第237話

 我が家のように感じているフェイリス別邸に俺達は帰ってきた。フェイリス自身は今夜は城に泊まり込みだと言っていたので、またもや家主不在。

 しかし、満面の笑みで総出で迎えてくれたスタッフはしっかり前回と同じ部屋を俺達の為に準備してくれていて、料理人はガスランとニーナという大食い二人の為に夜食も作ってくれていた。

 レヴァンテはそのままジュリアレーヌさんの屋敷の客人になっている。常にメイド軍団が見張っておくという意味だ。これは予めオルディスさんや俺達が打合せた通りのことである。


 翌朝、朝訓練は休みにしていたはずだがなぜか全員で身体を動かしている俺達。バトルジャンキーならぬ訓練ジャンキー化しているのかもしれない…。

 俺は久しぶりにエリーゼと愛情たっぷりの夜の時間を過ごしたので気分は爽快絶好調だ。そのスッキリ気分のまま身体を動かして汗をかいて、より一層スッキリしているという次第。

 そして朝食の後すぐにギルドへ行く。午後からはステラがフェイリス邸に来るので午前中に用事を済ませてしまおうとしている。


 ギルドではまずは魔物の買取査定をして貰う。ここロフキュールのギルド支部にも冷却設備を備えた広い倉庫がある。そこで次々と収納から魔物を出す。サイクロプスのことは事前に言っておいたのだが係の人はとても驚いて固まっていた。

 四人で話し合った結果、今回の二体のサイクロプスの魔石は買い取り対象にはせず持っておくことにした。自分達で使うことがあるかもしれないと思っている。

 サイクロプスは素材の宝庫とも言われる魔物で、しかも今回のは通常種とは思えないほどに大きい。魔石を含めなくても買取額はかなりの額になるだろう。

 連絡用通路の終端でオルディスさんと合流した時にサイクロプスを討伐したことを言って渡そうとしたら、オルディスさんはそれは俺達の好きにしていいと言った。依頼とは関係ない討伐だからと。


 辺境の異変調査に始まった今回の一連の仕事はレゴラスさんが俺達に気を遣ってくれて冒険者ギルドを通した依頼だったので、ギルドのロビーに戻った俺達は依頼完了の報告をする。その処理が終わると、対応してくれた受付の女子職員からこのロフキュール支部のギルドマスター室に案内される。


 部屋に入ると、俺達を見てニッコリ微笑んだギルマスは壁際に立ってお茶を淹れている最中だった。

「お疲れさま。珍しいお茶を手に入れることが出来たんだ。一緒に飲もう」

「いい香りですね」

「…いい匂い」

 すぐにエリーゼが顔をほころばせるとガスランもクンクンと匂いをかいでいる。

「初めてよ、こんな香り」

「ご馳走になります」

 ニーナと俺もそう言って思わず笑みを浮かべる。

 実に良い香りが漂ってきて気持ちが和んでいく。俺達はすぐ思い思いに部屋の応接ソファやチェアに腰を下ろした。

 俺達のそんな様子にまた微笑んだ年の頃は40代後半という感じのギルマスは、

「このお茶は昔、フレイヤさんに教えてもらった物なんだ。なかなか手に入らないのは昔も今も変わらないんだけどね」

 そんなことを言ってきた。



 それぞれがカップに口をつけてその香りと味わいを堪能していると、ギルマスはひと足先にカップを置いて俺達をじっと見つめた。

「こんな美味しいお茶をこうしてゆったりと味わうことが出来るのも、アルヴィースのおかげだ。ありがとう。ロフキュールを守ってくれて…」


「あ、いえ…。俺達は仕事でその役割を果たしただけですから」

「それでもだ。ロフキュール支部の全員がアルヴィースに感謝しているし、冒険者仲間として誇りに思っている。メアジェスタ支部も同じだよ」


 そしてギルマスはメアジェスタ支部と共に俺達全員をSランクへ推薦したと言う。

「Sランク…」

 ガスランがポツリと呟いたが、ニーナもさすがにこれは予想外だったようで珍しく黙ったままだ。そういう俺も、そしてエリーゼも唖然としている。


「多分、スウェーガルニに帰ったら正式に話が有るだろう。Sランク認定はギルドの本部で決定されることだが、複数の支部からの同時推薦は滅多にある事じゃない。すんなり決定されると思うよ」


 こんな感じだと辞退しますとは言えない。

 フレイヤさんだけなら我が儘言えるんだけどね。

 何はともあれニーナは凄く嬉しいだろうし、ガスランもそうだろう。変なこと言って水を差すのは申し訳ないので静かに受け入れることにするか…。



 ◇◇◇



「ずっと、書庫の本を片っ端から読んでるわ。眠ったり食べたり飲んだりって基本的には必要ないんでしょうね。部屋食として出された物は一応食べてはいるんだけど」


 午後の昼飯時を少し過ぎてフェイリス別邸にやって来たステラの、レヴァンテは何してるのかという俺達からの質問への回答がこれだ。

 エリーゼは納得した表情で言う。

「いろいろ知りたいことが多いからだろうね」

「好奇心強いしね」

 相槌を打つようにそう言ったニーナは、取り敢えずはおとなしくしてくれていることにホッとしている感じ。


 て言うか、レヴァンテ字読めたんだなと、俺はまずそのことに感心している。


「字、読めたんだ…」

 ガスランは俺と同じこと思ったみたい。

 俺もそれが言いたかったという風にガスランに頷くと、ガスランも黙って頷き返してきた。


 あんた達は何失礼なこと言ってんのよ。という目でニーナが見るので俺は早速今日の本題に入ることにする。

「ステラ調べた?」

「うん。要注意人物として以前から調査対象だったみたい。その資料借りてきたよ」

「おっ、いいな。見せてくれ」

「はいはーい、しばしお待ちを…」


 ステラが取り出したのは書類の束。

 ペラペラとめくっていってその中から数枚を抜き出して俺に渡してくれる。


「ヨゼウス・マクレーン…。うん、確かに」

 ステラから受け取った俺は、そう言ってその資料を読み始める。



 幼少期から少年期。15歳になって神学校に入るまでのマクレーンは大して目立たない子どもだったようだ。父親は早くに亡くしていて家族は母親と妹が一人。母親は教皇国の首都で夫が残した雑貨屋を独りで営んでいる。

 大きく注目されたのは、神学校に入って半年ほど経った時の学内の試験で学年トップの成績を取ってから。入学時点の平凡な成績から一躍トップに躍り出ている。

 以降は、何事も人の先頭に立って振る舞うなど人が変わったように積極性が顕著となってリーダーシップを発揮している。

 卒業と同時に当時はまだ大司教だった現教皇の門弟となって修行を続け、2年後には教皇庁という行政機関の職員の任に就いている。そして神職の位が上がるに従って要職に就くようになり、現在は教皇庁の何人か居る副長官の一人である。まあ、死んでしまったから副長官だったということになるんだが。


「この学校に入ってから半年の間に何があったか…、だな」

「そこだよね。でも、ごめん。学校でのことはそれ以上は詳しくは調査しきれていないみたい。神学校は情報のガードが堅いらしいの」

 ステラは俺にそう言って頭を下げた。


「いや、十分だ。性格までもが急に変わってしまっているということが判る」

「そういう意味だと二枚目からもう少し、その辺のことがあるから読んでみて」


 俺はステラに頷いて、テーブルの向かい側から早く早くと手を出して待っているニーナに一枚目を渡して自分は続きを読み始める。


 一通り読んでしまってから俺はステラに言う。

「ふむ…、これ噂だということになってるけど、多分事実だろうな」

「私もそう思ったよ」


「何? 何て書いてるの」

 ニーナと一緒に一枚目を読んでいたエリーゼが俺の言葉に含まれた嫌悪を敏感に感じ取ってそう尋ねてきた。


 俺の隣から覗き込んでいて一緒に読んでいたガスランが代わりに答える。

「女好きでそのトラブルが多い。そして学生の頃から実の母親とも…。という噂」

「はあ? 母親?」

「……」

 ニーナは大きな声で問い返したが、エリーゼは絶句している。


 マクレーンはその見境ない女癖の悪さのせいで出世が遅れたことは事実のようで、周囲からもそれさえなければと惜しまれていたようだ。あの若さで大司教にまで登り詰めたのだから充分な気もするが、教皇国の神職位はやたら人数が多いという話を聞いたことがある。おそらく実際には表には見えない細かな序列があるのだろう。


 ステラが話し始める。

「転生した直後は、記憶は受け継いでいても実感は無いんだよね。家族だと頭では理解はしていても実感がないから、私も最初は両親が他人のように思えたよ」

 ステラが転生者で俺と同じ日本人だったということはここに居る全員が知っている事なので、このメンツだとステラも気軽に自分のことを話すのだ。


「それはなんとなく解るような気がする。だからと言って母親と関係を持つのは極端すぎると思うが…。まあでも、転生で人格が変わったという証明みたいな話だな」

 百歩譲って同じ男として気持ちは解らなくはない。日本人の感覚で言えばこの世界デルネベウムの女性は皆魅力的すぎるのだ。成人した子を持つような女性でもいつまでも若々しくて男心をそそってしまうと思う。

 ただ、ステラには以前もこの記憶を受け継いだことについて話を聞いたことがあって、時間が経つにつれて記憶が馴染んできて全てが自分のもの、実感を伴うもののように落ち着いて行ったとも言っていた。ステラの場合は、元々のステラとヴァンパイアのリュールと主体である日本人。その三つだったのでかなり特殊ではあるけど。



 ステラの情報隠蔽スキルも俺のスキルと同じようなものなので、レヴァンテにはその偽装後のID情報しか見えていない。俺にステラの本当のIDが見えたのは単純に俺の鑑定スキルのレベルが高いおかげだ。

 言い換えるならレヴァンテの鑑定は俺のよりもレベルが低いということなのだが、生体魔力波の残滓をも検出したラピスティの方には本来のID情報までは見えていなくても少なくとも偽装には気付かれているだろうと俺は思っている。

 そして問題の、マクレーンのID情報には転生者という表示が無かったことを俺はステラと一緒に検討し始める。


「マクレーンのその話を聞いてからずっと考えてるんだけどね。自分とシュンしか事例を知らないから、そういう転生者も居るのかなってことしか言えないよ。実際シュンと私も微妙に違う訳だし…」

 眉間に皺を寄せながらステラがそう言った。


「そうなんだよな…。一つ言えるのは、奴はIDの偽装はしてなかった。死んだ後に見えた情報に違いは無かったから」

「ああ…、そっか。死んでしばらくの間ならID見えるって言ってたね。それは偽装したものじゃなくて本物が見えるってこと?」

「うん。偽装スキルの効果は生きている間だけ。これは確かな筋から聞いた話だから間違いない」

 女神から聞いたんだけどね。


「ねえ、ところで。資格を持った者がレヴァンテ達の前に現れたとして、具体的にはどうやってレヴィアオーブの所有者になるの?」

 ニーナのそんな素朴な疑問に俺は答える。

「推測でしかないけど、おそらく強力な魔法的パスが生成されるんだと思う。隷属、眷属化と似たような感じかな、多分」

「それは自動的に生成されるのかな?」

 エリーゼがそう訊いて来て、俺は頷きながら説明を続ける。

「そうだと思う。ラピスティにとっては意図しないことのはずだから、無意識と言うか自動的ってことと変わりはないだろうな」


「えっと…、それが起きるのはレヴァンテの方じゃなくて本体のラピスティだけだという理解であってる?」

「直接はラピスティだけだと思うよ。肝心なものはラピスティ、レヴィアオーブの本体にしか無いはずだ。レヴァンテはラピスティの手足、知覚器官であり面接官みたいな位置付けかな…。鑑定出来ない俺達みたいな存在は想定外だっただろうと思うけど」


 ニーナにそう答えた俺は、ふと、まだ試していないことがあったと気が付いた。



 ◇◇◇



 事前に話は通しておこうと城に行って、フェイリスにこれからやろうとしていることを説明したらフェイリスは自分もその場に立ち会うと言い始めた。

 そしてフェイリスと近衛騎士達、そんな大勢を引き連れて戻ってきた俺を見てエリーゼは呆れている。

「まあ、こうなるよね」

「フェイリスの性格を考えれば予想して然るべきだった…。迂闊だった」

 俺がそう言うとエリーゼは笑った。

 だがすぐに真顔に変わる。

「あ、ガスラン達戻ってきたね」

「ん、ああ…。そうだな」


 ガスランはステラと一緒にマクレーンの遺体を取りに行っていたのだ。

 軍の関係者らしき人の馬車も一緒の所を見るとすんなり話は通ったようだ。

 さすがステラはロフキュール特務部隊のエース。


 別邸の中の警備体制や人員の配置については近衛騎士達に任せて、別邸スタッフと共にガスラン達を出迎えた俺にエリーゼが小さな声で言ってくる。

「レヴァンテに話したら、意外にも乗り気だったよ」

「えっ? そうなのか?」

「転生者の遺体を見せるから、何か気が付いたことがあったら教えてと言ったんだけど。是非見せて欲しいって真剣な顔で言ってきたよ」

「ふむ…、あいつらも何か気になることがあるのかな」

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