第253話 首都決戦⑤
教皇国によって放たれていた
「お疲れさま。早かったね」
「お疲れ。まあ、要領が解ると同じ作業だから」
「残っている結界の周りには全部仕掛けてきたよ」
ニーナは、地上部分は壊滅したがまだほぼ無傷で残っている大聖殿の地下部分を守っている強力な結界の周囲に爆弾を再度仕掛けてきた話をしている。
現状はニーナが先に爆発させた爆弾で、この都市の他の所よりも一段高い場所に立てられていた大聖殿の周囲の地表がかなり広く抉られていて、結界で守られている部分だけが残っている状態。周囲の土が無くなっているので地下2階ぐらいまでが地中からむき出しになって晒されている。
探査で見えている人の数は約200人。その殆どが大聖殿の地下深い所に居る。大聖殿と呼ばれるだけあってその結界で守られた地下部分も大きい。
俺はニーナに頷いて言う。
「この感じだと結界の起点は一番下の階辺りだろう。結界を破って再構築される前に叩いてしまうしかないな」
しかし大聖殿の結界のことよりも、近くに来てハッキリと感じる以前よりも大きな存在感となってきているものの方が俺は気になっている。それは例の地下の一番深い場所に在る何かだ。どうやら、爆撃の影響で隠蔽は解除されてしまったようだ。
不意に探査で見えていた人の反応が一つ消えた。
そして、また一つ。
人の反応が消えた。
それは、何かが在る最深の場所で。
探査に集中した俺の振る舞いに気が付き、そんな俺を見守っていたニーナの方を見て言う。
「何人か立て続けに死んでいってるみたいだ。魂魄魔法じゃない。協調魔法の過負荷でもない…」
「もしかして、口減らし?」
ニーナが殊更に嫌そうな顔でそう言った。
いや、結界が持ちこたえられないということぐらいは既に敵も解っている。
俺達も聞かされていたことだが、教皇を生きたまま捕らえたいという帝国の狙いは教皇国側も当然分かっている。それもあっての膠着状態だった。そして、その帝国の思惑がいつまでそのままかという計算も教皇国はしていたはずだ。
やったのは俺達だが、都市の状態を見れば明らかなように帝国が教皇の生死は問わずとなったら結界ごと完全破壊されると教皇国側は理解しているだろう。長引けばその可能性が高まるだけ。長期の籠城を考えることはもう意味が無いのだ。
打開しようと先手を打ったのは守っていた側の教皇国。その現れが氷雪魔法の連発。敵は、いや教皇は、おそらくは次の一手の方向に舵を切っている。
この不可解な人の死も、口減らしなどではなくその手の内の一つなのだと俺はそう思った。
今、人が何人か死んで変わったのは、気になっているそれの存在感が更に大きくなってきたこと。
そして、大きくなったからこそ解るようになってきたこの感じは…。
「邪悪な感じは強くなっていくばかりだ…。いやでも、これってドラゴン…? に似ているのか?」
ドラゴンは魔核を持つ。しかし探査での反応は魔物とも魔族ともそして悪魔種とも異なる独特なものだ。ビフレスタでドラゴンに触れたから解っている。どちらかというと魔族よりガスランやフェルに近い。なんとなく人間っぽいのだ。
「シュン、それって邪龍のこと?」
ああ、神話の中にそんな話が有ったな。
それだ。という顔で俺はニーナを見て頷いた。
ニーナは唇をキュッとすぼめて渋い表情になる。
俺は脳内記憶ライブラリを検索して読み直す。
邪に堕ちた龍を神が手なずけたという一節。
その神の名は破壊神ルシエル。
教皇国が主神と崇めるルシエルだ。
「ニーナ、東に陣取っている帝国軍に飛んで行って伝えてくれないか」
「ん、いいけど何を?」
「退避しろ。今居る所より10キロは下がれと」
何か言いかけたニーナは手にしていたカップに在る飲み物と共にその言葉を飲み込むと、黙って出していたカップなどを片付け始める。
そして、起爆用の爆弾を俺に渡してきた。
俺はそれを受け取って言う。
「急いでくれ。今また一人死んだ」
「邪龍復活…の儀式、生贄?」
「そんな感じっぽいな…。そうじゃないといいけど。でも何にせよ、とんでもないことには間違いない」
◇◇◇
ニーナが軍団の所に到着したことが確認出来た俺は全力の探査を停止して、もう一度大聖殿の方を見て考え始めた。
今は途絶えているが、少し前まで続いていた人の死、反応の消去は、確実に地下に在る存在感を強め大きくしていた。
同じことを繰り返している感じがしているのはイレーネのことがあったからだ。
聖域で戦い始めた時、あれは
もし今も、あれと同じようなことが起きているとしたら…。
しかし、俺がゆっくり考えていられたのはこの時までだった。
大聖殿に多くの人の動き。
人が次々と外に出てくる。
彼らは外が見えると、変わり果てた都市の様子に驚き、掘り下げられた地上とのギャップに戸惑いを見せているようだったが、すぐに縄梯子が降ろされてそれで降り始めた。
俺は西門の上の見張り台で身を屈めて、大聖殿から出てきたその人達が何をするのか見ている。
すると、すぐに彼らは走り始めた。大半は南に向かっている。
一人で一目散に走って行く者。手を取り合って足元を気遣いながら小走りに進む者達。その様子はさまざまだが、ここから逃げているということは間違いない。
取り敢えず彼らは放置でいい。
最後に一人の男が出てくる。
この男こそが、ジニアン・ゼレス。教皇国の独裁者、教皇だ。
鑑定で見えているものには、ヒューマン男性という情報と共に転生者であることを示す、創造神の加護による転生者という文言がある。
「やっぱりそうか…。どの神が転生させたんだよ、こんな奴」
思わず俺はそう呟いた。
ジニアン・ゼレスを転生させたのが女神ではないことは確信が持てる。
なんだかんだ言っても、あの女神の価値観、ポリシーのようなものはさすがに付き合いも長くなってきて俺にも一応は理解できているからだ。
そして、根拠はまだある。
ジニアン・ゼレスが左手に着けている指輪。俺達の女神の指輪と少し似ている。離れた所からの鑑定ではおぼろげにしか判らないそれは、おそらくは奴をこの世界に呼び寄せた神の加護と絶対防御も付与されていることが予想出来る。
俺達の女神の指輪とは似て非なる指輪ということ。女神ではない別の神による転生だと考えて間違いない。
ゆっくりと南へ歩いたジニアン・ゼレスは、大聖殿から200メートルほど離れたところで立ち止まって振り返り、周囲をぐるりと見渡す。
そして大聖殿の方へ向き直ると、ゼレスは、大聖殿の方に左手をかざして何かブツブツと呟き始めた。
嫌な予感がゾクゾクっと俺の全身に走った。
そしてすぐにその理由が解る。
探査で見えている地下の反応が一気に膨れ上がってきた。
轟音と共に大聖殿地下から噴き出したのは真っすぐ伸びる黒い風。
その風は、地下から斜め上に吹き出してその射線上のあらゆる物を消し飛ばした。
その風を解析して判ったのは火属性だということ。黒い風のように見えたものは炎なのだ。しかし、どうやってそんな炎を生成しているのか見当もつかない。
「ちっ、厄介な…」
思わずそう愚痴を言った俺は、探査で見えているそれが地上に出てき始めていることを知る。黒い炎で地下からの出口を作ったということ。
ゼレスは遠目で見ても満足げにニヤニヤと笑みを浮かべているのが判る。
これがこいつの本当の切り札ということなのだろう。
俺は門の上から地上に降りた。そしてゆっくりとゼレスの方へと歩く。
接近する俺に気が付いたゼレスが、訝し気な表情に変わる。
そんな様子には一切構わずゼレスに縮地で近付いた俺は、女神の剣を奴の左手に撃ち降ろした。
ガキーンッ、と妙に甲高い音が響いて女神の剣は弾かれた。
ゼレスの指輪が燦燦と輝いている。
「やっぱり斬れないのか…」
「な、なんだ!」
驚いたゼレスは尻餅をついて後ずさりしているが、俺から攻撃されたものの絶対防御で防げたのだということが解って来るとニヤリと笑みを浮かべた。
「誰にも私を傷つけることなどできない」
早速ゼレスが俺に向けて左手を上げて精神操作を仕掛けてきている。微かに風が吹きつけてきているような、頬を撫でられているような感覚。
女神の指輪はピクリとも動かない。俺にはゼレスの精神操作は効果が無いと解っているからだ。カンストしている俺の状態異常耐性がレジストしてしまっているので当然と言えば当然のこと。
俺はそんなことは気にせずに女神の剣を見ている。刃こぼれなどはない。
もしかして、レヴァンテを雷付与無しで斬ろうとしたらこんな感じだったんだろうか。そんなことを俺は思っていた。
「ああ、知ってる。指輪に付いてる絶対防御だろ」
「……なっ」
言葉に詰まったゼレスは、尻餅をついたままただ俺を睨みつける。
仕方ないな。俺は誰に言うともなく小さな声で呟いた。
もう一度縮地でゼレスの元へ飛ぶ。
ゼレスの身のこなしを見て明らかだったことは、こいつは武術に関しては素人以下だということ。魔法に関しては未知数だが、魔力探査で見えている様子では多少の魔法は使えそうだが、おそらくそれもこの世界の住民の平均以下。
精神操作の他にあと一つか二つはスキルを持っているのかもしれないが、それでのし上がってきたのだろう。全く大したものだ。一芸は身を助くとはよく言ったものだと思う。
そのゼレスの精神操作スキルのキーとなっているのは左手だ。魔法と違ってスキルには肉体の決まった動作を必要とする物がある。ステラの魔法消去がニーナから腕を振れないように拘束されると使えなくなったように、その動作を抑制されると発動できなくなってしまう。
剣を納めたままゼレスの元へ飛んだ俺は、右手で奴の左手を取る。
そして、左手による渾身の手刀を奴の左手首に撃ち降ろした。
バーン、と人の身体から発するはずのない音が響いた。
ゼレスの指輪が輝きを増している。
それは俺の女神の指輪も同じだ。
もう一度撃つ。
バキッ
今度は手応えあり。
更にもう一度撃つと、ゼレスの左手首の骨が砕けた。
俺はすかさず自分の左手にキュア。俺の左手の骨も少し逝ってしまっている。
右手で持っていたゼレスの手を離して俺は今度は左手でその手を握る。
もう一度キュアを掛けようかとも思うがそれは思い止まる。あと少し力が入れられれば充分。
互いの左手の指輪と指輪が接すると両方の指輪から大きな震えが発生した。
構わずに俺は、右手も左手に添えて両手で持つ形にするとその体勢のままゼレスの上体を蹴り飛ばした。
その時になってようやく痛みを感じ始めたのか。ゼレスが泣き叫び始める。
しかし、既にゼレスの左手の手首から先は無くなっている。
俺が引き千切ったからだ。
喚き声が煩いのでゼレスにスタンを撃つ。もうこいつに絶対防御はない。スキルも使えず指輪の恩恵も無くなってまさに一石二鳥。
そして、一瞬迷うがやっぱり女神謹製財布だろうなと。女神から与えられたマジックアイテムにゼレスの左手を収納した。
女神、ちょっと汚い物だけど預かっといてくれ。
「は~い♡ 任せて~♡」
そんな声が聞こえたような気がして、同時に指輪がググっと震えた。
ゴォオオオオォォォッッッ!!!
轟いたのは、大聖殿地下から這い出してきた奴が黒い炎を吐き出した音だ。
そうやって広げた穴から、そいつは顔を出した。
イビルドラゴン。
元は別の名だったのかもしれないが、邪に堕ちてこの名に変わっているのだろう。
見えている顔などの体表の色は黒ずんだ赤。
こいつの邪悪さは単純で、害意と殺意の塊のような生き物だ。
多くの魔物や動物が捕食の為に他を害するのと違って、イビルドラゴンはただ殺す為に殺す。対象を喰った結果得られる魔力はこいつにとっては二次的な物だ。
ドラゴンは地脈から糧を得るだけでも生き永らえることが可能な生き物。魔力消費の効率が神懸かり的に極端に良いのがドラゴンの特徴だ。だからこそ無尽蔵の魔力を持っているように見做されている。
さて、戦うにしてもゼレスをどうにかしないといけない。
俺はゼレスを担いで西門の方へ走る。
ニーナ程の熟練はない俺が重力魔法で飛ぶよりも、体術と身体能力に任せて地上を走る方が速いし対応も容易い。
既にイビルドラゴンは俺の存在を認識している。目で追っているのは判っているが背を向けずにはいられない。
地を揺らしながら、イビルドラゴンは穴から出る作業を再開した。
そして。
あっ、これは。門に辿り着く前にあの黒炎を一発撃たれそうだなと思ったその時。
完全に地上に出てきてしまって威圧が込められた咆哮を発したイビルドラゴンの上に、とんでもない速度で大きな岩が落ちた。
「トカゲが! 威張るんじゃないわよ!」
ニーナのそんな声が空の上から聞こえてきた。
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