第258話 グリーディサーペント

 スウェーガルニダンジョン第9層サブボス部屋のオクトゴーレム二体をやっつけて現れた扉。その大きさや装飾はダンジョンの他のボス部屋やサブボス部屋の扉とほぼ同じように見える。


 すぐに扉を開けることはせずに少し考えることにした。

 皆は半ば休憩モード。ガスランから貰った串焼きを食べながらフェルがガスランに尋ねている。

「ボス部屋だと、ボスをやっつけたら下に降りる階段が現れるんだよね」

「うん、ボスをやっつけたと同時に壁の一部分が消えて、そこが階段」

「じゃあこれも階段?」

「かもしれない」

 フェルにそう答えたガスランは、二本目の串焼きを出して食べ始めた。


「確かに階段だと考えるのが自然なのかもな」

 俺もガスランから串焼きを一本受け取ってそう言うとフェルはコクコクと頷いた。

 ニーナとエリーゼは思案顔。

 扉なんか無しに階段がパッと現れたなら第10層へ降りる別の階段と考えられなくもないのだが、勿体ぶった様な扉があるせいで謎めいてしまっている。


「階段なのかな…。だとしても、ただの階段じゃなさそうだけど」

 お茶を出して全員に配ったエリーゼがそう言った。



 ◇◇◇



 宝箱を開ける時のような警戒態勢を取って扉に向かう。

 扉を開け始めて隙間から見えてきたのは、扉の向こう側少し入った所からの階段。


 扉を完全に開けてしまっても警戒体制は変えずに、階段の下を覗いてみる。

 俺にもエリーゼにも探査の反応は感じられない。


「ガスランと下を見てくる。皆はここで警戒待機しててくれ」


 ガスランと二人で階段を降りてみると、降りた所から通路が始まっていた。

 階段の所からまっすぐ伸びたその通路は50メートルほど進んだ突き当りに壁があり、どうやらそこでT字路状に左右に分岐しているようだ。通路の幅、天井までの高さ、床や壁の色合いなどは見覚えがある第10層とよく似ている。


 なんとなく声を潜めた俺は小声でガスランに言う。

「10層と似てるよな」

「ここも10層なのかな?」

「前に降りた所と繋がってるかも知れないけど、どうだろ」

 以前第10層に降りた時は、最初の広場でワーグを数匹狩っただけで引き揚げたのでマップと呼べるほどのものは作成できていない。


 ガスランが小声で尋ねてくる。

「シュン、もう少し先に行ってみる?」

 俺もそれを考えていた。

「うん…、どうしようか考えてた」

「11層への近道なのかも」

「いや、ただ下に早く降りられればいいって訳でも無いし…。皆にも訊いてみるか」

「じゃあ、戻ろう」

「だな」



 結局、少し先まで進んで様子を見てみようという話になる。

 嫌な予感がしているのは全員共通しているのだが、それにしても情報が少ないという思いも同じだ。

 通路を進み始めてからは、俺とガスランが先頭。その後ろにニーナが続く。そしてエリーゼとレヴァンテがフェルを間に置いて最後尾。モルヴィはフェルの足元を付かず離れずでちょろちょろと。


 T字路の所で左右それぞれを見てみると、どちらもそれほど距離を置かずに通路は同じ方向へ直角に折れている。左側の通路の先は右に直角に曲がっていて、右側の通路の先は左に。以前見た第10層の感じで言うなら、こうして通路に囲まれた所にはその壁の内側に広場があった。


 それが少しずつ裏付けられるように、左に進んで道なりに右折した俺はその先の通路がまた右に進むように折れ曲がっていることが判る。最初のT字路はもしかしてどっちを進んでも同じだったのかなと思うが、それは後で確認すればいいだろう。

 そのもう一つ先の曲がり角をまた道なりに右に曲がると、この壁に囲まれた所はほぼ正方形なのだということが判るのと同時に、そこの壁の中央辺りが途切れていることに気が付いた。途切れているのは、位置的には階段からまっすぐにこの壁に囲まれた広場を突っ切った所になる。最初のT字路状の分岐の正反対ということだ。


 以前第10層に降りた時の、ワーグの群れが居た最初の広場の中は木が茂っていた。壁に囲まれた公園のような感じだったと言えばいいだろうか。まあ、公園にしては木が茂りすぎではあったけれど。


 そして、今回のこの広場も同じように壁の内側は土がある。

 違いは木は茂ってなくて丈の短い草に覆われていること。そして広場のほぼ中央付近に池の水が干上がってしまったかのような窪みがあり、そこには大きな穴がある。


 俺は通って来た通路の反対側を見ておこうかと思う。もしそっちの通路に分岐が無ければ、階段下のこの階層は、通路と壁に囲まれたこの広場だけが在るということになるのだ。


 しかしそうすることは叶わなかった。

 一気に膨れ上がるように探査に反応が現れてくる。

「たくさんの魔物!」

「あの穴からだ!」

 エリーゼの警告の声に続いて俺がそう怒鳴るや否や、穴から一気に吹き上がってきたのは水の流れのような群体。

 全てが体長30センチ程度の蛇。

 だが、この多さはとんでもない。何万匹、いや何十万匹、もっとかもしれない。


「グリーディサーペントだ! 撤退! 階段へ全速撤退!」


 一気に洪水が押し寄せて来るように蛇がうようよと迫って来る。

 この波は俺達を頭の上から押し潰して飲み込んでしまいそうな群体となっている。

 反射的に散弾を連発したが、その程度の弾数では手数が全く足りない。


 ニーナの重力障壁が張られる。

 それで稼げた時間で俺達は背中を向けて走り始める。


 掛け捨てた障壁はそんなに長い時間は維持されない。

 ドドーンッという音と共に、蛇の波はまた俺達に迫って来る。


 通路はこの広場を囲むようになっていた。

 俺は嫌な予感がしてくる。


 通路を曲がって最初のT字路の箇所が見えた時に、その予感が的中。

 反対側の通路を流れてきた蛇の波が角にぶつかってこちらに方向を変えたのが見えた。

「エリーゼ、ガスラン、レヴァンテ! 後ろを風で防げ! ニーナは前の波を抑えろ!」

「「了解!(畏まりました)」」

「りょーかい、気持ち悪いよ!!」


 ニーナが分岐の手前で間一髪、濁流を押し留めた。それを見た俺は後ろへ爆弾を投げ始める。

「ニーナもう少し頑張っててくれ」

「何時間でもと言いたいとこだけど、こいつらとんでもない力よ。そんなにもたない」

 ニーナが前だけじゃなく後ろにも同時に重力障壁を張ろうとしてそっちは中断したのはそういうことだ。一つでも危ういのに二箇所は無理。

 ニーナはT字路の分岐点まで進んで、通路をこちらに押し寄せて来る濁流を防ぐ。抜けてくる蛇は少ないが、それでもその僅かな数の蛇は飛び掛かって来る。それをニーナ自身とフェルが剣で迎え撃つ。


 最後尾で風の障壁で何とか勢いだけは留めながら少しずつT字路の方へ後退しているエリーゼの横に俺は立つ。レヴァンテも風撃を循環させるようにして障壁を作っている。

 こちらは抜けてくる蛇が多い。全員が剣や魔法で抜けてくる蛇を撃ち返している。


 皆で一気に走って分岐を曲がることが出来たとしても、この押し寄せる速さですぐに追いつかれるだろう。その時に全員が防御できるように障壁を再び張ることは困難に思えた。もう一手、流れを止める手段が必要。


「ガスラン! エリーゼとレヴァンテの援護を!」

「了解!!」

「フェルはモルヴィと一緒にニーナの援護! ニーナは俺が雷撃砲撃ったら階段方向に引いてくれ!」

「了解!」

「オッケー! 下がって蛇を一つにするってことね!」

「そういうこと!」


 T字路を来た方に戻れば、階段まで一本道だ。ニーナの重力障壁+全員で迎撃しながら階段まで下がることが出来るだろう。


 バッと一面に広がった雷撃砲の円盤。その数は30個。

 6個×5段構え。

 蛇の濁流と同じように天井まで届こうかという高さまで積み上げた。


「撃つ」

 ズズズギュギュギュンンンンンッッッッッ!!!!!


 その瞬間エリーゼとレヴァンテが揃って風の障壁をキャンセルして反転全速後退。

 ガスランもそれに続いて分岐を階段の方へ曲がる。


 そしてチラッと俺の方を見たニーナもフェルに声を掛けて階段方向に走る。


 雷撃砲によって消滅し吹き飛び、濁流に産まれた空隙。それは一瞬の猶予。

 俺もそれを確認して反転。



 ニーナが重力障壁を移動させつつ階段までじりじりと下がりながら、抜けてくる蛇に全員で対処し続けた。

 防御する方向としては一つに出来た。しかしその分、蛇の濁流の圧力は強まっている。


 少し後退の速度を上げて階段へ辿り着く。ニーナはここぞとばかりに障壁の強度を上げた。MPを惜しまずに魔力を注ぎ込んでいる。


「エリーゼ、ガスラン、上の様子を見てきてくれ」

 そう言って俺は再びの雷撃砲の準備。

 ニーナが張っている重力障壁の手前に円盤を浮かせる。


「合図は私ね」

「頼む」


「せーのっ!」

 ニーナのその声と、魔力探査でニーナの重力魔法の流れを見てタイミングを合わせた俺は雷撃砲を発射。

 射程距離を長く、通路の先のT字路の箇所の壁に届くぐらいにしている。

 雷撃砲の轟音と大量の蛇が蒸発する音が響いた。


 やっと見通せるようになった通路を見ると、すぐに濁流がまた押し寄せ始めているのが判る。


 その時、ガスランの大きな声が上から届いた。

「大丈夫! 上は異常なし!」

「よし、上に上がるぞ」


 俺はもう一度振り返ると、蛇の濁流が押し寄せるタイミングを見極めて爆弾を大量にばら撒く。


 階段を駆け昇りながらフェルが言う。

「上まで来るかな」

「階段の狭さなら迎撃はしやすい。まあ、ダメでも安全地帯は超えないと思うぞ」

「そうじゃなきゃ困る」

 俺の前を昇っているニーナがそう言って笑った。


 ズガガーンッ

 ズガガーンッ… と爆弾の音が続く。


 それでも尚も迫って来た蛇の群体の濁流は階段を上がってきた。

 階段を昇り切った所から俺は爆弾を投げて散弾をマシンガンのように撃ち続ける。


 散弾の連射の訓練をしていて良かったなと思う。


 だがそれでもまだ後退せざるを得ないようだ。

 俺は攻撃の手を緩めずに大声で怒鳴る。

「扉を閉めて安全地帯の所まで退避しよう!」

「「「「「了解(畏まりました)」」」」」


 ガスランと二人で扉を一気に閉じる。

 そして離脱。

 他は全員既にこのサブボス部屋の入り口からこちらを見ている。


 走る後ろから微かにグググッと振動音が聞こえる。

 扉にぶつかっている音だろうか。


 サブボス部屋入り口から扉の方を見て、今にも扉が打ち破られて溢れてくるかと思っていたら、鳴っていた振動音のようなものが次第に小さくなってきた。


「あの扉で止まったの…?」

「ということみたいね」

「まだ油断禁物」

 ニーナとエリーゼにガスランがそう言って、じっと扉の方を見つめ続けている。


 全員が高級MP回復ポーションをがぶ飲み中。

 レヴァンテもポーションは有効なので飲んでいる。いざとなったらラピスティとのパスを通じて魔力の供給を受けられるはずだが、それでも自分自身にストックしている量が不安になって早急に回復しておく必要を感じているということなのだろう。


「参ったな…。あんな数で圧倒されると対処できないな」

「こんなに小さいのに…」

 俺の言葉を受けたフェルが、いつの間に収納していたのかグリーディサーペントの死骸を一匹取り出した。


 エリーゼが目を見開いて言う。

「フェル、毒が有るかもしれないのに触っちゃ駄目だよ」

「あ、うん。私も最初はそう思ったんだけど、モルヴィが大丈夫って言うから一匹拾ってきたの」


「そうか…。だけどそれって毒が無いっていう意味じゃないと思うぞ」

「そうなの?」

 と俺に応じたフェルの言葉はモルヴィにも向けられていたのだろう。

 すぐに、

「あっ…、毒耐性? 状態異常耐性が勝ってるから大丈夫って意味だったみたい」

 と苦笑しながら言った。


 そのフェルが取り出したグリーディサーペントをじっと観察していたレヴァンテが言う。

「この魔物は初めて見ましたが、どうやら対峙した魔法を直接弱めることが出来るみたいですね。魔法防御としては非効率な方法ですが、あれだけの数でそれをやると効果は高いでしょう」

「だからMP喰われっぱなしだったのね。維持してたらどんどん減衰するからずっと魔力注ぎ続けだったし」

 ニーナが納得したような表情でそう言った。

 

「魔法を通じてドレインしてるようなもんか…。そりゃきついな」

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