第227話 封印を解く者
辺境最奥の地下。キラーアントを使役して作ったトンネルでそこに侵入している教皇国大司教ら一味が居る所が目前となった時、突然大きな揺れが起きた。
ゴゴゴゴゴゴッッッ…。
そんな地の底から湧き出すような轟音と共にその揺れは続く。
俺達全員が、その場に立って居られない程の揺れを凌ぐために壁に手を付いたり床にしゃがみこんだりしていると、巣穴が大きく歪み始めているのが判った。
断層のように所々床や壁がズレて亀裂が入る。
天井からは土がパラパラと零れ落ちて来る。
「皆、こっちに集まって!」
兵全員を近くに集めたニーナが天井を重力魔法で支え、更にエリーゼが硬化魔法で壁や天井を強化して凌ぐ。風魔法が使える兵の数名が舞い上がる埃を風で払う。
永遠に続くかと思われた揺れはどうやら始めの頃の揺れが最も大きかったようで次第に弱まり、音と共に少しずつ鎮まった。
いくら俺が地震が多い日本で慣れていると言っても、日本の昔の防空壕のような土がむき出しの地下で味わうそれはまた格別だ。思わず地上に向かって雷撃砲をぶっ放したくなった。
「シュン、今のは何だろう。何かが爆発したような感じがした」
冷静なガスランのその言葉を受けて、俺は並列思考で考えていたことを話す。
「連続した魔力の波動だった。おそらく無理やり結界を破ったんじゃないかな」
古代神殿が張る結界には対物結界と呼ばれるものがあったと伝えられていて、侵入しようとする人や物を物理的に排除するものだ。俺はそれをニーナや俺が行使することが出来るベクトル操作と同じようなものだったのだろうと推測している。
俺の話に納得するような顔を見せて、
「皆、異常は無いか自分と周囲を確認してくれ」
そう言ったオルディスさんの指示で兵士達も俺達も身の回りを確認する。
巣穴の状態も今すぐに崩落するというようなことまでは無さそうだ。
まあ、いざとなったらホントに地上まで雷撃砲でぶち抜くだけなんだけどね。そこからニーナに地上まで上げて貰えばいいし。
継続して探査で捕捉中の大司教一行7人は、更に先に進み始めている。今の大きな揺れの結果として道が開けたということなのだろう。
俺達もその後を追う事にして進行を再開した。
揺れが起きた時に大司教ら7人とキラーアント達が居た広めの場所まで着くと、そのすぐ隣の部屋にクイーンが居るのが見えた。
俺達の姿を認めるとクイーンは触角を動かして何かを訴えるような仕草を見せた。
「キラーアントは後回しだよ。今は教皇国の奴らに集中しよう」
「了解です」
オルディスさんにそう答えた俺は、クイーンの傍に居る数匹のキラーアントが身動きしていないことに気が付いた。探査の反応の無さで死体だというのが判る。
ほぼ同時にそのことに気が付いた様子のガスラン達に俺は言う。
「こいつら飢え死にしてるみたいだ」
「奴らにとってキラーアントは使い捨ての駒だから…」
「なんかちょっと同情するわね」
そんなガスランとニーナに俺は警告を出す。
「近づかない方がいいぞ。いつタガが外れるか分からない」
と言いながら俺は、なんとなく収納から出した幾つかの魔物の死体をクイーンの前に並べた。ゆっくりと啄み始めた様子を見ると、衰弱はしているものの自力で食べることは可能なようだ。
俺達は揺れの直前までキラーアントが穴を掘り続けていた所へ足を進めた。
ここはさっきの揺れの影響だろう。部分的な崩落が起きている。
掘ったばかりでキラーアントが本来施しているはずの壁や天井部分への硬化が不十分だったせいだろうか。
崩落によって脚を損傷しているキラーアントが数匹、残っている脚で這って蠢いている。俺はそいつら全員にスタンを撃って眠らせてから、数人の兵士と共に少し戻った広い場所まで引きずって行った。
そうして道を開けた俺達は、その先の斜面を降りた所でキラーアントが作った通路が遂に終わりになっていることを知る。
目の前に大きな空間が広がっていた。
弱々しい明るさがどこからともなくその中を微かに照らしている。それは通常ならば少し離れると人の顔の判別も付かない程度だが、首飾りの暗視効果が効いている俺達には取り敢えずは支障ない明るさだと言える。
「ガルエ樹海の地下神殿を思い出すね」
「思い出したくない…」
「同意」
「怒りがこみ上げそう」
そんなことを呟いたエリーゼにガスランが応じて、俺とニーナも全くの同意見である。
俺達が出てきた所は地下ドームの床にほど近い位置。
段差は気にならない程度なのですぐに床の上に飛び降りた。
このドームはガルエ神殿があった地下ドームよりも広い。
違いは広さだけではなく、その中央に位置する建物も異なっている。太めの石柱を基本としたいかにも神殿風な様子は似ているが、建物の高さは低い。
その理由は探査でも明らかで、大司教達はその中央部分の建物から更に下に降りて行っているのだ。この建物の主要部分はこのまだ地下に在るということ。
まだ潜らなければいけないのか…。
そんなことを思って少しウンザリしてしまう俺だが、ジュリアレーヌさんから聞いた話を思い出す。
「そう言えば、オーブは更に深い所に安置されているという話だったな」
やはり探査で理解しているエリーゼが俺の言葉に頷いた。
キラーアントが作った通路の終端に留まってドームの中の様子を見ているオルディスさんに俺は状況を説明する。大司教一行とはまだかなり離れていることなど。但し、ここから建物までの見通しの良さには注意する必要があるし、当然大きな物音は禁物だ。明かりを灯すことも控えた方がいいだろう。
「奴らはかなり下に降りてます。どうやら中に長い階段があるみたいです」
探査で見続けて分かる移動の軌跡で階段を降りて行く様子が見て取れた俺がそう言うと、オルディスさんは俺達や兵士に聞こえる程度の小さな声で指示を出す。
「隊を二つに分けるよ」
俺達四人とオルディスさん、そして兵士二人を加えた七人で建物へ侵入する。残りの兵士達はキラーアントの通路の終点近くで身を隠して待機。彼らの役割は大司教達がそこまで逃げた場合の対処だ。俺達が戦闘になっても待ち伏せを止めないよう指示が徹底された。
外観は神殿風のその建物の中には何も無かった。建物中央に位置する部分に、ただ階段の降り口があるだけだ。家具はおろか装飾品の類も一切なく、剥き出しの石の壁と天井に囲まれている。殺風景なその様子は機能的な事だけを追求した当時の神殿勢力の意図が窺えるような気がした。
そして床に積もっている埃の上には、つい今しがた階段を降りて行った者達の足跡が残っていた。
俺とガスランは階段の下の方を覗いて見る。
「嫌な予感しかしない」
「ホントそれな。俺帰りたくなったよ」
緊張感が足りないと思われても仕方ないようなガスランと俺の会話だが、あの樹海の地下神殿に降りた時の階段によく似ているのだ。
違いは照明が無いこと。ガルエ神殿の時は勝手に照明が点いてくれただけ親切設計だったと言えなくもない。
「でも、あの時の階段より短い。半分ぐらいかな」
先客の大司教達はすでに下に到着していて、何かやってる感じ。
俺達もそこに向かう。
先頭の俺にガスランが続いて、その後にニーナとエリーゼ。オルディスさん達は少し距離を取りながらエリーゼ達の後を付いてくるという布陣。
階段を降り始めてしばらくした時から、微かに下からの音が聞こえてくるようになった。何を言っているのかは分からないが人が怒鳴っているような声がする。
「オーブは封印されてるという話だったよな…」
思わず小さな声でそう呟いた俺にガスランが囁き返してくる。
「まさか封印解除は力仕事?」
「それはないと思うけど…」
いよいよ階段の終わり近くになった所でニーナが全員に隠蔽魔法をかける。
そして、俺とガスランは階段の最後の所で身を隠しながら奴らの様子を見る。エリーゼ達とオルディスさんは俺達の更に後ろから様子を窺う形。
大司教達が設置している灯りの魔道具のおかげで中が良く見える。階段を降りた所は上の建物と同じぐらいの広さの部屋だ。但し天井は高くて10メートルはある。
部屋の奥、階段から30メートルほど先に人の腰の高さの金属製の台座。その上にはサッカーボールぐらいの大きさのオーブが載っていて、そのオーブの周囲には淡い虹色の光がオーブを覆うように薄い半透明の球状の層を作っている。
「まだか!」
その声の主は若い男。その口調と持っている杖を振り回しながらウロウロと歩く素振りから怒り心頭なのが判る。
一行の中には女性も居た。オーブのすぐ前に居る女性がそのイライラ男に向き直るとおどおどとした様子で言う。
「マクレーン様、もうしばらくお待ちください」
マクレーンと呼ばれた男の鑑定で見えているフルネームはヨゼウス・マクレーン。こいつが教皇国の大司教。種族はヒューマン。
大司教と聞いた時には最初は白髪の老人的なイメージを持ったのだが、見てみるとタイラス達から聞き出した通りに俺達と然程変わらない年齢のように見える若い風貌である。
女性はマクレーンに応じた一人だけで残りの男達のうちの一人はマクレーンの傍に待機している様子だ。あとの四人は女性とマクレーンの間に位置していて首を傾げながら何か話をしてそれぞれが魔道具を触っている様子。
淡い虹色の光が封印の効果の現れなのだろう。彼女たちはそれを無効化する作業をしているということ。
「シュン、いけるか?」
オルディスさんが俺の後ろから小さな声でそう言った。
「はい。制圧しましょう。予定通り魔法は無しで」
掛かっている隠蔽を解除しながら俺はそう囁き返した。正面から彼らに対峙するのは俺だけというのは打ち合わせた通りのこと。そしてオーブがどんな反応を示すか未知数なので魔法は禁止である。
ガスランとエリーゼがすぐに左右に分かれて大きく広がるように走る。二人とも音をほとんど立てていないのはさすがだ。エルフのこういう能力は半端ない。
「そこまでだ。全員武器を捨てて大人しく投降しろ」
縮地で一番手前に居たマクレーンの付き人風の男に近付いた俺は、その男をボディブローで昏倒させながら大きな声でそう言った。
そして剣を抜く。
「何だお前は」
「帝国の犬か」
「一人だ。やってしまえ」
口々にそんなことを言う男達と大司教マクレーン。
しかしその直後にはガスランも男一人をダウンさせていて、エリーゼもアダマンタイト剣の腹で一人の頭を殴って眠らせていた。
俺はマクレーンの斜め後ろにもう一度縮地で飛んで剣を首筋に当てる。
「首から上だけ持って帰る方が楽だからな。俺達はお前らを生かしておく必要はないんだ。動いたら斬るぞ」
「おかしな真似をしたら心臓に三本ずつ矢が刺さるわよ」
俺に続いていたニーナは共に駆け寄っていた兵士の二人と矢を番えた弓を構えて牽制。
突然四方に現れたように見えているのだろう。俺達それぞれの動向でキョロキョロと周囲を見て囲まれていることを理解した残っている男達は構えかけていた武器を捨てた。マクレーンは持っていた杖を床に落とした。
彼は顔を真っ赤に染め上げていて、なにか言葉を発したいのだろう。しかし悔しさと怒りで頭に血が昇りすぎて言葉にならない様子だ。
こんな直情的な性格で大司教なんていう地位に昇り詰めている理由が解らない。
もっとも、教皇国の支配層がどういう連中なのか俺は知らないんだけどね。いろんな事があったせいで、きっとろくでもない奴らばかりなんだろうなという想像は以前からしてるけど。
と、その時、女性の声が響いた。
「解除出来ました!」
俺達の勧告は聞こえていたはずなのに、彼女は魔道具の操作をやめていなかった。
何と言えばいいんだろう。最後のひと操作という感じでやったのが大当たりだったということなのか。
「よくやった! オーブを持って逃げろ!」
自分の首筋にあたっている剣のことは忘れたかのようにマクレーンがそう怒鳴った。
虹色の光の幕が消えてオーブがはっきりとその薄い青色の全貌を晒している。オーブ自体から少し光が発しているせいもある。
同時に鑑定でその正体が判った俺は怒鳴る。
「やめろ! それに触るな! それはトラップだ!」
えっ? という表情で俺を見つめた女性は、自分が両手で抱えているオーブに視線を移した。
「あ…、あああ…。ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ! ヴグァ…ア゛バ、グヴォア゛…」
女性の身体から湯気のようなものが立ち昇り、そしてみるみるうちに女性の身体が縮んで鄙びて皺くちゃになっていく。見えている手や顔は老婆のものに変わり黒髪だった髪の毛はあっという間に白髪に変わると、それもどんどん抜け落ちていく。悲鳴のような鳴き声のような奇声を発するたびに床に歯が落ちた。
着ている衣服も全てが粉々になっていく。女性の顔から皮膚や肉が剥がれ始めて、支えが無くなった赤く濁った眼球が落ちた。
そして彼女の身体も崩れ落ちて行く。脚がボロボロの土くれのようになって身体全体が倒れると、その床に倒れた衝撃で全身が砕けた。
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