第257話

 第6層のミノタウロスキングもフェルは危なげなく対処した。

 それは剣でも魔法でも。

 普通、Dランク冒険者がミノタウロスキングと一対一で剣で戦うなんてことはまず出来ないが、フェルは全く苦にしないばかりか余裕が在った。


 俺達は、第6層安全地帯をすぐに通り過ぎて第7層への階段を降りた。

 第7層のゴーレムは基本的には単体で来るので、雷魔法持ちが三人も居ると楽勝過ぎる。視界に入れば撃つ。そして魔石を拾う。ゴーレムはこの階層でも仲間を呼び集めるようになっているのに、それをさせる時間は与えない。そしてフェルにも剣だけでゴーレムと戦わせてみたら、割と簡単に手足を斬り飛ばしてすぐに止めを刺してしまった。


 第7層最奥の安全地帯には先客が居た。ギルドの出張所で話としては聞いていたゴーレム狩りの合同パーティーがこれなんだろう。

 テントの数からみてかなりの人数に思える。どうやらまだ狩りをしているようで、今テントに居るのは二人だけ。

 二人は留守番なのかな。そう思っていたら、その二人のうちの一人の男が俺達の姿を見て足を引き摺りながら近寄ってきた。

 ガスランが小さな声で言う。

「怪我で待機?」

 おそらくそういうことだろうと、俺はガスランを見て頷いた。

 近くまで来たその男は言う。

「すまない、ポーションを譲ってくれないか」

「うん、それは構わないが…。使ってしまったのか?」

 俺の問いにその男は、恥じるような表情になって答える。

「手持ちは使ってしまったんだ。もう一人の奴の怪我が酷くて…」


 ニーナが眉を顰めて言う。

「ここには合同でたくさん降りてきてるんじゃないの?」

「それはそうなんだが…」


 全部で5パーティー。合同で狩りをしているが、食料や消耗品はそれぞれのパーティーで賄うことになっているらしい。そして自分達の分が不足することを嫌って他のパーティーに融通することはあまりしないんだと。

 ゴーレム狩りは協力し合うが、それ以外は知らないという訳だ。なんともドライな関係である。


「ポーションは分けてやる。だが取り敢えず怪我を見せてくれ。俺達は治癒魔法が使えるから」

「えっ、でも…」

「心配するな。治癒で金を貰おうとか思ってない」


 俺達に話しかけてきた男自身も足に怪我を負っているので、二人の状態を診る。

 テントの中で寝ているもう一人の男はかなり具合が悪い。狭いテントの中から外に運び出して治癒を始めた。

 魔力操作と探査の併用で診察。

「酷いな。両脚骨折、腕と肋骨も折れてるか…」


「ゴーレムに押し潰された?」

 エリーゼが、俺達に話しかけてきた方の男が引き摺っていた足にキュアを掛けながらそう訊いている。この男の足は骨にひびが入っている。

 男が説明してくれたのは、他のパーティーの前衛職との息が合わずに囲まれてしまったとかそんな話だ。寄せ集めの人数を頼りにしているだけの狩りだから仕方ないことなのかもしれないが、それにしても怪我をした者へのこんな扱いは酷いんじゃないかと思う。


 重傷の男にクリーンの後、スタンで眠らせて添木を当ててキュア、ヒールと一連の治癒を終えると最初の男が頭を下げてきた。治癒を始めた時に名前を尋ねられたので、俺は自分のギルドカードを彼に見せている。

「シュンありがとう。皆も本当にありがとう」

「応急処置としてはこんなもんだ。でも早いうちに治癒院に連れて行った方がいいぞ」

 そんな感じで狩りに出ている他の連中が戻ってきたらよく相談するように言っておいたが、どうなることやら。



 階段を降りてすぐに団体が狩りをしているのが通路の前方に見えた。そこを避けるルートで俺達は進む。


 ズバババッンッッ!!

 ズバババッンッッ!!


 雷撃散弾の音が響く。

 第8層のゴーレム団体を散弾で弾き飛ばしながら俺達は進んだ。時間的に8層最奥に着くのが遅くなりそうなのでスピードを優先している。

「次は散弾覚えたい!」

 フェルが魔石を拾いながら笑顔でそう言った。

「いや、雷魔法のレベルが上がってからの方がいい。じゃないと制御しきれないと思うぞ」

「じゃあ、頑張ってレベル上げる」

「そうだな。地道に頑張れ」


 それはそうと、ゴーレムの残骸に埋もれた魔石を探すのにモルヴィが活躍してくれている。魔石の位置をモルヴィ独自の探査で察知している感じだ。なのでとても効率がいい。魔石拾いの名人のガスランも脱帽である。


 立ち止まることはほとんど無く、ずっと小走りの状態で進んだおかげで第8層最奥の安全地帯には外の時間で言うと日が暮れて少し経った頃に到着した。

 さすがにこの安全地帯には誰も居ない。

 やはり第8層のゴーレムの団体を抜け切れる冒険者はそんなに居ないということ。最奥、安全地帯に近付くほどにゴーレムの数が増えるので無理もない話だけど。



 翌日、第9層からは通路もかなり広くなってくるので全員で布陣を組んで進むことにした。前衛に俺とガスランとフェル。中衛はニーナとレヴァンテ。そして後衛にエリーゼという布陣。もちろんローテーションはしていくが基本はこれ。

 団体ゴーレムに加えてガーゴイルも飛んでくる第9層。

 この布陣はなかなかイイ感じだ。

 状況によってはフェルとレヴァンテを入れ替えようかとも思っていたが、その必要は無く、フェルは雷撃を撃ち、時折弾幕を抜けてきて近付いた魔物はヴォルメイスの剣で斬り飛ばしていた。

 昼休憩をした時にエリーゼがフェルに尋ねる。

「フェル、MPは大丈夫?」

「うん、全然楽勝。学校に入って気が付いたんだけど、もしかして私って人より魔力効率がかなりいいのかなって思ってる。MPが多いっていうだけじゃなくて」

 レヴァンテをチラッと見たら、コクリと頷きを返してくれた。レヴァンテはそれに気が付いていたようだ。


 魔力効率というのは厳密に測るのは難しい。

 同じ程度の効果でも消費するMPの量はその魔法を使う人によって異なる。その大小を比較するということになるのだが、前提となる同じ効果という部分が曖昧だからだ。

 しかし、俺達四人の中で明らかに魔力効率がいいのは意外にもニーナだ。

 意外というと失礼だが、こればかりは先天的なものが大きいというのがフレイヤさんが言っていたこと。軍などでも行うように効率は訓練で高められる。しかし、その限界は先天的な物だという意味。フレイヤさんの言い方だと、魔素との親和性の高さということになる。

 レヴァンテ経由のラピスティ曰く、平均的にはヒューマンよりエルフ、そしてエルフよりも悪魔種、そして魔族が効率がいいと。

 だからニーナのその効率の良さは訓練の賜物なのは間違いないことだが先天的にも特殊だということが言える。


 第8層最奥の安全地帯をベースキャンプにして、三日間第9層で狩りを続けた結果、フェルは連日レベルアップを続け俺以外の三人もレベルが上がった。

 フェルが慣れてきてからは魔法無しで戦ってみたり、いろんな想定で訓練のようなことを続け、そろそろ頃合いだと判断した俺達は第9層の中間安全地帯にベースキャンプを移した。


 ダンジョンに入ってから日課のようになった晩飯後のフェルへの指導。それは主にレベルアップ後の調整のためにやっている。そして、それをしているとフェルが日々強くなっているのがよく判る。

 俺達と同じようにフェルもステータスの高さは常人を逸しているどころの話ではなくなっているようだし、剣術などのスキルもレベルが上がったと言う。

 末恐ろしい感じもしている。だが、とことん強くしてやれと皆が思っているし俺たち自身もまだまだ成長途中だという自覚が在るので全員が貪欲だ。


 中間安全地帯からはそれ程には離れていないサブボス部屋。オクトゴーレムが居た所へ俺達は向かう。最初は唐突に感じたその直前から始まる安全地帯も、既知となっている今では特に何も思わないが、その通路の時点でなんとなく予感めいたものを俺は感じる。


 そして広間に入って見えてきたのは、ボス部屋同様の大きな扉。

 その扉は閉ざされていた。



 ◇◇◇



「当たりを引いたってことなのか…」

 俺が扉を見つめながらそう呟くと、ニーナがニヤッと笑って応じる。

「そうかもね」


「あれから随分時間が経ってるからなのかな」

「きっとそう。見に来て正解」

 エリーゼは復活に要した時間が気になっているが、ガスランは取り敢えずやる気満々だ。


 初めてダンジョンのボス部屋の扉を見たフェルは興味津々で、もっと近付いて見たくて仕方ない様子。

「オクトゴーレムが復活してるってこと?」

「うん…。あっ、いや。オクトゴーレムとは限らないな」

 フェルにそう答えた俺は、オクトゴーレムではない別のサブボスが居る可能性を考えている。


 ここは安全地帯でもあることだし一旦休憩にして、お茶やお菓子の時間。

 触らなければ大丈夫と言われたフェルは、扉のすぐ前でしげしげと眺め始めた。モルヴィとレヴァンテもそれに付き合って一緒に眺めている。



「オクトゴーレムか、別のもっと強い奴か…」

「その両方か…?」

 と言ったフェルに俺は頷く。

 全員心の準備も整ったようなので、俺は扉の前に進む。

「さあ、開けるぞ」

「「「「「了解!」」」」」


 扉を開けた俺達が、見覚えがある懐かしくも思ってしまうその闘技場のような広い部屋の中に入ると二体の魔物が居た。


「オクトゴーレム二体だ。ガスラン、レヴァンテ、ニーナ。三人で一体相手してくれ。もう一体は俺とエリーゼとフェル。フェルは最初はエリーゼの傍を離れるな」


 部屋の中へ更に俺達が近付いた所で二体が飛ぶように接近してきた。

 一体はニーナを、もう一体はフェルをターゲットにしているのがすぐに判る。


 ガッシィンンンンッ!!!


 フェルとオクトゴーレムの間に割り込んだ俺は、既に手にしていた二本の剣で奴が振るってきた三本の剣を全て撃ち返した。

 飛び込んできた勢いとオクトゴーレムならではの膂力が乗った剣戟は重くて速い。

 俺はそれを全て跳ね返して奴が走り込んだ勢いも止めてしまうと、一撃を追加した。その追加は女神の剣。ギィィンッ という音が響いてオクトゴーレムの盾を持っている腕が一本、その付け根から千切れて吹き飛んだ。

 オクトゴーレムがそれでよろけている隙にスッとバックステップを踏んでフェルの前に戻ると、俺は全員に聞こえるように大きな声で言う。

「ヴォルメイスは持っていない。今回のこいつらの剣と盾は全てアダマンタイトだ」

 ヴォルメイスの盾による絶対的な防御は今回は無いということ。


 その時には、もう一体の方にガスランとレヴァンテの風撃と斬撃が直撃し、そいつは身体ごと吹き飛ばされていた。


「フェル、一緒に行くぞ。エリーゼ援護してくれ」

「「了解!」」


 フェルを斜め後ろに配置させてオクトゴーレムに向かって俺は踏み込む。もう手にしているのは女神の剣だけだ。

 奴が俺に向けて振ってきた剣を跳ね上げてからその剣を持つ腕を一本斬り飛ばすと、フェルは自分に向かってきた剣に続いて更に叩きつけられかけていた盾をまとめて剣で打ち払った。

 オクトゴーレムの物理法則何それと言わんばかりの体幹の強さはまさに人外だと以前も思ったが、足を停めての打ち合いになると更にその印象が強まる。これは魔法でその身体の動きがかなり巧みに、しかもパワフルに制御されているからだ。

 それでも、フェルはそのパワーに対抗出来ている。ここ数日でとんでもなく強くなっているのだ。


 そんなフェルに脚を斬ってしまえ、と言おうとしたら既にフェルの返しの剣が狙っていた。


 グシャンンンッ!!


 斬るというより叩き潰したような音が響いて、オクトゴーレムの左脚の太ももの辺りが半分斬れた。

 脚を斬るために踏み込んでいたフェルの頭上に迫っていた別の剣をフェルは横に半歩動いて躱しながら、その半分斬ったばかりの左脚を足の裏で踏むように蹴る。

 蹴った反動で少し離れたフェルの顔を見ると、真剣さと共に実に楽しげな表情をしていることが判った。

 その時、フェルが斬った左脚のその裂け目にエリーゼがベラスタルの弓で放った雷撃付きの矢が飛び込む。

 瞬時に、俺も合わせて女神の剣に雷を纏わせて奴の胴体を横薙ぎ。

 フルアダマンタイトの身体はさすがに硬いが、レヴァンテほどでは無い。

 エリーゼの雷撃の矢で一瞬硬直して守りの盾を翳すことができなくなったオクトゴーレムの胴体が綺麗に二つに分かれると、動かなくなった。


 そしてもう一体は、ガスラン達が首を刎ね胸を斬り裂いて魔石を弾き飛ばしてしまっていた。



「ヴォルメイス持ってないと全然違うね」

 ハイタッチを交わし終えたニーナがそう言うと、ガスランとエリーゼも同意の頷きを見せた。

「でも以前の奴より動きは速かったぞ」

 俺がそう応じるとニーナが意外そうな表情を見せた。

「えっ、そうだっけ」

「確かに前のより速かったかも」

 ガスランが少し首を傾げながらもそう言った。


 その後、全てを回収していく。

 持っていた剣と盾は全てアダマンタイト。更にオクトゴーレムはその全身ほとんどがアダマンタイトだ。

 以前のもまだ大量に残っているし、フェルとリズさんに剣を作ってもいいなと俺がそんなことを思っていると、部屋の壁。入り口からはもっとも遠い位置、対面となる壁の中央辺りの様子が変わる。

 うっすらと光を発して、ギシギシと音が聞こえてくる。


「総員警戒!」

「少し離れよう」

「だな。入口まで全速後退」


 そう言って全員で入り口の所まで戻る。


 警戒しながら光っている壁のその部分を見続けていると、正体が少しずつ分かってきた。

 フェルが小さな声で俺に問う。

「扉が出来ていってるの?」

「ああ、俺もそんな風に見える」

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