第236話 ロフキュールへの帰還
街道を進んでいた俺達の目に青い海が見えてくる。
同時に見え始めた綺麗な白い建物ばかりの街並みを見て、初めてロフキュールを訪れた時の感激を俺は思い出していた。
あの時と同じように、今日もロフキュールは俺達を歓迎してくれているような気がする。
「スタンピード防げてホントに良かったね」
馬車の同じ窓からやはり海と街をじっと見つめているエリーゼがそう言った。
「そうだな…」
もし街にスタンピードの魔物の群れが押し寄せた場合には、住民も軍も街は放棄して城に立て籠もることになっていた。そんなことにならなくて良かった。俺もそう思う。
俺達が乗っている馬車はステラが用意していた辺境伯家の馬車で、揺れが少なく快適な上に速い。なので思っていたよりもかなり早くロフキュールに到着しそうだ。
同じ馬車に乗っているのは俺達四人とステラ、そしてレヴァンテとオルディスさんだ。レヴァンテはさっきからずっとオルディスさんとステラに帝国の歴史などについて、根掘り葉掘りヒアリング中。
昨夜、オルディスさんとの打ち合わせの後にレヴァンテについて俺から改めて説明を受けたステラは、レヴァンテとラピスティという魔法生命体についてはそれほど驚いた様子はなかった。俺がそれを少し意外に思っている事に気が付いたのか、ステラはこう言った。
「自身が認めた者しか所有者として認めないなんて話が有るくらいだから、そういうことなのかなと思ってた。シュンは知らなかったみたいだけど、この世界の最初のオーブは精霊が神によってその形と有り様を変化させられたものだと言われているの。後にそれを模倣して人が造ったオーブとは全く異なるもの」
「精霊…。マジか」
「神話や伝説にありがちな作り話のように思うでしょ。だけど、これは大マジだと私は思ってる。だってね…」
「リュールの記憶、知識にあるのか…?」
ステラは深く頷いた。
そうだとして、神はいったい何のためにオーブなどという物を作ったのだろうか。
問いかけても答えを返してくれないのは分かっていても、俺はあの女神に尋ねてみたいと思った。
そんな訳でスピードが速い馬車がロフキュールの外壁の門に着いた時は、まだまだ日没までには余裕があった。入門の手続きの為に一旦停止。しかしそこはさすがに領主の紋章が付いた馬車。そしてオルディスさんが乗っていることも有って手続きは迅速だ。オルディスさんの身分証を素早く確認した衛兵が脇に下がった。
門を入った所に居たのは騎士の一団。
御者席に上がっていたステラが彼らと何か言葉を交わすと、ステラは馬車の中の俺達の方に声を掛ける。
「このまま屋敷まで行きますね。その後に城へ行きます」
ステラが屋敷と言えばそれはジュリアレーヌさんの屋敷のこと。
そこで一旦降りた俺達は、ジュリアレーヌさんからのとても心のこもった労わりの言葉を受ける。
そしてレヴァンテと話をしたいというジュリアレーヌさんとオルディスさんにレヴァンテのことは任せて俺達はロフキュール城へ向かう。ジュリアレーヌさんの屋敷は城の隣だと言ってもそれぞれの敷地は広く歩いて行くとそれなりに時間はかかるのでステラがしっかり馬車を出してくれる。
ロフキュール城の門では、以前に帝国城でも同じようなことがあったようにフェイリスが笑顔を浮かべて待っていた。違いは今日のフェイリスの周囲には近衛騎士が多く、その全員が完全武装していること。
「お帰りシュン。予想外に早い再会で嬉しいわ」
「ただいま。けどフェイリス、こっちに来るのめちゃくちゃ速くないか」
すぐに馬車から降りた俺を抱き締めながらそう囁いたフェイリスに、俺も笑顔で応じた。
「シュン達に早く会いたかったからよ」
満面の笑みでそう言ったフェイリスは次々とガスランとニーナ、エリーゼと抱き締め合って言葉を交わした。
そして改まって姿勢を正すとフェイリスは俺達四人に深々と頭を下げた。
「アルヴィースには本当に感謝しか無いです。帝国の全住民を代表してお礼を言わせてください。ありがとうございました…。貴方達が居なかったら一体何人の人の命が失われていたか…。それを思うと、ただただ感謝するばかりです」
「あっ、いや…。皇帝陛下がそんな俺達なんかに人前で頭下げちゃ駄目でしょ」
なんだか居心地が悪くて俺が小さな声でそう言うと、フェイリスは頭を上げてニッコリ微笑んだ。
「シュンそれは違う。素直に感謝も示せない皇帝なんて誰も信頼してくれないわ」
そう言ったフェイリスの目には少しだけ光るものがあった。
エリーゼもニーナもガスランも、そして近くに居る近衛騎士達も全員がニッコリ微笑んでいた。
すぐにロフキュール城の豪華な部屋に通される。そこで辺境伯領主のレゴラスさんとロフキュール城主でありジュリアレーヌさんの父親のオルエスタン子爵、そしてもちろんフェイリスを含めた7人で緊急会議である。
今回の作戦の結果についての概略はオルディスさんから書簡で伝わっているので、それを踏まえたより詳細な報告と互いの情報交換をすぐに行うことになっていた。
「最初に、イレーネの弟たちの情報が掴めたことを言っておくわね」
「ほう…」
フェイリスが紅茶のカップを持ったままで第一声そう言って、俺はその話に素直に感心する。相変わらず帝国の情報収集能力は凄いなと思う。
イレーネの異母弟二人はイレーネの父とその奴隷だった獣人種の女性との間に生まれた子だ。イレーネが二人を伴って教皇国へ行っていたことまでは分かっていたが、その後はイレーネだけが帝国へ戻っている。
この教皇国に居た間にイレーネはサキュバス化したのだろうというのが俺達の見立てだ。
「弟二人は西部の獣人種小国家群の一つに居たわ。しかし今回の平定で一人は戦死、残った一番下の弟は拘束済み。二人とも獣人種の軍隊の指揮官のような立場だったことが複数の供述で明らかになっている。西部の獣人種がイレーネ商会と密接に通じていたのはこの弟二人の仲介があったからのようね」
ふむ…。
彼らは、姉のイレーネがサキュバスになったことは知っていたのだろうか。
と、そう思っていたらフェイリスが俺の考えを読んでいるかのように少し微笑んで続ける。
「イレーネの変化については、それが何なのかまでは知らなかったみたい。変わったということはさすがに姉弟だから気が付いては居たみたいだけど」
「ずっと一緒に居なければそんなものかもしれないな」
俺がそう言うとフェイリスは頷いた。
「興味深いのは、教皇国で姉弟三人で冒険者として活動をしていた時に、現在の教皇、当時は大司教だけど。その専属冒険者として召し抱えられているの」
「教皇…」
「「「……」」」
「そして、これはさっき情報の確認を終えたばかりの話よ。今回、辺境地下神殿で死んだ大司教マクレーンはその現教皇の愛弟子。教皇後継者として有望視されていたそうよ。と言っても三番手ぐらいだったようなんだけど」
「そこで繋がるのか…」
「さて、教皇国への対処についての話しはちょっと置いといて、次の話に進みましょうか。こちらも優先度が高いわ」
「レヴィアオーブのことだよな」
「そう。とても興味深いわ」
フェイリスは途端に目をキラキラさせて実に楽しげだ。
確かに、現代人の認識では神話レベルと言ってもいい魔王のこと。
その魔王に直接仕えていた者と話が出来るのだ。
まあ、その辺の突っ込んだ話になると語るのは禁じられているということで聴けないことが多いんだけどね。
ひと通りビフレスタでのことなどの説明をして、レゴラスさん達からも発せられる質問に答えていると少し遅くなったが食事にしようという話になる。
部屋は変わらずに、今のままの席に料理が準備されていく。
食べ始めてからも話題はレヴィアオーブのこと。
「でも、大司教には有るというその資格とは何なのか気になるわね」
「あー…。現地では他の兵士達がいつも傍に居たからオルディスさんにも言ってないことなんだけど…」
「うん…。聞かせて」
「極秘扱いで頼む」
フェイリスはすぐに人払いをして部屋に掛けられていた物とは別にもう一つ遮音結界を張り、隠蔽魔法までも俺達全員を含んだ領域に掛けた。
領域の隠蔽。凄い。この隠蔽は…とんでもなく凄いものだ。
エレルヴィーナのとは全く異なるもので、これはこれでとても興味深い。
そんな風についつい解析を始めている俺をフェイリスはフフッと笑って見た。
「こんな魔法くらいいつでも教えてあげるから。さあ、聞かせて」
「マクレーンは異世界からの転生者だった」
俺がそう言うとフェイリスは眉を顰めた。
しかし俺の言葉の続きを待つ姿勢。
「奴の言葉に嘘は無かったと思う。マクレーンは、レヴィアオーブは転生者しか持てない使えない物だと言って、死ぬ間際に残念そうに笑ったんだ」
「転生者というのは使徒のような存在ということよね。シュンはそれがレヴィアオーブを従わせることが出来る資格だと、そう考えてる?」
「いや、条件の一つだろうとは思ったけど、条件はそれだけじゃないと思ったよ。転生者のことをレヴァンテに訊いたらそれは正しくもあり間違ってもいると答えたからなんだが、それ以上は何も教えてくれなかった…。詳細を話すことは魔王から禁じられているからだろう」
「シュン自身は適合者じゃなかったの?」
フェイリスは少し微笑みながら俺をじっと見つめてそう尋ねてきた。
敢えて俺から話したことは無いが、いろいろ俺達のことについても情報を持っているフェイリスだ。俺のことを使徒だと思っているぐらいだし、俺が異世界から来たという推測をして今ではほぼ確信を持っているだろう。異世界転生と異世界転移の違いとか、そういうことまでは知らないだろうけどね。
「まあ、そういう話になるよな…。幸いと言うか、適合したという感じは全く無いよ。ただ、俺達四人ともレヴァンテの鑑定眼をレジストしたこととレヴァンテを倒したことでとても興味を持たれている状態。ラピスティは守護するドラゴンが居ることも有って自分が制圧されたり倒されることは絶対に無いと考えている。そのいつでもやれる、やれば負けないという絶対的な自信があるからこそ、本来は排除すべき俺達と敵対するんじゃなくて情報源として活用することにしたんじゃないかな。今はそんな感じだろうと思ってるよ」
フェイリスの視線を正面から受け止めながら俺がそう応じると、フェイリスは一層微笑を大きくして言う。
「シュンがレヴィアオーブを継承して保有してくれたら、それ以上に安心できる解決策はないと私は思ってるんだけど」
俺は思わずため息を吐いた。
「勘弁してくれ…。それって面倒ごとが増えるだけじゃないか…」
その時、指輪がググッググッと震えた。
おい、こら。
お前まで何言ってんだよ。
特にお前が言うと洒落にならないだろうが…。
『え~? だって~面白そうじゃないですか~♡』
そんなふわふわした声が聞こえてきたような気がして、俺はもう一度ため息を吐いた。
◇◇◇
レヴィアオーブについては、近いうちにフェイリス自身がレヴァンテと面談してみるということで今日の話としてはキリを付けた。もちろん近衛騎士達に加えて俺達が同席することが大前提。そうじゃないとレゴラスさんもジュゼルエフさんも断固反対と言わんばかりの雰囲気だったので。
そして、教皇国について。
「教皇国には一応はレゴラス名義で書簡を送っているけど、返事が来ても来なくても内容が何であれ軍は出発するわよ」
と、フェイリスはいきなり物騒なことを言った。
しかも、現時点でもロフキュール軍と合わせると15万近い軍勢なんだが、辺境伯領近隣の貴族にも動員をかけているらしい。総勢20万にはなると言う。
今の皇帝陛下は内政の皇帝だと評されていたのはなんだったのだろうか。
それにしても、それだけの軍が動くということは…。
「シュンの考えていることは判ってるつもりよ。だけどね、帝国民を理不尽にしかも卑劣な手段で虐殺しようとしたことの報いは受けて貰うわ。アルヴィースのおかげで大惨事にはならなかったとはいえ、少なくない犠牲は出ているのよ」
「私も、そうすべきだと思う」
ニーナが凛とした静かな声でそう言った。姫モード80%ぐらいだろうか。
フェイリスがそれに頷いてからニーナへ言葉を続けた。
「数日中にお兄さんのデルレイス殿下がロフキュールへ来るのよ。今回の件の説明を聞きに来てくれる。本来なら、国境警備の手助けをしてくれたお礼に私が伺うべきなんだけどね」
「そう。兄上が…。兄はロフキュールに来たがっていたらしいから、喜んでるんじゃないかしら」
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