第308話

 突然背後に現れ、不敵な笑みを浮かべて両手に持った雷撃散弾銃ショットガンを乱射しながら縦横無尽に飛び回るニーナを見たレイス達は何を思っただろう。まるで阿修羅か鬼神の類じゃないかと思った俺に、きっと奴らも共感してくれるんじゃないだろうか。


「俺、ほとんどすること無かったな」

 俺がそう呟いたのは、既におおよそのレイス達は撃ち落とされるか逃走し始めているからだ。


「ニーナ、深追いしなくていいぞ」

 俺はニーナにそう声を掛けた。


 ダンジョンの魔物が身の危険を感じて自発的に逃げることは基本的にないと言っていい。そういう行動をとるのは撤退が指示されたか、もしくは元々その行動が予定されていた場合だ。

 奴らが逃げている方角には塔がある。残存戦力の再集結なんだろうと俺はそう思っている。


 そんなことを考えながら威力を抑えた単発の雷撃砲で敗走中のレイスでまだ狙える奴は撃ち落としている俺の近くに、ニーナは飛んできた。


 警戒するように全方位を確認して俺のすぐ隣に停止したニーナは言う。

「100ちょっと、やっつけたと思うわ」

「俺は30ぐらい。逃げ足速かったのは多分撤退の指示が出たからだな」

 俺のその話にニーナは少し不満そうに頷いてから思案気な表情を見せる。

「統率スキルだよね。どうやって指示が伝達されるのか不思議だけど」

「ああ、眷属化か統率スキルだろうな。ディブロネクスは今はレイスの上位種みたいな存在なのは間違いないし、そういうことだろうと思う」


 俺とニーナが皆が居る空中コロシアムへ戻ってみると、結局はウィルさん達も参戦してオークの撃退がほぼ完了していた。ちなみに西から近付いていたハーピーの残党はレイスが俺達から逃げた時に同じく反転して逃げて行ったようだ。


 セイシェリスさんが居る入り口の所に降り立った俺は、橋の向こう側のコロシアムの出口の部分が土の壁で塞がれていることに気が付く。

 それは向こうのコロシアムの土をかき集めたエリーゼが、魔法で成形・硬化したもの。オークがこちらには来れないように完全に塞いでしまっている。

 土壁は見るからに頑丈で、オークが打ち破ることは不可能だろう。これではオーク達がまた転移で2つ目のコロシアムに上がってきたとしても、ダンジョンの自動修復機能の仕事が終わるのを待つしかない。


 そこに、ティリアがレヴァンテと共に壁の上から降りてくる。ティリアは自分自身を重力魔法でゆっくり下に降ろしていた。

 ティリアのそんな様子を見守っていたニーナが彼女に微笑む。

「ティリア、凄く良くなったね。その感じで訓練して行けばいいわよ」

「うん、だいぶ制御できるようになってきた。ニーナの指導のおかげよ」

 とティリアも微笑みを返した。


「セイシェリスさん、シュン~!」

 フェルが俺の名を呼ぶ声でコロシアムの中央部分に目を向けると、フェルと共にラピスティがこっちを見ている。


「あの様子は、どうやら準備完了かな」

「ええ、そうですね」

 レヴァンテが俺の言葉に頷きながら相槌を打った。



 さて、戦闘がひと段落着いてラピスティの準備も整った。

 俺達はラピスティが居る中央部分に集まって、これからの行動について全員で最終的な打ち合わせを行った。

 セイシェリスさんから自分の役割を聴いたフェルはいかにもワクワクし始めて、待ちきれないとでも言いたげな表情だ。


 セイシェリスさんがそんなフェルを見て、仕方ないなという感じの呆れた笑みを浮かべた。しかしすぐにその笑みを消すと、俺を厳しい目つきで見つめる。

「ラピスティの分析でも結界の起点は塔の頂上付近のようだ。シュン、必ず破壊して来い」

「了解です」

「ニーナ、シュンの援護を頼むぞ」

「りょーかい。空爆コンビに万事お任せを」



 ◇◇◇



 高級MP回復ポーションを飲んだ俺とニーナは塔に向かって飛び始めた。

 最初に垂直に舞い上がったその高度はかなり高く、地表から1500メートルほどの高さだ。その高さを維持しながら塔へと急いだ。

 まだ俺の探査では反応は見えないが、俯瞰視点を持つと目されるレイスが居ることだし、敵からはどうせ俺達の行動は監視されているだろうと俺は開き直っている。


「ニーナ、レイスが出てきたのも逃げて行った先も間違いなく塔だ。そのレイス達が待ち構えている所にはおそらく魔霊呪縛魔法カースの網が張られてると思う」

「10層の窓を守っていたレイスが使ってた奴だよね。あの気持ち悪いドレインと強制隷属がセットになった魔法」

「そう。レイスの本来の戦闘スタイルは待ち伏せだったり罠におびき寄せるものなんだと思う。そして、カースはそれを構築するのに制約があるんだろう。今回襲撃してきた奴らが使ってこなかった所を見るとな」

「だよね。この前のも、レイス複数体の協調魔法みたいな感じだったし。戦闘中の発動開始は難しいのかもね」


 と、そんなことを喋っているうちに俺達は塔に近付いて来た。


 探査で見え始めたのは、塔の周囲。地表に群がっているおびただしい数のサイクロプス。

 そして明らかに魔力隠蔽で気配を隠されている塔の真ん中辺りから飛び立つようにして空に広がりを見せ始めたレイスの群れ。その数はどんどん増えている。


 それらの姿は次第に俺達の肉眼でも確認できるようになってきた。

 ニーナもその様子が見えてくる。

「シュン…。これはまた、すごい歓迎だね」

「熱烈すぎる歓迎だな。何が何でも塔は守るということなんだろうけど」

 一旦停止した俺とニーナはこの状況に対処する作戦の相談を始める。

 まあ、火力でごり押しするんだけどね。



 ◇◇◇



 塔へ向けて飛び立つシュン達を見送ると、ラピスティはフェルに向き直った。

「フェル、壁の上に上がろうよ」

 そうは言われても、重力魔法が使えない自分にはロープでもなければこの約15メートルの高さを上がるのは厳しいとフェルは思う。

「うん、上がりたいけど…」


 するとラピスティはフェルに手を差しだす。

「僕が連れていくから」

「えっ、ラピスティ重力魔法使えるの?」

 目を見開いたフェルにラピスティはニッコリ微笑んで言う。

「うん、シュンさん達ほど得意じゃないけど、僕もそこそこ使える」


 フェルの腰を抱くような体勢でラピスティは重力魔法を行使した。


 その繊細な魔法でゆっくりと壁の上に降り立ったフェルがまず最初に目を向けたのは、遠くに小さく見えている塔。続けてシュンとニーナの姿を探した。


 やっとフェルの目がシュン達を捉えた時、ラピスティが呟いた。

「塔の住人達が出迎えの準備を始めたみたい」

 え? とフェルは耳を疑う。


 まだあんなに離れているのに、もうシュン達の接近に気が付いたということなのだろうか。

 フェルの疑問はそういうことだったが、『レイスは優れた遠隔視と魔力察知能力を持っている』と言っていたシュンの言葉をフェルはすぐに思い出す。


 唐突にラピスティが魔法を発動した。

 その作用対象はフェル。

「遠隔視とまでは行かないけど視界を拡大する魔法を掛けた。短い間だけど遠い所が見易くなってるはず」

 と、ラピスティにそう言われた時には、既にその視界の便利さを実感していたフェルはニッコリ微笑む。

「いいね、これ。今度教えて」

「フェルが望むものは、僕はなんだって伝授するけど…。でもこれは、かなり訓練が必要だと思うよ…」

「頑張る!」



 一旦空中で停止したシュンとニーナが再び飛行を開始し、飛ぶスピードを更に速くして塔へと近づいていく。

 すると、塔の先端から真っ黒な風が迸った。

 まるで黒い霧が形作った巨大な長い矢じりが投げられたように見える。

 その黒い霧のようなものに思わず嫌悪感を抱いてしまったフェルが顔を顰めた。

「なんか禍々しいね」

「あれは腐蝕の風撃」

 フェルの嫌悪に共感するかのように、ラピスティも嫌そうな口ぶりでそう言った。

 ラピスティは続けて説明をする。

「闇の侵食に似た作用が有るもので、生物の生命力を奪い肉体を腐蝕する。闇魔法で生成したそんな霧を風魔法で相手に向けて放ってる」


 引き合いに出された闇の侵食のことは全く解っていないが、説明された腐蝕の効果については感じている禍々しさのせいで妙に納得するフェルだった。


 ラピスティが塔の上の方を指差した。

「シュンさん達は塔の真上に転移してるよ」

「あっ、ホントだ」


 そんな会話の直後、塔の上部を広く覆うように爆発が起きた。

 フェルにも馴染みが深いそれは、無数の光雷の刃を全方位に放つシュンが作った爆弾だ。

 続いた爆発は塔の下の部分。地表で起きたそれは大量の土煙を噴き上げた。


 更にまた塔の上部で爆発が起きると、今度は休む間もなく次々と爆発が続く。地表から塔の上部まで、いつ終わるのか分からない爆発が続いた。


「フェル、あの爆弾はどのタイプのものか判る? 発動条件という意味で」

「あー…、シュンもニーナもその時々で使い分けるんだよね。そして投擲を重力魔法で速さや軌道をコントロールするから…。でも、多分今投げてるのは全部時間経過発動タイプ。シュンが塔の下の方に投げて、ニーナが上の方に時間を見計らって落としてるって感じだと思う」

「なるほど…」



 また黒い風の刃が放たれるのではないかとフェルは敵の反撃を気にしたが、最初の一回きりでその後は何もなく塔は沈黙したままだった。

 そして、シュンとニーナの二人ともが優に100発ずつは爆弾を投げたのではないかと思うほど爆発はとめどなく続き、ようやく連続爆発が治まった時には、今度は塔の真上の上空から垂直に地表に向かう方向でシュンの特大の雷撃砲が撃たれた。裸眼では決して直視できない程の眩い光が迸る。

 光に少し遅れて、フェルの耳に爆弾の音よりも遥かに大きな轟音が空気の震えと共に届いた。


「でっか」

 フェルが思わず笑ってしまいそうになりながらそう呟いた通りに、これまで見たことが無いほどの極太の雷撃砲の雷光が塔の上から三分の一までを呑み込む。


「一瞬で塔の結界を消してしまった。何重かに張られていたはずなのに」

「だけど塔は消えないね」

「塔そのものの強靭さもある。でもこれは塔を覆っている防御結界を壊すのが目的だね。シュンさんは手加減してるよ」


 その雷撃砲の光が消えると、すぐに塔の真横からまたもや雷撃砲が放たれた。

 極太ではなく塔の太さに合わせたような太さで短めの光雷の刃が塔の最上部を貫き、そして吹き飛ばした。


「やった!」

 フェルが歓声を上げた。

 塔の破壊の様子とそれに喜んでいるフェルを見てニッコリ微笑んだラピスティ。

 ぐるっとこのフィールド階層の空を見上げるとフェルの肩に手を置いた。

「時空断絶結界が消えた。フェル、もうすぐだから」

「ん、解った」


 フェルはコロシアムの中の方に向き直り、球体の近くで待機している全員に向けて大きな声を発する。

「シュンとニーナが塔の上の方を破壊した! セイシェリスさん、そろそろだよ!」

「了解!」

 セイシェリスが微笑みながら拳を握ってフェルにそう応じた。

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