第361話

 訪れていた孤児院が在る璧外から壁内へと戻る途中で、彼らは待ち構えていた。

 その場所に至る前から俺の探査で見えていたのは、敵意と害意をたっぷりと抱え込んだ50名ほどの衛兵の部隊だ。どうやら俺達はしっかり敵認定されているらしい。

 本来なら姫殿下のニーナが乗る馬車の前を進む役目が与えられる騎乗の騎士を後ろに配し、俺達は馬車を先頭に通常運転の速さで進んでいく。


 ん? これは…。

 探査でも感じられる妨害電波のようなものに一瞬だけ俺は驚くが、既に馴染みが有る類でもあるし隠蔽はかなり稚拙だ。


「ほう、魔封じの結界か。なかなかレアな物を…。用意周到だな」

 この俺の呟きに馬車の中の全員が眉をひそめた。

 しかしエリーゼは、すぐさまニッコリ微笑んで自分の指先に小さなライトの明かりを灯した。

「シャフトの中に在ったものよりも随分弱そうだけどね。ほら、効いてない」


「レベル4相当といったところかの…。レベル5の属性なら影響はなかろう」

 ディブロネクスはそう言いながら、呆れたように首を傾げている。

 その意味は、この程度でどうにかなると思っているのか。という疑問の表れ。



 御者を勤めている騎士には言い含めていたので、道を塞ぐように並んだ衛兵達の手前で馬車は停止した。後続の騎士達は馬車の後方と左右に位置して停まる。


 衛兵の声が馬車の中にも聞こえてきた。

「冒険者パーティー、アルヴィースとやらの三名が乗る馬車だな」


 御者を務める騎士が応じる。

「笑止。わざわざ問わずとも、お前らがそれを知っていての狼藉なのは明白。ウェルハイゼスと剣を交える覚悟があるなら愚かな行動を続けるがよかろう」


「……警告しておく。おとなしく三名を引き渡せ。抵抗するなら実力を見せるまで」

 そう言った衛兵から合図でも出たのだろう。道の左右に潜んでいた残りの衛兵達が表に出てきた。馬車の窓からも見えているそいつらは、特務の隊員が言った通りに衛兵らしからぬ確かに重装備だと言える。


 応対している騎士は明らかに笑いながら言葉を返した。

「警告しているのはこちらなのだが…。ハッキリ言っておこう。お前らのここまでの言動は十分に、ユリスニーナ殿下に対する不敬罪に値する。そして、お前らに指示した者も同罪だ。それを理解した上でかかってこい」


 普段街中で見かけるような軽装備ではない重装備の衛兵達約50名。対する公爵家騎士は僅か五名。衛兵達は多勢に無勢と思っていただろう。そして例えニーナが居ようとも、武力行使の正当な理由があると聞かされているのかもしれない。

 しかしそれ以前にウェルハイゼスへの対抗心か、もしくは魅力的な見返りでも鼻先にぶら下げられているのか。最初からやる気満々だった衛兵達はすぐに剣を抜いて襲い掛かってきた。


 馬車の左右をそれぞれ騎士二名とガスラン、騎士二名とディブロネクス。そしてすぐに御者台に立ったエリーゼが弓を構えて援護。

 奴らが仕掛けている魔封じの結界は意味が無いんだけど、周囲への影響等を考慮して今回は取り敢えず魔法無しでやる事にしている。


 俺とニーナは横並びで、少し離れて騎士一名が従う形で馬車の前方に歩いた。


 ガスラン達の剣戟の音が響き始め、エリーゼが矢を放つ音も聞こえる。

 しかし、ゆっくり歩く俺達の前。馬車の正面で最初に道を塞いだ衛兵20名は、こちらに襲い掛かろうとした脚は途中で止まって、一人として動けない。

 俺の威圧とニーナの姫モード全開オーラが彼らの身を竦ませている。


 彼らの目の前で停まると、ニーナはこの隊の指揮官と思しき衛兵を睨みつけた。

「王都の衛兵隊の責任者は、この茶番を当然知っているのだろうな?」

「……」


 そして、あっという間に左右の衛兵達全員を斬り捨ててしまった騎士四名とガスラン達が、俺とニーナの後ろに並ぶ。


 するとその時、この衛兵達の後方からこちらに向かって騎乗の一団が走って来た。

 その一団全員の装備に刻まれているのは、ウェルハイゼス公爵家の紋章。

 蹄の音で後ろを振り返り、一団を見た衛兵達のその表情が絶望の色に染まる。


「ウェルハイゼス公爵家第一騎士団30騎、只今到着しました。不届き者共への対処を開始します」

 と、停まった馬上から聞こえてきたのは、俺達も懇意にしているお馴染みの女騎士パティさんの声。

 そのパティさんが続けて騎士全員へ声を掛ける。

「問答無用、抵抗する者は容赦なく斬り捨てろ!」


 前後を挟まれる形になった衛兵の中には、それでも騎士へ剣を向ける者も居たが、すぐに無力化された。



 後始末は任せてくれというパティさん達に甘えることにして、俺達は当初から行動を共にしていた騎士五名と共に壁内へ。そしてそのまま公爵邸に戻った。


 その騎士達も誘って一緒に食堂でユリアさんとソニアさんに報告をしながら食事。

 ユリアさんが自ら、俺達と騎士達の分もお茶を淹れてくれる。

 騎士は全員恐縮はしながら、でもとても嬉しいのだろう。笑顔で何度もユリアさんに、ありがとうございます。皆に自慢できます。なんてことを言っている。

 今回は孤児院訪問ということもあって、若い騎士の方が子どもたち相手にはいいだろうと考えて選んで連れて行っていた。

 全員が騎士になってまだ二年程度という彼らは、俺達と同世代である。ユリアさんにとっては自分の子どもと同じようなもの。素朴な喜びを見せる彼らの頭を一人一人、ユリアさんは愛おしそうに撫でた。


「うちの騎士たちは役に立てたみたいね」

 微笑みながら俺にそう言ったユリアさんには、俺もニッコリ微笑んで答える。

「はい。全員が、背中を預けられる剣士でした。頼もしいですね」

 ガスランとエリーゼは、グイッと親指を挙げて微笑んでいる。


 と、俺達がそんな話をしている傍でディブロネクスは食事もしているが、さっきの現場で押収した魔封じの結界を張る魔道具をいじくりまわして解析中。ニーナもその隣で口はもぐもぐと動かしながら、ディブロネクスとあーだこーだと話をしている。

 縁とは不思議なもので、互いに割と本気で戦ったこともあるのに、この二人はかなり仲が良い。ディブ爺というのはニーナが最初に呼び始めた愛称だ。今ではそれが周囲にも浸透しつつある。



 ◇◇◇



 王都の衛兵本部は、王都の中心から少し南西寄りの場所に在る。

 王城からも公爵邸からもそれほど離れている訳ではない。


 その本部を公爵家騎士団が包囲したのは、連絡を受けた俺達がソニアさん率いる隊と共に公爵邸を再び出てすぐのこと。


 俺とエリーゼは、到着すると周囲を探った。ぐるりと敷地全てを囲むように騎士達が配置されているのが判る。そして、通りに面した門を通って真っ直ぐ進んだ本部建屋の正面入り口の所にはパティさん達が居る。

 本部にはまだかなりの衛兵が居たようで、建物の中や建物の壁際から公爵家の騎士達を遠巻きにしている衛兵の数は意外と多い。

 百人程度は居るだろうか。

 そんな多くの衛兵の中には既に剣を抜いている者や弓を構えている者も居た。


 ソニアさんと俺達も、門を抜けて衛兵本部の敷地の中に進んだ。

 今、パティさんと数名の騎士が本部の建物の正面入り口の脇に積み上げているのは、俺達を待ち伏せした衛兵達の装備だ。50人分の重装備はなかなかの量になる。血糊が付いている装備も少なくないので結構生々しい。

 その作業が終わると、建物の中へ向かってパティさんが大きな声を発した。

「繰り返す。この命令書に署名している王都衛兵隊の総隊長、すぐに出てこい」

 パティさんが手にして高く掲げているのは、待ち伏せし襲撃してきた50名の衛兵達の指揮官から押収した書類だ。


 その後、決して短くはない時間が過ぎてそろそろ最終勧告の頃合いかと思い始めた時になって、やっと建物の中に動きが出てきた。

 建物の玄関口を守る盾のように集まっている衛兵達を掻き分けて現れた人物が、武器を構えている衛兵達に向かって手を下に振って窘めている。


 その人物。王都の衛兵組織のトップの任にある総隊長が俺達の前まで来ると、パティさんが別の書類を取り出して読み上げ始めた。

「本日夕刻、王都衛兵隊の52名が、我がウェルハイゼス公爵家騎士団の馬車の進行を妨げた。馬車の中に当家のユリスニーナ殿下が居ることを知りながらの数々の恫喝と脅迫……」

 という具合に経緯と罪状を語るパティさんの声が響き、それをこの場に居る衛兵達の全てがひと言も聞き漏らすまいとばかりに静まり返っている。

「……捕縛した者への尋問の結果、この犯罪行為は現場の衛兵の暴走ではなく予め計画された任務であると、質問に答えることが出来た全員が認めている。そして現場の責任者が持っていた命令書にはお前の署名がある…。我々がここに出向いてきた理由は解るな?」

「……」


 おとなしくお縄に付いた格好の総隊長を、衛兵本部の建物からは少し離れた所に座らせて早速の尋問開始。尋問するのはパティさんに加えて、ここまで静かに状況を見ていたソニアさんと俺達四人+ディブロネクス。


 その間に、捕縛していた衛兵と遺体の引き渡しが行われる。

 無傷の者と軽傷者は合わせて21名。重傷者が14名。死亡は17名。



 既に観念していたのだろう。素直に宰相レガニスとのやり取りなどを喋ってくれた総隊長を改めて厳重に拘束させたソニアさんは、傍にやって来た特務隊員と言葉を交わす。

 特務隊員の方に耳を寄せてコクリコクリとゆっくりと二度頷いたソニアさんは、顔を上げて俺達とパティさんを見渡した。


「まだ王城に居るようだ…。パティ、王城を守護する大公家騎士団と王国騎士団へ急ぎ通達を。ウェルハイゼスは宰相レガニスを断罪すると」

「畏まりました」


 再び慌ただしく動き始めた公爵家騎士達は、衛兵本部の前の通りで隊列を組むと次々と出動していく。

 一方、総隊長が捕らえられてからは無視され続け、身構えたままで放置された状態の衛兵達は、どこか途方に暮れているような雰囲気だ。


 そんな彼らに向かってソニアさんが話しかけた。

「貴殿らの総隊長は、妄想に憑りつかれた宰相の甘い言葉で踊らされた。少し冷静に考えればこんなことにはならなかっただろう…。王都の治安維持の責を負う貴殿らの心中にあるウェルハイゼスへの複雑な思いは理解している。それはすぐに変わることはないだろうし、我々もとやかくは言わない。そして貴殿らが今回取った行動も、命令があってのことだとしてこれ以上は不問にしよう…。だが、これだけは言っておく。二度目の許しは無い。ウェルハイゼスは、民の為という公務の本分をわきまえず滅私奉公できぬ輩は徹底的に嫌悪することを改めてその心に刻んでおけ」



 ◇◇◇



 通常であれば夜間は閉ざされているはずの王城の門は開いていた。

 先行した公爵家騎士達がその門の前に並び、かなりの数の特務隊員がこの周囲に展開して潜んでいるのが判る。

 門を入ってすぐの場所には、大公家の紋章が付いた騎士が数名と王国騎士が20名ほど立っている。


「あっ…」

 思わずそんな声を上げてしまった俺を、エリーゼとガスランがどうした? という風に見てくる。

 顔を近づけてきた二人の耳元で俺は囁く。

「あの大公家の騎士の真ん中に居る人、知ってるんだ」

「えっ、もしかして…」

「……」

 俺はエリーゼに頷いた。


 俺がこの世界に転移して間もない頃。襲ってきたゴブリンを返り討ちにして押収したグレイシアの剣を、せめて持ち主の家族の元にと返却した時に会った大公家の騎士ローデンさんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る