第365話 神の鎖
滅神の剣と称される魔剣ゼノヴィアルソード。
あくまでも暫定処置だと自分を納得させてこの剣を手にしたあの時から、しかるべき引き継ぐ時に備えて俺は検証を繰り返し考えた。
そもそものこの剣に秘められた力。これで神々に対して何が出来、それから滅ぼすまでに至る魔剣の力とはどういうものなのか。初めて握った頃にはおぼろげだったそのことは、検証の為に剣を振っているうちに少しずつ明らかになってきている。
◇◇◇
辺りが静寂に包まれると間もなく、エリーゼの魔法で空に描かれた巨大な魔法陣から精霊の浄化の光が舞い降り始めた。魔法陣は王城を含めたこの一帯を広くカバーしてしまう大きさ。
昼の陽光よりも明るい光。それでいて柔らかな光が邪を祓う。
俺達に倒されていた騎士三人の身体からも黒い煤のようなものが消えていった。
時間を置かず、俺達は門を抜けてレガニスの至近距離で配置に着く。
俺とディブロネクスが並んで最前列で、その後ろに中央はエリーゼ、そして両翼にガスランとニーナが広がった。
後方、門の外で距離を取った騎士の布陣を目視で確認した俺は、じっと俺達を見つめているソニアさんと目が合う。今回ばかりはさすがにソニアさんにもそこまで退いてもらっている。
ウェルハイゼス公爵家の騎士達は整った布陣で全員が盾を構えていて、何が起きてもまずは防御を優先しろという指示が徹底しているのが判る。ローデンさん達大公家の騎士も少し前までの混乱が落ち着いて公爵家騎士達に倣うことで規律を取り戻したが、王国騎士達はまだ動揺が収まらず落ち着かない様子だ。
レガニスを挟んで反対の王城側では、ディブロネクスの魔法による封じ込めが完了した頃になってやっと騒ぎの不穏さに気付いた兵が王城の入り口を閉ざし、その付近と王城のあちこちの物見に騎士や兵士の姿が増えてきて様子を窺っている。
周囲を見渡し終えた俺は、再びレガニスの方に注意を戻した。
時空分断結界に対する攻撃が無駄だと理解したのか、中で吹き荒れていた闇の霧が鎮まっておとなしくなっている。
「始めよう」
「よし、まずは儂からじゃな」
さっきからディブロネクスが消費している魔力は多い。
俺やドニテルベシュクほどではないにせよ体内魔力保有量はかなり多いディブロネクスだが、いざとなったらビフレスタと繋がる絶対的なパスを通じてラピスティからも魔力が供給される。
俺の開始の言葉に答えたディブロネクスが、新しい時空分断領域を生成。
すぐに生じた球体は俺達を大きく囲むように広がり、中に存在するのは既にレガニスが閉じ込められている時空閉鎖結界と俺達五人だけとなるよう形成されていく。
その新しい領域が結界として固定されると、ディブロネクスは俺の方を見た。
「外堀は出来たぞ、シュン」
「了解。じゃあ、次は俺とエリーゼだな」
「だね。すぐに始めるよ」
そう言って、俺は光の侵食を発動。エリーゼは再びの精霊の浄化。
二人で、今ディブロネクスが組み上げた俺達とレガニスだけが居るこの閉鎖された空間に、それぞれの魔法で生まれた光を満たしていく。
俺の光の侵食はレガニスの…。いや、ラスペリアの
レガニスを閉じ込めていた結界を解除してすぐに始まった攻防は、光と闇。そして聖と邪の戦い。
更に、神速で迫り邪気を大量に帯びた
俺は光の侵食を止めていない。
拘束されても尚、次々とレガニスの身体から吹き出してくる
そして、結界が無くなって初めてラスペリアにも正体が見えてきたのだろう。結界という檻が無くなってからのひとしきりの攻防の後、はっと気が付いたようにその視線は俺が持つゼノヴィアルソードに向けられ、凝視している。
またもや複数の人が同時に発するような声色で言葉が発せられた。
「どうして、そんな剣が有るの…。それ反則でしょ」
いろいろと苦しいばかりの散々なレガニスの状態には全然そぐわないラスペリアのその言葉の調子は、場違いも甚だしい。
「さっき、お仕置きするって言っただろ。これじゃないとお前に届かないからな」
「ちょっと待って。それやめよう。ね…、すぐに退散するから」
ラスペリアは焦って切羽詰まり、懇願する声に変わっていた。
「待った無しだよ」
俺がそう言った直後、エリーゼが放ったベラスタルの弓からの魔法の矢がレガニスの心臓に深く刺さる。
ビクッと全身を硬直させるように揺らすと、レガニスの身体の動きが止まった。
この魔法の矢に攻撃力は無い。
付与されている魔法は精霊の守護。
本来のレガニスだけを守護するべくエリーゼが矢に籠めた精霊魔法だ。
続けて俺が振った剣は、レガニスに絡みつきその全てを自在に制御する為に張り巡らされたものを斬り裂いた。
レガニスから発せられる、悲鳴のような呻き声のような声がどんどん大きくなってくる。
ゼノヴィアルソードを手にした俺にはハッキリと見えているそれは『神の鎖』。
アルウェン神殿に安置されている原初のオーブと聖者システィナイシスにもこれと同質のものが絡まっている。
神による隷属化の正体はこれだ。
精霊神メドフェイルがシスティナイシス達に施した呪いを伴うものとは少し違うが、根源を縛り魂を脅かし、レガニスのような普通の人間だとその身体も精神も全てを明け渡してしまう。
悪魔種リリスは半神半魔だという言い伝えは真実なのだろう。
神の落胤なのか悪神のなれの果てなのか、それとも元神様だったのかは分からないがラスペリアは神の業が使える。
神の鎖を斬り飛ばし消失させ続けた俺は、剣を一旦引いて構えた。
女神の指輪がゆっくりと点滅を始めていた。
レガニスにまだ残る神の鎖のひとかけら。
更に一歩を踏み込んだ俺は、それを左手で掴んだ。
大きく震える指輪に促されるように、俺はそれを握りつぶしていく。
「ギャアァァァ…、グヴァァァ、ヴォェガァァァ…」
これまでの多重の音声ではなく、若い女が発する断末魔のような声が響いた。
そして、最後に残った欠片を潰して消してしまうとその声は止まった。
◇◇◇
サラザール伯爵領から更に南に遠く離れた深い森の中、隠蔽で隠された中に横たわっていたラスペリアは、動かせない身体の奥底から始まっている自己再生を意識して懸命に急がせていた。
表面上は判らないが、ラスペリアはボロボロである。
今は、多くの力を失ってしまっている。
シュンがゼノヴィアルソードの能力を借りて深淵鑑定で見通した『神の鎖』は、根源から派生させたある意味では魔法的パスに近いものだ。
リリスは神と同等の根源の深さを持つが故に、この鎖を別の根源に絡ませて支配し力を行使することが出来る。対象を自分の手足のように操作することが簡単にできてしまうのだ。
だが根源を見通せる者に対しては、それは自分自身を晒しているような形となって諸刃の剣となり得る。
───まさか、あの魔剣までもアルヴィースは得ていたなんて…。
ラスペリアは後悔していた。
大きな興味を抱いていたアルヴィースという存在。中でも女神の使徒であることが確定的なシュンについてもっと知りたい。可能ならちょっと弄ってみよう。
常に危険からは距離を置き、自分が矢面に立つのは圧倒的に有利な場合のみ。
策を弄し罠にかける。
楽しむ為にそうしてきた。
永遠を生きる退屈な長い営みでは、自分が心から面白いと思えるものが全てだ。
決して名を残すことはなく、こっそりと自分の密かな楽しみとしていろんな騒動を起こしてはその結果起きる顛末を傍観者として鑑賞する。
お仕置きだとシュンは言った。
自分の趣味嗜好を明るみにされ知られてしまったような気がした。
隠していた物を見つけられたような気がした。
過去にとある一柱の神に追い詰められた時にも感じなかった焦りを感じている。
しかし、不思議と対抗心や反発という気持ちは沸いてこない。
───やっぱり、女神が関わっている者とは接触するべきじゃなかったわ…。
そんな反省をしながら、ラスペリアは本気の再生のための深い眠りについた。
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