第359話

 思いもかけない進化事件(?)もあったが、それから数日をエルフの里で過ごした後、俺達は王都アルウェンへの帰路に着いた。

 東部連合軍の残党や野盗の類を見かけることもなく穏やかな旅。内戦の最中にサラザール領を目指したあの頃よりも、街道沿線の町や村には随分と人が戻ってきている印象だ。


 馬車の中ではステラが、サラザール領よりも先に陥落した東部貴族領の様子。今は主に、内戦のとばっちりを受けた格好の民の様子を話しているところ。


「何よりも優先すべきは、復興を急いでしっかりやらなけりゃいけないということだけど、今回の内戦で王国が失ったものは何か、並行してそれを考えるべき」

 ステラの話を受けたニーナがそんなことを言うのは、今回の内戦で王都以東の民の心に王国への失望と不信感が根付いてしまったからだ。


 すると、いつもなら人間同士の権力争いみたいなことには興味無さそうにしているディブロネクスが、俺の方を見て問う。

「シュン。民による革命がもし王国に起きたら、お前たちはどう動く?」


 はぁ……。それは難しい質問だ、ディブロネクス。


「王侯貴族に反発した民衆の蜂起という意味で言ってるんだろうから、その意味で答えるなら、俺はどっちにも付かないと思う。だが、親しい人に害が及びそうだったり自分の傍で理不尽が行われるならそれは排除するだろうな」



 野営の夜は、いつものように賑やかに皆で食事をしてカードゲームで遊んだりして過ごす。魔物も野盗の類も近くには居ないし、ちゃんと結界も張って探査でも警戒しているのでいつも通りだ。

 ディブロネクスは意外にもゲームが大好き。

 但し、弱い。


「ニーナ! ちょっと待った、それはあんまりじゃ!」

「待った無し! て言うか、ディブ爺は待った多過ぎ」

「儂の手を見てくれ、これじゃぞ」

「ふふっ、残念でした。次頑張って」

「ぐぬぬ…」


 こんな様子を見たら、誰もがこいつが世界最恐のリッチだなんて何かの間違いじゃないかと思うことだろう。少なくとも、俺はそうだ。



 ◇◇◇



 のどかで天候に恵まれたそんな旅路も、やがて節目を迎える。


 帰還に向けた当座の目標地点と定めた王都アルウェン。

 その南門に着いたのは夕方だった。

 日没前に壁内に入ってしまおうと並んでいる人々が為す列に俺達も並ぶ。

 王都の衛兵が審査に時間を掛けているのは明らかで、思いのほか時間が掛かったがやっと門をくぐることが出来て、何はともあれ公爵邸へと馬車を進めた。


 公爵邸に近付いた時、屋敷の前のたくさんの兵士と騎士の姿が見えてきた。

 この馬車を見た彼らは一気に道の両側を埋め尽くすように走り出てくると、大歓声を上げ始めた。全て、公爵軍の軍人たちであり公爵家騎士団の騎士達だ。

「アルヴィース!!」

「ユリスニーナ殿下~!!」

 そんな掛け声と共に、お帰りなさいという声や、ありがとうという声。


 屋敷の入り口で一旦停止した馬車を彼らが取り囲むと、すぐにニーナが御者台に上がって来た。

 そこに立って周囲の兵たちをぐるりとニーナは見渡した。

 姫殿下モード100%である。

「皆、お疲れさま…。皆の顔を見て、帰って来た実感が沸いているところよ…」


 御者台に座っている俺の顔をニーナはチラリと見て微かに微笑むと、もう一度兵士たちを見渡して拳を突き上げた。姫殿下モード120%。


「ウェルハイゼス軍は、全員が勇敢に戦った!」

「「「「「「おぉぉぉぉぉッッーー!!!」」」」」」」

「ウェルハイゼス軍は、勝利した!」

「「「「「「おぉぉぉぉぉッッーー!!!」」」」」」」

「皆、胸を張れ。皆は民に寄り添う真の軍人であり真の騎士だ…。貴殿ら全員がウェルハイゼスの誇りだ!」

「「「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉッッーー!!!」」」」」」」


 遠征を始めてからずっと、いつも以上に謙虚に振舞い続けている公爵軍の兵士達。

 圧倒的な強さで公爵軍は勝利した。だが、これは内戦だ。

 いくら敵が非道な者であっても敗者もまた同じ王国の者であるという性質上、どうしてこうなったという思いが先行し勝利の喜びを露わにすることは憚られていた。手放しで喜べるものではないのだとかなり抑制されていた。


 しかしニーナは、そんな公爵軍にもっと喜べと言っている。

 お前達はよくやった。立派だ。胸を張って笑顔を見せろと煽っているのだ。


 兵士も騎士も、全員が満面の笑みを浮かべた。抑えていた感情を爆発させた。


 屋敷の外までやはり出迎えに出てきていた、少し呆れ気味だが笑顔のユリアさんとソニアさん二人に促される形で、俺達全員が公爵邸の中に入る。

 集まっていた兵にはソニアさんから、この後の夕食は豪勢にすることにしたから期待しておけ、なんていう言葉が掛けられてまた歓声が上がっている。

 東部から帰って来た公爵軍は大軍だ。そのほとんどは壁内には入らず、王都西門の外で野営をしている。王都に戻ったニーナが提供するという形で、彼らにもたくさんの食材と少しずつだが酒などもこれから届けられることになった。


 俺達より先に王都に戻っていたその公爵軍の司令官からは、サラザール領の事についてもユリアさん達へ報告はされている。しかし俺達しか知らない詳細な内容はそこにはあまり含まれてはいない。

 すぐに開かれた小人数の会議の席で主にニーナが報告する形で語られて行くと、ユリアさんもソニアさんも表情を曇らせた。



 ◇◇◇



 明けた早朝からは、俺達はアルウェン神殿へ。

 ステラだけは、取り敢えず王都の様子を細かく見てくると言って別行動だ。


 勝手知ったる通用口の方から神殿の中に入り、既知の仲になっている神官達にエルフの里の特産品などたくさんのお土産を渡す。


 とても嬉しそうに顔をほころばせる神官達は何度も俺達にお辞儀を繰り返した。

 そして、どうやら定期的に公爵邸からも差し入れが届いているようで

「……殿下、お母さまとお姉さまにもよろしくお伝えください。いつもとても気にかけてくださっていることに感謝しておりますと」

 と、老神官が深々と頭を下げてニーナにそう言った。


 するとニーナは、女神のような神々しい笑みを浮かべる。

「ええ、伝えておくわ。けれど、神殿がこれまで守り続けてきたものへの敬意を示すのは当然のことよ。貴方たちが居たからこそ、神々の恩恵や加護が今でも人々に与えられているの。感謝の言葉はむしろ私達から貴方がたへ向けられるのが正しいわ」


 神官達は更に深々と頭を下げた。何人かは涙ぐんでいる。

 老神官も、目に光るものを浮かべて応じた。

「勿体ないお言葉です…」



 その後、エリーゼとニーナとガスランは、変わりは無いと老神官が言うシスティナイシスの見舞いの為に彼女が眠っている寝所へ。俺とディブロネクスはオーブが安置されている聖堂へ入った。


 以前に解析していた流れのままに俺がオーブの現状の確認作業を始めた傍ら、何度も、唸るような声を小さく発しながらディブロネクスはオーブを見つめている。


 指が触れるか触れないかという近くにまでオーブに手をかざしたディブロネクス。

「……ふむ。これは難解じゃのう」

「呪いの話だよな?」

「根源に仕掛けられた罠を呪いと呼ぶのなら、それはそうじゃが…。もっと酷い呪縛と言い表すのが適切かもしれぬ」

 すかさず俺にそう応じたディブロネクスを、俺は振り返って見る。

「……根源、呪縛か」


 根源についての考察は以前からも続けてきたことだ。

 それは魂の在り様を再定義しているものだという考え方は、大きくは間違っていないんじゃないかと思っている。


「根源がもたらす余剰な効果のことを、人はこう呼ぶ場合がある…。天命、運命。もしくは創造神の加護。そんな言い方じゃな」

 俺は、じっと変わらずにオーブを見つめているディブロネクスに頷きながら答える。

「そうだな…。俺は契約のようなもの。というもっと具体的なイメージだが」

「このオーブの状態を視ればそんな言い方にもなろうの…。だが、一般的にはもう少し軽いもの。大抵の者は生涯意識せずに終わるものじゃ」

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