第234話
レヴィアオーブの実態は単なる宝珠ではなく魔法生命体だ。
神ですらもう二度と作れないと言われる神装。
その本体の方のラピスティが俺に興味を持った理由はシンプルだった。
自身から分離独立した存在のレヴァンテを通して戦いぶりをつぶさに見ていたことと、その戦いで俺から切り刻まれたレヴァンテを修復した際に、大量に注ぎ込まれていた雷の属性を帯びた魔素を分析したことかららしい。
微かに俺の生体魔力波も検出できたと言うから驚きだ。
それは言い換えれば俺のID情報が見えたかもしれないということ。もちろん情報隠蔽偽装スキルが効いた表向きのものだが、それだけのことが出来るならば偽装していることは判っただろう。
この解析能力も、比類なき神具だと称される所以の一つだと思う。
そして、担架に載せられたレヴァンテの髪を整えていたニーナと俺が話していた様子も内容も、実はレヴァンテを通してラピスティは見聞きしていたという。
あの時レヴァンテが100%機能停止した訳ではないのは俺も気が付いていたが、身動きはおろか周囲のことを知覚できる状態ではなかったはずだ。全く油断も隙もあったもんじゃない。
「重力エレベーターを閉鎖してもっと深い地中に新たに接続を設けることにします。その改造に要する時間はおよそ3日間です。魔王様が残した術式を設置して以来、初めてのことですので慎重に行います」
そう言ってきたレヴァンテに俺は答える。
「解った。賢明な判断だと思うよ。お前達は転生者にいい印象しか無いかもしれないが、時代も変わった。今は決してそうじゃない」
単純に停止すると地脈の大交差との繋がりも途絶えてしまう事になるので、新しくその為だけのものを作って、人間が移動可能な今の重力エレベーターは無くしてしまうのだ。
ニーナが少し残念そうな口ぶりで言う。
「ということは、ここも見納めなのね…。エリーゼとガスランにも見せてあげたかったね」
「ま、多分だけど…。これで終わりじゃないさ。エリーゼ達は先が長いし」
そうだね。とニーナは微笑んだ。
地下神殿については俺が破壊を請け負った。
エレベーターを無くすのでその神殿との接点は無くなるが、間違いなく手掛かりにはなるので破壊しておくべきだ。
気になったのはレヴァンテの口ぶりから、当初の神殿の手による封印は余計なことだったという雰囲気が感じられたこと。
「神殿との関係は元々危ういものでしたし、魔王様も完全には信用するなといつもおっしゃってました」
「ふむ…、その辺のニュアンスは俺は分からないけど。でも、何考えてるか分からないという意味では同感だよ。それに今では神殿も世代が変わってしまってるんだ。昔のことは当てにならない。白紙に戻して考えてた方がいいだろうな」
キラーアントを見せて欲しい。
続けてそう言ってきたレヴァンテに俺は問い返す。
「研究したいということか?」
「それもそうなのですが、ラピスティは使役したいようです」
地上から地下神殿に至った詳細についても当然説明済みだ。キラーアントが果たした役割はとても大きく、どうやら興味を惹いたらしい。
俺はクイーン達にエサをやったりしたせいだろう。なんとなく情が沸いていた。
だが、辺境地下から退去する時にはキラーアントは全て処分するしかないと考えていた。あのアント達を今のまま辺境の地に放置することは帝国、辺境伯領としては決して許容できないのが明白だからだ。
◇◇◇
昇りの時の重力エレベーターは降りた時よりもやはりそのスピードが速かった。
見納めと自分で言ったことを噛みしめているように、ニーナはずっと眼下に広がる景色を眺め続けた。
そして俺も、来た時から強い気配を感じていた山の方を見た。
すると…。
おっと…。もしかして監視か。それとも…?
その山の頂から何か大きくて速いものが飛び立ったのが見えた。
「ニーナ…。あそこ…」
俺がそう言って指差した方をニーナも見た。
ニーナは息を呑んだ。そして呟く。
「……ドラゴン」
「うん」
黒くて巨大なドラゴンが山の頂から上空に舞い上がり、少し近付いてから俺達と同じ高度で停まった。
その眼が凝視しているのは間違いなく少しずつ上に昇っていく俺達だ。
圧倒的な存在感。
しかし不思議と怖さを感じない。
「凄いな…」
「神々しいよね。…綺麗」
ニーナは少しうっとりするような表情でそう言った。
俺達と一緒に居るレヴァンテは、何も言わずにただじっとドラゴンが飛び立った山を見ていた。
階段を地下ドームの所まで上がった俺達。
レヴァンテが共に居ることで警戒心がMAXになっている様子のガスラン達に俺は声を掛ける。
「大丈夫だ。もう戦う必要はない」
そして、じっと直立不動のような姿勢のレヴァンテを皆に紹介する。
ガスランが構えているガンドゥーリルをレヴァンテは特に意識しているようにも見えた。
その辺の話もしてあげたいが、急がなくてはならない。
手短にオルディスさんも交えてビフレスタでのことを説明。
そして入口は完全に閉じてしまうことを言うと、オルディスさんはそれでも不安を口にしたがドラゴンの存在は無視できない。
俺は正直、あのドラゴンに勝てないとまでは思っていない。しかしそれを今ここで言うのはやめておく。
作戦の立案段階から必要ならばレヴィアオーブを破壊することになっていたのだが、ドラゴンが守護していた場合は話は別である。
それに俺は、ラピスティがビフレスタで行っていることが気になっている。もし俺が考えている通りならば、それは世界にとって極めて重要で必要なことだ。彼らの邪魔をすべきではないと俺の心の片隅でそんな声が上がっている。
ところで、エリーゼがずっと俺にしがみついていて離れない。
「ごめんなエリーゼ。心配かけたな」
そう耳元で囁いたら、エリーゼが涙を溜めた目で見て囁き返してきた。
「もう離れたくないよ。次こんな事あったら絶対私も付いて行くから」
ニーナはそうでもなかったようだが、今回時空を超えた時に、喪失感のようなものを俺は確かに感じた。それは自分の縁や人との関係性が自分の身体から引き剥がされてしまったような感覚。
残っていたエリーゼも同じようなことを感じたのかもしれない。俺が絶対に手が届かない別の世界に行ってしまった。そんな感じだろうか。
エリーゼのその様子を見たニーナが気を利かせて俺に声を掛けて来る。
「シュン。レヴァンテと一緒に先にアント達の所に行っとくね」
それにうんうんと頷いた俺と、俺からまだ離れないエリーゼ。
レヴァンテは興味深げに俺達のことを見ていた。
落ち着いてきたエリーゼと一緒に巣穴のクイーンが居る部屋に行くと、レヴァンテがクイーンの身体に手を当てて何かを調べている様子。
「ラピスティがこの定着している魔法の改変の許可を求めています」
近付いた俺に気付いたレヴァンテがそう言った。
「うん、構わないけど内容を教えてくれ」
ひと通りラピスティの考えを聞いて、更に今後の扱いなどについても話をした。ラピスティはキラーアントの生態についての情報は持っていたので、それほど心配しなくても良さそうだった。
キラーアントは多くの魔物と同様に雑食性だ。そしてキラーアントならではかもしれないが、植物を自分達の栄養源として育てるようなこともするらしい。
魔物、動物の類は一切存在しないビフレスタでも大丈夫だとラピスティは断言した。
「増え過ぎないように気を付けないとな」
「それは魔法でコントロールします。それに賢いですから、敵対するものが居ないこともすぐに理解するでしょう」
重力エレベーターの所まで、生き残っていた総勢18匹のキラーアント達を全て降ろしてしまってから、俺はクイーンに近付いて言う。
「元気でな。もしまた会うことがあったら、次はその背中に乗せてくれ」
ニーナがぷっと吹き出した。
ガスランもニヤニヤ笑っている。
クイーンは俺の顔に自分の顔を近づけてきた。
触角が俺の顔を撫でていく。
レヴァンテはそんな俺達の様子を見つめながら言う。
「ラピスティが言うには、キラーアントはその触角で同種以外の生体魔力波も識別することが出来るそうです。そしてある意味感情的なものも感じ取れるのではないかとも言っています」
キュッキュッ…
エリーゼが手を伸ばしてその触角に触れると、クイーンはエリーゼの顔も撫でた。
崩落で傷付いていたキラーアントはエリーゼが精霊魔法で治癒を施した。クイーンとレヴァンテはその様子をじっと見ていたという。
俺の目にはクイーンはその触角による触れ合いでエリーゼに感謝を示しているように見えた。
少し窮屈そうだが穴に入りさえすれば重力魔法が優しく扱ってくれる。そうやって一匹ずつ重力エレペーターに入らせて、それがやっと終わると俺達はひと息ついた。
「ちょっと休憩にしようか」
今回も俺達と行動を共にし見守っていたオルディスさんと例の兵士二人にも声を掛けて椅子やテーブルを出しエリーゼとニーナが飲み物とお菓子などを配った。
一応レヴァンテにも飲み物と食べ物を渡した。レヴァンテもモルヴィと同じように食べ物飲み物を口から食べたり飲むことで自分の魔力源とする機能は持っている。
レヴァンテは俺から渡されたクッキーをかじりながら重力エレベーターの近くでその中を見下ろしている。そんな様子を見ていると、どことなくノンビリした感じがしてしまう。
俺も気になってレヴァンテの横、その穴の縁に立って下を見る。しかし探査でも、もうキラーアント達の姿は確認できなくなっていた。
するとレヴァンテがキラーアントのこととは関係のない全くの予想外のことを言ってきた。俺はすぐにオルディスさんの所へ行って相談を始める。
その後、少し経って俺の方を振り向いたレヴァンテが言う。
「アント達は全員無事到着しました。そして別の新たな時空接続が確立しました。今回は予備も設置したそうです」
「うん。バックアップがあるってのは大事だな」
なんだか日本人だった時のような仕事の話をしている感じになってしまう。
「はい。そしてこのエレベーターの停止処理を開始しました。停止後に魔法の痕跡も除去されます」
「ラピスティは相当待ってただろうし、さっさと済ませよう」
重力エレベーターに該当する穴の表面が少し輝いたと思ったらそれが消え始める。
「えっ? レヴァンテがまだここに居るのに停止してるの?」
ニーナがそう言って座っていた椅子から立ち上がってレヴァンテの方を見た。
しかし、レヴァンテはニッコリ微笑んでニーナに答える。
「いえ、私はこちらに残りますから。いいのです」
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