第238話 魂の召喚
夕暮れが近付いているせいで城の影が大きく伸びている。傾いた陽射しが当たっている所と影の中のそうではない所。そんなコントラストを見ていると、その日陰の肌寒さを感じるような気がした。
ビフレスタには四季というものがあるのだろうか。
ふとそんなことを思った。そのうちレヴァンテ達に尋ねてみよう。
ニーナとエリーゼに付き添われてやってきたレヴァンテの髪の燃え上がるような赤い色が、ひと足早い夕日のように光を受けて輝いている。魔族を模した姿のはずなのにレヴァンテの瞳の色は黒に近い茶色だ。レヴァンテを作ったであろう魔王は、どうして魔族では当たり前の赤い瞳にしなかったんだろう。
俺の頭の中では並列思考がフル回転して、いろんな想定を繰り返しシミュレートしている。遺体に興味を示さなくても無理やりにでも見てもらおうと思っていた。しかし、レヴァンテとラピスティは興味を示した。それも強い興味を。
屋敷の入り口で待っていた俺は近付いてきたレヴァンテに声を掛けた。
「悪いな、わざわざ出てきて貰って。軍が管理している遺体だからどこでもという訳にはいかなかったんだ」
「いいえ、問題ありません。こちらがシュンさん達の屋敷なのですね」
「ん? ああ、そうだよ。居候だけどな…。んじゃ、早速見てくれるか」
「はい」
レヴァンテを連れて屋敷の中で最も広い部屋に入った。この部屋のどこかでフェイリスは傍に付き従っている近衛騎士達と自分にまとめて隠蔽を掛けているはずだ。俺にもすぐにはどこに居るのか分からない。魔力探査をすれば少しずつ見えてきそうではあるけれど。
マクレーンの遺体が入った棺は部屋の中央に置いた台の上に安置済みだ。
ガスランと二人で棺の蓋を開ける。
時間停止ではなく遅延のマジックバッグに収納されていたので、少し死後の時間が経過して血の気が無くなり印象は変わっているが、マクレーンの表情はあの最期を看取った時のまま。
棺のすぐ横に立ってマクレーンの遺体を見下ろしたレヴァンテは眉を顰めるような顔つきになって凝視する。
そのままレヴァンテは訊いてくる。
「少し触れてもいいですか」
「いいぞ」
レヴァンテは指先でマクレーンの頬の辺りを触る。
「…っ」
レヴァンテが短く息を漏らした。
それは何かを悩んでつい漏れてしまったものだったのか、それとも何かもっと具体的な疑惑を感じたから出てしまったものなのか。
指先を触れたままの姿勢は全く変えずにレヴァンテが俺に言う。
「シュンさん…。ラピスティがもっと詳細に調べたいと言っています」
「構わない。いくらでも時間をかけて納得いくまで見てくれ」
「ありがとうございます。少し力が滲みますので了承ください」
「大丈夫だ。邪魔はしない」
レヴァンテの指先が光を発し始めて、それはマクレーンの身体の表面に広がっていく。そして更に指先の光の輝きが増してくる。
俺も含めてエリーゼもガスランもニーナもただそれをじっと見つめ続けた。
部屋のどこかでこの様子を見ているはずのフェイリスもおそらくは同じような状態だろう。
以前ウィルさんの怪我を癒す為に渾身の全力キュアを掛けたことがある。その時に何故か光を発したことがあったのを俺は思い出していた。
おそらくは、それと同じような魔法発動の極限状態。
俺の魔力探査と魔法解析はスキルだが、レヴァンテとラピスティが今まさに行使しているのは魔法だというのがこれでよく解る。
◇◇◇
10分ほどが経過した頃。レヴァンテの指先から発し続けていた輝きが弱くなってきた。マクレーンを包み込んでいた光も薄れて来る。
そして全ての輝きが失われた時、いつの間にか目を閉じていたレヴァンテはその瞼を開いた。
「終わりました」
マクレーンに触れていた指先を離しながら俺に向き直ったレヴァンテはそう言った。
じっと俺を見つめているレヴァンテに俺は言う。
「お疲れさま…。座ろうか」
棺の蓋を戻してから、その部屋の壁際にあるソファにレヴァンテを座らせて俺達もそこに向かい合うように腰を下ろした。
レヴァンテはニーナに貰った黒いローブを羽織っている。そしてこれもニーナに貰った物だろう、前は着けてなかった短めのネックレスを着けている。
人数分の飲み物をテーブルに出したエリーゼに少し頭を下げたレヴァンテは、姿勢を正すと話し始める。
「転生者ヨゼウス・マクレーンは継承者ではありませんでした。そのことはすぐに判ったのですが、不審な点があり調べたということです」
「そうか…」
「「「……」」」
継承者。いきなり全力の直球をど真ん中に投げ込まれたような気がした。
気を取り直した俺はレヴァンテに言う。
「不審な点について教えて貰えるか」
「はい、それはシュンさん達には申し上げるべきだとラピスティとも意見が一致しています…。ヨゼウス・マクレーンは器に残った残滓を解析した結果からも明らかに転生者だということが判りました。ですが、本来の意味での転生者ではありません」
「ふむ…」
「「「……」」」
「死者を冒涜する意図は有りません…。しかしこういう表現になってしまうことをお許しください」
「気にしなくていい。俺達はマクレーンの身内でも仲間でも無い。そもそも敵だからな…。続けてくれ」
さっきから妙に真剣な顔で俺を見つめてくるレヴァンテのその仕草が気になるが、俺は続きを促した。
頷いたレヴァンテは俺に向けた視線を一切動かさずに話し始める。
「かつて神殿の一部の勢力が行った魔法実験がありました。それは後に魂魄召喚、召喚と呼ばれたもので、別の世界の魂をこの世界に呼び込んでこちらの器に定着させる魔法です。本来は神だけが行える転生を模倣したそれは輪廻の安定を損なってしまうが故に禁忌の魔法とされました。この魂を新しい器に定着させる部分は蘇生魔法として別に研究が続けられましたがこれも禁忌の魔法とされています。その理由も同じです」
ここで蘇生魔法にも話が及ぶのか…。
ということは、その召喚魔法も精霊魔法からの派生なのだろうか?
並列思考がブンブンと唸り始めるが、それはバックグラウンドに追いやってレヴァンテに尋ねる。
「マクレーンはその召喚で呼ばれた転生者だと?」
「はい、ほぼその魔法で間違いないと結論付けました」
「そうか…。俺の鑑定でマクレーンに転生者としての情報が見えなかったのは、それが理由なのかもしれないな」
「そうですね。創造神の加護による転生ではありませんから、何も見えないのが正しい状態です。残留していた生体魔力波からラピスティが解析した結果も同じです」
「うん、ありがとう。疑問が一つ解消できたよ」
て言うか、この死んだ状態でも検出できたというのか…。
俺はこの召喚を大きな問題だと感じた。何か得体の知れない不気味さを感じる。
とは言え、そんな蘇生魔法よりも複雑そうな魔法の消費魔力量はとんでもないものだろう。おそらくは協調魔法として発動させているはずで、その場合の制御には魔法師それぞれの力量やコンディションが微妙に影響することを考えるとかなりの難易度だと思う。
俺はレヴァンテへの話を続ける。
「問題はそのマクレーンの召喚は誰が何の為に行ったのかということだな」
「そういうことです。それに関してラピスティは大きな懸念を感じています。私も同様です。ヨゼウス・マクレーンの本来の魂は強制的に消失させられた訳ですから、同じようなことがどの程度行われているのか気掛かりです。そしてその目的も」
「強制的に消失って…? もしかして…」
エリーゼがレヴァンテにそう問い返した。
「想像されている通りです。召喚の器となる肉体は生きたままでなければなりません。そして召喚によって器から引き剥がされた元の魂は輪廻の輪に戻ることなく消失します。だからこそ禁忌だとされたのです」
生贄ということ…。
「召喚だと元の魂の記憶や知識の引き継ぎは不完全なのかな?」
「通常、記憶には感覚的なもの感情的なものが多く含まれます。召喚で引き継いだ場合は記憶の融合にまでは至りませんから、そういう感情的なものも単なる知識に留まります。そういう意味では不完全だと言えるでしょう」
この話にはかなり納得しながら続けて俺は尋ねる。
「話を戻そう…。マクレーンを召喚した者の目的も気になるが、そもそも神殿のその一部勢力はどうして召喚なんかしようと思ったんだろうか。そこに動機としての共通点があるような気もする」
レヴァンテは少し目を細めて回想でもしているかのような表情になった。
「神殿は使徒を欲しがっていました。自分達の側に圧倒的な力を持つ使徒が居ないことを弱みだと感じていたのです」
「聖者だけでは不満だったというのか?」
「そうですね。大抵の聖者は戦闘向きではありませんから」
俺が知る聖者はエレルヴィーナだ。
だから、あんな凄い聖者が居て何贅沢言ってんだという気持ちになってしまうが、フレイヤさんによるとエレルヴィーナの推定年齢は約1200歳。レヴァンテが話しているのはそのもっと遥かに昔のことだから、その頃の神殿は人材不足だったということなのかもしれない。
それはさて置き、使徒を欲しがったというのは共通点なのかもしれないがまだ情報があまりにも少ない。
◇◇◇
その後もしばらくレヴァンテとの対話を続けて、今回の遺体の検分とそれに伴う考察は終了とした。
気になる召喚魔法については、詳しく聞いてみると予想通りに消費魔力の膨大さと成功率の低さが救いのようではあるが、マクレーンという実例がある以上は、他にも召喚された者が居るという想定は必要だろう。
ただ、召喚が成功しなくても当然のように生贄の命は失われるという。まさに非人道的な魔法だ。
レヴァンテはニーナとガスランがジュリアレーヌさんの屋敷へ送り届ける。
フェイリスはレヴァンテが退室するとすぐに隠蔽を解いて近衛騎士達と共に姿を現したが、黙ったままソファに座り込んで何かをずっと考え続けていて静かだ。
日もすっかり暮れてしまっていて、思索の深みから戻って来たフェイリスは立ち上がると今日はこのままこの別邸に留まると言って自室に入って行った。そして屋敷のスタッフから近衛騎士達と警備の為に来ていた特務部隊全員に食事が振る舞われた。
俺達もいつものように食堂で食事。
フェイリスは部屋に引き籠っていて出てこないので給仕も自分達ですると言った俺達は四人だけである。
「さっきレヴァンテを送って行った時にね…。魔法契約の事、よろしくお願いしますって言われたよ」
もぐもぐと食べながらニーナがそう言って俺の方を見た。
姫殿下モードじゃない時のニーナは行儀が悪い。
「あー、うん…。ずっと有耶無耶にしとく訳にもいかないだろうな…。正直あまり気は進まないんだけど」
「誰でもいいなら私がしようか?」
食べ物を飲み込んでからグラスの水を飲んでいたニーナが気軽な感じでそう言った。
エリーゼは少し驚いた表情になるがガスランは呆気に取られている。
そんな俺達の反応に気が付いたニーナはグラスをテーブルに置くと言う。
「なんかね…、私はレヴァンテが私達に害をなすとは思えないの。その継承者だっけ…? そいつが現れたらあの子達も豹変するのかもしれないけど」
「うん。そこなんだよな…。まあ、その辺全部こっちの考えてること不安なこと、ぶっちゃけるしか無いのかな。いつまでも放置って訳にいかないのは確かだし、それにそろそろ俺達も王国へ帰ること考えたいしな」
「当たって砕けろ」
「砕けちゃ駄目だよ」
うんうんと頷いて言ったガスランの言葉にエリーゼが笑って突っ込んだ。
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