドラーというのは、俺が居た元の世界の有名な小説に登場する人物なんだ。それを偽名として使う茶目っ気みたいなものは魔王らしいなと思うよ…」
名探偵シャーロック・ホームズが生涯でたった一度だけ敗北を喫した。その相手がアイリーン・アドラーだ。
茶目っ気とは言ったが、このデルネベウムでは誰も知るはずがないそんな名を使った魔王はどういう心境だったのか。
ここでは偽名だとは悟られないという意味でその選択は間違ってはいない。
だが、少し自虐的な郷愁、孤独…。そんな幾つかの複雑な感情がそこにはあったような気がする。誰か気がついてくれる人が居て欲しい。そんな思いも少しはあったのではないだろうか。
リンシアの境遇も哀しいが、リンシアの記憶のページを通して魔王の人となりに触れたからなのだろう。俺は殊更にそんなことも気になっている…。
しばしの休憩の後、俺は慎重にオプタティオールに近付き触れてみた。
ゼノヴィアルソードの時のように抵抗されることもなく、すんなりと剣を握ることが出来た。
とは言え、俺が持つべき物ではないということはハッキリと理解できている。
オプタティオールの見た目はどちらかと言えば地味で派手さは無い。しかし完璧という言葉でしか表せない程の刃の造形の確かさから、この剣はガスランの聖剣ガンドゥーリルや俺の女神の剣に匹敵する剣なのだろうと感じている。
「この剣とリンシアのことは、知っているか話してくれるかは分からないがレヴァンテ達にも訊いてみることにしようか…」
「そうね」
「そうしよう」
「知ってるといいな」
戻りの予定としていた時刻はおろか、そろそろ日付が変わろうかという時刻だ。
今日はここまでとしてダンジョンから出ることにした俺達は、オプタティオールとスピアナーガ二体の回収をして帰路についた。
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