第310話 巨人の襲撃
シュン達の応援の為にレヴァンテとフェルを乗せたエンシェントドラゴンが飛び立つと、セイシェリスは改めて各自の配置を指示した。彼女を始め全員がこの空中コロシアムにおける警戒態勢を緩めるつもりなど一切なく、しっかりと緊張感を保った面持ちで警戒を続けた。
二人組で担当することなったコロシアム入り口の壁の上で見張りに立ったガスランが隣に居るティリアに尋ねる。
「ティリア、ステラには結局まだ会ってない?」
「そうなの。多分任務が忙しいんだろうね。それにあの子どこに居るのかも連絡くれないのよ。会議の時には会えると思ってるんだけど」
苦笑いを浮かべながらそう答えたティリアに、ガスランはコクコクと頷いた。
ガスランに向けていた視線をティリアは眼下の球体の方へ移す。
球体のすぐ前にはラピスティとエリーゼが居て、二人は何ごとか話し合いを続けている様子だ。
「ねえガスラン…。グレイシアはどうしてこんな風に閉じ込められてるのかな。敵の目的が分からないって言うか、不気味で仕方ないの」
そんな風に問いかけられて、ガスランは一旦はティリアを見詰めるが彼もまたすぐに球体の方に顔を向けた。
「セイシェリスさんもシュンも同じことを言ってたんだけど、この状況は多分緊急避難じゃないかと俺も思う」
「それってさ…。グレイシアのあの傷だと死んでしまうからそうならないようにしたってことだよね」
「うん。あの傷を治癒できない。回復させる手段を持ってないから、取り敢えず死なないようにしたんじゃないかって感じ。でも何故そんなことをしたのか、その目的は何なのかは解らないけど」
ティリアは唇をキュッと結んだ。
レイスのような死霊系とも呼ばれる魔物は悪魔種に近い種だと見做されていて、それを裏付ける伝説や逸話がたくさん残されている。
中でも、悪魔種同様に生きたままの人の肉体や生き血を求めるアンデッドの話は有名で、その多くが事実だとされているのだ。
そんなことを知識として持っているせいもあってティリアにとってアンデッドとは、まさにそういうじわじわと人間を生きたまま捕食するような残虐なことを行う魔物だという印象が強い。
「アンデッドだから、生きてる人間を贄にするとか?」
「うん。最初は俺もそんな想像したんだけど、シュンはなんとなくそうじゃない気がするって言って考え込んでた。あんな時空魔法を行使する時間はあったんだから、死ぬ直前に生贄にするぐらいの時間はあったはずだという言い方だったかな。あと、ディブロネクスには魔物の本能的な部分や焼き直しされた使命感とは別に人間性がまだかなり残っているのかもしれないってことも言ってた」
「グレイシアを糧にするんじゃなくて生かし続けることが目的だったってこと…? でも治癒は出来ないんだから、私達がここに来てなかったら、グレイシアはずっとこのままってことだよね」
ガスランは大きく頷くとティリアに応える。
「以前、帝国で悪魔種のサキュバスと戦った時に思い知ったのは、永遠を生きる奴らのメンタリティは俺達とは全く異なるものなんだなってこと。今回のこともそれに近い感じがしてる。例えば、千年後になったらダンジョンの外に出て治癒の方法を探せるようになるとか、そんな風に考えてるかもしれない」
◇◇◇
さて、塔の入り口に走った俺とニーナとフェル、そしてレヴァンテは、入り口を入るとすぐに壁に背中を預けるように留まって中の様子を見ている。
そこはがらんとした何もない直径が約150メートルの正円のフロア。
広さは、グレイシアを包み込んだ球体が在るあの空中コロシアムと同じぐらいだった。
ダンジョンの床としてよく用いられている小さな石畳を隙間なく敷き詰めた床に、それよりはかなり大きめの石を積み上げて作られている壁。
窓の類は無い。
そして天井までは30メートルほど。
階段なども無く、あるのは天井の真ん中にぽっかりと開いた大きな穴で、塔の上に昇っていくのならばそこを上がるしかなさそうだ。
外からも判っていたが塔の中はフィールドよりも少し暗くなっている。
その控えめな明かりはフィールドのような自然光に近いものではなく、また通常のダンジョン内とも異なる質の光が、主に天井から滲み出ている。
塔に入った瞬間から指輪が微かに震えていて、この震え方は警告だ。
女神の指輪は、必要に応じて絶対防御を発動するだけでなく、俺には脅威とはならない場合でもこうして何か変わった事があると教えてくれる。
「シュン、指輪が」
ニーナが、左手に嵌めた女神の指輪を親指の先で触ったまま俺の方にかざして見せてきた。
俺はニーナに大きく頷いた。
「俺のもさっきから震えてる。状態異常魔法だろうと思って、今それを調べているところ。フェル達もこの程度は影響ないはずだが、一応警戒はしていてくれ」
女神の指輪を着けているし、そもそも常人より遥かに高い規格外の状態異常耐性を持つ俺とニーナにこの程度では実害がないのは当然で、もちろん人間ではないレヴァンテが状態異常となってしまうような類ではない。フェルにしても、あらゆるものへの絶対防御を持つモルヴィが常に守っているうえに今はエリーゼの精霊の守護の効果がまだ続いている。
間もなく、天井に点在する微細な結晶を見つけることが出来た。緻密な魔力探査としらみ潰しの鑑定を始めてすぐのことだった。
続けて解析も進めた俺は三人の方を見て言う。
「天井のあちこちから人間をターゲットにした状態異常魔法が作用している。効果はステータスダウン」
露骨に眉を顰めたニーナが俺に問い返してくる。
「エレル平原の時のあれみたいな?」
「そうだな。あれと本質は同じ。あの時みたいなステータス偽装は無いのと魔物には効かないようになってるところは違うけど…」
ニーナは再び天井を見詰め始めた視線はそのままで
「どうする? 全部潰すにはたくさんあるんだよね」
と、続けてそう尋ねてきた。
俺は首を横に振った。
「無視していいと思う。気持ち悪いけど、俺達には無害だし時間を取られたくない」
「了解よ」
仕方ないなとばかりに横目で俺を見て頷いたニーナが軽くため息交じりでそう答えた。
そんなやり取りをニーナと交わした俺は、ニーナ同様にやはり少しうんざりしてしまっている気持ちを切り替えて、進むべき天井の中央に開いた穴の下へ近付くことを三人に示して足を踏み出した。
周囲への警戒は継続しながら全員でゆっくりと中央に進み、まずは俺だけが天井に開いた穴の下から見上げる。
穴は直径が5メートルぐらい。人間はもちろんレイスが通り抜けることも支障のない大きさだ。そして、こんな大きな穴が開いているのにその部分も通常のダンジョンの壁と同じように探査は阻害されている。
俺は穴を見上げたまま、魔力探査も同時にフル稼働させた探査の網を上に伸ばす。これは短時間しか維持できない全力の探査。
そんな頭痛を感じるほどのフル稼働の甲斐あって、上の反応を拾うことが出来る。
「ん? こいつは…」
俺の呟きを耳にしたニーナが、訝しむような視線を俺に向けた。
それにはまだ応えずに頭痛を我慢しながら探査を続けた俺。
念のため上のフロア全体に探査を巡らせてから俺はニーナの無言の問いに答えた。
「多分だけど、オクトゴーレム? っぽいのが一体居る」
途端にニーナが面白くなさそうな表情に変わる。
「ぽい、ってことは上位種の可能性もあるのね。しかもここに来て一体だけ…」
「可能性は高い。以前遭遇した奴より少し大きいし、かなりの強敵な気がする」
人間にしか作用しない状態異常の効果もある。そしてこのゴーレムを配置した者はその強さに相当な自信があるのか、侵入者の撃退はこの一体だけで十分だと見込んでるのかもしれない。ニーナが考えていることはそういうことだし、俺もそう思った。
とは言え、穴の上に進んで行くしかない。俺はまずは一人で上の様子を覗いてみることにして、それを三人に伝えて早速、重力魔法で上昇しようとしたその時。
レヴァンテが小さいが鋭い声を発した。
「シュンさん、ラピスティ達が襲撃されています。大量のサイクロプスです」
「えっ?! あそこにサイクロプス? どうやって?」
思わずそう言ったフェルの疑問は皆に共通したものだ。
あの空中コロシアムにどうやって上がって来たのか。人間と同程度の小さな身体の魔物ならオーク達がそうしたように転移で上がったとも考えられるが…。
◇◇◇
その警告はエリーゼとラピスティからほぼ同時に発せられた。
「壁の上からサイクロプス! 多数! 北と西、東からも!」
「ギガントが先頭です! 魔法に気を付けてください!」
もっとも出現が早かった北の壁際には、まるでいきなり宙から飛び出てきたかのようにサイクロプス達が次々と飛び降りてきている。そんな奴らに向けて中央付近に居た全員がショットガンと魔法で迎撃。
東と西の壁の上からも、サイクロプスがコロシアムの中に飛び降り始めた。
「奴らを外に叩き落とそう!」
すぐに斬撃を飛ばしながら壁の上を走るガスラン。
一瞬どっちに進むか迷ったが、壁の上に立つサイクロプスの数が多い西側へとガスランは向かった。
「私は東に行く!」
ティリアはガスランのその選択を見るや、彼女自身は反対の東側へと向かった。
地表からの高さ約千メートルの位置に浮かぶこの空中コロシアム。
コロシアムの周囲の壁の上に突如として現れたサイクロプス達。
いったいどこから来たのだろう。そんなガスランの疑問はすぐに晴らされる。
このコロシアムの壁にぴったりと横付けする形で別の小さな空中コロシアムがそこには在ったのだ。
おそらくは、こうやって隣接するまでは隠蔽が施されていたのだろうとガスランはその様子を見て思った。
そして、サイクロプスの身長の半分ほどの高さの壁で囲まれたその新たに現れた空中コロシアムには、ぎっしりとこちらに侵入する順番を待っているような多数のサイクロプスが蠢いているのが分かった。
ガスランは壁の上のサイクロプスへ続けざまの斬撃を飛ばす。だが、倒れたり地表に堕ちていく個体は少ない。
近接戦闘を意識して剣を持っていたが、今回襲撃してきたサイクロプスに明らかにこれまで以上の防御力を認めたガスランはガンドゥーリルを収納に仕舞いこんだ。
改めて装備したのは左手にはショットガン、右手には起動済みの爆弾が三発。
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