第28章 復興への道

第358話 新たなスタートライン

 情報収集のために特務の隊員は何人か引き続き潜伏するらしいが、今回派兵された公爵軍は王都アルウェンを経由して公爵領へ帰還する。一方、俺達は王都に戻る前にエルフの里バウアレージュ領を再訪する予定なので別行動となる。

 公爵軍は王都に通じる南東主街道を北西に進み、俺達は小街道を西へ。

 今回はステラが加わった五人での馬車の旅。急ぐ必要はなく、ゆっくり馬車を進めて周囲の景色をのんびりと眺めながら進んだ。


 王都以南は真冬でも雪が積もることはないと聞く。

 それでも陽射しの弱さと時折の風の冷たさには肌寒さを感じる。すっかり葉を落としてしまった木立や収穫を終えて休ませている農耕地。そんな枯れた色合いが多い風景からは、秋は終わってもう冬が来ていることを改めて感じさせられた。


 交代で座った御者台から周囲を眺めて、俺の頭の中の半分以上で考え続けているのは今回の内戦の諸々について。王都でのこと。イアンザード城塞のこと。そしてサラザール伯爵、ディアス達魔族のことも。


 最後の一撃となったニーナとエリーゼが生成した巨大隕石爆弾は、地下の硬い岩盤の中の聖櫃が安置された部屋をも圧し潰した。聖櫃と周囲の魔力の塊のような物はまだ残っているが、地下スペースは砕けた岩盤で完全に埋め尽くされた。


 直前まで見えていた魔族一人を含む三名の反応は、その時に全て消失している。

 サラザール伯爵とディアスは最後の三人の中におそらく居たのだろう。


 聖櫃の手がかりを、彼らがどうやって得たのかは分からない。

 そして聖櫃と中身がどういうものだったのか、今は知る術もない。

 悪神メドフェイルがどこまで関与し、何を望んでどんな筋書きを描いていたのか。


 まだ終わっていない。

 漠然とした思いだが、俺はそう感じている。



 ◇◇◇



 三度の野営を経て森に入ると、憶えがある森の様態の変化を感じ始めた。それから間もなく俺達の馬車はエルフの里に到着。つい先日来たばかりなのに、なぜかとても久しぶりのような懐かしさを覚えてしまうエリーゼの故郷バウアレージュ領。


 俺達は挨拶もそこそこに現状について尋ねる。

 エリーゼの実家の館で、エリーゼの父親から話を聞いている俺達の傍には元ホムンクルスの男の子三人もやって来ている。

 ニーナとガスランの膝の上にはエルフの子が一人ずつ。そしてステラの膝の上にはダークエルフの子。ステラが名前を付けた子だからね。まあ、それ以上の絆のようなものを二人は互いに感じている雰囲気もある。


 その後のエルフの里らしい料理がたくさん並べられた晩餐が終わって、俺はステラを伴ってディブロネクスのねぐらに押し掛けた。


「おぉ、これはまた珍しい客人が一緒じゃな」

 というのが、ディブロネクスが俺にニヤリと笑いながらの第一声。


「お疲れさん。前に少し話したが…」

 ステラの方を目で示した俺がそう話し始めると、ディブロネクスはすぐに口を挟んだ。

「シュンと同じニホンからの、同郷の御仁という訳か…」

「そういうこと。ステラだ…。ステラこっちが…」

「ディブロネクスね」

 そう言ってステラは真っ直ぐにディブロネクスに歩み寄ると、右手を差し出した。

 その手を握り返したディブロネクスは、ニッコリ微笑む。

「ラピスティ達からも話は聞かされておる。会えて嬉しく思うぞ、ステラ」

「こちらこそ、よろしくねディブロネクス」


 アンデッドの頂点と呼ばれる最上位のリッチ。

 そして悪魔種の最上位である真祖トゥルー・ヴァンパイア。

 こんな二人が握手しているなんて図は、なかなか見れるものじゃないなと、俺は変なことに感心していたりする。


 全員が腰を下ろすと、ディブロネクスが語り始める。

「シュンが心配しておった魔族のバカ共は姿を見せてはおらん。軍人の格好をした野盗は二度襲って来たがな」

「うん。その話はさっきエリーゼの親父さんからも聞いたよ。ご苦労だったな。この里の皆も感謝してた」

 俺がそう応じると、ディブロネクスは大したことではないとばかりに頷いた。


 一度目は10人ほどの軍人くずれが、どかどかと乗り込んできたらしい。それは難なく里の兵達とディブロネクスが撃退。そして二度目はその生き残りだったのだろうとディブロネクスは言う。

「人数を増やして夜中に忍び込もうとしてきた。返り討ちにはしたが、拠点がどこか近くに在るかもしれん。もっとも、人数はさほど残ってはいないはずじゃ」

 うんうんと頷き、念のため近いうちに山狩りしてくるよ。と俺が言ってその話は終わり。


 そこからは、イアンザードでのことを俺が説明した。

 聖櫃は開けられていないと知ると、ディブロネクスは残念そうな顔を見せた。

「ふむ…、残念じゃが仕方ないのう…。だが、そんな開け方をしておったということは、最早聖剣とは呼べない邪なものに成り下がっておるだろう」

「それは俺も同感だよ。禍々しいだけだと思ってる」


 そして俺とステラは、ステラが遭遇したラスペリアのことを話し始めた。

 全ての悪魔種の祖とも言われる悪魔種リリスという存在について…。



 翌日と翌々日の二日間、里の兵士達と共に周辺の山狩りを実施した。

 その結果、野盗と化していた元軍人数名を発見しこれを無力化。それはエゼルガリアから逃げ出したサラザール軍の兵士達だった。

 脱走や敵前逃亡は、どこの軍であっても重大な軍規違反だ。処罰を恐れて潜んでいた彼らは内戦が終結したことを知らなかった。それを教えると、彼らは一様に安堵し嬉しそうな顔を見せたが、ここに至るまでの民に対する犯罪行為については罰せられることになるだろう。内容によっては極刑もあり得るということ。


 山狩りを終えたその夜、ニーナが珍しくほとんど食事を摂らずに早々にベッドに潜り込んだ。

 様子を気にした同じ部屋のステラが、悩ましげな顔で食堂に戻って来る。

「ちょっと疲れたって言ってる…」

「具合が悪い感じじゃなかったけどね」

 と、そう応じたエリーゼも心配そうな顔で俺の方を見た。



 ◇◇◇



 翌朝、ニーナは起きてこなかった。さすがに見てみるべきかと俺はエリーゼと一緒にニーナが休んでいるベッドの横に立つ。

 静かな寝息のニーナの状態を診始めて、うっすらと魔力探査で感じたその状態は既視感を覚えるものだった。


 俺の脳内で、スウェーダンジョンのゲート広場で女神と二人、お茶を飲みなから話した時の情景が再現される。


『シュンさんは、そろそろ進化するはずです~♡ それは、今そっちで眠ってる可愛い姫ちゃんもそうなんですけど~』


 いやいや…。女神、ニーナが先ならそう言っといてくれよ。


 既視感は、ガスランとフェルのことが在ったから。

「進化だよ…」

「うん」


 エリーゼも魔眼で今のニーナの状態はある程度は見えている。

 俺にコクコクと頷き、そしてニーナの枕元に膝をついて髪をなで始めた。

「……ハイヒューマンになるんじゃないかって話だったよね」

「だな。女神が言ってたから、それは間違いないと思う」


 あと丸一日程度は眠ったままだろうと見た俺は、ニーナの傍に居るのはエリーゼに任せて、心配していたガスランとステラに状況を説明した。



 次の日。朝というには少し遅い時刻。

 ニーナの目覚めは、普段と変わりは無さそうに見えた。

 ベッドには入ったまま、上体だけを起こしたニーナは傍に居る俺達を見渡す。

「ふぅ…、何が起きたのかは理解してるわ」

「そうか。どっか変なとことか無いか?」

 俺がそう言いながら差し出したグラスをニーナは受け取ると、自分の身体を気にするように視線を巡らせた。

 そして思い直したようにごくごくとグラスの水を飲み干して、ニーナは答える。

「大丈夫みたい…。て言うか、全然変わってない気がするんだけど。シュンの目にはどう見えてる?」

 もちろん俺は鑑定済だ。

「種族が変わってるだけだよ。ハイヒューマンってことみたいだ」

「女神様が言ってた通りだね…。あっ…。ステータスは少し上がってる」


 俺は魔力操作などを駆使してニーナの全身を確認し始めている。

「少しずつ身体を慣らしていった方がいいだろうな。ポテンシャル的にはかなり変わってるはずだから」

「うん、そうする。スキルレベルが上がった時と同じで、新しいスタートラインに立ったということなんだよね」

「そうだと思う。枷が外れて伸びしろが増えたと考えるべきだ」

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