第240話
遡って、レヴァンテにマクレーンの遺体を見て貰った日の夜のこと。
「シュン君と話すのは久しぶりね。エリーゼから状況は聞いてるから心配はしてなかったけれど」
「お久しぶりです、フレイヤさん。それで…」
「ええ、大丈夫よ。ちゃんと呼んでるわ。ふふっ、目の前でそわそわしてるから代わるわね」
「シュン! いつ帰ってくるの?!」
「わっ、デカい声だな」
思わず電話から少し耳を離しながら俺はそう言った。
フレイヤさんに代わって電話に出てきたのはフェル。
半分涙声になってる。
俺はすぐに続けて言う。
「フェル心配かけてごめんな。でも俺達は皆元気だから」
「それは、そう聞いてるけど…。だけど寂しいよ…」
電話をスピーカーモードに切り替えた俺は、話が聞こえているエリーゼと一緒に思わず微笑んでしまう。
「相変わらず甘えん坊だなぁ、フェルは…。学校はちゃんと行ってるか?」
「もちろん! メッチャ楽しいよ」
「おっ、そうか。学校が楽しいというのは凄くいいことだし大切なことだな。それでフェル、モルヴィは居るんだよな」
「シュン? モルヴィが私から離れることなんか無いって知ってるでしょ」
「まあそうなんだけど、俺との会話を聞いてるかってこと」
「聞いてるよ。モルヴィも早く帰って来てって言ってるもん」
ミュー…。
本当にフェルとモルヴィのこの一体感というのは何度実感しても信じられない。
フェルに常に寄り添い、共に喜び共に悩む。そして時にはフェルが間違った方向に進まないように諭すこともする。互いに心の声で会話ができるということは知覚も共有できるということ。まあ、現時点ではモルヴィからはという意味だが。
「モルヴィに訊いてみて欲しいんだ。レヴィアオーブ、レヴァンテとラピスティという存在について知らないか」
……俺には葛藤があった。
レブナントだったフェルが吸収した使徒の心臓、強力な魔族の魔核は魔王の物だったのだろうとほぼ確信に近い形で俺は思っている。そしてその魔核に強く根付いたままだった魔王とモルヴィの絆。
数千年は眠っていたであろうモルヴィを目覚めさせたように、フェルはレヴァンテ達にも影響を与えるのではないか、そしてそのことはフェルの今の生活を脅かしてしまうのではないか。
魔王と勇者が願い、思い描いた世界の為にレヴィアオーブの安定は必要なことだと思う。しかし俺は、レヴァンテ達のことを知れば知るほどに今のフェルには近づけたくないと思った。いろんな推測をしてそんな予感があったから俺達はレヴァンテにフェルの話もモルヴィの話も全くしていない。
俺が出した結論は、フェルこそがレヴィアオーブの正統な継承者だろうということ。俺のしょぼい鑑定では見る術もないが、おそらくは魔王の魔核には様々な称号と共に転生者だったという属性も刻まれている。
◇◇◇
マクレーンの遺体を検分した時と同じように光を発していたレヴァンテの指先からその輝きが失われていく。
「シュンさん…。見えました」
「そうか。ここでは気にせず話して構わない」
頷きながら緊張感を滲ませた表情のレヴァンテは、その声色さえも少し掠れたようなこわばった調子になっている。
「女神の非常に強い加護と継続の種子が在りました…。シュンさんも転生者、いえ使徒なのですか?」
使徒という単語を発した時のレヴァンテの目には強い力が込められていた。
「まあ、転生ではないがそういうことだ…」
俺は苦笑いを見せながらそう言ってレヴァンテから視線を外すとレヴァンテも同じように視線を落とした。
しかしすぐにレヴァンテは俺に視線を戻す。
『以前からラピスティは、80%以上の確率でシュンさんは使徒だと言ってましたが、予想以上のこの女神の加護は勇者様と同じです。女神が長い時間をかけて膨大な魔力を使った場合にのみ可能なことだと聞いています』
そのレヴァンテの言葉は日本語だった。
『やっぱり日本語話せるのか…。あー、うん。今の話は皆には言わないでくれるとありがたい』
『そうだろうと思いました。畏まりました。誰にも話しません』
既にニーナが眉を顰めて、解るように話しなさいよという顔をしている。
そんなニーナを見てレヴァンテは言う。
「シュンさんは、やはり女神がこの世界に呼んだ使徒なのだと分かりました」
気を取り直すように俺は話し始める。
「レヴァンテ。最初の話に戻るが…。ラピスティとお前が魔王から与えられた使命はビフレスタで世界樹を復活させることなんだろうと俺は考えている」
「…否定しないということでお察しください」
フェイリスは息を呑んでいる。
懸命に突然の話の飛躍について来ようとしているのが判る。
「うん、困らせたい訳じゃないから否定も肯定も無しでいいよ。俺の推測だからな」
レヴァンテは頷いた。
俺は語り始める。
魔王と勇者二人が、まさにその命を懸けてビフレスタを造った目的は世界樹の復活。世界樹に適した環境、そして誰の介入も受けない閉じた時空。それを二人は求めたのだろう。
ラピスティにはその礎となる役割を与えた。
ビフレスタが出来てすぐにラピスティとレヴァンテはそこの環境の整備を始める。
そして予見されたとおりにユグドラシルが消失する。
「ユグドラシルはその時に世界樹の種子を残したのかな。ここは俺も何とも言えない部分なんだが、いずれにしてもこのタイミングでラピスティは使命の遂行を加速させた。その為の地脈の大交差の誘導だ」
大交差によって膨大な魔素が集まる。それによってビフレスタでの作業の速度も効率も上がっただろう。
そして作業が進むに従ってラピスティはビフレスタとより一体化する必要がある。
ラピスティの核となる部分はドラゴンが守っていた所にあるが、俺とニーナが降りた時には既にビフレスタそのものがラピスティだと言ってもいい状態だっただろう。
そこまでで一息入れた俺はテーブルにあるカップを手にした。
少し弛緩した空気が流れて、皆がやっと身動きできるという雰囲気に変わる。
ニーナとガスランも飲み物を口に運んでいる。
エリーゼが珍しく溜息を洩らした。
そして俺を見て少し悲しそうな顔で微笑んだ。
世界樹の為に命をなげうった者。そして世界樹の為に何千年もの長い時間をその為だけに費やしている者達。エルフは悲痛な思いを抱かずにはいられないだろう。
そんな空気の中、少し経ってレヴァンテがゆっくりと口を開いた。
「世界樹の種子は、約束通りにとある聖者が持ってきてくれました。彼は自分の行動はこれから決まる神殿の新しい総意とは異なるという言葉を残しました。それが無ければ私が種子を探しに出る事になっていました」
「そうか…。よく話してくれた。その聖者には最大限の敬意を払おう」
「ありがとうございます。とてもお優しい方でした。その後、神殿はあの地下を厳重に封印しました。それ自体は当初の約束通りではありましたが…」
ニーナが尋ねる。
「既に世界樹の種子が届いていることを神殿は知っていたの?」
「いえ、おそらくは知らなかったのだろうと結論付けました」
「こいつを置いたのは、だからなんだろうな」
俺はそう言ってルインオーブを取り出した。
機能はすべて停止した状態なので全く危険は無いが、ニーナが忌々しげに見る。
俺も同じ気持ちだ。
「シュン、それが?」
「そう。帝国魔法技術院に渡す予定になっているルインオーブ、殺人オーブだ」
フェイリスの問いに俺はそう答えた。
ビフレスタに近付こうとする者、種子を届けようとする者を確実に殺す為。そしてついでに種子も破壊するつもりだったのだろう。
神殿の総意が変わった理由は分からないが、魔王や勇者ひいては転生者に対して何か含む所がある勢力が居たことは間違いない。
「俺のビフレスタに関する推測はこんな感じだ。そしてここからが本題になる」
「はい…」
「モルヴィ…。モルヴィルーンの腕輪について話したい」
「……」
レヴァンテは絶句した。
◇◇◇
じっと目を閉じて考え込んでしまったレヴァンテはそっとしておくことにした。
「……」
黙ってはいるが何か言いたげなフェイリスに説明をしておくべきかと俺は思う。
モルヴィのことについては話したことが無いからだ。
「モルヴィルーンの腕輪というのは、黒い小さな猫の形を持った魔法生命体を宿した腕輪なんだ。おそらく間違いないと思っているが、魔王が造った自分の為の猫」
「魔法生命体…」
「俺やエリーゼの探査に匹敵する完璧な気配察知、そして魔法と物理両方への絶対防御を持っている」
「そんな能力があるということは…守護させていたの?」
「そう。魔王自身にとって最後の砦だな」
途中からレヴァンテも目を開けて俺を見つめ話に聞き入っている。
「モルヴィの破格な所はそれだけじゃなく、主への絶対的な愛情を持っている。誇張でも比喩でもなく、モルヴィのその感情は人間が持つ愛情と変わりはないと俺は思っている。むしろそれより純粋なものかもしれない。凄いよ、魔法生命体の頂点だ」
「魔法生命体でそんなことが可能なのね…」
フェイリスの呟きに俺は大きく頷いた。
「シュンさん、モルヴィに会ったのですね」
身を乗り出し、そう言葉にしたレヴァンテの様子がおかしい。
表情が大きく変わっている。
「会ったよ。少しだけど一緒に冒険もした。あいつ強いから傍に居ると安心できる」
「モルヴィが…。そうですか、元気でしたか…」
レヴァンテの大きな目から涙が溢れた。
このレヴァンテも…。
役割をこなす為に抑制されているが、レヴァンテもモルヴィと同じように感情を持っている。
ニーナがハンカチを出してレヴァンテの涙をぬぐうとレヴァンテは少し落ち着いてきた。そして言う。
「シュンさんは継承させたくないとおっしゃってるのですね」
レヴァンテ達は、今の話だけでモルヴィには新しい主が居るということまで理解してしまっているということ。
「絶対にダメだとまでは言わないが、少なくとも今はまだ駄目だ。何故なら、本人の意思次第だと言ってもその子はまだ幼い。学校に行き始めたばかりなんだ。普通の学生として過ごさせてやりたいと俺は思っている。そういう意味でも、選択をさせるにしてももっとその子が成長してからにしたい」
その後、今日知ったいろんなことを整理する時間、そして考える時間が欲しいとレヴァンテが言ってきたので今日はここまでとした。
考え続けている様子のレヴァンテをニーナとガスランがジュリアレーヌさんの屋敷へ送って行った。
レヴァンテを見送って部屋に戻った俺はそこにまだ居たフェイリスに問われる。
「シュン、継承者の条件とはいったい何なんだと思ってる…? そしてどうして神は、いやレヴィアオーブを造った者はそんなものを設定したんだろう」
「条件全ては不明だけど、少なくともモルヴィが認めた者はそうだということは今日の話で判ったよな」
「ふむ…」
「どうしてかというのはハッキリしていると思う。レヴィアオーブが強力過ぎるからだ。制御できなくなることを危惧したんじゃないかな…。そして神に近い存在になってしまうことも恐れていたと思う」
「しかし、今回も可能性があったように狂人が手にしたら同じじゃない?」
俺はフェイリスのその問いかけに頷いて答える。
「うん、確かにそうだ。でも…、これは俺の想像なんだけど。そこをドラゴンが監視しているんじゃないかと思うんだ。俺も含めて皆が忘れてしまっていたような気がするんだけど、エンシェントドラゴン、古代龍は神にしか従わない」
「……」
フェイリスはじっとどこかを睨むように眼光鋭い表情に変わって黙った。
それまで静かに話を聞いていたエリーゼが俺に言う。
「神の意志に従って、ドラゴンはレヴィアオーブの正しい在り様も守っているということだよね。そういう意味も含めた守護者」
「そうだと良いなっていう、半分以上俺の願望が入ってるけどな」
「ドラゴンと対話できると良いのにね」
フェイリスが夢から醒めたようにパッと表情を明るく変えてそう言った。
俺はそれに合わせるように笑った。
「まあ、話せない雰囲気ではなかったけど。どうだろ…。俺達みたいなちっぽけな人の言うことなんか聞く耳持ってないかもな」
そしてフェイリスは、更にニヤリと笑って俺を咎めるような目つきで言う。
「それよりもシュン? さっき話していた子とモルヴィのこと聞かせて。もう訳わかんなくて話がちゃんと理解できてないと思ってるの。しっかり納得できるまで話してもらうわよ」
「あー、まあ…。そうだな」
「そりゃ、あんな話聞かされたらそうだよね」
◇◇◇
その夜、エリーゼがいつものようにピッタリとくっ付いたままで言う。
「一つ気になったことがあるの。どうして魔王は自分の遺体と一緒に魔核をビフレスタに埋葬させなかったの?」
「俺もそれは不思議なんだけど、もしかして今の状態を予見していたのかもな」
「それって未来予知ってこと?」
「わからないけど…、ただ…」
「ただ?」
「魔王の魔核に掛けられてた呪いのこと憶えてるだろ」
「うん、私の精霊魔法で浄化してしまったあれだよね。光魔法を受けてると暴走するっていう…」
「そう…。多分、あの呪いをかけたのは魔王自身だよ。死ぬ直前だろうけど」
「えっ? 自分で掛けていたということ?」
「それも何故そんなことをしたのかは分からない…。ホントに未来予知なのかもしれないな…」
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