第226話

 夜中、日が替わってかなり経った頃。

 エリーゼとニーナそしてオルディスさん率いる辺境伯領軍の精鋭部隊が待つ連絡用通路の最初の入り口に戻った俺とガスランは、すぐにオルディスさんへ報告。


 ドレマラークが魔物の死骸を食べていた話になると、その場に居た全員がシーンと全く身動きもせず静かになった。

「ドレマラークは腹が満ちていたせいでしょうね。すぐ傍に現れたのに、俺達には興味を示しませんでした」


 暗くてはっきりとは分からなかったが、魔物の死骸とキラーアントの死骸どちらもかなりの数がそこには転がっていたという話もした。

「ドレマラークがいつからどのくらいの数の死んだ魔物を食べたかは不明ですけど、それでもかなりの数の死骸がまだそこに残ってます」

「ふむ…。魔物とキラーアントのどちらが勝利するにせよ予想はしていたことだけど、それだと地上を行くのは無しだね。ドレマラークが食べ飽きて居なくなるのを待っている他の魔物が近くに居るかもしれない」

「そうですね。地上に上がってからの探査では遠巻きにしている感じの反応も少し。ヘルハウンドと俺は知らないヘルハウンドと同等の魔物が数体でしたけど」

 俺が話に同意する意味でそう答えると、オルディスさんは俺にコクリと頷いた。



 翌朝になって今度は全員で、連絡用通路と呼ばれるキラーアントの巣穴本流に繋がる穴に入る。

 オルディスさんに率いられた20名の兵士は極めて練度が高い印象。そして全員体力があるので速い移動でも付いて来れている。

 今回の先頭は俺とニーナ。殿が探査スキル持ちのエリーゼというのはいつも通りの形だ。今日はその傍にはガスランが居る。オルディスさんは俺とニーナのすぐ後ろに続いた。


「巣穴の中には死骸も戦った跡もなかったから、キラーアントは防衛に成功したということなんだろうな」

「やっぱり侮れないわね。キラーアント…」


 そんな感じでニーナと話をしながら、それでも俺達は足取りを緩めずに急ぐ。


「だけど、その入り口の近くにキラーアントが居なかったというのは少しおかしい。見張りのような門番のような役割の奴が居るのが普通だと思うんだ。考えられるのは、見張り役が殺されてしまったか、誰かの指示で本来ならキラーアントにとって当たり前の見張りが出来ない状態かも知れないということかな」


 俺達の話を聞きながら少し考え込んでいる雰囲気になっていたオルディスさんがそう言った。



 まだ地上にはドレマラークが居座っている、昨夜ガスランと先行した時にも辿り着いていた狩猟用の出入り口がある箇所を通り過ぎて、更に二時間ほど進んだ時に俺の探査に注目すべき反応が出てきた。それは地上ではなく同じ地下からの反応。

 俺は隊列を停止させて、警戒するよう合図を出した。

「この先、人間が3人居ます」

 俺が後ろを振り返って小さな声でそう報告すると、すぐにオルディスさんは捕縛しようと言った。俺にも異存はない。情報が不足していることを強く感じている。


 キラーアントは巣穴を迷路状に作ることはない。巣穴の本線からの分岐は必ず何らかの用途のための部屋に繋がるものですぐに行き止まりになっている。それは食料の貯蔵庫だったり自分達の寝床、深い所には卵や幼生を育てる部屋などを作る。そして大抵は最深部にクイーンの部屋が在る。


 そんな部屋が俺達が進む先の脇にある。今通っている巣穴の本線にすぐ隣接するような形。三人はそこに居る。

 その部屋の入り口には結界が張られていて、それは感知の結界だ。侵入者を検知する為に貴族の屋敷に張り巡らされているようなあの類である。

 結界の起点に近付ければ無効化するのだが、その起点は奴らが居る所なのでそれは出来ない。

 俺とニーナは互いに頷き合うと、もう感知にはお構いなしのスピード重視の力技。但し物音はなるべく立てないように。


 寝転がっていた冒険者のような装いの三人が俺とニーナを認識する時間は与えず、最近また一段と発動が速くなったニーナの加重魔法で身動き出来なくされた彼らを俺はさっさとスタンで気絶させてしまう。

 すぐに部屋の入り口に戻った俺が出した完了の合図で兵士数名がロープを出して三人の拘束を始めた。


 さて、オルディスさんの指示を受けた兵士達はこいつらを一人ずつ尋問することになり、その間は隊としては一旦休憩モードである。しかし俺とガスランはこの先の状況を少しでも見ておくために偵察に出ることにした。


 三人が居た部屋の所から巣穴を少し進んだところで道は下りの急斜面に変わる。

 もう崖と言ってもいいようなその急斜面の下にライトの光球を飛ばし、上から覗き込みながら俺はガスランに囁く。

「ここ、ちょっと深いな」

「縄梯子があるから、この先に進んでいるのは間違いなさそう」

「うん。ほとんど一本道だし迷わなくていいけど、その分遭遇戦の可能性は高くなるんだよな」


 崖を降りた所からはまた平坦な通路が続いていて、俺とガスランは先へ進む。

 地上ならば既にそこは外縁の森を抜けて辺境奥地と呼ばれる一帯に入った所だ。

 これまで俺達はキラーアントの巣穴の中をかなりの速度で進んできていて、木々や草が茂り魔物も居る地上を最大に警戒しながら歩いたならこんな短時間でここまで来ることは絶対に無理だっただろうと思う。



 その後、結果としてそれほど代わり映えしない通路が続いているだけだった偵察から往復一時間ほどで戻ると、俺達の姿を見るなりニーナが言う。

「ここから歩いて6時間ぐらい行った辺りが今の最深部らしいよ」

「そうか。でも、もう外縁の森は抜けてしまってるから目的地まではあと少しだな」


 偵察の間に探査で見えた反応は地上をうろついている魔物のみ。その状況をオルディスさんと兵達にも伝える。


 大司教に命じられ見張りとしてここに配置されていた三人から聞き出した話を総合すると、彼らが知る限りでは大司教はまだ目的地には到達していないようだ。大司教は側近と共に巣穴の最深部でキラーアントのトンネル工事を見守っていると言う。

 そしてドレマラークが居座っていた狩猟用の出入り口とは別に、地上に繋がる通路がもう一つこの先にあるということも判った。


 オルディスさんと話して、この日は結局ここで長い休憩を取る事になる。

 今回参加している兵達がいくら体力がある猛者揃いであっても、もう少し進んで敵と遭遇すれば戦闘になる可能性は高い。熟睡は出来なくとも身体を横にして少しでも体力を回復しておこうということ。



 ◇◇◇



 長い休憩の後、地上では夜が明けた頃から俺達は再び巣穴の中の通路を進んだ。

 ちなみに捕縛した三名は、捕らえ尋問した場所でもう一度気絶して貰ってから念入りに縛り上げ転がしたままである。これからのことを考えると捕虜を連れ回るほどの余裕はない。もし彼らが逃げたならその時はその時。


 そして、連中から聞き出した通りに昼近くになって探査に反応が出て来た。


「オルディスさん。キラーアントが上に移動してます。奴らが言っていた地上に抜けるもう一つの出入り口でしょう」

「上に?」

 ニーナは上という単語を意外に思ったのか問い返してくるが、

「土を運び出してるのかな」

 すぐに続けたその言葉が正解だろう。

 キラーアントは巣穴を掘った時に壁や床、天井に該当する所をかなり硬質化してしまう。それは圧縮して固めてしまうということ。しかし、それでもそれなりの量の土を巣穴の外に運び出す必要がある。


 オルディスさんがニーナに同意するように頷き、そして兵達の顔も見て言う。

「今も土を運び出しているということはまだ掘り終わっていない可能性が高い。近づいて、もっと詳しく観察しようか…。皆いよいよだ、気を引き締めよう」

「「「「「了解」」」」」


 この場には、帝国の軍事力の代名詞のように語られ大陸中にその名を轟かせている帝国騎士は居ない。しかし辺境伯軍の歩兵の中では選りすぐりの者ばかりだ。彼らの眼光が一段と鋭くなった。

 まだ地上に居た時に言葉少なながらも彼らが話したのは、祖国、故郷そしてそこに暮らす帝国民が蹂躙されることへの強い憤りだった。自然発生したスタンピードなら天を呪っただろう。しかしそれは人為的な悪意によるものだと知れ渡ると辺境伯軍の兵士の心にまた一つ大きな火が点いた。

 今回の作戦への志願者は数えきれなかったそうだ。人選が終わってからもオルディスさんに直接志願してくるものが絶えなかったという。



 探査に反応が有ったキラーアントが上に昇っていった急斜面に辿り着いてみると、そこには梯子は掛けられていない。そのことは、人がこの昇り斜面を通っていないことを示していると思われた。もちろんキラーアントの巣作りの習性として一気にその角度で地上に通じている訳ではなく、目の前に在るような急斜面と平坦な通路を交互に繰り返しながらやたら間延びした階段状に昇っていくものではあるが。

 それよりも重要なのは、すぐ近くに逆に下に降りていく為の下り急斜面があること。こちらには例のごとく縄梯子が掛けられている。


 その平坦な部分が極端に長めの階段状の下り通路を俺達は降りた。

 そして遂に、幾段か降りたところで下方に多くのキラーアントと人間の反応を感じ始めた。そこが最深部だろう。

「キラーアントが約30匹居ます。人はその傍に7名」

 隣のニーナを見ると、唇を噛みしめるようにキュッと結んだ顔で眼つきはいつになく険しいものになっていた。

「ニーナ。気持ちは解るが、冷静にな」

 そう囁くとニーナは俺を睨んだ。


 解ってるわよ。口の動きだけでそんな返事が返ってきた。


 探査に現れたキラーアントの中には一匹特別な個体が存在している。群れから少し離れた位置のそれはおそらくクイーン。そいつが居る所は近くの別の部屋だろうか。

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