第345話

 ギリギリまで隠蔽していての出現でかなり驚かせてしまったが、無事にウェルハイゼスの特務隊員二人と会うことが出来た。

 ニーナからは王都の公爵邸に居る母親のユリアさん宛ての書簡。そして俺からはアルウェン神殿宛ての書簡。その二通を託した。神殿の巫女システィナイシスが目覚めたなんて話は聞いていないので、そちらの開封は神官達でも構わないという但し書きは付けている。

 続けて互いの情報交換を始めたニーナと特務隊員達はそのままに、俺とガスランは別のもうひと仕事の為に行動を開始する。


 特務隊員達の家から出る時、見送る形のニーナは俺とガスランの方に心配そうな顔を見せた。

「気を付けて。油断禁物だよ」

「うん、分かってる」

「ニーナも気を付けてて」


 互いに頷き合った俺達。

 そして俺とガスランは、夜になって曇ってきたせいで月灯りもない真っ暗なエルフの里の中、そのある一点を目指して走り始めた。



 さて、そうしてやって来たのはこの里に到着した時に目にしていた樹上家屋。

 何軒か在るそれは、どれも古い物で住んでいる人はもう居ないという話だった。現在では何かの貯蔵庫だったりそんな使われ方だと。

 それらのうち最も外れの場所にあり、長い時を経て森に呑み込まれてしまったような里との見通しも日当たりも全然良くなさそうな一軒。そこに目的の奴が居る。隠蔽はかなり巧みだが俺にはギシギシとその存在感が感じられる。


 俺は、ガスランと共に駆け上がるような速さで樹上へと昇った。

 昇り詰めた所のその樹上家屋のドアは開いている。


「やっと来たか。思わず居眠りしてしまいそうだったわい」

 真っ暗な家の中から俺とガスランに向けて、かっかっと高笑いでもしそうな言い方でそいつはそんな挨拶をしてきた。だがその声は俺たち二人だけに届くようにコントロールされた風魔法で完璧に抑制されている。


 こいつ、見た目だけじゃなく人の真似して眠るのかよ。と、俺はそんなことを思い笑ってしまう。


「悪い、待たせたな。久しぶりだが元気だったか? ディブロネクス」



 ◇◇◇



 痛切な人手不足を感じた俺が打開策を求めたのはレヴァンテとラピスティだった。

 レヴァンテが居てくれたらという思いがあったからなのだが、それは言ってる傍からニーナが反対した。

 エリーゼもどちらかと言うと反対。学院の仕事などは休むことが出来ても、寂しがりのフェルが一緒に来たがるに決まってるし、レヴァンテもフェルの傍を離れたくないはずだという意見には俺も納得した。一日程度で済む話ならまだしも今回の役目はそうじゃない。

 すると、フレイヤさんと繋がっている電話からレヴァンテが、是非ディブロネクスを送り込みたいと言ってきた。要観察期間はビフレスタ時間のおかげもあって十分に過ぎたということ。今は変な魔法の研究ばかりしているらしい。


「ディブロネクスは、シュンさん達に恩返ししたいという気持ちを持っています。役に立ちたいということです。素直にそういう言い方はしませんが」

「ふむ…。リッチのツンデレ恩返しってか…」

 自分でそう言いながら、それは作り話であっても一般受けしない設定だなと思う。

 まあでも、事実は小説よりも奇なり。

 確かに恩に着せるぐらいのことはした覚えがある。


「シュンさんが懸念していた並列人格的な状態は融合が進みました。邪に染まって分離していたものが元のように統合されたと言えます。エリーゼの精霊の浄化は確実に効いていたのです。元に戻ったせいで全く生前どおりに少し横柄でめんどくさい老人です。とラピスティはそんな風に言っています」

 レヴァンテは少し申し訳なさそうにそう言った。


 はあ…。まあいつかは関わるべきだと思ってたし。フェルの将来を考えるとね。


「あー、そっちからも監視はしてくれるよな。すまん。こちらからの頼み事なのに、更に相当無茶振りしてる言いぐさなのは判ってるんだが」

「シュンさん、気になさらずそれは任せてください。大丈夫です」



 ◇◇◇



 見た目は初老のハーフエルフ。中身は世界最恐アンデッドのリッチで、本当の中身は魔王に長く仕えた大魔導士。いろいろ聞き出したいことは多いが、こいつは大戦が始まった頃には死んでいたうえに、やはり禁則事項にはロックが掛かっている。


 概略の情報はレヴァンテ達から得ているディブロネクスに、これまでのことを詳細に説明。樹上家屋の中の部屋で、灯りは点けず暗いままだがテーブルと椅子を出して三人で座って話している。

 ディブロネクスは聖櫃の話になると、遂にガラリとその身に纏う空気を変えた。

「神との約定の証が、守護と鉄槌の付与だと言うのか…」

 そう呟いた奴は考え込んだ。

 魔族を含めた人間同士の争いにはあまり興味は無さそうだったのが、神や神殿という単語が出る度に真剣みが倍々に増していた。


 しばらくほっとくか、そう思った俺はテーブルの上にお茶の用意。ガスランはならばと串焼きを出して食べ始めた。


 ディブロネクスはそのガスランの串焼きをじっと見つめている。

 なんとなく居心地が悪かったガスランが、食べる? という感じで一本を差し出すとディブロネクスはそれを受け取った。そしてゆっくりと食べ始める。

 へえ、食べるんだと少し驚いた俺は、もう一つカップを出してお茶を注いだ。ディブロネクスの前にそれを置くと、うんうんと頷いた奴は空いてるほうの手でカップを持って飲み始めた。


「うまい…。人の食べ物はやっぱりいいものじゃな」

 串焼きを一本食べてしまいお茶を飲み干してしまうとそんなことを言うので、ガスランは皿を出してその上に串焼きをたくさん並べた。俺もお茶のお代わりを注ぐ。

 パクパクとガスランと二人。食べて飲むディブロネクスを見ていて、俺はおかしくなってきてつい笑ってしまう。

「焦って食べなくても、いくらでも食わせてやるから。ゆっくり味わえ」


「……シュン、守護と鉄槌の付与とは聖剣のことを指していると儂もそう思う」

 と、俺の話には答えずディブロネクスは唐突にそう言った。

 うん。エリーゼの父親が、聖剣にまつわる伝説だと言った時からそういう予感が強まっている。 

「じゃあ封印の器、聖櫃に蓄えられた力でというのは?」

「聖剣はおそらく力を失っておる。それを甦らせるという意味だろう」


 ふむ…。やっぱり聖剣復活なのかな。

 イアンザードの聖櫃に関する企みは、何かの力を得る目的なのは間違いないだろうとは思っていたが、その結果が聖剣と名がつくものだとするとただ事じゃない。

 その聖剣にどんな力があってどう使えるのか次第だ。しかし最悪の場合、今の戦局なんか簡単にひっくり返される可能性があるということ。


 と、そんなことを考えているとニーナに動きが出てきた。

「ん…、ユリスニーナ姫が動き始めたぞ」

 ディブロネクスがすかさずそんなことを言う。


「ああ、あれはそろそろ帰ろうって言ってるんだ」


 考察は一旦保留にして、当面の役割についての話を俺は始める。

 ディブロネクスに果たして欲しい俺の望みは、この里に留まってあの子どもたちを。この里そのものも守っていて貰いたいということなのだ。



 ◇◇◇



 再びニーナと合流した俺とガスランは、そのまま三人で館に戻った。

 もうとっくに日が替わってしまっている時刻だが、待っていたエリーゼも加えての話し合い。


 ニーナは、書簡を託した特務隊員は王都に向けて既に出立したと言った。

 その話を聞いたエリーゼが尋ねてくる。

 父親と長い時間話したのだろう。珍しく疲れた表情を見せているのに、浮かべた笑顔には少しスッキリしたような雰囲気をエリーゼは漂わせている。


「神殿は動いてくれるかな?」

 

「うん、エレルヴィーナには伝えてくれるとは思うが、時間はかかるだろうな」

「さすがにエレル平原は遠いよね。どんな手段で連絡取るのか聞いたこと無いけど」


 ニーナがそこで、くいっと顔を上げて俺とガスランを睨んだ。

「んで? ディブロネクスはどうだったの? エリーゼと一緒に聞こうと思って我慢してたんだから。早く言いなさいよ」

 俺とガスランは苦笑い。

 まあね。ニーナが一番心配してたんだよね。奴と戦ったことがあるから。

「結論から言うと大丈夫。頼れる味方だよ。ラピスティとレヴァンテが保証してくれてたからそうだろうとは思ってたし、その通りだった」

「なんか普通のお祖父ちゃんだった。串焼き大好き。気が合う」


 ニーナは、えっ? とまだ怪訝な顔だが、エリーゼは笑い始めた。

 俺も思い出して笑ってしまう。そしてこう付け加えた。

「感じ取れたのは、興味と友愛と感謝。神とか神殿の話には特別にすごく興味を持ってる。ま、アイツが生きてた当時は宿敵みたいなものだったからだろうけど」




 ところで俺がアルウェン神殿を経由してエレル平原の聖者エレルヴィーナに伝えたかったのは、謎の錬金術師ラスペリアのことだ。

 過去にエレル平原に赴いた際、俺達が図らずも解放した旧マレステムと呼ばれるエルフの氏族都市廃墟。そこが無人の廃墟となる原因になったのは住民を実験材料にして何かの研究を行っていた異常者だとエレルヴィーナは言った。


 この両者に類似性を感じている。


 と言うか、同一人物であってほしいという思いが俺には強い。

 こんなおかしな輩が、何人も居たらたまったもんじゃない。是非同じ奴であってくれとそう思っている。

 エレル平原を広くダンジョン化していたこと。そして今回もホムンクルスの創造、その為だけに作ったと思しき変なダンジョン。錬金術師ということと合わせて共通点としては十分すぎる。


 得体が知れないだけに不気味だ。そしてラスペリアの実力は殆ど未知数。

 イアンザードの聖櫃のことと言い、今回の敵はかなり厄介だと思っている。



 ◇◇◇



 翌早朝。

 昨夜の曇り空はまだ残ったままで、前日ここに訪れた時とは違って少し暗い里の様子を俺は館の窓から眺めている。


 まだベッドの中のエリーゼは熟睡中。

 寝る前には、お父さんとはかなり和解出来たようなことを言っていた。


「私が少し成長できたからなんだと思う。どうして助けてくれないんだろうって、ずっと思ってたことは父にはどうしようもないことだった。本当は私も判ってたんだよね。父はそれでも、なんとかしようとしてくれてたんだなって、今になったら思えることも多いの。そういう気持ちと感謝をちゃんと伝えられたよ」


 昨夜、エリーゼの父は泣いていたらしい。

 エリーゼが魔眼をコントロールできるようになったこと、そして仲間や多くの人との出会いを経て様々な経験をし充実している様子に涙を流して喜んだと。



 さて、今日は精霊の洗礼を行う日。

 俺にはさっぱり勝手がわからないので見守ることしかできないが、支障なく進められるよう出来る限りの配慮をしたい。

 昼には、またディブロネクスと会う予定。ニーナが会いたがってる。

 総合的な魔法の領分では、奴は俺達の上を行く存在だ。もしそんな機会があればニーナも得るものが多いんじゃないかと、俺はそう思っている。

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