第241話 レヴァンテ・ベルクレージュ
モルヴィの話をしてレヴァンテを泣かせてしまってから二日後の昼。
城に居るフェイリスから使いが来て呼び出された俺は、やっていた剣の型の確認を切り上げると昼寝をしていたガスランを起こし一緒に登城する。
探査でエリーゼとニーナは城に居るのが判っている。
「二人は既に城に居るみたいだ」
「レヴァンテは?」
「んー、あいつ探査で捉えにくいんだよ…。隣の屋敷には居ないっぽいからエリーゼ達と一緒に城かな。独りでは出歩けないはずだし」
城に行くといつも会議で使っている広い部屋ではなく、小会議室のような所に案内される。そこには思っていた通りにエリーゼ達と一緒のレヴァンテの姿。今日はこの前とは違う服を着ている。髪型も違っていて普通の町娘のような感じだ。完全にうちの女性陣の着せ替え人形化しているような気がする。
「似合ってる…。可愛い」
ガスランがそう呟くとニーナがニンマリと満足げな笑いを浮かべた。
俺も一瞬そう思ったが、意地でも口には出さない。
エリーゼが吹き出しそうな顔で俺を見ているので、何を考えているか見透かされているのは間違いがないみたいだけど。
ニッコリ微笑んだレヴァンテはガスランに軽く頭を下げた。
フェイリスは後から来るという。どうやら先に五人で話をしておきたい雰囲気なので俺とガスランも椅子に腰を下ろした。
姿勢を正したレヴァンテが俺に向かって話し始める。
「シュンさん、先日のお話を受けての私達の考えを聞いてもらえますか」
「うん、聞かせてくれ」
「はい…。結論から申しますと、あのモルヴィが認めた方が居る以上、私達としてはその方以外の方に仕えることになるのは許容できません。その…、仮に使命に支障が無いとしても心情的にと言いますか…」
「…だろうな。気持ちは解る」
「ですが、シュンさんがその方をとても大切に考えられていることも理解しました。それはニーナやエリーゼも同様だと」
ニーナが口を挟む。
「レヴァンテ、ガスランも同じ思いよ。むしろ四人の中で誰よりもフェルのことを気に掛けてるわ」
ガスランはレヴァンテにニッコリ微笑んだ。
魔物から進化したという生い立ちのフェルとガスランには共通点が多いからね。
「そうですか…。それで、それを承知したうえでの身勝手なお願いになりますが、私をモルヴィに会わせていただけないでしょうか」
ふむ…。
いつかそういう話になるだろうとは思っていたが、問題は多い。
「条件を付けていいか?」
それから俺は、フェイリスに移動の自由について許可を貰うことなどいくつかの話をして、そして最後に付け加える。
「もう一つ。ニーナ達からも言われてるんじゃないかと思うけど、モルヴィに会うということはフェルに会うということだ。フェルにはレヴィアオーブの継承について無理強いしないこと。出来たらその話はまだしないで欲しい」
「解りました…」
レヴァンテが深く頷いた。
すると、ニーナがニヤニヤ笑っている。
なんか変なこと言ったかなと思っていると
「今シュンが言った条件、ほとんどクリアできるよ」
とそう言った。
フェイリスの許可は、これも条件付きだが貰えそうだと。
王国へ入国することについては、まあニーナが居るからどうでもなるだろうとは思うが、手続きだけの問題じゃないからね。厄介ごとにならないような備えは必要だ。
ニーナの話は続く。
「フェイリスからの条件はシンプルなの。私達の目の届く所に居るということ」
「ホントにシンプルだな」
俺は笑いながらそう応じた。
「隷属させられないし、結局は問題になれば武力で排除するしかないと分かっているからよ。それに帝国で罪を犯したわけじゃないから」
エリーゼが補足するように言う。
「知性と理性を持っていて平和的に接する者ならば人と同じに扱うのが当然だと、フェイリスはそうも言ってたわ。かなり悩んだけどそう結論付けたって」
俺は大きなプレッシャーを感じ始めている。
「それって責任重大だぞ。フェイリスの顔を潰す訳にはいかないからな…。レヴァンテくれぐれも馬鹿な真似はしないでくれよ」
「大丈夫です。ちゃんと指示には従いますから。私はモルヴィと新しい主に会うまでは死ねません」
いや、お前殺しても死なないだろ。と突っ込みたかったがそこは我慢した。
そして保留にしていた魔法契約をその場で交わした。もちろん内容を解析したうえでの話。本当にパスを繋ぐためだけの中身など無いものだったが、魔法的パスが繋がったおかげでレヴァンテを探査で捕捉しやすくなった。マーキングを撃ち込んだ時の状態に近い。
レヴァンテはニーナとも契約を交わす。ぶっちゃけ予備みたいな感じ。
俺はレヴァンテに、俺達に同行している間はニーナの護衛をしてくれと頼んだ。つい忘れがちだがニーナは要人だからね。いろんな実績を重ねているせいで名実共に。
「その役割、喜んで受けさせていただきます」
どうやら、フェルとモルヴィに会うまでは忠実に振る舞ってくれそうだ。打算でもいい。戦力としては折り紙付きだし。
という訳で俺は没収していたレヴァンテの剣を本人へ返した。この剣はフェイリスに献上しようと思ってたんだけど、こんな状況なので仕方ない。
「ごめんなさい。遅くなってしまったわ」
そう言いながら、そのフェイリスが部屋に入って来る。同行しているいつもの女近衛騎士が俺たちに会釈して微笑んだ。
「私が偽装を勧めるというのは大きな問題ではあるんだけど…」
フェイリスはニーナからレヴァンテをスウェーガルニへ連れて行くという説明を受けるとニヤリと悪い笑みを浮かべながらそう話し始めた。
しょっちゅう自分に偽装の魔法をかけている癖にと俺は思うが、フェイリスが言わんとすることはすぐに理解できた。個人鑑定の魔道具を欺く偽装を掛けて人間に成りすませと言っているのだ。まあ、その方が煩わしいことにはならない。
「レヴァンテは偽装魔法はあまり得意じゃなさそうだから、私が掛けてあげる。いいかしら? 気に入らなかったらシュンが解除できるからそうして貰えばいいし…、あっ、シュンなら上書きして好きに変更できるわね」
フェイリス、それは買い被りすぎだ。少しなら部分的な変更はできるかもしれないが好きに出来るということはない。そもそも俺には解析できない部分が多いんだぞ、お前の隠蔽偽装魔法は…。
「はい、よろしくお願いします」
レヴァンテは俺を見て、俺が頷いたのを確認するとそう答えた。
紫に近い青い輝きがフェイリスから発せられてレヴァンテを包んだ。他人に掛けるとこんなエフェクトなのかと俺はそんなことを思った。色合いは闇魔法だということを示しているのだろう。そして偽装にしてはとんでもない魔力を込めているせいだ。
「レヴァンテ・ベルクレージュ。ヒューマン…」
すぐに鑑定で見えた名と種族を俺は皆に告げた。
ベルクレージュというのは…。
「苗字は私のミドルネームにしたの。元々は由緒ある高名な剣士を輩出した家系の名よ。ヒューマンというのは選択の余地なしね。ストロベリーブロンドでエルフという訳にはいかないし顔立ちもエルフらしさは感じられないから」
真剣な表情でフェイリスの話を聞いていたレヴァンテは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。名に恥じぬ行いを心がけます」
「ええ、そうしてくれると嬉しいわ」
フェイリスは少し疲労を滲ませながらも満面の笑顔でそう言った。
◇◇◇
続けて、フェイリスは俺達にお願いがあると言う。
「王国へ帰るのにちょっと遠回りして行ってほしいの。教皇国に一旦入って王国と教皇国を結ぶ街道に向かって貰えないかしら。例の分岐を東に向かうルートね。王国へ向かう難民の大半がそこを通っているはずよ」
「うん。それくらいは構わないが、何が起きてるんだ? 難民が何か問題起こしているとかか?」
「はっきりしてることは被害者は難民だということ。犯人もそうかも知れないけど違うかもしれないわ。かなりの数の難民が襲われているみたいなの」
ニーナが目をきらりと光らせてフェイリスに尋ねる。
「野盗なの?」
「そう。それも極悪よ。被害者は身ぐるみ剥がされて全て殺害されているの。もっとも若い女性は連れ去られてるから生死不明なんだけどね。逃げ延びた人の話によると賊は騎乗と馬車の冒険者風の男達だそうよ。30人以上居たらしいわ。難民が転じて野盗になったか、どこかの冒険者崩れが難民狙いの為にやって来たか…」
「そっちにも軍が向かったんじゃ?」
ガスランのその問いにはフェイリスは首を振った。
「街道を進む軍隊なんて目立つし分かりやすいから、賊は隠れてしまうだけなのよ。軍はそれが目的じゃないから見つけたとしても深追いはしないわ…。そして性質が悪いことに、それが帝国軍の仕業だとかそんな噂が流れているの」
「そう言えば、教皇国は傭兵を大量に集めてたな…。冒険者ギルドでもそんな話を聞いたことがあるよ」
「傭兵崩れという可能性もあるのね」
エリーゼが俺が呟いた言葉にそう応えた。
「崩れていない可能性もあるけどな」
俺がそう言うと、エリーゼは露骨に顔を顰めた。
「教皇国の中央からの指示かもしれないってこと…?」
難民の流出を防ぐ為にやってるかもしれないという嫌な予想だ。
「まあ、あそこは何でもアリみたいだからそんな想像もしてしまうんだけど、いずれにしても民間人を手に掛ける輩は看過出来ないな…」
「デルレイス殿下にも私から話をしたわ。王国軍はこれまでは国境を越えた活動はしていないけど、早急に対策を考えてくれるそうよ」
◇◇◇
さて、そういう訳で物資の補充などの為に俺達は駆け回る。難民に関わる話なのでフェイリスが準備した食料や衣服、生活物資なども大量に俺達は持って行くことになった。賊を捕らえることは出来なくても、この物資を難民キャンプに届けることには大いに意味がある。
現在、ロフキュールには帝国中から多種多様な物資が大量に運び込まれ続けている。それは戦争が長期化した場合に備えているということ。そんな荷馬車の警備の為に冒険者達は大忙しだそうだ。辺境は魔物の数が当分は激減したままの状態のようで辺境狙いだった冒険者達の替わりの仕事としてうまく回っている。
レヴァンテは冒険者登録をした。カードを手にしたレヴァンテは何故か嬉しそうである。
「いろんな本で読んで、それにニーナ達からも話を聞いて冒険者に興味があったからです。勇者様が聞かせてくれた旅をしていた時の話と似ているなと思っていました」
こんな風に時折勇者や魔王のことを少し話してくれるレヴァンテだが、どうやら話せない一線というのが微妙な所に引かれているようで根掘り葉掘りなんて話には絶対に答えてくれない。
話したくとも封印でもされているかのように話せないというのが本人の弁。申し訳なさそうにそう言った。
「謎の解明はもっと苦労しなきゃダメってことだな」
「神殿に行かないと」
俺のボヤキにガスランが強い調子のそんな言葉で応じてきた。
「そこだよな…。いろいろ暗躍しているのが分かってきたから、注意は必要だけど」
エリーゼは少し首を傾げて言う。
「んー、でも。今でもそうなのかは疑問があるよ…。エレルヴィーナはまさに聖者という呼び名に相応しいと思ったし」
「それは言えてる。あいつメチャクチャ印象良かったからな…」
「聖者には私も会ってみたいです」
レヴァンテがそう言うと、ニーナが笑う。
「レヴァンテは会いたい人が多いのね」
「いろいろ知りたいことが多いですから」
レヴァンテも微笑みを返しながらそう言った。
その美しい笑顔は輝いていた。
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