第25章 同盟

第313話

 俺達がダンジョンを出たのは、フィールド階層から撤退した三日後だった。

 もちろんそれはデルネベウムの時間での話。ビフレスタに飛んでいた人はそれよりも長い時間が経っていたことは言うまでもない。


 エリーゼの精霊の癒しとラピスティが駆使した時空魔法によってグレイシアは無事に助け出された。彼女は記憶の多少の混乱や体力的な消耗は見られるものの、救出に至った経緯や現在の状況を説明したやり取りを聞いた限りでは、差し迫った問題は無さそうに俺は感じている。

 今後グレイシアは、スウェーガルニの代官屋敷で体力回復に努めながら大公家からの迎えを待つことになる。屋敷の先客であるケイレブ王子とは従姉弟同士だ。心細さも無くなって安心できるんじゃないかと思う。


 ダンジョンフロントには、グレイシアを静かに護送する為に騎士達と騎士団の馬車が待っていた。ニーナの手配だ。抜かりない。

 その隊を率いるリズさんが、俺の所にそそくさとやって来る。

「シュンさんお疲れさまです。今回の大公家の姫様に関することではないのですが、取り急ぎお伝えしておきます…。ベスタグレイフ辺境伯家の使節団が、あと一週間ほどで到着します」

 リズさんのそんな話に俺は少し驚く。

「そうですか。当初の予定より早まりそうだとは聞いてたんですが、早いですね」

「はい。正式な先遣隊が昨日街に到着して、そういう話でした。滞在期間を少し長くしたいという申し出もあってですね。どうやら、なるべく多くの人と交流したいという感じみたいです」

「ジュリアレーヌさんはギルドのスウェーガルニ支部を訪問したいと以前言ってました。フレイヤさんとミレディさんに会いたいみたいですよ。ティリアがお世話になってるという思いが強いんじゃないでしょうか。あとは学院にも興味はあるみたいでした。図書館にかなりたくさんの本を寄贈してくれてましたよね」

「なるほどですね…。でも、それにしても帝国の騎士ってなんか凄く強そうな人ばっかりでした。私達なんかだと、一対一じゃ絶対敵わないって言うか…」

「あー…。まあ、VIPの警護は精鋭揃いでしょうからね」


 ふむ…。

 帝国騎士団や近衛騎士団ならいざ知らず。辺境伯家騎士団は公爵家騎士団よりは平均点的に劣ると俺は思っているので、その話は少し意外に感じた。



 ◇◇◇



 さて、ニーナとセイシェリスさんにほとんどお任せだったが、ニーナの父親である公爵閣下への直接の報告なども終わり、街に着いた翌日から俺達はギルドの職員と共に魔物の解体や素材の分類作業に勤しんだ。

 それは、今回の攻略で大量に回収したサイクロプス、ドレマラークなどの買い取りの依頼をギルドにしたところ、フレイヤさんからさすがにその量は小出しにしてくれと言われたのが発端。確かにスウェーガルニ支部の解体倉庫に今回のような量は収まらないうえに、解体作業にはかなりの手間と時間が掛かる。

 結局、ギルドはウェルハイゼス公爵家騎士団と領軍の協力を取り付け、更には魔物の素材を扱う大手商会も幾つか呼んで物によっては解体前の魔物をまるごと販売することになり、俺達も小出しするついでに作業を手伝うことにした。


 そんな作業は始まって三日後に佳境を迎える。

 今回の目玉で、皆が期待するドレマラークの解体と素材の仕分けを騎士団の演習場で行うのだ。

 ドレマラークは地龍と呼ばれることもある巨大なドレイク種だ。その大きさはドラゴンに匹敵する。鱗の魔法・物理両面での防御性能の高さはドラゴンと同等だと言ってもいい。

 この防御性能はドレマラークの各種素材が戦略物資だと見做される所以の一つであり、これに配慮したフレイヤさんはウェルハイゼス公爵と事前に交渉済み。今回討伐したドレマラーク三匹の大半は公爵家が買い上げることになっていて、それが騎士団の演習場で解体をする理由。

 ドレマラークの素材の一部は商会にも販売することが通達されていた。演習場に早くから駆け付けた商人たちは全員が色めき立っており、そんな期待に応えるべくドレマラークから切り分けた素材が少量ずつながら商人たちの手にも行き渡った。


 解体の作業には関わらない軍人たちもたくさんドレマラークの見学に訪れた。

 そうして祭りのような賑やかさに満ちたイベント的な日が終わり、今回討伐した魔物に関する処理が全て済むと、遂にベスタグレイフ辺境伯家の外交使節団一行がスウェーガルニへ到着する日となった。



 この日は、前日から降っていた雨も朝には止んで快晴。

 特務部隊からの伝達を受けて、俺達四人とティリアは南門でリズさん率いる騎士団と共に一行の到着を待っている。街中では少し蒸し暑さを感じていたが、街区の外に出ると涼しい風が吹いて、微かに秋の気配が感じられるような。そんな気がした。


 壁の上の物見の兵から声が発せられた。

 騎乗した騎士達を先頭に、ジュリアレーヌさんが乗った馬車を中心として周囲を騎士達が固めた一団の姿が、俺達の目にも見えてくる。


「意外と少ない」

 ガスランがそう呟いたのは、護衛の騎士達の人数を指してのことだろう。

「全部で、200人ぐらい」

 エリーゼが探査で見えている結果をガスランに伝えた。

 しかし、人数は少なくても精鋭が揃っていると俺は確信している。


 以前に俺が打ち込んだ探査のマーキングはまだ有効で、その馬車にはオルディスさんも乗っているのが判っていた。そして、同時に他のマーキングにも俺は気が付いている。


 エリーゼとガスラン、ニーナ。そしてティリアを加えた四人を集めて俺は小声で知らせる。

「装備が以前と違うから判りにくいけど、先陣を切っている騎士達はほぼ全員が帝国騎士団だと思う。そして一台目の馬車のあの周囲を固めてるのは近衛騎士団で間違いない。馬車の中には四人。ジュリアレーヌさんとオルディスさん、そして…」


 ニーナは息を呑んで、大声を出しそうになっていた自分の声を何とか押しとどめた。そして静かな声で。

「フェイリスが乗ってるの?」

「「「……」」」

 ニーナ以外はこの唐突な話の展開に驚くばかりで無言だ。

 俺はニーナに頷く。

「あいつは俺のマーキングは解除してしまうから特定はできてないんだけど、帝都やロフキュールでいつも傍に控えていた女近衛騎士は馬車の中に居るよ。残る一人が多分フェイリスだな」


 騎馬と馬車の一団は、南門に近付くにつれてその一台目の馬車が前に出てくる。

 そして、南門のすぐ横で待っていた俺達の前まで来ると馬車は停まった。

 馬車に並走した騎乗の隊のリーダーと思しき一人の男性騎士が、出迎えの中心に居る騎乗したままのリズさんの前までゆっくりと馬を進めてきた。


「お招きに応じてイゼルア帝国ベスタグレイフ辺境伯家より参りました」

 リズさんはニッコリ微笑んで言葉を返す。

「ウェルハイゼスは友人であるベスタグレイフ辺境伯領の皆様を心から歓迎いたします。馬と共に休める所までご案内しますので、どうぞそのまま街区の中へとお進みください」

 男性騎士もニッコリ微笑む。

「温かいお言葉、感謝いたします」



 ジュリアレーヌさん達の為に新街区に新しく建築された屋敷が使節団全員の滞在用に整えられていて、一行はまずはそこに案内されることになっている。

 南門をくぐってからは、通りに出てきている多くの住民の歓声と笑顔に迎えられる形で一行はゆっくりと進んだ。


 しかし、南門と街の中心を結ぶメインストリートをしばらく進んだ後、新街区へ続く広い幹線道路に入ったところで俺は群衆の中に不穏な気配を感じ取った。


 住民の大半は帝国からの使節団が訪れることを良い意味での歴史の転換点だとかなり好意的だが、一部にはネガティブな思いも併せ持っている者もいる。

 友好条約が締結されてはいても強大な武力を持つ帝国に対する単純な恐れや警戒心をまだ少しは感じている者。

 好意的であろうとしながらも昔から語り継がれてきた因縁めいたことがやはり気になってしまう者。


 俺が感じ取ったものは、それが明確な悪意や害意ではないせいで群衆の雑多な心情の中に埋もれてしまいそうだった。しかし好奇心、興味というものに加えて帝国の騎士達や出迎えた公爵家の騎士達までも一人一人冷静に値踏みするような、更には具体的に誰かを探しているような関心を示す人物は少し目立った。


 ここから先、辺境伯家一行を先導するのはリズさん達とニーナそしてティリアに任せすることにした俺はまずはニーナに、続けてガスランとエリーゼに目配せして三人で列を離れた。


 裏通りに入った所で俺はエリーゼに言う。

「怪しい奴が居た。エリーゼにも確認してほしい」

「私は気が付かなかったよ。どいつか教えて。しっかり見るから」

 真剣な眼差しでそう言ったエリーゼの横で、ガスランが渋い顔で唇を噛みしめた。


 その時、もう一つ別の動きに俺は気が付く。

「ん? ステラが急いでこっちに近付いて来る。俺達と合流するつもりか?」

「あ、ステラ居たんだ…。って、そりゃそうか」

 そう言ったガスランにエリーゼは微笑む。

「うん、ステラはきっと、街全体を見張ってるんだと思うよ」



 ◇◇◇



 俺達もステラの方へ走った。

 しっかり俺達のことを捕捉し続けていたのだろう。ステラもペースを速めたおかげで、それからすぐに落ち合うことが出来る。


 俺は開口一番。

「ステラ久しぶり。元気だったか? と、ノンビリ話をしたいがそれは後回しだ」

「ええ。シュン、貴方たち何か掴んだんでしょ?」

「ああ、そこの裏通りに行こうか」

 と、俺は人通りが多い今居る所からの移動を促した。


 角を一つ曲がったところで俺は停止。

 すぐ後に付いてきているガスラン、そしてエリーゼ。ステラもその後ろを間を空けずにやって来た。

 そのステラが小さな声で囁く。

「シュン達が急に使節団から離れたから、何かあったんだなって…」 

 俺は街区内地図を引っ張り出しながら答える。

「良く判ったな。さり気なく隊列から離れたつもりだったんだが」

「顔色見てれば解るよ。私に言わせれば挙動不審」

 ステラはそう言ってニヤリと笑った。

「ふっ、相変わらずさすがの遠隔視だ。そこまで判るなんてな」


 俺は街区内地図の一か所に印を付けた。マーキングで現在の居場所は判っている。

「ステラここだ。ここに居る奴をトレースし続けてくれ」

「オッケー」

 地図をチラッと見て、その場で一瞬だけ集中した様子のステラは目を閉じると天を仰ぐように顔を上に向けた。

「えっと…、茶髪の青っぽいジャケット着てる男?」

「それだ」

「なんか急いでる感じ…。ん、あれ? こいつって、獣人種なのかな?」


 俺は僅かな時間しか見ていないその男の容姿を思い出す。

「いや、すまん。マーキングはなんとか撃ち込めたんだが鑑定する時間は無かったんだ。見た感じはヒューマンとしか思わなかった」

「あー、うん。見た目はね。こいつ多分だけどハーフセリアンよ」

 ステラは目を閉じて見上げる姿勢は変えずにそう言った。


 その後、すぐにまたステラが口を開いた。

「建物に入りそう…。あれ、ここって?」

「ああ、冒険者ギルドだな」

 マーキングで俺にもそれが見えていた。

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