第372話 ダンジョン(?)調査開始

 ダンジョンはいつどの時点で階層を形成するのかという議論がある。

 これは階層を増やしたり階層を広げたりと、明らかに今も現在進行形で成長を続けているダンジョンの実態を踏まえた上での話。

 遥か昔に、古き世の使徒がコアに付与した魔法によって魔法生命体としての命を吹き込まれたかのように生まれたダンジョンの、その究極の目的やその存在意義は計り知れない。が、積極的に人をその中にいざなっていることだけは明白だ。

 では、いつ訪れるかも分からない人がやって来る時に備えて、ダンジョンはたくさんの階層を作って様々な仕掛けを用意し魔物を取り揃えてずっと何千年も待ち続けていたのだろうか。

 これについては半分正しく半分否であるという説が現在の主流だ。

 おそらくはそれほど多くは無い数層程度は最初の時点で形成されているのだろう。しかしそこから先は、初めて人がダンジョンに足を踏み入れたことがトリガーとなって、その時点で改めて本当の意味でのダンジョンとしての成長が再開し形成されているのではないか。

 人が初めて中に入ったことでダンジョンは本当の意味でダンジョンとして目覚め、存在が確定し成長が再開してその真の個性を発揮し始める。


 俺もこの説にほぼ同意している。

 ラスペリアが造ったダンジョンは明らかに稚拙で、あれ以上に成長するというような雰囲気は一切なかった。定めた通りに完成していて、ただ魔物や生物を生成し管理する為だけの冷たく機械的な牧場のような印象だった。これは、エレル平原で発見した旧マレステムと呼ばれる滅びの街周辺でダンジョンコアを起点として展開されていた仕掛けも奴の創造物だと考えた場合でも同じ印象だ。

 俺達がよく知っているスウェーガルニダンジョンのような、古き世の使徒が残したダンジョンは決定的にその緻密さや性質が違う。俺に言わせれば、神がかっているくせに一方では人間臭さを感じさせる。そんなダンジョンこそが、古き世の使徒が思い描いた本当のダンジョンなのだと俺はそう思う。



 ◇◇◇



 ダンジョンの存在が既に確定した事実のように噂として広まっていることを問題視したローデンさん始め大公家側と協議した結果、俺達はロルヴァーナに着いた翌々日の朝には目標の地に向けて出立した。

 当初はロルヴァーナでバステフマークを伴ってやって来るはずのアルウェン支部が派遣した調査チームの到着を待つ予定になっていたが、事情を記した伝言を残して先に発つことにしたのだ。

 ちなみに冒険者ギルドのロルヴァーナ支部は、登録されている冒険者の人数の割にはその規模は小さく人員的な余裕が無い。人材の能力面でも乏しいと言わざるを得ないのは事実だそうで、アルウェン支部の半ば出張所のような位置付けだ。

 ダンジョンの存在が確定したならば、これを機に体制を改めて人的なてこ入れを行う方向だとアルウェン支部のギルドマスターは言っていた。なので、早い話が現時点では戦力外である。


 道中、特に支障はなく順調に馬車を進めて、第一次調査後もジェムール村に残って待機していた冒険者ギルドの職員二名と発見者である冒険者パーティー三名と合流。そして彼らの案内でジェムール村からほぼ丸一日森の中を進んで、遂に最終目的地である問題の洞窟へとやって来た。



 洞窟の入り口は狭くて人が二人並ぶと窮屈な程だった。

 しかし二、三歩中に入ると天井も普通の家の中のように高く、両手を振り回せる程度には横幅も広い。

 そんな入り口から30メートルほど進んだ所からは更に格段に広くなっていて、そこまでは若干下り気味に傾いていた洞窟の床は、自然に出来たものではなく何者かによって造られたものに変わった。

 計ったように水平で垂直であり、均質な硬い材質で壁も天井も綺麗に整っている。

 俺はその床をひと目鑑定しただけで、良く知っているダンジョンが産みだした物だという確信を得た。

 しかし、俺が最も気になっているのは魔核阻害結晶の状態についてだ。

 ダンジョンの安全地帯を実現する、ある意味では人にとっての生命線とも呼べるこの重要な物質がどう配置されているのか。それを見極めなくてはならない。


 この水平になった床の所からは、既視感を覚えるダンジョンの通路の様相だ。

 最初の階段へと向かうこの通路は幅が8メートル。天井の高さは4メートル。

 そして奥行きは約20メートルで、通路の終わりからは同じ幅で下に降りていく階段が始まっている。

 その階段が始まる際まで進んだ俺は下の方を覗き込んだ。

 階段の長さはスウェーガルニダンジョンの三層辺りまでの浅い層の間を繋ぐ階段とほぼ同じぐらいだろうか。

 階段の終わりの所まで丁寧に見渡した俺は、安全地帯が階段部分の壁や天井を含めた全てに綺麗にムラなく実現されていることが確認できた。


「……造りとしてはダンジョンだ。それは間違いない」

 通路の始まりの位置まで戻った俺が言ったこの言葉に、洞窟の中まで同行してそこで待っていた人々は一様にホッと安堵するような息を漏らした。そしてすぐに気持ちを新たに引き締めるような表情を見せ始めた。


「この通路が始まっている所から、そこの階段の下まで全て綺麗な安全地帯だよ」

 俺が続けてそう言うと、エリーゼが通路を後ずさりするようにこっちを向いたまま洞窟の入り口の方に少しずつ戻って行った。

 そして、ダンジョンの床が始まっている所から数歩、洞窟の入り口側に下がった所でエリーゼは立ち止まった。

「認識阻害の境界はこの辺だね」

「うん。スウェーダンジョンのよりは範囲が狭そうだなってのは思ってた…。ガスラン。そこのエリーゼが示してるところに目印って言うか、線を引いといてくれるか。ペンキみたいなので分かりやすいのがいいと思う」

「オッケー、解った」


 ディブロネクスとニーナには通路の壁に深さや大きさが異なる何種類かの傷を付けさせてその自動修復に要する時間を計って貰う。

 ダンジョンである以上いつかは修復されるのは間違い無いと思っているが、問題はその速さだ。スウェーガルニダンジョンと比べてどうなのか。そういうダンジョンの機能面での違いがあるなら知っておきたい。

 同じような観点からの実験としてニーナが通路の床の隅に水を撒いた。大きなカップ二杯分ぐらいの量だ。

 ダンジョンの床や壁が異物を吸収する速度は、実は安全地帯だと極端に遅い。固形物、そして大きなものだと吸収することなんかないんじゃないかと思えるほどだが、水などの液体は安全地帯であっても見守っていれば自然の石や岩盤などよりは速く吸収していくのが判るし、以前そういうことについてデータを集めるためにスウェーガルニ支部が幾つもの実験をしている。それらとの比較をしてみようということ。



 念の為に階段の始まりの箇所と洞窟の入り口部分にも魔核阻害結界の魔道具(改良版)を設置し終えた俺は、実験を続けているニーナとディブロネクスは残したままで一旦洞窟から外に出た。

 そしてローデンさん達大公家騎士団の数名と最終的な打ち合わせ。


「見てても何も無いから皆も出て、外のことを手伝って」

 というニーナの声が聞こえてきて、まだ中に残っていたギルドの職員と発見者パーティーの3名も洞窟から出てきた。


 彼らのことは気にせず、さっと描いたこの洞窟入り口を中心とした見取り図で、整地すべき範囲についてローデンさん中心に話し合っていく。

 深い森の中だったスウェーガルニダンジョンの最初の時の状態とは違って、ここの周囲にはそれほど木が茂っている訳ではない。だが元々斜面なことと岩場なので、所々に深い亀裂が在ったり、大きな岩などのせいでダンジョンの入り口を監視する為のスペースとしては決して良いものではない。


 話し合いが済んでからは、今は俺達を少し離れた位置から見守っている洞窟の外で待機していた残りの騎士達と大公軍の兵士達には、設営していたテントを畳んで更に後退して貰う。


 そして大まかな範囲としてガスランと俺とステラとで目印の杭を打ち終わると、洞窟入り口部分からその様子を眺めていたエリーゼが大きな声で言ってきた。

「……範囲は大体解った! 取り敢えずその範囲を均して、結果を見て詳細はまた詰めればいいよね!」

「そうしよう!」


 という訳で、ここからはエリーゼにお任せ。

 ローデンさんや他の騎士達には事前に詳しく説明済みだが、ギルドの職員や冒険者たちは概略としてしか聞いていないので興味津々。もっともローデンさん達にしても真剣な顔つきで俺達がやってることを見守ってるんだけど。


 エリーゼが立っている洞窟入り口に俺達が戻ると、調査チームの一員でもあるダンジョンを発見した冒険者パーティーのリーダー格の女性が俺に話しかけてきた。

「もしかして…、この範囲を一気に魔法で整地するんですか?」

「そう。土魔法は見てて分かりやすいから面白いぞ」

 その女性は息を呑むような仕草を見せてから頷いた。


「ステラ、傾きを見ててね」

「了解。途中で指示するよ」

 エリーゼとステラがそんな言葉を交わした直後、エリーゼの土木工事魔法が発動。


 ゴゴゴゴゴゴッゴゴッゴゴゴゴゴゴッッ…


 周囲の岩や土が一斉に液体化してしまったように、それは火山から流れる溶岩を想い起こさせる。

 渦を巻き波打つように、その細かな土砂がゆっくりと動いた。


 ステラがエリーゼに顔を寄せて土砂を指差しながら何かを言うと、エリーゼは解ったと頷いてその方向に手をかざした。

 遠隔視を持つステラが地面の傾き具合をチェックしている。

 俺の俯瞰視点スキルもそうだが、この類のスキルを行使できる者は絶対的な水平や垂直というものが高い精度で感覚的に解る。



 そんな風に洞窟の周囲の地均しをして、その流れで狭かった洞窟の入り口とそこから入った辺りを広げた。

 仕上がった広場に改めてテントの設営を兵士たちが始めてからは、洞窟入り口の左右を塞ぐように少し離れた位置に塀を作った。もちろん厚くて頑丈で高さもある塀だ。そして洞窟の入り口に近い辺りはその塀の間に屋根を作って上も囲ってしまうと、洞窟の入り口にぴったりと繋がるアーケードの出来上がり。


「いい感じで出来たわね」

「なかなかじゃな」

 と言いながら、そのアーケードから出てきたのはニーナとディブロネクス。


 続けてディブロネクスは、

「エリーゼ、儂も手伝うぞ」

 と言うと、アーケード部分に硬化魔法を掛け続けているエリーゼと並んで土魔法を行使し始めた。



 ◇◇◇



 朝から始めていた一連の初期調査と続く周辺整備作業は、日没の頃合いとなってキリを付けることに。

 騎士団の臨時本部的な大きなテントと天幕が張られた所で全員が集まっての一日の総括。

 まずはニーナがひと言。

「私達はスウェーガルニダンジョンとの比較ということしかできない。でも、少なくとも今日見た限りではスウェーガルニに在るものと同等のダンジョンだという結論を得たわ。だから、こうしてダンジョン前の整備をしたように既に作業を開始しているけど、次の段階に入ったということよ」

 ローデンさんがニーナにうんうんと頷いて、話を引き継いだ。

「明日は、アルヴィースに階段の下の階層を確認して来てもらう予定だ。我々は引き続き周辺の警備と本格的な防衛施設造りのための準備作業を行う」


 すると、先行して数日前からここに来ていた大公軍部隊の隊長が、この日に隊員たちが付近で見つけて事情聴取した冒険者から聞き出した話として、既にダンジョンに入っている冒険者パーティーが複数居るようだと報告してきた。

 彼ら軍の部隊が到着してからは中に入った者は居ないので、その前に入っているのではないかいうこと。


 その話を聞いて、ニーナが苦々しく口を尖らせて眉をひそめた。

「……だとすると、そのパーティーはまだ中に居るということになるわね」

「大丈夫かな」

「当然いろいろ準備はして潜ったんだろうけど、問題は魔物だな。都合よくすぐに安全地帯が在るとも思えないしな…」

 と、ガスランに続いて俺がそう言うと、ローデンさんが溜め息を吐いた。

「問題だが、そのタイミングでは罪に問えるわけではない…。そして本来の任務を差し置いて捜索するには確定した情報が無さ過ぎる。何より、我々も初めての領域だからね」


「ですね…。冒険者の自己責任と言えばそうなんだけど、明日からの調査で下に降りたらなるべく注意しておくことにしようか」

 取り敢えず俺がそう締めくくると、発見者パーティーの女性が暗い顔で呟くように応じた。

「そうですね…。もしかしたら知ってる人かも知れません」


「誰なのか、本当にまだ中に居るのかも分からないうちに気を揉んでも仕方ないぞ。中で出会ったら、危なそうなら助ける。じゃなければ状況を伝えて外に出るよう説得する。それで良い」

 ディブロネクスがニッコリ微笑みながら女性の背中をポンと叩いてそう言うと、女性は大きく頷いて微笑みを返した。

「その通りですね。解りました!」


 この女性はCランク冒険者だ。

 年齢は俺達よりも10歳ぐらい上…。のように見える。採取中心の活動しかしていないとは言っていたが、立ち居振る舞いは謙虚なベテラン冒険者という雰囲気。

 それに反してディブロネクスはアルウェンを発つ直前に冒険者登録したばかりなのでFランクである。

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