第254話 首都決戦⑥

 ニーナの援護で稼げた時間で俺は西門に辿り着いた。門の外の壁際に気絶させたままのゼレスを放り投げる。乱暴な扱いだけど、ゼレスには多少の打ち身や瘤ぐらいは我慢して貰おう。それ以前に俺は奴の左手首から先を引き千切ってしまってるんで、今更な話だけど。


 ターゲットとしてニーナも認識してしまったイビルドラゴンは、頭に巨岩の直撃を喰らって一度は地面に顔から突っ込んでしまっていたが、すぐにその頭をもたげて上空に留まるニーナを睨み付けながら立ち上がった。


 イビルドラゴンの目の前に俺はライトの光球。

 その眩しさに目を閉じたイビルドラゴンの脚に俺は雷撃10発。

 またもや、つんのめるようにして地面に這いつくばった所に、ニーナの加重魔法が追い打ちをかける。

 完全に腹ばいの姿勢になってしまったイビルドラゴンは、怒りの咆哮を発する。

 そして、ニーナの巨岩がその顔面にまた直撃。


「ニーナ、北側に誘導する。こいつが飛ぼうとしたら阻止してくれ」

「了解!」


 高級ポーションを一気飲みして俺は走り始める。

 また頭を上げたイビルドラゴンの視界に入っているが、それは狙い通り。


 MPが心許ない。

 慣れない転移をしたこと、ずっと重力魔法を行使し続けて侵食を何度も使ったことが、ここに来て大きなツケとなってしまっている。しかし、ニーナも似たような状態だろう。


 俺を追うように黒炎が吐かれた。

 しかし、それは縮地で回避して俺は北門が在った辺りへ走り続ける。


 イビルドラゴンが俺を追って走り始めた。

 そこをすかさず大きなライトの光球で奴の顔面全体を覆ってしまうと、首を大きく振り回してそれから逃げようとする。足は停めるがさすがにもう転んではくれない。

 しかしニーナがそこへまた巨岩を投げつけた。

 首を振り回していたせいで顔面への直撃こそ無かったが、奴の首筋にヒット。

 イビルドラゴンは足を停めたまま俺を睨む。


 グワアァァァァァ!!


 これまでで最も大きな咆哮が響いた。イビルドラゴンの怒りは極限にまで至っているようだ。

 そこにニーナが爆弾を幾つか投げた。これは人の生体魔力波でロックされたタイプの物。投げたニーナの生体魔力波が一定の弱さ、即ち距離が離れると起爆する。

 それを意識して高度を取っていたニーナの狙い通りだろう。爆弾は地上に達する前、イビルドラゴンの頭上近くで次々と爆発。

 重力魔法無しでもなかなかいいコントロールしているなと、俺はそんなことを思うが、それはニーナもMPを節約しているんだということを意味している。


 イビルドラゴンは口からまた黒炎を吐く。

 敢えて狙いを定めず、首を振りながらの黒い炎。

 その鞭のようにしなった炎が俺が居る所、そしてニーナが飛んでいる辺り一帯に振り回される。

「そういう知恵は持ってるんだな」

 舌打ちしながら俺はそう言うと、雷撃で応戦。相殺するまでにはならないが炎の射線を乱すことは出来た。

 しかし、波打つように上空にも広がっていた炎に対してのニーナの回避の反応が遅れた。

 反射的にヴォルメイスの盾を構えたニーナだが、炎が掠めてしまっている。


「ニーナ、一旦離脱しろ!」

 俺は縮地でイビルドラゴンの方へ飛んだ。

 瞬時に奴の背後に飛んで反転した俺の目の前にイビルドラゴンの背中。


 このドラゴンは、ビフレスタで会ったエンシェントドラゴンよりも一回り小さい。が、それでも体長20メートルはある。

 目の前の尻尾を踏み台にした俺は身体を捻って奴の背中に剣を撃ち降ろす。

 神速で振るわれた雷を纏わせた女神の剣は、イビルドラゴンの翼の付け根に食い込んだ瞬間にその輝きを増す。

 瞬時に軽くなった剣筋は、そのままイビルドラゴンの片翼を斬り飛ばした。


 俺が踏み台にしたことに反応して反転しながら手を伸ばしたイビルドラゴンのその動きは遅く、翼を斬る剣を回避することも俺を捕まえることもできず空振りに終わる。


 ヴォォワアァァァァァーーー!!


 痛みなのか怒りなのか。

 そして、またもや黒炎を闇雲に吐き出し始めた。

 縮地で一旦離れた俺はニーナが居る上空を確認する。地上に降りようとしているのが解るが、様子がおかしい。

 そしてイビルドラゴンの、見失った俺を探す視線がそんなニーナを捉えた。


「まずい」

 俺は再び縮地で飛ぶ。ニーナとイビルドラゴンの間へ。

 ニーナはどうやら意識が朦朧としている様子。黒炎にそんな効果があるのか。それは神性絶対防御では防げない物だったのか。

 過信はしないよう、頼りすぎないように俺達全員が意識している。女神の指輪による神性絶対防御は状態異常耐性や物理耐性はかなり高いことが解っている。しかし魔法への耐性については実際のところ未知な部分が多いのだ。


 突然現れた俺にイビルドラゴンは視線を移した。そして何かの溜めの動作に入る。

 嫌な気配を俺は感じた。

 こいつは近くに居る俺を見てもニーナへの狙いは変えていない。

 そして、イビルドラゴンは畳みかけるように大技をやってくるつもりだ。


 瞬時に間に合うと判断した俺は、ほとんど反射的に雷撃砲の準備に入る。

 これまで撃たれていないドラゴンのブレスが飛んできそうな予感。炎に特化しているようなこのドラゴンのそれは黒炎より更に威力が大きい炎系のものだろうか。


 それを迎え撃つタイミングで雷撃砲を発射するつもりだった俺は、しかし雷撃砲をキャンセル。


 ニーナが気を失った。

 当然のようにニーナの重力魔法はその効果を失い落下し始めている。

 俺は並列思考が焼け付く程のフル稼働。探査と俯瞰視点、そして肉眼でも見えているニーナとは少しずらした座標に照準を合わせて空間転移。


 意識していたタイミングとのズレは身体能力で補って、気を失ってもヴォルメイスの盾を離していないニーナを間一髪盾ごと抱き止めた。そして重力魔法で落下にブレーキ。


 だが、この時イビルドラゴンからブレスが撃たれた。紫の炎のブレス。広がるように放たれたその炎は、到達した時の大きさはイビルドラゴン自身の体長を超える。


 回避不可能。

 迎撃も既に遅い。

 ニーナが持っていたヴォルメイスの盾を構えて覚悟を決める。

 イビルドラゴンの炎は火属性と闇属性の複合だと感じていた俺は、咄嗟に思い付いてヴォルメイスの盾に光魔法を最大最速で込めた。


 俺とニーナを覆い尽くさんばかりの大きな紫の炎が、ヴォルメイスの盾で弾き返されていく。盾には光を込め続けている。


 あっ、やばい…。MPが残り少ない。


 イビルドラゴンが吐き続けているブレスを防ぎながら、落下しないよう弾き飛ばされないように重力魔法。そして防御のために注ぎ続けている光。

 俺はおそらく、魔法はもうそんなには撃てない。

 肉弾戦に持ち込むつもりだが、MP枯渇前にニーナを地上に降ろしてしまいたい。

 このイビルドラゴンのブレスが少しでも弱まる瞬間が来てくれれば…。



 その時、俺とニーナを黒い大きな影が覆った。

 ゴオォォォォッッッ!!!!! という音が俺達の頭のすぐ上から響いた。


 すぐにがっしりとした手で抱えられる。


 この大きくて真っ黒な手は見覚えがある。


 古代龍エンシェントドラゴン。


 その背中にはエリーゼとガスラン、そしてステラとレヴァンテ。

 定員オーバーじゃないか? と、そんなくだらないことを俺は一瞬思って笑いがこみ上げてくる。


 エンシェントドラゴンが吐いていたブレスの音が鳴りやむ。

 イビルドラゴンの方を見ると、奴は吹き飛ばされていた。


「シュン! ニーナ!」

 ろくに動けていない俺とニーナを見たエリーゼがそう声を掛けてくる。

 手を挙げてそれに応えると、エリーゼは少し安心したような表情に変わった。



 地上に降ろされる。

 すぐにエリーゼが駆け寄ってきた。

「エリーゼ、ニーナを診てやってくれ。炎が掠めて、朦朧としてその後気を失ったんだ」

「解った!」


 俺は高級MP回復ポーションを二本たて続けに飲んで、地上に降りてからそのままじっとしているエンシェントドラゴンに声を掛ける。

「助かった。だが、まだ終わってない。皆を守っててくれるか?」

 小さく頷くような素振りを見せたエンシェントドラゴンの脚にそっと触れて、ポンポンと軽く叩いた。


 ホントにありがとな。


「ステラ、西門のすぐ外に教皇を気絶させて転がしている。左手の手首から先が無いから見ればすぐ判るはずだ。ガスランと一緒に行って捕縛してくれ」

「……りょ、了解! すぐ行くわ!」

「行こう!」


「レヴァンテ、エリーゼとニーナを守れ」

「畏まりました」

 レヴァンテはそう答えて頷いた。

 エリーゼはニーナに精霊魔法を掛けて治癒を始めている。


 ゆっくりと俺は歩いてイビルドラゴンの方へ向かう。エンシェントドラゴンは空に上がって低空でゆっくりと旋回を始めた。


 イビルドラゴンは吹き飛ばされた勢いで半ば土に埋もれ頭から潜ったようになっているが、その手足と尻尾が動いている。


 さあ、イビルドラゴン。

 最終ラウンドを開始しようか。



「寝たふりしても騙されないぞ」

 俺はそう言って縮地。

 ピクピクと動いていた尻尾に女神の剣を叩きつけて斬る。


 ヴォォワアァァァァァーーー!!


 この叫び声は痛みの表現だったか。


 イビルドラゴンは素早くその巨体を起こし身を投げ出すように俺に向かってその大きな口を開けて迫ってきた。俺はそこで奴に向かって踏み込む。同時に振り上げられている手の下を掻い潜って、奴の後ろ脚の一本を薙いだ。その脚の骨までは断っていないが、肉は断ち切った。

 尻尾が無いとバランスが悪いのだろう、イビルドラゴンは俺のそんな動きに反応できていない。


 縮地で少し離れた俺を見て、その時イビルドラゴンは戸惑いの表情を見せたような気がした。

 ラピスティを守護するエンシェントドラゴンの知性の高さは言うまでもない。ドラゴンという種は本来そういう存在なのだろう。

 だとしたら、邪に堕ちたとはいえこのイビルドラゴンにも知性や理性は在ったはず。狂ってしまったこの状態でもどこかにその残滓が残っているのだろうか。それが、戸惑いというこいつが長い間忘れていたであろう感情を呼び覚ましたのかもしれない。


 しかし、俺はその考えを捨てる。


「お前は邪悪すぎる。ここで死ね」

 またもやイビルドラゴンの懐に飛び込んだ俺は、奴の腹を十字に斬り裂いた。

 そして一歩離れる。

 続けて、振り回す手と噛みつこうとする顎を躱しながら縮地を駆使して左右から切り刻むとイビルドラゴンは脚が動かせなくなって尻餅をついた状態になる。

 悪あがきのように黒炎を吐こうとしたその口を下から突き上げて中断させると俺は言う。

「次で楽にしてやるよ」

 雷撃を女神の剣に纏わせながら集中。修練の成果を呼び覚ます。


 ───石川流刀剣術の三、撃破連刺剣。


 踏み込んたことを感じさせない程の刹那の刺突。

 両手で二度突き出された女神の剣。

 その剣先から迸る雷撃の刃がイビルドラゴンの魔核に届き、そして砕いた。



 ◇◇◇



 MP枯渇。

 最後の、女神の剣の先端に込めた雷撃が決定的だった。

 倒れ込んだイビルドラゴンの死体に背を預けて、俺は寝っ転がっている。

 俺のHPの残りは四分の一。


 グァオォォォーーンッ!!


 空をゆっくり旋回しているエンシェントドラゴンの咆哮が響いている。いつでもブレスを撃てるように準備してくれていたのは知っている。

 咆哮に威圧は無く、勝者への称賛が込められているような気がした。


 ふと視線を感じてエリーゼ達の方を見たら、ニーナが上体をレヴァンテに支えられた状態でこっちを見ていた。

 ニッコリ微笑んで親指を上げたニーナに、俺もサムズアップで返答。



 強烈な眠気に襲われながら後始末のことをエリーゼとステラに言って、ガスランが張ってくれたテントに入ると俺とニーナはそこで倒れ込んだ。


 腹も空いてるけど、取り敢えず眠りたい。

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